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田中美好&平島誠也/リサイタル(2010年4月24日 津田ホール)

田中美好 ソプラノリサイタル

Tanaka_hirashima_20100424

2010年4月24日(土) 14:00 津田ホール(全自由席)

田中美好(Miyoshi Tanaka)(ソプラノ)
平島誠也(Seiya Hirashima)(ピアノ)

デュパルク(Duparc)/悲しき歌(希望)(Chanson triste)
デュパルク/ため息(Soupir)
デュパルク/旅への誘い(L'invitation au voyage)

メシアン(Messiaen)/ヴォカリーゼ(Vocalise-Étude)
フォーレ(Fauré)/ヴォカリーゼ(Vocalise-Étude)
ラヴェル(Ravel)/ヴォカリーゼ(Vocalise-Étude en forme de habanera)

フランク(Franck)/リード(Lied)
フランク/バラの結婚(Le Mariage des roses)
フランク/行列賛歌(La procession)
フランク/ノクターン(夜曲)(Nocturne)

~休憩~

シューマン(Schumann)/ニコラウス・レーナウによる6つの詩とレクイエム Op.90
 1.鍛冶屋の歌
 2.わがバラ
 3.訪れと別れ
 4.羊飼いの娘
 5.孤独
 6.暗うつな宵
 7.レクイエム

シュトラウス(Strauss)/いつも同じOp.69-3
シュトラウス/わが思いのすべてOp.21-1
シュトラウス/悪い天気(あらしの日)Op.69-5
シュトラウス/子守歌Op.69-5
シュトラウス/私の父は言いましたOp.36-3

~アンコール~
グノー(Gounod)/アヴェ・マリア(Ave Maria)
プーランク(Poulenc)/即興曲第12番『シューベルトを讃えて』(ピアノ・ソロ)
プーランク/即興曲第15番『エディット・ピアフを讃えて』(ピアノ・ソロ)

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ソプラノの田中美好とピアニストの平島誠也による歌曲リサイタルを千駄ヶ谷で聴いてきた。

前半がデュパルクとフランクの歌曲群、その間にメシアン、フォーレ、ラヴェルによるヴォカリーゼ(歌詞のない歌)が挟み込まれている。
後半はシューマン、R.シュトラウスといったドイツ歌曲の王道の人たちによる名作が並んだ。

デュパルクの3曲はいずれもよく知られた名作ばかり。
あらためて彼の歌曲の素晴らしさを実感させられた。
ヴォカリーゼを3人のフランスの大作曲家たちで聴き比べると、それぞれの個性が垣間見られて面白い。
メシアンのヴォカリーゼやフランクの歌曲群は私には馴染みの薄いものだったが、とりわけフランクの「リード」「バラの結婚」は素朴だが心にひっかかる魅力をもった小品で、気に入った。
フランクの「ノクターン」は知っている曲だったが、あらためて生で聴くとしみじみとした味わいにうっとりさせられる。

後半のはじめに歌われたシューマンの7曲は、後期のシューマンを代表する名作で、こうしてまとめて歌われると単なる出版上の寄せ集めではなく、1つの流れを作っているように感じられた。
中では「わがバラ」や「羊飼いの娘」がよく歌われるが、「孤独」から「レクイエム」に到る沈潜した気分から救いを求めるまでの感情の流れが強く胸に響いてくる。
また「鍛冶屋の歌」の簡潔だが要を得た民謡調の歌はシューマンのある一面を凝縮したような素敵な作品である。

最後のシュトラウスのグループはいずれもお馴染みの作品ばかり。
歌手にとって気持ち良さそうに旋律が解放され、ピアノはテクニックを思う存分発揮する。
職人技の粋を聴く思いだった。

はじめて聴く田中さんは可憐で愛らしいリリカルな声質をもっていた。
前半は黒いドレス、後半は真っ白なドレスに衣裳替えして、フランス物とドイツ物の世界観の違いを視覚的にも印象付けた。
ベテランの歌手だが、1曲1曲に込める思いの強さは強く伝わってきて、それだけに思ったように歌えない曲の後は悔しそうな表情すら浮かべていたように感じられた。
アンコールの時にご本人が話されたところでは昨今の寒暖の差の大きい気候のせいか体調が万全ではないとのこと。
確かに最初のデュパルクでは声が伸びず、苦戦していた印象を受けた。
しかしセザール・フランクの歌曲群に入ってから声が温まってきた感じで、後半のリヒャルト・シュトラウスではすっかり伸びやかな声と表現を取り戻していた。
彼女自身、前半のフランス物以上に後半のドイツ物の方により自在さが感じられ、魅力的な歌を聴かせてくれた。

田中さんは声を張ると非常に豊かな響きで聴き手を魅了する。
とりわけ高音で朗々と聴かせる場面が多々あった。
その一方で高音歌手の宿命か、低声域は若干余裕のないことがあったように感じられたが、これは仕方ないのだろう。
歌曲の歌唱では年齢を経ることによって深まる要素が大きいので、若い頃とは違った魅力を感じることも多い。
その点、確かに彼女の歌声には、表情の豊かさにおいて若手には到底及ばない味わいがあった。

平島さんのピアノはこれまで何度か聴いてきたが、フランス歌曲の演奏を聴いたのは私にとって今回がはじめてであった。
どちらかというとデュパルクもフランクも、フランス・メロディからイメージされる色彩感豊かな響きよりも、純粋でストレートな魅力が勝っている作品が多いように思われる。
そういう意味で、平島さんのピアノもいつも通り気負いもなく、一見クールに弾き進める。
しかし、歌手の対旋律を奏でる箇所では豊かな響きでデュエットのようにピアノで歌ってみせるし、開け放たれたピアノの蓋による音量の豊かさもしっかりコントロールされていた。
あらためて得がたい名手であることを実感し、その妙技を満喫した。

アンコールの最初は、バッハの有名な「プレリュード」をピアノパートに流用したグノーの「アヴェ・マリア」が演奏されたが、田中さんによると「悲しいことの多い社会がよくなるように」との思いを込めて歌いたいとのこと。
確かに彼女の歌は祈りのように清らかだった。

今日はピアニストの平島さんの誕生日とのことで、アンコールでめったに聴けない平島さんのソロが披露された。
プーランクの即興曲から2曲続けて演奏されたが、最初の『シューベルトを讃えて』ではシューベルトのワルツを思わせる曲風で軽快に奏でられる。
一方、『エディット・ピアフを讃えて』では、シャンソン風のメロウなメロディーを織り込みながらもプーランクらしい音の選択が感じられる。
平島さんはテクニックがしっかりしているうえに、歌曲演奏者に不可欠の歌うようなタッチを完全に手中にしている為、とても美しい演奏を聴かせてくれた。
いつか、このような珍しい小品ばかりを集めて、ソロ・リサイタルを開いてほしいほどである。

今回配布されたパンフレットに平島さんによる「ヴォカリーゼ」小論が掲載されて興味深かったのだが、最も有名なヴォカリーゼの例としてさだまさしの「北の国から」を挙げていたのはいかにもドラマ通の平島さんらしくて面白かった。

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コメント

先日はありがとうございました。
T.Mさんもこの感想にいたく喜び感謝しているようです。
今後とも宜しくお願いします。

投稿: ぐらばー亭 | 2010年5月 2日 (日曜日) 09時49分

ぐらばー亭さん、こんにちは。
先日は素敵な演奏を楽しませていただきました。
はじめて聴かせていただいたソロも含めて、フランス物、ドイツ物と多面的なジャンルのどれにおいても、ぐらばー亭さんならではの素晴らしさが感じられたのが印象に残りました。
T.M.さんには今後も深化していく歌を披露していただければと楽しみにしております。

投稿: フランツ | 2010年5月 2日 (日曜日) 10時48分

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