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エリサベト・セーデルストレム逝去

スウェーデンの名ソプラノ、エリサベト・セーデルストレム(Elisabeth Söderström)が11月20日、82歳で亡くなったそうだ。
日本のマスメディアではとりあげられていないようだが、やはり北欧の歌手は馴染みが薄いのだろうか。

1927年5月7日、ストックホルム(Stockholm)に生まれ、数々のオペラの舞台にたった。
正式名はAnna Elisabeth Söderström-Olowというらしい。
歌曲歌手としても、DECCAへのトム・クラウセと分け合ったシベリウス歌曲全集(トム・クラウセの担当していない曲の穴埋め的な録音で、彼女の担当曲数は12曲のみ)や、ラフマニノフ歌曲集、チャイコフスキー歌曲集、それにショパン歌曲全集など、多くの録音を残した。
シューベルトなどのドイツリートも歌っており、バドゥラ=スコダと共に録音もしていた。
また、数年前にBBCの放送音源がCD化されて、幅広いレパートリーを披露していた(下記参照)。

セーデルストレムは、ソプラノながら北欧の歌手らしいほの暗い響きも持ち、細かいヴィブラートを伴った突き抜ける強靭な声で、ドラマティックな表現とリリカルな表現のどちらも得意とした。
また華やかな容姿にも恵まれ、舞台姿も様になっていたことだろう(一度も実演を聴くことが出来なかったのは残念)。

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シベリウス歌曲全集でセーデルストレム(ユニバーサルミュージックの表記ではドイツ語式に「ゼーダーシュトレーム」となっている)が担当した曲は以下のとおり。

Soderstrom_sibelius_deccaジャン・シベリウス/歌曲全集
ユニバーサルミュージック: DECCA: UCCD-3815/8
録音:1978年12月-1981年11月、ロンドン、キングズウェイ・ホール

エリーザベト・ゼーダーシュトレーム(Elisabeth Söderström)(S)
ヴラディーミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy)(P)

(ほかの歌曲はバリトンのトム・クラウセとピアノのアーウィン・ゲイジ、ギターのカルロス・ボネルが演奏している)

もはやわたしは問わなかった(Se'n har jag ej frågat rnera) Op.17-1
とんぼ(En slända) Op.17-5
ユバル(Jubal) Op.35-1
しかしわたしの鳥は帰って来ない(Men min fågel märks dock icke) Op.36-2
トリアノンでのテニス(Bollspelet vid Trianon) Op.36-3
薔薇の歌(Rosenlied) Op.50-6
五月(Maj) Op.57-4
春にとらわれて(Vårtagen) Op.61-8
私の思いには百もの道がある(Hundra vägar har min tanke) Op.72-6
あなた達姉妹よ 兄弟よ 愛し合う者達よ(I systrar, I bröder, I älskande par!) Op.86-6
誰がお前の道をここへ?(Vem styrde hit din väg?) Op.90-6
可愛い娘たち(Små flickorna)

この時、セーデルストレムは声の美しさという観点からのみ言えば最盛期は過ぎていただろうが、そのこなれた繊細な表現力は円熟期ならではの素晴らしさと言えるのではないだろうか。
「トリアノンでのテニス」ではお高くとまった貴婦人たちをからかった詩に楽しい音楽がつけられ、セーデルストレムの語り口の見事さを堪能できる。
なお、この国内盤CD、現在は廃盤のようだが、どの曲を誰が演奏しているかの表示に誤りが多かったので、次回再発する際には正してほしい。

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イギリスでの若い頃と円熟期の2種類のライヴ録音をまとめたものがBBC Legendsからリリースされている。
共演はオーストリア人のイセップと、英国人のヴィニョールズである。

Soderstrom_bbc_recitalsSöderström / Liszt, Schubert, Tchaikovsky, Rachmaninov, Grieg, Strauss
BBC Legends: BBCL-4132-2

録音:1971年8月14日, Queen Elizabeth Hall, London (1-11),
1984年4月30日, St John's Smith Square, London (12-25)

Elisabeth Söderström(エリサベト・セーデルストレム)(S)
Martin Isepp(マーティン・イセップ)(P: 1-11)
Roger Vignoles(ロジャー・ヴィニョールズ)(P: 12-25)

R.シュトラウス(1864-1949)
1.したわしき幻(Freundliche Vision) Op.48-1
2.雨風をしのぐ仮の宿を(Ein Obdach gegen Sturm und Regen) Op.46-1

グリーグ(1843-1907)
3.早咲きの桜草を手に(Med en primulaveris) Op.26-4
4.睡蓮に寄せて(Med en vandlilje) Op.25-4

ニールセン(1865-1931)
5.リンゴの花(Æbleblomst) FS18-1 (Op.10-1)

リスト(1811-1886)
6.もし美しい芝生があるなら(S'il est un charmant gazon) S284
7.おお!私が眠るとき(Oh! quand je dors) S282
8.わが子よ、もし私が王だったら(Enfant, si j'étais roi) S283
9.どうやってと彼らは言った(Comment, disaient-ils) S276

シューベルト(1797-1828)
10.至福(Seligkeit) D433

ヴォルフ(1860-1903)
11.口さがない人たちはみな(Mögen alle bösen Zungen)

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リスト(1811-1886)
12.ミニョンの歌(あの国をご存知ですか)(Mignons Lied: Kennst du das Land) S275

シューベルト(1797-1828)
13.糸を紡ぐグレートヒェン(Gretchen am Spinnrade) D118
14.愛(喜びにあふれ悲しみに満ち)(Die Liebe: Freudvoll und leidvoll) D210
15.魔王(Erlkönig) D328

チャイコフスキー(1840-1893)
16.なぜ(Otchevo?) Op.28-3
17.ただあこがれを知る者だけが(Net, tolko tot, kto znal) Op.6-6
18.かっこう(Kukushka) Op.54-8

ラフマニノフ(1873-1943)
19.美しい人よ、私のために歌わないで(Ne poy, krasavica, pri mne) Op.4-4
20.A.ミュッセからの断片(Otryvok iz A. Myusse) Op.21-6
21.ねずみ捕りの男(Krysolov) Op.38-4

22.エリサベト・セーデルストレムが最初のアンコールを紹介する

グリーグ(1843-1907)
23.君を愛す(Jeg elsker dig) Op.5-3

24.エリサベト・セーデルストレムが2曲目のアンコールを紹介する

シベリウス(1865-1957)
25.少女(Små flickorna)

シューベルトの「魔王」まで歌っているのは意外だったが、彼女の声の特性をよくよく考えてみればあながち不思議でもない(各登場人物のキャラクターをかなり大胆に歌い分けている)。
上記の中ではチャイコフスキーの「かっこう」という曲が面白い。
後半はほとんどかっこうの鳴き声ばかりが連呼され、聴く分には非常に楽しい作品だ。
だが、詩はかなりシニカルで、夜鶯や雲雀やつぐみの鳴き声は町で話題にのぼっているのに、かっこうのことは誰も気にとめないと知らされ、自分でアピールしようとするという内容である。
また、いくつかの作品では彼女の抑制された弱声の魅力も味わうことが出来る。
決して機械のような正確なコントロールを操る人ではないが、人間味に満ちた味わいは、他の技巧に長けた歌手とは異なる親しみやすい魅力を感じさせる。
悲痛な心情からユーモラスな表現まで幅の広い彼女の至芸を堪能できるアルバムだと思う。
あらためてこの録音に耳を傾けながら彼女のご冥福をお祈りします。

最後に動画サイトにアップされていた彼女の歌うシューベルトの「トゥーレの王」をリンクしておきます(パウル・バドゥラ=スコダのピアノ)。
 こちら

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R.シュトラウス/「カプリッチョ」(2009年11月23日 日生劇場)

東京二期会オペラ劇場
Capriccio_20091123_pamphletR.シュトラウス/「カプリッチョ」
音楽のための会話劇
字幕付原語(ドイツ語)上演
台本:クレメンス・クラウス及びリヒャルト・シュトラウス

2009年11月23日(月・祝) 14:00 日生劇場(2階K列16番)

伯爵令嬢マドレーヌ:釜洞裕子
伯爵、マドレーヌの兄:成田博之
作曲家フラマン:児玉和弘
詩人オリヴィエ:友清崇
劇場支配人ラ・ロシュ:山下浩司
女優クレロン:谷口睦美
ムッシュ・トープ(プロンプター):森田有生
イタリア人ソプラノ歌手:高橋知子
イタリア人テノール歌手:村上公太
執事長:小田川哲也
8人の従僕たち:菅野敦、園山正孝、西岡慎介、宮本英一郎、井上雅人、倉本晋児、塩入功司、千葉裕一

エトワール:伊藤範子
男性ダンサー、兵士:原田秀彦
年老いた召使:久保たけし

管弦楽:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団(Tokyo City Philharmonic Orchestra)
指揮:沼尻竜典(Numajiri, Ryusuke)

演出・装置:ジョエル・ローウェルス(Joël Lauwers)   
照明:沢田祐二   
衣裳:小栗菜代子
振付:伊藤範子
舞台監督:小栗哲家 、金坂淳台 
公演監督:曽我榮子
制作:財団法人東京二期会

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日生劇場といえば、F=ディースカウらが参加したベルリン・ドイツ・オペラが1963年にこけら落とし公演をした劇場として名前は知っていた。
しかし、これまでオペラと縁の薄かった私はこの劇場に一度も行ったことはなく、今回「カプリッチョ」を鑑賞するためにはじめて出かけてきた。

ここのところ、オペラの面白さに少しずつ開眼してきた私は、経済的に許される範囲内でいろいろ聴いてみたい気持ちになっている。
先日フェリシティ・ロットがN響と共演して「カプリッチョ」からの一場面を非常に美しく歌ってくれたのを聴いて興味をもっていた折、このオペラ全曲が二期会によって上演されることを知り、チケットを購入することにした。

会場は日比谷駅からすぐのところにあり、交通の便はいい。
さすがに一昔前のつくりのような劇場だが、開館当時としてはきっと豪華な印象を与えたに違いない。

キャストは主要役についてはみなダブルキャストとなっていたが、私の聴いた23日に出演する歌手で以前に実演で聴いたことがあるのは釜洞さんだけだった。
初めての歌手を聴くのも期待にわくわくするものである。

「カプリッチョ」は1幕のオペラだが、全曲で2時間半を越す大作であり、今回は1時間ほどしたところで20分ほどの休憩が入った。
私の席は劇場最後列だったが、2階建てのつくりになっているせいか、新国立劇場に比べると随分ステージが近く感じられ、オーケストラピットや指揮者もはっきり見ることが出来た。
詩と音楽のどちらをとるかというテーマを、未亡人マドレーヌに思いを寄せる詩人オリヴィエと作曲家フラマンとの駆け引きに置き換えた内容である。
前半は、最初の20分ぐらいはなんとか字幕を追いながら舞台についていこうとしたのだが、連日のコンサート通い(たまたま連続してしまった)で疲れがたまっていたこともあったのか、気が付くと瞼がおりている状態で、筋の展開も分からなくなってしまい、そうこうするうちに休憩となってしまった。
休憩時間に体を動かして、後半はなんとか最後まで舞台を見ることが出来た。
正直なところ、事前に予習していなかった私にとってこのオペラは少々難しい印象を受けた。
インテリ層のらちのあかない議論を延々と聞かされているような気もしたが、途中のバレエの導入はよい気分転換になった。
沢山出てくる登場人物のそれぞれの立場をあらかじめ頭に入れておけば、結構楽しめるのかもしれない。
しかし、私のような初心者からすれば、このオペラは最後のマドレーヌのうっとりするようなモノローグを聴くためにあったようなものだった。
釜洞裕子演ずるマドレーヌを聴けたことが、今回一番の収穫だった。
彼女の声はボーイソプラノのような純粋さに、安定した技巧が加わったような印象を受けたが、伯爵令嬢の気品と落ち着きが感じられ、適役だったと思う。

歌手は総じてみなよく歌っていたように感じた(時折出てくる音楽なしのドイツ語の語りについてはいまひとつの感もあったが)。
女優クレロンの衣装は宝塚の男役のようで、演技も男役っぽく感じられたのは衣装に引きずられてそう感じただけだろうか(それとも意図的?)。

「月光の音楽」を、沼尻竜典指揮東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団は美しく演奏していた。

演出(ジョエル・ローウェルス)に関しては、ナチスの兵隊が冒頭にあらわれ、最後にはフラマン、オリヴィエを連行しようとしていたようだが、このオペラが作曲されたのが、ナチス政権の勢力が頂点にあった1942年とのことで、その政治状況を織り交ぜたということなのだろう。
最後の伯爵令嬢のモノローグでは、マドレーヌは白髪となっており、晩年の回想という設定に置き換えられているようだ。
その際に部屋のセットがゆっくりと後方に移動し、閉じられたのは、マドレーヌの現実を表現しようとしたのだろうか。
私にはその意図するところが難しく、よく分からなかった。

とはいえ、シャンデリアのある豪華な部屋のセットと、そこに多数あらわれる様々な人間模様は、視覚的には面白く、このオペラへの導入として、いい機会を与えてくれたと感じた。
今度は音楽面に集中してさまざまな音源を聴いてみたいと思った。

Capriccio_20091123_chirashi

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オピッツ/ピアノ・リサイタル(2009年11月22日 川口リリア 音楽ホール)

ゲルハルト・オピッツ ピアノ・リサイタル
Oppitz_200911ベートーヴェン4大ソナタを弾く!!

2009年11月22日(日) 15:00 川口リリア 音楽ホール(C列13番)

ゲルハルト・オピッツ(Gerhard Oppitz)(P)

[Bプログラム]

ベートーヴェン(Beethoven)作曲

ピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」作品13
 第1楽章:Grave - Allegro di molto e con brio
 第2楽章:Adagio cantabile
 第3楽章:Rondo: Allegro

ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調「月光」作品27-2
 第1楽章:Adagio sostenuto
 第2楽章:Allegretto
 第3楽章:Presto agitato

~休憩~

ピアノ・ソナタ第17番ニ短調「テンペスト」作品31-2
 第1楽章:Largo - Allegro
 第2楽章:Adagio
 第3楽章:Allegretto

ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調「熱情」作品57
 第1楽章:Allegro assai
 第2楽章:Andante con moto
 第3楽章:Allegro ma non troppo - Presto

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昨年に引き続き、オピッツのリサイタルを聴いてきた。
今回はベートーヴェンの有名なソナタ4曲。
人気の高い曲ばかりでプログラムを組めるのは、オピッツの自信のあらわれだろう。

それにしても今回は前半を聴いただけで圧倒されてしまった。
「悲愴」の両端楽章では決して音を汚すことなく、絶妙なコントロールでドラマを築き上げていたし、第2楽章でのオピッツは楽器を使って、見事なまでに“歌って”いた。
そして「月光」では第1楽章の3連符が決して単調にならず、たゆたう水面のように静かに奏され、その上の高音のメロディーが美しく歌われる。
続く第2楽章ではごつごつしたドイツ風ダンスのように演奏され、最終楽章ではテクニックはあくまで手段に過ぎず、劇的な“音楽”によって圧倒してくれた。

後半ではライヴならではの熱気にようなものがさらに加わり、「熱情」の最後では自らを煽って、限界に挑戦するかのようにスピードアップしてクライマックスを築いた。
「テンペスト」の第1楽章でのレチタティーヴォ風の箇所では、あえて濁りを気にせずにペダルを踏みっぱなしにして効果的に響かせていた。

外国の人としては決して大きくはない中肉中背のオピッツだが、その演奏は潤いに満ちた音と安定したテクニック、それに自然な流れを維持するテンポ感によって、ドイツ音楽の伝統とはこういうものなのだろうと実感させてくれた。
彼の演奏はたとえてみれば、土の匂いのするごつごつした雰囲気。
しかし、それが高度なテクニックと、歌に溢れたタッチに支えられて何とも言えない温かい趣を醸し出す。
同じドイツ人のペーター・レーゼルの演奏が洗練されたスマートなものだとすれば、オピッツの演奏は実直なまでに無骨に伝統を守ろうとするものと言えるかもしれない。

聴衆の熱烈な拍手に何度も呼び出されながら昨年同様アンコールは無かった。
本プログラムだけで全力を尽くしたのだろうから、これ以上望むのも酷だろう。

来年の12月には東京オペラシティでシューベルトのシリーズがスタートするようで今から楽しみである。

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ベルク/「ヴォツェック」(2009年11月21日 新国立劇場 オペラパレス)

アルバン・ベルク(Alban Berg)/ヴォツェック(Wozzeck)(全3幕)
Wozzeck_200911212009/2010シーズン
新制作
ドイツ語上演/字幕付

200911月21日(土) 14:00 新国立劇場 オペラパレス(4階3列40番)

ヴォツェック(Wozzeck):トーマス・ヨハネス・マイヤー(Thomas Johannes Mayer)
鼓手長(Tambourmajor):エンドリック・ヴォトリッヒ(Endrik Wottrich)
アンドレス(Andres):高野二郎(Takano Jiro)
大尉(Hauptmann):フォルカー・フォーゲル(Volker Vogel)
医者(Doktor):妻屋秀和(Tsumaya Hidekazu)
第一の徒弟職人(1. Handwerksbursch):大澤 建(Osawa Ken)
第二の徒弟職人(2. Handwerksbursch):星野 淳(Hoshino Jun)
白痴(Der Narr):松浦健(Matsuura Ken)
マリー(Marie):ウルズラ・ヘッセ・フォン・デン・シュタイネン(Ursula Hesse von den Steinen)
マルグレート(Margret):山下牧子(Yamashita Makiko)
マリーの子供(Mariens Knabe):中島健一郎(Nakajima Kenichiro)
兵士(Ein Soldat):二階谷洋介(Nikaitani Yosuke)
若者(Ein Bursche):小田修一(Koda Shuichi)

合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:NHK東京児童合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:ハルトムート・ヘンヒェン(Hartmut Haenchen)

演出:アンドレアス・クリーゲンブルク(Andreas Kriegenburg)
美術:ハラルド・トアー
衣裳:アンドレア・シュラート
照明:シュテファン・ボリガー
振付:ツェンタ・ヘルテル

原作:ゲオルク・ビューヒナー(Georg Büchner)
台本・作曲:アルバン・ベルク(Alban Berg)

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いつも京王新線の初台駅で下車した時は東京オペラシティのコンサートホールが目当てだったのだが、遅ればせながら初めて新国立劇場でオペラを聴いてきた。
会場に入るとレッドカーペットが中まで続き、ちょっとしたリッチな雰囲気を味わわせてくれる。

今回の「ヴォツェック」(「ヴォッツェク」という日本語表記の方がいいような気もするが)、全3幕が休憩なしに演奏されたが、1時間半ほどで、中だるみすることのない適度な長さだった。
無調で作られた作品らしいが、小難しさをほとんど感じなかったのは歌とストーリーを反映していたからだろうか。
歌手は無調の歌唱とシュプレッヒシュティメ(リズムだけが決められていて歌うのではなく語る)を使い分ける。

内容は、貧しい兵卒のヴォツェックと、内縁関係のマリー、そしてその幼い子供を軸にして進む。
ヴォツェックは貧しさと祝福されない子供をもつ後ろめたさから心を病み妄想を見たりする。
その一方でマリーは鼓手長に魅了され関係をもってしまう。
そのことを知ったヴォツェックはマリーを問い詰め、最後には刺し殺してしまう。
ヴォツェック自身もマリーを刺したナイフを探して溺れ死に、最後に何も分からない子供だけが取り残されるという筋。

今回の舞台は、ヴォツェック、マリー、その子供の住む殺風景な部屋がまずある。
その部屋は移動式になっており、奥に移動すると、水を薄く張った舞台があらわれ、その上で登場人物たちが長靴を履いて様々な場面を演じていた。
水の上での演技はなかなか大変そうで、演出家(クリーゲンブルク)の意図(芸術と自然の音との対比、水は鏡のように自らを映し出す)を表現するには他の方法もあったのではという気もする。

ヴォツェック役のマイヤーは見事な声と表現力だったが、心を病んでいる役にしてはあまりにも立派すぎる感もあった。
もう少し弱さがあった方が良かったのでは。
マリー役のシュタイネンは声は美しくよく通り、演技も自然で良かったが、さらに妖艶さがあったら良かったかもしれない。
大尉役のフォーゲルはまるまるとした体躯で、そういう衣装なのか、それとももともとの体型なのか遠目でははっきりしなかったが、おそらく後者ではないか。
動きにくそうな分、歌唱で大尉の嫌味な性格をよく表現していたように感じた。
奇天烈な衣装に身を包んだ医者役の妻屋秀和も立派な声だったが、あの衣装の意味がよく分からなかった。

演者の中ではほぼ全編で出ずっぱりと言ってもいいぐらいの子供(中島健一郎)が、歌う箇所がないにもかかわらず一番印象に残った。
児童合唱団のメンバーなのかと思ったが、どうやら俳優のようだ(小学生ぐらいだろうか)。
物怖じしない堂々とした演技は大物感たっぷりである。
彼をほとんど常に舞台に残すことによって、親子の複雑な関係がうまく暗示されていたように思った。

それにしても天井桟敷のお客さんは反応が冷静というのか、カーテンコールの時も私の回りで拍手をする人はまばらだった。
通の人たちの席なのだろうか。

Wozzeck_20091121_chirashi

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Every Little Thingベストアルバムの詳細発表

ELTが年末(12月23日)にリリースする3形態でのシングル・ベスト盤の詳細が公式HPで発表された。
ジャケット写真のために明治製菓とコラボを組み、懐かしいチェルシーのデザインが実現したのは面白いアイディアだ。

1.初回限定盤
CD4枚+DVD2枚
【CD内容】両A面シングル全49曲 + Dragon Ashのkjによる「Time goes by」のリメイク(「Time goes by ~as time goes by」)
【DVD内容】シングルの全プロモーションビデオ38曲 + ツアー「MEET」のオフショット

2.通常盤
CD4枚
【CD内容】両A面シングル全49曲 + Dragon Ashのkjによる「Time goes by」のリメイク(「Time goes by ~as time goes by」)

3.リクエスト盤
CD2枚
【CD内容】両A面シングル全49曲からファン投票で選ばれた上位30曲(リリース順)

1さえあればELTの過去の全シングルの音楽と映像(PV)が網羅されることになる。
特にフルではPVが作られなかった「FOREVER YOURS」のショートバージョンが初めて収録されるのは貴重である(出来れば「Face the change」のショートバージョンも収録してほしかったが)。

3のファン投票によるリクエスト結果も発表されたが、一般的な人気曲の最大公約数30曲が選ばれたということになる。
なるほどなぁというほぼ予想通りの結果だったが、「一日の始まりに...」のような複数曲入りのシングルの目玉曲以外が選ばれるという意外性もあって興味深かった(この曲、私個人も目玉曲の「またあした」以上に好きである)。
以下、発表された結果による曲目と、私自身だったらという30曲を勝手に選んでみた。

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Every Best Single ~COMPLETE~

★リクエスト盤
AVCD-38008~9
【CD2枚組】

Disc 1
01 Dear My Friend
02 For the moment
03 出逢った頃のように*
04 Shapes Of Love
05 Face the change
06 Time goes by
07 FOREVER YOURS
08 Over and Over
09 Rescue me
10 愛のカケラ*
11 fragile
12 Graceful World*
13 jump
14 キヲク
15 ささやかな祈り

Disc 2
01 UNSPEAKABLE
02 愛の謳*
03 nostalgia*
04 Grip!
05 また あした*
06 一日の始まりに...*
07 ソラアイ
08 恋文*
09 good night*
10 きみの て
11 スイミー
12 恋をしている
13 サクラビト
14 あたらしい日々*
15 DREAM GOES ON

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私がシングル曲から30曲選ぶとしたら・・・

Feel My Heart*
Future World*
Dear My Friend
For the moment
Shapes Of Love
Face the change
Time goes by
FOREVER YOURS
NECESSARY*
Over and Over
Someday, Someplace* 
Pray*
Get Into A Groove*
Rescue me
fragile
jump
キヲク
ささやかな祈り
UNSPEAKABLE
ルーム*
Grip!
ファンダメンタル・ラブ*
ソラアイ
きみの て
ハイファイ メッセージ*
スイミー
恋をしている
サクラビト
DREAM GOES ON
冷たい雨*
 
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上記の*印はリクエスト結果と私の選曲が異なる曲を示している。
こうしてリストアップしてみると、私はやはり五十嵐さんの作った曲への思い入れが強い。
「Feel My Heart」「Face the change」「Someday, Someplace」「Get Into A Groove」「Rescue me」などは今後もずっと聴き続けたい曲である。
五十嵐さんの曲以外では「ルーム」「ソラアイ」「ハイファイ メッセージ」「スイミー」などが特に気に入っている。

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グルック/オペラ・コミック「思いがけないめぐり会い、またはメッカの巡礼」(2009年11月15日 北とぴあ さくらホール)

北とぴあ国際音楽祭2009
Gluck_20091115_pamphletグルック(Gluck)/オペラ・コミック「思いがけないめぐり会い、またはメッカの巡礼(La rencontre imprévue, ou Les pèlerins de la Mecque)」(全3幕)(日本初演)

2009年11月15日(日) 15:00 北とぴあ さくらホール(2階J列8番)

作曲:クリストフ・ヴィリバルト・グルック
台本:ダンクール(原作:ルサージュ/ドルヌヴァル)
初演:1764年1月7日、ブルク劇場(ヴィーン)

レジア:森 麻季(Maki Mori)(ソプラノ)
バルキス:野々下 由香里(Yukari Nonoshita)(ソプラノ)
ダルダネ:柴山 晴美(Harumi Shibayama)(ソプラノ)
アミーヌ:山村 奈緒子(Naoco Yamamura)(ソプラノ)
アリ:鈴木 准(Jun Suzuki)(テノール)
オスミン:羽山 晃生(Kosei Hayama)(テノール)
托鉢僧:フルヴィオ・ベッティーニ(Fulvio Bettini)(バリトン)
ヴェルティゴ:大山 大輔(Daisuke Oyama)(バリトン)
スルタン:根岸 一郎(Ichiro Negishi)(テノール)
隊長:谷口 洋介(Yosuke Taniguchi)(テノール)

ダンサー :三井聡、井上圭、関根実里、水那れお、今村たまえ、黒瀬麻美

管弦楽:レ・ボレアード(Les Boréades)(オリジナル楽器使用)
指揮:寺神戸 亮(Ryo Terakado)

演出:飯塚 励生(Leo Iizuka)

台詞:日本語
歌詞:原語(フランス語)
日本語字幕付

第1幕:35分
第2幕:40分
第3幕:40分

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昨年の北とぴあ国際音楽祭でハイドンの「騎士オルランド」を見て、とても楽しめたので、今回のグルックのオペラも出かけてきた。
このオペラ全曲ははじめて聴くのだが、この中のアリア「Einem Bach der fließt」はシュヴァルツコプフなど女声歌手の歌曲リサイタルのレパートリーとしてしばしば歌われるので、それがオペラのどのような場面で歌われるのか興味があった。
また、今年アンティ・シーララのピアノリサイタルで聴いたモーツァルトの変奏曲K. 455も、このオペラの中の「われら愚かな民の思うは(Unser dummer Pobel meint)」をテーマに用いていた。

聴き終わっての感想は今回も「楽しかった」という言葉に尽きる。
各幕が40分ほどでその間に休憩が入ったので、オペラ初心者の私には集中力が途切れないちょうど良い長さだったのが良かった。
内容的にもコミカルな歌と演技が多く、アリア以外はレチタティーヴォではない無い純粋な日本語のセリフ(イタリア人のベッティーニだけは仏語のセリフ)で進められるので、物語の展開がもたつかず、飽きることなく聴けた。

オペラのあらすじは以下のとおり。
バルソラの王子アリは、ペルシアの王女レジアと恋仲で、駆け落ちの最中に海賊に襲われ、二人は離れ離れになる。
従者オスミンとともにアリはレジアを探す旅の途中、エジプトのカイロにたどり着く。
そこへ三人の美女(バルキス、ダルダネ、アミーヌ)が次々にあらわれ、アリを誘惑しようとするが、実はこの三人はレジアの侍女で、アリがカイロに来たことを知ったレジアが、自分への恋心を試すために侍女たちを使って誘惑させていたのだった。
誘惑に落ちることのなかったアリはとうとうレジアとの再会を果たし愛を確認しあうが、狩りに出かけたはずのスルタンが怒って戻ってきたということを聞き、托鉢層に頼んでメッカの巡礼にまぎれて逃げようとする。
しかし、この托鉢層が裏切り、彼らはスルタンに捕まってしまう。
そこで従者や侍女たちが、レジアとアリの深い愛を訴え、それを聞いて心動かされたスルタンは結局二人を許す。

歌手は昨年にも増して水準が高いと感じた。
はじめて聴いた森麻季は、その名声に違わぬ実力をまざまざと実感させられた。
レジア役はこのオペラの中で最も高い技術が求められているように感じたが、彼女はどんな高音も、コロラトゥーラの箇所も、さらに内面的な表情が求められる箇所も、ものの見事に決めてしまう。
声は後ろから3列目の私の席まで、ほかのどの歌手にも増してよく通り、どの音域でもよく練られた美声は、彼女の現在の人気を裏付けるには充分であった。
そして、もちろん視覚も重要なオペラでは、彼女の恵まれた容姿もおおいにプラスに働いていた。
レジアの恋人アリを演じた鈴木准は、誠実な役どころをものの見事に表現し尽し、全く危なげのない美声で、森と堂々と渡り合っていた。
アリがタミーノだとしたら、その従者オスミンはパパゲーノのような性格と例えられるだろう。
そのオスミンを演じた羽山晃生は今日のキャスト一のコメディアンぶりを発揮していた。
コミカルな演技を全く不自然さを感じさせずに最後まで見せたのは、努力と同時にその適性もあったのであろう。
このようなキャラクターで今後活躍していく予感大である。
托鉢僧を演じたフルヴィオ・ベッティーニは以前にも北とぴあ音楽祭に出演したことがあるそうで、今回再登場となったようだ。
確かにわざわざ来日してもらうだけの声の表現力の豊かさと、巧まずしてコミカルな味を出す芸達者ぶり(時々日本語を織り交ぜるのが面白い)が素晴らしかった。
奇人画家ヴェルティゴは、オペラの本筋とは関係のない唯一の役どころながら、その役に付けられた音楽の充実ぶりは、作曲者グルックの思い入れの強さを感じさせる。
実はシュヴァルツコプフらが単独でしばしば歌った「流れる小川に(Einem Bach der fließt)」は、このヴェルティゴが最終幕で歌う"Un ruisselet, bien clair"というアリアらしいことが後で分かったのだが、このオペラを聴いている時には結局どこで歌われたのか気付かなかった。
ヴェルティゴ役の大山大輔は奇人ぶりをおおいに楽しんで演じていたように感じた。
レジアの3人の侍女たちもそれぞれ健闘していたが、古楽でよく知られている野々下由香里はカーテンコールでも拍手が大きかったように感じた。
スルタンとキャラバン隊長は最終幕しか出番がないものの、特に前者は重要な役どころと言えるだろう。
そして、男性2人+女性4人のダンサーたちは、切れのいいダンスだけでなく、ステージ上での登場人物としての演技も抜かりなく、そのプロ意識に感銘を受けた。

寺神戸亮率いる古楽集団レ・ボレアードの響きはやはり心地よい。
古楽器特有の響きに癒された気分である。

異国情緒たっぷりの舞台美術と衣装が素晴らしかったことも特筆すべきだろう(特に第1幕と第3幕)。
奇をてらわない正攻法の演出も好感をもてた。

そして、モーツァルトが変奏曲でそのテーマを使った「われら愚かな民の思うは」(第1幕の托鉢僧のアリア)は各幕がはじまる直前に開幕の合図のように鍵盤楽器で演奏されたのも洒落た演出だった(録音かもしれない。私の席からはオーケストラピットが殆ど見えないので)。

来年は生誕300年にあたるペルゴレージが特集されるとのこと。
レ・ボレアードの再登場を期待したい。

Gluck_20091115_chirashi

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ハイドン/彼女は決して恋心を語りませんでした

She never told her love, Hob. XXVIa no. 34
 彼女は決して恋心を語りませんでした

She never told her love,
But let concealment,like a worm in the bud,
Feed on her damask cheek...;
She sat,like Patience on a monument,
Smiling at grief.
 彼女は決して恋心を語りませんでした、
 しかし隠匿が、蕾に潜む虫のように、
 彼女の薄紅色の頬を蝕んでいくにまかせていたのです。
 彼女は座っていました、記念碑の忍耐像のように、
 悲しみに微笑みかけながら。

詩:William Shakespeare (1564-1616)
曲:Franz Joseph Haydn (1732-1809)

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「6つのオリジナル・カンツォネッタ 第2集」の第4曲目。
詩はシェイクスピアの戯曲「十二夜(Twelfth Night)」第2幕第4場の中で、道化フェステ(Feste)が「来たれ、死よ」を歌って退場した後のヴァイオラ(Viola)の台詞から採られている。

悠然たるテンポの長大なピアノ前奏で始まるが、ためらいがちに3つの和音の上行が繰り返され、主人公の恥じらいを表現しているかのようだ。
歌はかみしめるような口調で一語一語を重みをもって表現しているが、とりわけ最終行の「Smiling」は何度も繰り返され、主人公のけなげさが強調されている。
ピアノ後奏はシューベルトの「夜と夢」を思わせるゆったりとしたトレモロでしっとりと締めくくられる。

2分の2拍子(アッラ・ブレーヴェ記号)、Largo assai e con espressione、変イ長調
歌声部の最高音2点ヘ音、最低音1点ニ音でそれほど音域は広くない。
全39小節(うちピアノ前奏は14小節で3分の1を占める)。

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アーメリング(S)デームス(P):PHILIPS:1980年録音:アーメリング円熟期の歌唱だけに、せつない思いを込める声の表現に磨きがかかっている。最後の細やかな装飾は聞きもの。デームスもピアノでよく歌っている。
演奏はこちらで聴けます。

オージェー(S)ヴェルバ(Hammerklavier):ORFEO:1978年ライヴ録音:オージェーは透き通った美声が魅力的で最後の"grief"という語で一気に感情をぶつけているのが印象的。古楽器をヴェルバが弾いているのは珍しいが、テンポを揺らしながらも気持ちを込めた演奏だった(第1小節の主和音を省いて演奏していた)。

F=ディースカウ(BR)ムーア(P):EMI(ODEON):1959年録音:女声用の作品を歌うことを頑なに拒んだF=ディースカウがこの曲を歌っているのが面白い。戯曲の設定を無視して詩だけ見れば男声が歌っても問題ないと判断したのか、それとも戯曲の中でヴァイオラが男装している時の台詞だからだろうか。演奏自体はF=ディースカウもムーアも丁寧で魅力的(男声だからだろうか、第三者的な演奏)。

ホルツマイア(BR)クーパー(P):PHILIPS:1997年録音:たっぷりとしたテンポで歌うホルツマイアが最終行で聴かせる弱声は魅惑的だった。クーパーは自然なテンポ感と美しいタッチで聴き入ってしまう。

エインスリー(T)ヴィニョールズ(P):Hyperion:2001年録音:エインスリーはネイティヴならではの美しい発音で丁寧に歌っていた。ヴィニョールズはいつになく起伏の大きなドラマティックな表情で弾いていた。

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なお、歌曲投稿サイト「詩と音楽」に以前私が投稿したページをリンクしておきますので、興味のある方はご覧ください。
 こちら

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内藤明美&平島誠也/メゾソプラノリサイタル(2009年11月6日 東京オペラシティ リサイタルホール)

内藤明美 メゾソプラノリサイタル
Naito_hirashima_20091106二人のフェリックス
~メンデルスゾーン生誕200年に因んで~
メンデルスゾーンとドレーゼケの歌曲

2009年11月6日(金) 19:00 東京オペラシティー リサイタルホール(自由席)

内藤明美(Akemi Naito)(MS)
平島誠也(Seiya Hirashima)(P)

メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy: 1809-1847)作曲

月op.86-5
ふたつの心が離れる時op.99-5
問いop.9-1
最初の喪失op.99-1
恋する女の手紙op.86-3
ズライカop.34-3
ズライカop.57-3

花束op.47-5
あいさつop.19-5
思い出(Erinnerung)(1841)(詩:Heine)
君のもとに飛んで行けたら(O könnt' ich zu dir fliegen)(1840)(詩:Schenkendorf)
民謡(Volkslied)(1845?)(詩:Burns)
葦の歌op.71-4
夜の歌op.71-6

~休憩~

ドレーゼケ(Felix Draeseke: 1835-1913)作曲

捨てられた娘op.2-11
夕暮れの輪舞op.17-1
アグネスop.81-2
君は翳らぬ日の光op.67-2

「風景画集」op.20(中声のための六つの歌曲)
 小舟
 おまえの息吹の香を
 私はただ人生について考えた
 夜の慰め
 ローマの夜
 ヴェネツィア

~アンコール~
1.メンデルスゾーン/歌の翼にop.34-2
2、リスト(Franz Liszt)/それは素晴らしいことにちがいない(Es muss ein Wunderbares sein)S.314
3.島原の子守唄

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内藤明美&平島誠也によるリサイタルは毎年地道に続けられ、その意欲的なプログラミングと聴き手を魅了する演奏は毎回貴重な体験をさせてくれる。
今回のリサイタルでは生誕200年ながらなかなかまとまった歌曲のレパートリーとして聴くことの出来なかったメンデルスゾーンと、彼の名前にあやかって同じくフェリックスという名前の付けられたドレーゼケという作曲家の歌曲が披露された。
私はメンデルスゾーン歌曲が大好きなのだが、実演で聴ける機会が殆どないので、今回のリサイタルはおおいに期待して出かけてきた。

内藤さんは前半は金色のシックなドレス、後半は鮮やかなブルーのドレスで、それぞれ髪型も変えて魅せてくれた。

メンデルスゾーンの歌曲というと「歌の翼に」「新しい恋」「あいさつ」あたりが定番で、そのほかに数種類ある「春の歌」や「月」「ヴェネツィアのゴンドラの歌」などが歌われることが多いが、今回の内藤さんのレパートリーはそれらの有名曲はあまりとりあげず、作品番号のついていない非常に珍しい3曲(そのうちの1曲「思い出」はシューマンの「寂しさの涙は何を望むのか」Op.25-21と同じハイネの詩による)も含めて、意欲的な選曲をしているのが目を引く。
次々披露されるメンデルスゾーンの歌曲を聴きながら、これほど魅力的な作品を彼女のような優れた歌唱で聴ける幸せを感じる一方で、なかなか彼の歌曲が普及しないのは案外聴衆を惹きつけるような演奏をするのは歌手たちにとって難しいのかもしれないと感じた。

はじめて聴くドレーゼケの歌曲の中では、最初に演奏された「捨てられた娘」がかなりドラマを感じさせる作品で印象に残った。
同じ詩によるヴォルフの歌曲以上に革新的といってもいいぐらいである。
一方で同じくヴォルフの曲がある「アグネス」では、詩の悲壮感よりも民謡の味わいを前面に出して、ヴォルフとは対照的な解釈をしていたのが興味深かった。
「風景画集」という歌曲集はウーラントら様々な詩人のテキストによる、諸国を旅しているかのような情景描写が歌われている。
そのテキストの性格上、いくらでも手の込んだ描写的な音楽にもなりそうなものだが、ドレーゼケはそのようには作曲しなかったように感じた。
カラーの美麗なパンフレットで充実した解説を執筆されている山崎裕視氏の言葉を借りれば「古典的とも言える様式性と落ち着き」ということになるだろう。

内藤さんは最初のうちこそ若干固く感じられたが、徐々に本来の響きを聞かせてくれたと思う。
内藤さんの深さと官能性を併せ持った声はどちらかというとメンデルスゾーンの清潔で軽快な歌曲とは対照的な印象を持っていたが、実際に聴いていくうちにいつのまにか彼女の世界に引き込まれていくのを感じた。
「最初の喪失」や2曲の「ズライカ」など、シューベルトの歌曲との比較も楽しい。
「ズライカ」についてはシューベルトの曲に劣らず魅力的な作品だと思うがいかがだろうか。
詩人レーナウの憂愁をそのまま音に移し変えたかのような「葦の歌」では、彼女の深みのある声が最大限に生きて、平島さんのピアノともども素晴らしい演奏だった。
アイヒェンドルフの詩による「夜の歌」ではボリューム感のある声でクライマックスを築き、ストレートに胸に迫ってくる名唱だった。
ドレーゼケのはじめて聴く歌曲の数々も決して近寄りがたいものとならず、接しやすい雰囲気で歌ってくれたのは彼女ならではといえるかもしれない。

平島さんのピアノはいつものことながら周到に細部まで目配りの行き届いた演奏。
ピアノの蓋は一番短いスティックでわずかに開けられているに過ぎないが、どの音もつぶすことなく美しく響かせる。
そして各曲の終わりの音をたっぷり伸ばして最後まで曲の雰囲気を大切にしていた。
その作品に対するデリカシーに溢れた感性は、外来のピアニストたちにも見習ってもらいたいほどである。

アンコールの最初で有名な「歌の翼に」が流麗に演奏され、温かい雰囲気に包まれたが、2曲目の作曲家のリストはドレーゼケと深い交流があったようだ。
最後は演奏者お2人の故郷、長崎の歌、辛い境遇に巻き込まれた女性たちを歌った悲しい子守歌だが、内藤さんは独特の節回しを情感豊かに表現し、平島さんは楽譜なしで深い共感をもって演奏していた。

次回はどんなプログラムを聴かせてくれるのか、今から楽しみである。

Naito_hirashima_20091106_chirashi

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フォーレ全歌曲連続演奏会II(2009年11月5日 東京文化会館 小ホール)

日本フォーレ協会創立20周年記念 フォーレ全歌曲連続演奏会II
Faure_20090708-日本フォーレ協会第XXI回演奏会-

2009年11月5日(木) 19:00 東京文化会館 小ホール(全自由席)

フォーレ作曲

ネル op.18-1
旅人 op.18-2
秋 op.18-3
オリンピオの悲しみ(未出版曲)
 鎌田直純(Br)、野平一郎(P)

ある日の詩 op.21 1.出会い 2.いつまでも 3.別れ
 山田暢(S)、犬伏純子(P)

ゆりかご op.23-1
わたしたちの愛 op.23-2
秘密 op.23-3
 佐伯葉子(S)、藤井ゆり(P)

愛の歌 op.27-1
歌の妖精 op.27-2
 神谷明美(S)、藤井ゆり(P)

あけぼの op.39-1
捨てられた花 op.39-2
夢の国 op.39-3
イスファハーンのばら op.39-4
 前田地香子(S)、藤井ゆり(P)

クリスマスop.43-1
夜想曲 op.43-2
祈り
 神谷明美(S)、藤井ゆり(P)

~休憩~
 
この世ではどんな魂も op.10-1
タランテラ op.10-2
 神谷明美(S)、佐伯葉子(S)、藤井ゆり(P)

エレジー op.24
 倉田澄子(Vc)、野平一郎(P)

歌曲集「イヴの歌」(全10曲)op.95
 森朱美(S)、野平一郎(P)

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フォーレ全歌曲連続演奏会も7月に続き、今回で2回目。
今回も「ネル」「秋」「ゆりかご」「捨てられた花」「イスファハーンのばら」など聴きたかった曲が満載!
しかも、大好きなチェロとピアノのための「エレジー」まで聴けて、幸せな時間だった。
また、フォーレの二重唱曲もこういう機会でなければなかなかとりあげられないと思われ、曲も演奏も素晴らしかった。

以下、私の勝手な感想です。

●歌手

鎌田さんはハイバリトンの美しい声をもっているが、起伏が少なく感じられた。高音があまり出ていなかったのが惜しい。

山田さんはベテランらしい含蓄のあるフランス語の語りかけが素晴らしく、声はよく通り、解釈も安定していて安心して聴けた。

佐伯さんはソプラノといっても低めの響きが特徴的で、声を張ると深みのある声になった。

神谷さんはよく響く安定した声といい、めりはりのある語りといい、この日の歌手の中でもとりわけ素晴らしかった。

前田さんはベテランらしい余裕のある表現で特徴的な声質を生かして朗々と歌っていた。

森さんはビジュアル的にも華があり、白を基調とした美しいドレスとともに魅了された。
声は美しいものをもっていて、フランス歌曲に向いているように感じたが、さらに細かい表情が加わったらより良くなるのではと思った。

●ピアニスト

野平さんのピアノは以前から一度聴いてみたかったので、ようやく念願かなった。
どの1曲をとってもしっかり自分のものにして、最大限に曲の魅力を引き出していた。
色彩感にもことかかず、テクニックも申し分ない。
力強さと繊細さを併せ持った素晴らしいピアニストだと感じた。

藤井さんはどの曲にも対応できる優れたテクニックと過不足のない理想的な響きで一貫して素敵な演奏をしていた。

犬伏さんは山田さんとの共演のみだったが、堅実で丁寧な演奏は好感がもてた。

●チェリスト

倉田さんはかなりたくましい朗々とした低音を響かせ、フォーレの名曲「エレジー」の美しい旋律を力強く奏でていた。
特にピアノがメロディーを弾く箇所でチェロがずしんと低い音を持続する時の倉田さんの奏でた音はチェロの醍醐味を味わわせてくれた。
チェロの音色は生で聴くと録音以上に素晴らしい。

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このシリーズ、次回は来年の5月26日とのこと。
有名な「月の光」が歌われるほか、未出版曲「口づけをしたから」という曲も披露されるようで楽しみである。

Faure_20091105_chirashi

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白井光子&ヘル/ブラームス&R.シュトラウス(2009年11月4日 トッパンホール)

シリーズ<R.シュトラウス 2>
白井光子&ハルトムート・ヘル
2009年11月4日(水) 19:00 トッパンホール(G列1番)

白井光子(Mitsuko Shirai)(MS)
ハルトムート・ヘル(Hartmut Höll)(P)

ブラームス(Brahms)作曲
1.エオリアン・ハープに寄す Op.19-5
2.ひばりの歌 Op.70-2
3.ナイチンゲール Op.97-1
4.夕暮れの雨 Op.70-4
5.テレーゼ Op.86-1
6.たそがれる夕べ Op.49-5
7.わたしの想いはあなたに Op.95-2
8.わたしは夢を見た Op.57-3
9.やなぎの花 Op.107-4

~休憩~

R.シュトラウス(R.Strauss)作曲
10.ダリア Op.10-4
11.かわらぬもの Op.69-3
12.たそがれの夢 Op.29-1
13.おお、きみがぼくのものなら Op.26-2
14.解脱 Op.39-4
15.旅人の心の安らぎ Op.67-6
16.帰郷 Op.15-5
17.万霊節 Op.10-8
18.セレナーデ Op.17-2

~アンコール~
1.ブラームス(Brahms)/あなたの青い瞳Op.59-8
2.ヴェーベルン(Webern)/似たもの同士(ヴォルフも同じゲーテの詩に作曲している)
3.ブラームス/私の傷ついた心Op.59-7
4.アイヴス(Ives)/イルメナウ(Ilmenau: テキストは、ゲーテの有名な詩「すべての頂に憩いあり(Über allen Gipfeln ist Ruh)」による)
5.シューマン(Schumann)/出会いと別れOp.90-3
6.ベルク(Berg)/山のかなたの(上田敏の訳で有名なブッセの詩による)

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昨年のラ・フォル・ジュルネで聴いた白井光子が風邪で不調だったこともあり、正直なところ今回聴こうかどうか迷ったのだが、今後彼女を聴ける機会がどれだけあるかを思い、チケットを購入した。
会場はほぼ満席で(完売とのこと)根強い人気をうかがわせた。

プログラムは当初予告されていた曲から2曲カットされたが、「リハーサルを重ね熟考した結果」とのことで、演奏者の厳しい自己批評のすえ決められたことなのだろう。

今回はトッパンホールのR.シュトラウス・シリーズの第2回目という位置づけで彼女たちのリサイタルが催された。
しかし私個人としては前半のブラームスの素晴らしい選曲に期待して出かけてきた。

白井は今回声が温まるまで時間がかかった。
ブラームス最初の数曲では音程も安定せず、ヴィブラートは太く、声量も充分ではなかった。
年齢的に全盛期のような声の充実は求められないだろうが、それでも最初のうちはまだ実力を発揮できていなかったように感じた。
しかし歌い進めるうちに彼女の真摯で温かい歌の世界に自然に引き込まれていった。
声の質は以前とは若干変わったように感じられた。
なんでもなく難所をクリアーしていた過去とは異なることを彼女自身がしっかり受け止め、いかに歌の形を保つか彼女の新たな挑戦が感じられて、その人間味が新たな魅力となっていた。

ブラームスのブロックでは、最初に歌われたメーリケの詩による「エオリアン・ハープに寄す」がとても美しい作品で、彼女の歌で聴けたことは感動的だった。
そしてもう1曲「ひばりの歌」、これはブラームスの知られざる傑作だと思う。
歌とピアノが繊細に対話しているような小品で、清らかな陶酔感がなんともいえない感動を与えてくれる。
「わたしは夢を見た」では白井本来の豊かなフレージングが素晴らしかったし、ブラームス最後の「やなぎの花」では愛らしく表情豊かな彼女の歌に可愛らしさを感じた。

後半のR.シュトラウスのブロックでは、彼女の本来の良さが聴かれ、ボリュームのある声で多彩な作品それぞれを描き分けていた。
とはいえ、「解脱」の最後のかなり長大に持続するフレーズでは、ヘルが速めのテンポで弾くことによって彼女の声を助けているのが感じられた。
一風変わった「旅人の心の安らぎ」という珍しい作品は、詩人ゲーテの皮肉な人生訓が歌われ、白井ならではの選曲と感じた。

ハルトムート・ヘルは以前に比べると、随分騒々しさは陰をひそめ、これみよがしなスタンドプレーは減ったように感じた。
これから円熟期に入ろうという白井を支えようとするかのように包容力のある優しい響きを聞かせるようになった。
それでも「リートデュオ」という形を意識しているせいなのか、かなり大胆にテンポを揺らす点は変わらない。
二人のソリスト同士のアンサンブルという感覚で演奏しているからだろう。
それはそれで、ほかのピアニストからは聞けない面白みがあるので、場合によっては新鮮な響きを聞かせてくれたことは確かである。
とはいえシュトラウス作曲「セレナーデ」の後奏のあまりにも素っ気無く、さっさと終わらせようという演奏は共感できなかった。
シュトラウスの歌曲におけるピアノパートはオペラアリアの伴奏に近いところがあるように思うので、四角四面に楽譜通りに弾かなくてもいいのかもしれないが(シュトラウス自身もそれほどピアニストに厳密さを求めていなかったようだ)、そうはいっても曲の締めくくりがおざなりなのは興ざめである。
常に安定した演奏を約束するピアニストではないが、何が起こるかわからないスリルはほかのピアニストからは味わえない彼独自のものであろう(それが好きかというとまた別問題なのだが)。

白井さんは6曲もアンコールを歌ってくれたが、最後ベルクの曲を歌う前に聴衆に語り始めた。
大病をして体も動かなかった状態からリハビリを経てこうやってステージに立てるようになって感無量と涙を浮かべながら語り、聴衆も温かい拍手を贈っていた。
つらい病気からよくここまで回復してくれたと本当に感激もひとしおである。
同じ病気と闘っている人たちにもきっと大きな支えになるのではないか。
白井さんのさらなる歌の世界を今後も見守っていきたい。

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バウアー&デームス/「冬の旅」(2009年11月2日 日経ホール)

第370回日経ミューズサロン
Bauer_demus_20091102_pamphletトーマス・バウアー(バリトン)&イェルク・デームス(ピアノ)
~シューベルト 歌曲集「冬の旅」(全曲)~

2009年11月2日(月) 18:30 日経ホール(C列16番)

トーマス・バウアー(Thomas Bauer)(BR)
イェルク・デームス(Jörg Demus)(P)

シューベルト/歌曲集「冬の旅(Winterreise)」(全曲)

 おやすみ/風見の旗/凍る涙/氷結/菩提樹/あふれる水流/川の上/回想/鬼火/休息/春の夢/孤独

~休憩~

 郵便馬車/白髪/からす/最後の希望/村で/嵐の朝/まぼろし/道しるべ/宿屋/勇気/幻の太陽/辻音楽師

~アンコール~
シューベルト/音楽に寄せて(An die Musik)

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大手町にある日経ホールに出かけたのははじめてである。
ふかふかで幅も広めのシートは座り心地がよく、前の席から簡易テーブルも引き出すことが出来る仕組みになっているのは多目的な使用を念頭に置いているのだろうか(テーブルは使用不可の旨アナウンスが流れていたが)。

このホールで、最近頭角をあらわしているバリトン歌手トーマス・E.バウアーの「冬の旅」を聴いた。
彼は普段は夫人のピアニスト、ウタ・ヒールシャーとコンビを組んでいるが、今回は80歳を超えてなお精力的な活動を続けているイェルク・デームスとの共演だった。

「冬の旅」は第1部と第2部に分かれているが、普通は全曲通して演奏される。
しかし、今回は第1部の後に20分間の休憩が入り、ばっさり二分された。
私がこれまで実演で聴いた「冬の旅」で、途中で休憩が入ったのは今回が初めてである。
従って、第12曲「孤独」の後にデームスが立ち上がり、拍手とともに演奏者が退場したのには驚いた。
しかし、個人的にはこれは悪くないのではという気もする。
確かに「冬の旅」の世界を中断なく聴きたい人にとっては途中の分断は有難くないだろうが、70分ほどの間集中力を途切れさせずに聴くのは案外疲れるものである。
今回途中で休憩が入ったことによって、第2部以降もだれることなく集中して聴くことが出来たのは確かだった。

バリトンのトーマス・バウアーはCDですでに多くのリートを聴いていて、ハイバリトンのとても美しい声をもっているという印象を受けていたので、今回はじめて実演を聴けるのを楽しみにしていた。
バウアーは確かにとても美しいドイツ語と歯切れのよいデクラメーションで言葉の一言一言を理想的に発声する。
その点はほかのゲルネやゲンツ、ヘンシェルといった有名どころと比べていささかも遜色ない印象を受ける。
ただ、今回若干風邪気味だったのだろうか、最初から時折声がかすれることがあり、思ったように歌えていないのではという感じを受けた。
それでも音程はほぼ問題なく決めていたのはさすがだと思ったが、CDで聴いた時と比べてかなり思い入れの強いドラマティックな歌唱だったのは意外だった。
もっと理知的にコントロールするイメージをもっていたのだが、この数年で歌へのアプローチも変わったのだろうか。
ボストリッジやゲルネほどではないものの、バウアーもかなり体を動かしながら全身で表現していた。
意外と声色を変えることが多く、それがぴたりとはまる場合と、表面的に響いてしまう場合の差があり、その辺が今後の課題かなと思った。
「辻音楽師」の最後の箇所も本当はじっくりと盛り上げようとしていたようだが、声がついていかなかった感じだ。
身体が楽器の歌手にとって好不調の差は大きい。
次回、絶好調の時の彼の歌唱に接してみたいと思う。

デームスの歌曲演奏は録音だけでなく実演でもこれまでに随分聴いていたことに気付く。
今回は光沢のある薄い金色のようなスーツでお洒落に決めていた。
蓋を全開にしたピアノを弾いたデームスはもはや我が道を行くという感じの演奏ぶりで、決して歌手にとって歌いやすいピアノではなかったと思うが、現代のピアニストにはない独自の趣は確かに感じられた(「最後の希望」の木の葉の描写などは良かった)。
案外音の粒が大きく、歌と対等な関係を築いていたと思う。
だが、かなり大雑把で素っ気無い箇所を聴くと若い頃が懐かしいし、「勇気」のような曲でのテクニックの衰えなどはどうしても年齢を感じざるをえなかった。
テクニック的なものではなく、20世紀中ごろからのピアノ演奏の伝統の生き証人として彼の演奏を聴けることが貴重なのだろう。
あまたの大歌手たちと共演してきたデームスからバウアーも得るところがあったに違いない。
今後のバウアーのますますの飛躍に期待したいものである。

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フィッシャー=ディースカウ日本公演曲目1977年(第5回来日)

第5回来日:1977年4~5月

ディートリッヒ・フィッシャー=ディスカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)(BR)
ウォルフガング・サヴァリッシュ(Wolfgang Sawallisch)(P, C)
NHK交響楽団

4月20日(水)19:00 東京文化会館:《ゲーテの詩によるヴォルフの夕》
4月22日(金)18:30 水戸・茨城県民文化センター:シューベルト「冬の旅」全曲
4月24日(日)18:00 大阪フェスティバルホール:シューベルト「冬の旅」全曲
4月26日(火)19:00 東京文化会館:シューベルト「冬の旅」全曲
4月29日(金)18:45 NHKホール:シューマン「ファウスト」からの情景
4月30日(土)18:45 NHKホール:シューマン「ファウスト」からの情景
5月3日(火)19:00 東京文化会館:《マーラーの夕》
5月6日(金)18:45 NHKホール:バルトーク「青ひげ公の城」
5月7日(土)14:00 NHKホール:バルトーク「青ひげ公の城」

●シューベルト:歌曲集「冬の旅(Winterreise)」作品89(D.911)  共演:ウォルフガング・サヴァリッシュ(P)
1.おやすみ
2.風見の旗
3.凍った涙
4.凝結
5.菩提樹
6.溢れる涙
7.川の上で
8.かえりみ
9.鬼火
10.休息
11.春の夢
12.孤独
13.郵便馬車
14.霜おく髪
15.からす
16.最後の希望
17.村にて
18.嵐の朝
19.まぼろし
20.道しるべ
21.宿
22.勇気
23.幻の太陽
24.辻音楽師

●ヴォルフの夕(Wolf Abend)-ゲーテの詩による 共演:ウォルフガング・サヴァリッシュ(P)

たて琴師の歌(Harfenspieler Lieder)
 孤独に身をゆだねる者は(Wer sich der Einsamkeit ergibt)
 家々の門辺に歩み寄って(An die Türen will ich schleichen)
 涙を流しながらパンを食べたことのない者(Wer nie sein Brot mit Tränen ass)

うつろわぬ春(Frühling übers Jahr)
ガニメード(Ganymed)
花の挨拶(Blumengruss)
新アマディス(Der neue Amadis)
羊飼い(Der Schäfer)
ねずみ捕り(Der Rattenfänger)

~休憩~

旅人の夜の歌(Wanderers Nachtlied)
人間の限界(Grenzen der Menschheit)
アナクレオンの墓(Anakreons Grab)

プロメトイス(Prometheus)
天才的行為(Genialisch Treiben)
コフタの歌Ⅰ(Cophtisches Lied I)
コフタの歌Ⅱ(Cophtisches Lied II)

●マーラーの夕(Mahler Abend) 共演:ウォルフガング・サヴァリッシュ(P)

夏の交代(Ablösung im Sommer)
ラインの伝説(Rheinlegendchen)
少年鼓手(Der Tambourgesell)
歩哨の夜の歌(Der Schildwache Nachtlied)

うき世の暮らし(Das irdische Leben)
魚に説教するパドヴァの聖アントニウス(Des Antonius von Padua Fischpredigt)
二度と会えない(Nicht Wiedersehen!)
別離(Scheiden und Meiden)

~休憩~

美しいトランペットの鳴りわたるところ(Wo die schönen Trompeten blasen)
死んだ鼓手(Revelge)
シュトラースブルクの塁壁で(Zu Strassburg auf der Schanz)
塔の中の囚人の歌(Lied des Verfolgten im Turm)

この歌をひねり出したのはだれ?(Wer hat dies Liedlein erdacht)
いたずらっ子をしつけるために(Um schlimme Kinder artig zu machen)
ぼくの気持(Selbstgefühl)

●シューマン「ファウスト」からの情景(NHK交響楽団定期演奏会)

ディートリッヒ・フィッシャー=ディスカウ
ユリア・ヴァラディ
平野忠彦
鈴木寛一
大川隆子
中村邦子
荘千世恵
長野羊奈子
高橋大海
NHK交響楽団
ウォルフガング・サヴァリッシュ(C)

シューマン/「ファウスト」からの情景

●バルトーク「青ひげ公の城」(NHK交響楽団定期演奏会)

ディートリッヒ・フィッシャー=ディスカウ
ユリア・ヴァラディ
NHK交響楽団
ウォルフガング・サヴァリッシュ(C)

モーツァルト/交響曲 第38番 ニ長調 K.504「プラハ」

バルトーク/「青ひげ公の城」

(歌曲の夕べでの演奏者名、曲名の日本語表記はプログラム冊子の表記に従った)

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前回の来日から3年後の5回目の来日は、はじめて歌劇場の一員ではない単身での来日となった(当時51歳)。
今回も前回に引き続きピアニスト、指揮者としてサヴァリッシュが共演した。

東京では「ヴォルフの夕」や「マーラーの夕」が歌われたが、ヴォルフだけ、マーラーだけで一夜のコンサートを催したのは今回の来日がはじめてである。
全国公演での演目は「冬の旅」だった。
また、N響とは国内では初共演となり、夫人ユリア・ヴァラディと共にシューマンの「ファウストからの情景」やバルトークの歌劇「青ひげ公の城」が披露された。

歌曲、オーケストラ付き声楽曲、オペラと、F=ディースカウの万能ぶりを発揮した演目だったと言えるのではないか。

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