北村朋幹/リサイタル(2010年4月10日 トッパンホール)
シリーズ Pianists No.11 北村朋幹 ピアノリサイタル
2010年4月10日(土) 17:00 トッパンホール(B列9番)
北村朋幹(Tomoki KITAMURA)(ピアノ)
ペルト(Pärt)/アリーナのために (Für Alina)
J.S.バッハ(Bach)/パルティータ第4番ニ長調 BWV828 (Partita Nr.4 D-Dur)
1.プレリュード
2.アルマンド
3.クーラント
4.アリア
5.サラバンド
6.メヌエット
7.ジーグ
ベートーヴェン(Beethoven)/ソナタ第17番ニ短調 Op.31-2『テンペスト』(Klaviersonate Nr.17 d-moll "Tempest")
1. Largo-Allegro
2. Adagio
3. Allegretto
~休憩~
シューマン(Schumann)/ショパンの夜想曲による変奏曲 (Variations sur un nocturne de Chopin)
シューマン(Schumann)/幻想曲ハ長調 Op.17 (Phantasie C-Dur)
1. Durchaus fantastisch und leidenschaftlich vorzutragen
2. Mässig. Durchaus energisch
3. Langsam getragen. Durchweg leise zu halten
~アンコール~
シューマン/「子供のためのアルバム」より「美しい五月、もうすぐそこだ!(Mai, lieber Mai)」
シューマン原曲;リスト編曲/献呈(Widmung)
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毎年ゴールデンウィークに催されるラ・フォル・ジュルネでその名前をよく目にしてはいたのだが、これまで一度も聴いたことのなかった北村朋幹のリサイタルをトッパンホールで聴いてきた。
1991年愛知県生まれとのことで、まだ二十歳前の若さだが、すでに数々のコンクール入賞歴があり、活発に活動しているようだ。
当日券で入ったが、2列目の私の右横はがらっと空席。
しかし、全体的にはほどよく入っていた。
いずれチケットをとるのが困難になる日が来るのだろう。
プログラムノートも北村自身が執筆し、その意欲がうかがえた。
舞台に登場した北村はまだ青年という感じの細身の身体で初々しくお辞儀した。
最初に弾かれたペルトの「アリーナのために」は一音、一音のクリスタルな響きをデリケートに紡いでいく感じの小品。
こんなに美しい作品が現代の作曲家によって書かれていたというのは私にとって目が開かれた思いだった。
北村はたっぷりと余韻を感じながらの演奏。
序奏のように演奏して、バッハの「パルティータ第4番」に続けた。
北村のバッハ演奏はしっかり様式を自分のものにして自発的に軽快に音を紡ぐ。
その若々しい素直なアプローチはとても好感が持てた。
「サラバンド」を弾こうとした時だったと思うが、彼が構えた時に客席から物が落ちる音がした。
その時に彼はいったん弾く体勢を解き、静寂が戻ってから再び弾き始めたのが印象的だった。
前半締めのベートーヴェン「テンペスト」の演奏も非常に覇気に満ちた表現意欲の強い演奏だった。
作品に没入しながらも弛緩することなく、快適に進行しているのが聴いていて心地よかった。
ベートーヴェンの作品は演奏者の年齢や人生経験が如実に演奏に反映されると思うので、数年後に彼の演奏で聴くことがあれば、きっとまた違ったものとなるだろう。
しかし、10代の今でしか表現できない作品へのアプローチというものもあるわけで、そういう意味で今の等身大のベートーヴェンが聴けたのはとても良かったと思う。
休憩後最初に弾かれたシューマンの「ショパンの夜想曲による変奏曲」は作品番号なしの未完の作品で、ショパンの「夜想曲」Op.15-3の主題に基づいている。
あっという間に終わる短い曲で、どの変奏も主題から大きく離れることはない。
愛らしい小品という感じである。
夜想曲のテーマ途中の上下に揺れる箇所を聴いていたらトスティの歌曲「四月」の前奏を思い出してしまった。
おそらく単なる偶然の相似なのだろうが・・・。
これも序奏のように、次に弾かれる「幻想曲」へとつなげていた。
シューマンの「幻想曲 ハ長調」は3つの楽章からなる壮大な作品。
第1楽章の最後にベートーヴェンの連作歌曲集「遙かなる恋人に」第6曲"Nimm sie hin denn diese Lieder"の歌声部冒頭が引用されているが、聴いた限りではそれほど目立つわけではなく、そう言われれば気付くという程度である。
しかし、この曲の制作のきっかけとなったのが、ベートーヴェン記念像の建立の発起人となったことだそうで、ベートーヴェンへの敬意が込められているのは間違いないだろう。
また、この曲の楽譜の冒頭にシューマンはフリードリヒ・シュレーゲル(1772-1829)の詩の一節をモットーとして掲げた。
Durch alle Töne tönet
Im bunten Erdentraum
Ein leiser Tone gezogen
Für den, der heimlich lauschet.
あらゆる音を通って
色とりどりの地上の夢の中で
あるかすかな音が響く、
そっと耳を澄ます者のために。
ちなみにこの詩全体にはシューベルトが「茂み(Die Gebüsche)」D646という歌曲を作曲している。
アーメリング&ボールドウィンによる「茂み」の演奏(1:24から上記の詩句が出てくる)
北村によればこの詩をイメージして全体のプログラミングをしたとのこと。
北村はここでも作品に没入しながらも、若々しい推進力をもってシューマンの様々な感情の機微を素直に表現していた。
美しい第3楽章を聴きながら私は、ベートーヴェンの「悲愴」ソナタの緩徐楽章、またはシューベルトの「即興曲」D935-2を思い出していたが、ゆったりとした分散和音(シューベルト「アヴェ・マリア」のピアノパートのよう)と印象的な歌うようなフレーズが交互にあらわれる。
さらにこの分散和音の響きは、歌曲狂の私にはR.シュトラウスの「解き放たれて(Befreit)」にも似ているように思ったが、ベートーヴェンがシューマンに影響を与えたのと同様に、シューマンの音楽が後世の作曲家に意識しているかどうかは別としてなんらかの影響を与えているのではないかと勝手に想像を楽しみながら聴いていた。
アンコールは2曲。
最初のシューマンの小品はまさに歌にあふれた演奏を聴かせてくれた。
2曲目にはシューマンの有名な歌曲「献呈」をリストが編曲したものが弾かれたが、歌曲好きの私としてはここでこの選曲はやはり嬉しい。
リストは原曲のエッセンスは残しながらも、かなり技巧的に編曲しており、北村の指回りの達者さをこの日一番実感した演奏だった。
北村朋幹の演奏から最も強く感じたのは、音の響きをよく聴いて、余韻を感じながら弾いているということだった。
そのために時に流れが停滞しがちになる箇所があっても、彼が感じた音楽を素直に表現していることは充分伝わってきて、気持ちいい演奏を聴かせてもらったと思う。
休憩中に彼の恩師の伊藤恵さんと思われる方をお見かけしたが(人違いでしたらすみません)、シューマンのエキスパートである師から得たものも大きかったに違いない。
今後のさらなる飛躍を楽しみにしたい。
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