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ゲルネ&エマール/リサイタル(2009年10月11日 東京オペラシティ コンサートホール)

マティアス・ゲルネ&ピエール=ロラン・エマール
Goerne_aimard_20091011_pamphlet2009年10月11日(日)16:00 東京オペラシティ コンサートホール (1階3列14番)

マティアス・ゲルネ(Matthias Goerne)(BR)
ピエール=ロラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard)(P)

ベルク(Berg)/4つの歌曲(Vier Lieder) op.2
1.眠ること、ただ眠ること(Schlafen, schlafen)
2.眠っていると(Schlafend trägt man mich)
3.最強の巨人を倒し(Nun ich der Riesen Stärksten)
4.風のあたたかく(Warm die Lüfte)

シューマン(Schumann)/歌曲集《女の愛と生涯(Frauenliebe und -leben)》op.42
1.あの方にお会いしてから(Seit ich ihn gesehen)
2.彼、誰よりも立派な人(Er, der Herrlichste von allen)
3.私には判らない、信じられない(Ich kann's nicht fassen, nicht glauben)
4.この指にある指輪よ(Du Ring an meinem Finger)
5.手伝って、妹たち(Helft mir, ihr Schwestern)
6.優しい人、あなたは(Süßer Freund, du blickest)
7.この心、この胸に(An meinem Herzen, an meiner Brust)
8.今初めての苦痛を私に(Nun hast du mir den ersten Schmerz getan)

~休憩~

シューマン/リーダークライス(Liederkreis) op.39
1.異郷にて(In der Fremde)
2.間奏曲(Intermezzo)
3.森の対話(Waldesgespräch)
4.静寂(Die Stille)
5.月夜(Mondnacht)
6.美しい異郷(Schöne Fremde)
7.ある城にて(Auf einer Burg)
8.異郷にて(In der Fremde)
9.哀愁(Wehmut)
10.薄明り(Zwielicht)
11.森の中にて(Im Walde)
12.春の夜(Frühlingsnacht)

~アンコール~
1.シューマン/君は花のごとく(Du bist wie eine Blume) op.25-24
2.シューマン/献呈(Widmung) op.25-1

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バリトン歌手マティアス・ゲルネの来日公演を聴いてきた。
今回の共演ピアニストは現代音楽を得意にしているというフランス人のピエール=ロラン・エマール(私は今回はじめてこのピアニストを聴いた)。

今回のプログラムの目玉はなんといってもシューマンの歌曲集《女の愛と生涯》。
シューベルトやシューマンの《ミニョン》歌曲群を男声が歌うのは聴いたことがあったが、《女の愛と生涯》が男声によって歌われる日が来るとは少し前まで想像だにしていなかった。

それで実際に聴いてどうだったかというと、これがあまり違和感なく聴けたのである。
私にとってドイツ語は外国語であり、そこで何が語られているかは知っていても、言葉そのものを聞いて、これは女性の語っている言葉だと即座に反応することはない。
そこがある意味外国人がドイツリートを聴く時の限界であり、逆にネイティヴの聴き手にはない長所とも言えるだろう。
ちょっと脱線するが、日本の演歌では女心を歌った内容を男性歌手が歌うことは特に珍しいことではない。
それはそういうものだという認識があるからかもしれないが、特に違和感を感じることもなく普通に聞けてしまう。
ドイツリートの場合、男性歌曲を女声が歌うことはこれまでも珍しくなかったが、その逆はタブー視されてきた感がある。
だが、ゲルネのように安定した技術と声をもっていれば、性の差を意識せずに、1つの芸術作品として表現することが可能なのだという印象を受けた。

ゲルネ自身は《女の愛と生涯》に関してこう語っている。
「《女の愛と生涯》は、女性のためではなく、男性のための作品だと私は考えています。
・・・二人の男性、シャミッソーという男性の詩人とシューマンという男性の作曲家が、「男性の想像の中での女性の気持ちや感情を描いたものである」という点に注目してもらいたい
・・・いわば全部男の脳みそで考えたことです。」
ゲルネは上記のように、この作品が詩、音楽ともに男性の想像力の産物であることを指摘している。
また、「気持ちの高ぶりとか感情の高揚の仕方というのがものすごく極端だった」シューマンにとって、それがテキストにもあらわれていると言い、「無条件の感情、その瞬間だけの特別な感情」が表現されている。そこを見落としてはいけないと説明している。
(東京オペラシティによるインタビュー記事の詳細はこちら

さて、ステージにあらわれたゲルネはお腹周りも立派になり、貫禄たっぷり。
愛嬌のある大きな目は表情豊かだが、歌う姿はお世辞にも見栄えがいいとはいえない。
左右に体を揺すりひざを開きながら歌う様は無骨なダンスをしているかのよう。
とにかく一時もじっとしていない。
ゲルネってこんなに動いたっけと過去の記憶をたどってみるが、やはり今回は特に動きが大きかったように感じた。
歌は全身運動だとどこかで読んだような気がしたが、こうやって動くのがゲルネにとってもっとも歌いやすいということなのかもしれない。
また、ピアノのふたに寄りかかり、ステージ左側を向いて歌うことが多いのは彼の癖だろうか。

声のまろやかさ、安定感、そして言葉さばきの巧さは相変わらず素晴らしく、今がまさに「聴き頃」なのではないだろうか。
ベルクのような無調音楽からシューマンのロマンティックな音楽まで、ぶれることのない表現力でいずれも包み込むような歌を聴かせてくれた。
語りが前面に出すぎず、かといって音楽に偏っているわけでもない、「語り」と「歌」のバランスの妙があった。
どの音域でもよくコントロールされた響きを聞かせてくれたが、高音を出す時に全身を使って一生懸命その音に飛びつこうとしているように見えたのは気のせいだろうか。
低音に比べると、彼にとって高音を出すのはそれほど容易なことではないのかもしれない。
数年後にどうなっているか若干気になるが、現在は申し分ない高音を響かせていたと思う。

ピアニストのエマールは最初のアルバン・ベルクの歌で最もその力量を発揮したように感じた。
鋭敏で色彩感のあるタッチで生き生きとこれらの無調に傾斜した作品を表現していた。
一方、シューマンの両歌曲集でのエマール、悪くはないのだが、時折あやふやになる箇所もあり、ベルクほどには消化しきっていない印象を受けた。
しっとりとした情感表現や歌との一体感は良かったと思うが、ゲルネが「いわゆるリート伴奏の専門家ではほとんどの場合シューマンは物足りない」(上述のインタビュー記事による)と感じるほどエマールのシューマン演奏に特別なものがあったかというと首をかしげざるをえない。
このぐらい弾ける「伴奏の専門家」は今や珍しくないと思うのだが、ゲルネはソリストとばかり組んでいるから、良い「伴奏の専門家」がいることを知らないのではないかと意地悪な見方をしてしまう。
とはいえ、作品に対する誠実な共感がエマールの演奏から感じられたのは良かったと思う。

なお、今回は2階席に2箇所設置された電光板から日本語字幕が流れたが、訳したのはバリトンの宮本益光とのこと。
多忙な彼がこういう地味な仕事もこなしているのは心強い気がする。

Goerne_aimard_20091011_chirashi

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コメント

フランツさん、こんにちは。
連休中、いろいろなコンサートを楽しまれたようで、良い時間を過ごしましたね。
このゲルネ&エマールのシューマンは、私も聴きたいと思っていたのですが、前の日に別のコンサートに行き、少し疲れてしまったので、行きそびれてしまいました。
また、機会があったら聴きたいと思います。
詳細なコンサートのレポート、いつも楽しみに読ませていただいてます。

投稿: Clara | 2009年10月12日 (月曜日) 16時44分

Claraさん、こんにちは。
10月上旬は行きたいコンサートの連続で、くたくたになりながらも楽しめました。
本当は今日も行きたいコンサートがあったのですが、さすがに疲れてしまったので、諦めました。
ゲルネは1年おきに来日しているようなので、次回にご都合がつけばお聴きになってみてください。
素晴らしいバリトンなので、おすすめです。

投稿: フランツ | 2009年10月12日 (月曜日) 18時00分

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