小山実稚恵/ショパン・リサイタル・シリーズⅢ(2010年3月20日 川口リリア 音楽ホール)
小山実稚恵 ショパン・リサイタル・シリーズⅢ
2010年3月20日(土) 18:00 川口リリア 音楽ホール(E列3番)
小山実稚恵(Michie Koyama)(ピアノ)
ショパン(Chopin: 1810-1849)作曲
1.練習曲嬰ハ短調作品25-7
2.マズルカ第36番イ短調作品59-1
3.マズルカ第37番変イ長調作品59-2
4.マズルカ第38番嬰へ短調作品59-3
5.ソナタ第2番変ロ短調作品35「葬送」
1.Grave - Doppio movimento
2.Scherzo
3.Marche Funebre
4.Presto
~休憩~
6.ソナタ第3番ロ短調作品58
1.Allegro maestoso
2.Scherzo, Molto vivace
3.Largo
4.Presto, non tanto
~アンコール~
1.ワルツ第10番Op.69-2
2.ピアノ協奏曲第2番Op.21~第2楽章
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小山実稚恵の生演奏を久しぶりに聴いた。
彼女の爽やかで美しい演奏は聴いていて清々しくて大好きなのだ。
今回は、今年生誕200年ということですでに盛り上がりをみせているショパンの作品のみによるリサイタルだった。
すでにショパンシリーズを川口リリアで2回行っていたようで、今回がその最終回とのこと。
明るい黄緑色のドレスをまとって登場した小山はにこやかな笑顔を湛えていた。
最初に「練習曲ハ短調」が演奏される。
最初からデリケートで美しい音に引き込まれる。
憂いを帯びた感傷的なメロディが印象的な作品だが、途中で急速なパッセージなどもあり、表現力とテクニックの双方を求められる練習曲といえるだろう。
マズルカからは作品59の3曲が続けて演奏された。
さらりとした表情の中から繊細な感情の移ろいをそっと描き出す。
このような小品から作品の身の丈に合った魅力をそのまま引き出してくれる小山さんの演奏は、私が最も理想的と感じるショパン演奏と感じた。
ソナタ第2番は前半最後の演目ということもあってか、若干疲れも見られたが、弛緩することなく、落ち着いた表情を基本にしながら、重量感のある響きも聴かせていた。
第1楽章は飛ばし過ぎたか、迫力は満点だったが、音の取りこぼしが若干あったように聞こえた(それでも素晴らしい演奏だったことは確かだが)。
だが、第3楽章の「葬送行進曲」中間部のなんという美しさ!
この世から送られた人が天上で浄化されたかのような響き。
このような歌心に満ちた演奏はそうそう聴けるものではない。
うっとりと聴きほれてしまった。
それにしても無窮動的な最終楽章は何度聴いても不思議な曲である。
柿沼唯氏のプログラムノートによると、ショパンは「左手が右手と同音でぺちゃくちゃ喋るのだ」と語ったそうだが、おしゃべりというよりは、カオスのようにも感じられる。
もちろん小山の演奏はこのような細かいテクニカルな楽章でも全く見事に弾きこなしていた。
前半の練習曲やマズルカと、このソナタ第2番を聴くと、やはりショパンにおいても小品とソナタでは随分作曲する際の意識が異なっていたのではないかと感じた。
ソナタではショパンなりに構成をがっちり意識して、楽章ごとの性格の違いをドラマティックに対比させようとしていたのではないか。
そんなことを小山さんの演奏を聴きながら感じた。
休憩後に演奏されたのは、ソナタ第3番。
一晩のコンサートでこの名ソナタ2曲の両方ともが聴けるとは嬉しい。
休憩をとったせいか、第3番では最初から力強さが漲り、しかも粒立ちの美しさも維持しつつ、硬軟の間を行き来する自在さが感じられて素晴らしかった。
軽快な第2楽章、歌にあふれた第3楽章、そして推進力のある最終楽章、どれをとっても目配りの行き届いた聴き応えたっぷりの演奏だった。
彼女の演奏はバランスの良さが際立っていて、テクニックを誇示したり、これみよがしなスピードアップをすることが一切無いため、作品そのものに集中できるのだ。
演奏する時の動きも必要最低限にとどまり、視覚的な見苦しさが皆無なのも彼女の美点の一つだと思う。
それでいて、高度で安定した技巧をもち、どんな難所もごまかすことなく、磨きぬかれた美音で響かせる。
強弱のダイナミックレンジも充分に幅広く、フォルテではずっしりとした芯のある響きを聴かせる。
その一方、静かな箇所ではだれることが一切なく、適度なテンポで、歌うように響かせる。
若いショパン弾きにしばしば見られる「主張」という名の自己満足に陥ることが無く、一貫して作品に対して誠実に対峙しているのが感じられる。
盛大な拍手にこたえて弾かれたアンコールは2曲。
最初のワルツはよく耳にする作品で、彼女のしっとりとした味のある演奏が素敵だった。
2番目に弾かれた曲、私は何の曲だか分からなかったのだが、後で掲示を見て、コンチェルト第2番の第2楽章と知る。
ピアノソロ・バージョンが存在するようだ。
これはショパンっぽい響きと、ほかの作曲家のような響きの両方が混ざり合ったような不思議な作品と感じた。
そのうち、録音でも耳にすることが出来る日が来るのだろう。
とても充実したショパンの音楽と演奏に浸ることの出来たコンサートで大満足だった。
終演後にはCDジャケットにサインを頂いたが、その時に「素晴らしかったです」と伝えると、優しい笑顔を返してくれた。
間近で見ると、随分小柄な方だと気付く。
これほど小さな体のどこからあれだけのエネルギーがあふれてくるのだろう。
日ごろのプロとしての精進なくしてはありえないであろう、その素晴らしい演奏に尊敬の念すら感じた。
今年のGWの「ラ・フォル・ジュルネ」でも彼女は何回か登場し、私はショパンのピアノ協奏曲第1番のチケットが運良くとれたので、そちらも楽しみにしたい。
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