« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

フィッシャー=ディースカウ日本公演曲目1966年(第2回来日)

第2回来日:1966年10~11月

ディートリッヒ・フィッシャー=ディスカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)(BR)
イヨルク・デームス(Jörg Demus)(P)
ベルリン・ドイツ・オペラ(Deutsche Oper Berlin)
オイゲン・ヨッフム(Eugen Jochum)(C)
ロリン・マゼール(Lorin Maazel)(C)
ハンス・ウェルナー・ヘンツェ(Hans Werner Henze)(C)

10月17日(月)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「魔笛」(ゲルト・フェルトホフとダブルキャスト)
10月18日(火)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「ラ・トラヴィアータ」
10月21日(金)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「ラ・トラヴィアータ」
10月23日(日)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「ラ・トラヴィアータ」
10月24日(月)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「魔笛」(ゲルト・フェルトホフとダブルキャスト)
10月26日(水)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「ラ・トラヴィアータ」
10月29日(土)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「ラ・トラヴィアータ」
11月1日(火)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「魔笛」(ゲルト・フェルトホフとダブルキャスト)
11月2日(水)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「若い恋人たちの悲歌」
11月5日(土)19:00 東京文化会館大ホール:「ヨッフム/フィッシャー=ディスカウの夕べ」
11月6日(日)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「魔笛」(ゲルト・フェルトホフとダブルキャスト)
11月7日(月)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「若い恋人たちの悲歌」
11月8日(火)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「魔笛」(ゲルト・フェルトホフとダブルキャスト)
11月9日(水)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「若い恋人たちの悲歌」
11月12日(土)19:00 東京文化会館大ホール:「冬の旅」
11月14日(月)19:00 大阪フェスティバルホール:「冬の旅」

●ベルリン・ドイツ・オペラ「魔笛」
モーツァルト/「魔笛」

グスタフ・ルドルフ・ゼルナー(演出)
イエルク・チンマーマン(装置)

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(伝者)
ゲルト・フェルトホフ(伝者)
マルティ・タルベラ(ザラストロ)
ヨーゼフ・グラインドル(ザラストロ)
エルンスト・ヘフリガー(タミーノ)
ドナルド・グローベ(タミーノ)
ヒルデ・ギューデン(パミーナ)
ピラール・ローレンガー(パミーナ)
エリカ・ケート(パミーナ)
キャサリン・ゲイヤー(夜の女王)
ベラ・ヤスパー(夜の女王)

ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団と管弦楽団
ワルター・ハーゲン=グロル(合唱指揮)
オイゲン・ヨッフム(C)

●ベルリン・ドイツ・オペラ「ラ・トラヴィアータ」
ヴェルディ/「ラ・トラヴィアータ」

グスタフ・ルドルフ・ゼルナー(演出)
フィリポ・サンジュスト(装置・衣裳)

ディートリヒ・フィッシャーディースカウ(ジェルモン)
ピラール・ローレンガー(ヴィオレッタ)
ヒルデ・ギューデン(ヴィオレッタ)
フランコ・タリアヴィーニ(アルフレード)

ベルリン・ドイツ・オペラ
ロリン・マゼール(C)

●ベルリン・ドイツ・オペラ「若い恋人たちの悲歌」
ヘンツェ/「若い恋人たちの悲歌」

ハンス・ウェルナー・ヘンツェ(演出・装置)

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(グレゴール・ミッテンホーファー)
ワルター・ディックス(ウィルヘルム・ライシュマン)
ローレン・ドリスコル(トニー・ライシュマン)
リザ・オットー(エリーザベト・チンマー)

ベルリン・ドイツ・オペラ
ハンス・ウェルナー・ヘンツェ(C)

●日生劇場開場3周年記念講演
ベルリン・ドイツ・オペラ特別演奏会
「ヨッフム/フィッシャー=ディスカウの夕べ」
共演:ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団;オイゲン・ヨッフム(C)

シューベルト/交響曲第8番ロ短調「未完成」
マーラー/「さすらう若人の歌(Lieder eines fahrenden Gesellen)」(君がとつぐ日/露しげき朝の野辺に/灼熱せる短刀もて/君が青きひとみ)
モーツァルト/交響曲第40番ト短調K.550

●ベルリン・ドイツ・オペラ特別演奏会
「冬の旅」
共演:イヨルク・デームス(P)

シューベルト/「冬の旅(Winterreise)」(おやすみ/風見の旗/凍った涙/かじかみ/菩提樹/あふれる涙/川の上で/回顧/鬼火/休息/春の夢/孤独/郵便/霜おく髪/鴉/最後の希望/村で/嵐の朝/幻影/道しるべ/宿/勇気/幻の太陽/辻音楽師)

(特別演奏会の演奏者名、曲名の日本語表記はプログラム冊子の表記に従い、オペラ公演の情報は「音楽年鑑」の記載に従った)

--------------------

前回の来日から3年後のフィッシャー=ディースカウ2回目の来日(当時41歳)もベルリン・ドイツ・オペラの一員としてだった。
演じるのは、モーツァルトの「魔笛」(弁者)とヘンツェの「若い恋人たちの悲歌」(ミッテンホーファー)である。
古典と現代の異なる役柄を日本の聴衆の前で披露したわけだが、今回も「魔笛」はゲルト・フェルトホフとのダブルキャストで、どの日にF=ディースカウが出演したのかまだ調べがついていない。
だが、ほかの公演との過密な日程を考えると、F=ディースカウは初日と2日目ぐらいしか出演していないのかもしれない。
オペラ歌手としてのF=ディースカウの今回の目玉はなんといってもヘンツェのオペラであろう。
こちらは3公演とも彼が登場しており、作曲者自身が指揮、演出を担当している。

今回はオペラ公演の合間にオイゲン・ヨッフム指揮オーケストラコンサートでの「さすらう若人の歌」全4曲と、シューベルト「冬の旅」全曲の日本初披露がされた。
今回もピアニストはイェルク・デームスで、その時のTV収録の模様が動画サイトにアップされていた(「冬の旅」第1曲「おやすみ」)。

http://www.youtube.com/watch?v=Tc_GCguYgHw

円熟期のF=ディースカウしか生で聴いていない私にとって、この動画での彼はまぶしいほど若々しい。
この時代に実演を聴けた人が本当にうらやましい。

(9月26日追記)
コメント欄でさすらい人さんが教えてくださったサイト「NHKイタリア歌劇団」に来日歌劇場の情報が非常に詳細に掲載されていました(ベルリン・ドイツ・オペラについてはこちら)。
F=ディースカウは「ラ・トラヴィアータ」のジェルモン役でも出演していたそうです。
その情報も追加させていただきました。
さすらい人さん、そして「NHKイタリア歌劇団」の管理人様に御礼申し上げます。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

ハイドン/さすらい人

The Wanderer, Hob. XXVIa no. 32
 さすらい人

To wander alone when the moon, faintly beaming
With glimmering lustre, darts thro' the dark shade,
Where owls seek for covert, and nightbirds complaining
Add sound to the horror that darkens the glade.
 ひとりきりでさすらう、月がほのかに光を放ちながら
 かすかな光沢を伴って、暗い影の中を差し込むとき、
 そこではふくろうが隠れ家を探し、訴えて鳴く夜の鳥が
 森の空き地を暗くする恐怖に音を加えている。

'Tis not for the happy; come, daughter of sorrow,
'Tis here thy sad thoughts are embalm'd in thy tears,
Where, lost in the past, disregarding tomorrow,
There's nothing for hopes and nothing for fears.
 さすらうのは幸せのためではない、おいで、悲しみの娘よ、
 あなたの悲しい思いを涙の中にとどめてきたのはこの場所なのだ。
 そこは、過去には無く、明日には顧みられることもないのだが、
 希望をもてる何ものもなく、また恐れるべき何ものもない。

詩:Anne Hunter (née Home: 1742-1821)
曲:Franz Joseph Haydn (1732-1809)

------------------------------

「6つのオリジナル・カンツォネッタ 第2集」の第2曲目。
第2集の6曲中、唯一のアン・ハンターの詩による作品である。
ハイドンの歌曲中、屈指の名作ではないだろうか。

アン・ハンターのこの詩は私にはかなり難しく感じられ、表面をなぞったような訳になってしまった。
月夜に恋人との悲しい思い出が残る地を歩くという内容だろうか。

陰鬱な表情を暗示するポリフォニックなピアノ前奏は8小節からなり、右手は歌声部の冒頭箇所を先取りして演奏される。
ピアノパートの右手はさまよう主人公の歩みを模しているかのようだ。

曲の構成は2節の有節形式だが、各節の同じ場所でも言葉に応じて音価(長さ)を変える気配りは忘れていない。
興味深いのは前奏と同じ内容の間奏だが、間奏の方が和音が厚くなり、単なる繰り返しにとどめていない。
楽譜を見ないと気づかないほどささいなことだが、こういうところに職人ハイドンのこだわりを感じる。

また、各節歌声部の最後に何度かあらわれる下降する半音階進行も、詩の陰鬱な雰囲気を効果的に表現していると思う。

4分の3拍子、Poco Adagio、ト短調
歌声部の最高音2点変ホ音、最低音1点ニ音で1オクターブ強の音域に収まってしまう。
全66小節。

オージェー(S)オルベルツ(P):オージェーはゆっくりめのテンポで透明な美声をじっくり聴かせる。オルベルツも相変わらず端正で美しいタッチ。

アーメリング(S)デームス(P):PHILIPS:1980年録音:アーメリングは纏わりつくようなレガートで情感を見事に浮かび上がらせる。デームスのピアノもアーメリングと歩調を合わせた演奏。

エインスリー(T)ヴィニョールズ(P):Hyperion:2001年録音:歌、ピアノともに丁寧で几帳面な演奏。

F=ディースカウ(BR)ムーア(P):EMI(ODEON):1959年録音:巧みな歌手の語りと雄弁なピアノが表情豊かに詩の内容を伝える。

Andreas Scholl(countertenor) & Markus Märkl(P)による映像が以下のサイトにアップされています。
http://www.youtube.com/watch?v=KvTXJSTo9ik

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フィッシャー=ディースカウ日本公演曲目1963年(初来日)

第1回来日:1963年10~11月

ディートリッヒ・フィッシャー=ディスカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)(BR)
イヨルク・デームス(Jörg Demus)(P)
ベルリン・ドイツ・オペラ(Deutsche Oper Berlin)
カール・ベーム(Karl Böhm)(C)

10月20日(日)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィデリオ」
10月21日(月)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィガロの結婚」
10月23日(水)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィガロの結婚」
10月24日(木)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィデリオ」(W.ドウリーとダブルキャスト)
10月26日(土)19:00 京都市民会館:プログラムA
10月28日(月)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィガロの結婚」
10月29日(火)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィデリオ」(W.ドウリーとダブルキャスト)
10月31日(木)19:00 日生劇場:プログラムB(日生劇場開場記念公演:ベルリン=ドイツ=オペラ特別演奏会)
11月2日(土)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィガロの結婚」
11月5日(火)日生劇場:ベルリン・ドイツ・オペラ「フィデリオ」(W.ドウリーとダブルキャスト)

●ベルリン・ドイツ・オペラ「フィデリオ」
ベートーヴェン/「フィデリオ」

グスタフ・ルドルフ・ゼルナー(演出)
W.ラインキング(装置・衣装)

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(ドン・フェルナンド: 10/20)
W.ドウリー(ドン・フェルナンド: 10/20以外)
ヴァルター・ベリー(ドン・ピツァロ)
G.ナイトリンガー(ドン・ピツァロ)
ジェイムズ・キング(フロレスタン)
クリスタ・ルートヴィヒ(レオノーレ)
ヨーゼフ・グラインドル(ロッコ)
リーザ・オットー(マルツェリーナ)
D.グローブ(ヤキーノ)

ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団と管弦楽団
W.ハーゲン=グロル(合唱指揮)
カール・ベーム(C)

●ベルリン・ドイツ・オペラ「フィガロの結婚」
モーツァルト/「フィガロの結婚」

グスタフ・ルドルフ・ゼルナー(演出)
M.ラファエリー(装置・衣装)

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(アルマヴィーヴァ伯爵)
エリーザベト・グリュンマー(伯爵夫人)
エーリカ・ケート(スザンナ)
ヴァルター・ベリー(フィガロ)
エーディト・マティス(ケルビーノ)
パトリシア・ジョンソン(マルツェリーナ)
P.ラッガー(バルトロ)
B.フォーゲル(バルバリーナ)
J.カトナ(バジリオ)

ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団と管弦楽団
W.ハーゲン=グロル(合唱指揮)
カール・ベーム(C)

●プログラムA 共演:イヨルク・デームス(P)

シューベルト作曲
アトラス(Der Atlas, D957-8)
あのひとの絵姿(Ihr Bild, D957-9)
漁師の娘(Das Fischermädchen, D957-10)
町(Die Stadt, D957-11)
海べにて(Am Meer, D957-12)
影法師(Der Doppelgänger, D957-13)

シューマン作曲
「詩人の恋(Dichterliebe, Op. 48)」全曲

●プログラムB 共演:イヨルク・デームス(P)

シューベルト作曲
魔王(Erlkönig, D328)
さすらい人(Der Wanderer, D489)
冥府の群像(Gruppe aus dem Tartarus, D583)
メムノン(Memnon, D541)

友らに(An die Freunde, D654)
沈みゆく日の神(Freiwilliges Versinken, D700)
たて琴に(An die Leier, D737)
ヘリオポリス(2作)(Heliopolis 2, D754)

~休憩~

ミューズの子(Der Musensohn, D764)
あなたはわたしのやすらぎ(Du bist die Ruh', D776)
孤独な男(Der Einsame, D800)
夕映えに(Im Abendrot, D799)

ブルックの丘で(Auf der Bruck, D853)
セレナーデ(Ständchen, D957-4)
星(Die Sterne, D939)

(プログラムA、Bの演奏者名、曲名の日本語表記はプログラム冊子の表記に従い、オペラ公演の情報は「音楽年鑑」の記載に従った)

--------------------

これまでアーメリング、シュヴァルツコプフ、プライ、ホッターと続けてきた過去来日公演調査だが、リート歌手の代名詞と言っても過言ではないあの人を忘れるわけにはいかない。
もし彼がいなかったら私もこれほど歌曲にのめりこむことはなかったかもしれない。
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ。
この偉大なバリトン歌手の1980年代以降の実演を何度か聴けたことは、私にとって最高の思い出の一つとなっている。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau: 1925.5.28, Zehlendorf生まれ)の初来日は、ベルリン・ドイツ・オペラのメンバーとしてであり、当時すでに38歳の絶頂期だった。
日生劇場の開場記念として行われたベルリン・ドイツ・オペラの公演中、F=ディースカウは「フィデリオ」のドン・フェルナンド(W.ドウリーとダブルキャスト)と、「フィガロの結婚」のアルマヴィーヴァ伯爵を歌った(どちらもカール・ベームの指揮)。
10月23日の「フィガロの結婚」ライヴ録音はかつてキャニオンからCD発売されていた。
ちなみに彼が出演しなかった他の演目はベルク「ヴォツェック」とヴァーグナー「トリスタンとイゾルデ」だった。

「フィデリオ」はダブルキャストのため、どの日にF=ディースカウが出演したのか今のところ確認できていないが、オペラ2役の合間を縫ってリサイタルを京都と東京で行っている(追記:「フィデリオ」のF=ディースカウの出演は10月20日のみとコメント欄でさすらい人さんに教えていただきました)。
京都ではハイネの詩によるシューベルトとシューマンの名作、そして東京ではシューベルトの歌曲ばかりでプログラムが組まれている。
どちらのプログラムもF=ディースカウがジェラルド・ムーアとともにザルツブルクで歌ったプログラムと共通しており、そのザルツブルク公演はORFEOレーベルからCD化されている。
日本ではじめてF=ディースカウが歌った歌曲はシューベルトの「アトラス」、そして東京の聴衆がはじめて聴いた彼の歌曲はシューベルトの「魔王」だったことになる。

この時のピアニストはイェルク・デームスがつとめたが、すでに海外でコンビを組んでいた二人だけにF=ディースカウも安心して初めての日本公演にのぞめたのではないだろうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

辻裕久&なかにしあかね/第13回英国歌曲展(2009年9月19日 王子ホール)

第13回英国歌曲展
《Let Us Garlands Bring~いざ花環を捧げよう》
辻裕久テノールリサイタルⅩⅢ
2009年9月19日(土) 18:00 王子ホール(自由席)

辻裕久(Hirohisa Tsuji)(T)
なかにしあかね(Akane Nakanishi)(P)

ヘッド(Michael Head: 1900-1976)作曲
歌曲集「月の光の向こうへ」(Over The Rim of the Moon)(F. Ledwidge詩)
1.アルカディアの船(The ships of Arcady)
2.愛しい人(Beloved)
3.クロウタドリがうたう(A blackbird singing)
4.夜想曲(Nocturne)

ブラウン(W. Denis Browne: 1888-1915)作曲
「4つの歌」より(from "Four Songs")
1.アラビア(Arabia)(W. de la Mare詩)
2.ダイアフィーニア(Diaphenia)(H. Constable詩)

フィンジ(Gerald Finzi: 1901-1956)作曲
歌曲集「いざ花冠を捧げよう」(Let Us Garlands Bring)(W. Shakespeare詩)
1.来たれ 死よ(Come away, come away, death)
2.シルビア(Who is Silvia?)
3.もはや日照りを恐るることもなく(Fear no more the heat o' the sun)
4.おぉ 愛しい君よ(O mistress mine)
5.それは恋する若者たち(It was a lover and his lass)

~休憩~

ブリテン(Benjamin Britten: 1913-1976)作曲
歌曲集「冬の言葉」(Winter Words)(T. Hardy詩)
1.11月の黄昏に(At Day-close in November)
2.真夜中のグレート・ウェスタン鉄道(または、旅する少年)(Midnight on the Great Western (or The Journeying Boy))
3.セキレイと赤ん坊(皮肉)(Wagtail and Baby (A Satire))
4.小さな古いテーブル(The little old Table)
5.コワイヤマスターの葬式(または、テナーマンのお話)(The Choirmaster's Burial (or The Tenor Man's Story))
6.誇り高き歌手たち(つぐみ,フィンチ,ナイチンゲール)(Proud Songsters (Thrushes, Finches and Nightingales))
7.駅舎にて(または、囚人、そしてヴァイオリンを携えた少年)(At the Railway Station, Upway (or The Convict and Boy with the Violin))
8.生命の芽生えの前と後(Before Life and after)

~アンコール~

ブリテン/民謡編曲集から
1.ある朝早く(Early One Morning)
2.ディーの粉ひき(The Miller of Dee)
3.ああ せつない せつない(O Waly, Waly)

(上記の日本語表記は、アンコール曲を除いてプログラム冊子に従った)

----------------

辻裕久&なかにしあかね夫妻による英国歌曲展の第13回コンサートに出かけた。
今やイギリス歌曲の第一人者としての地位を確立したコンビによる実演を聴くのは、以前に聴いた美術館でのコンサートに続いて2回目である。

ピアニストのなかにしさんがまず登場して挨拶と第1曲に関する解説をユーモアをまじえて紹介する。
その後も、各曲集の最初になかにしさんの丁寧で巧みな解説が入り、馴染みの薄い曲についても聴衆が素直に入っていけるような導入役を果たしていた。
作曲者や作品についてイギリスでも調査してきた成果がパンフレットの文章と、ステージ上での話に反映されていて、学ぶことの多い時間だった。
時には冗談まじりにご主人を尻にしくような発言もなさるが、舞台上での様子を見ればいかに仲睦まじいかが伝わってくる。

今回の選曲は、戦争で早世した人、あるいは反戦の姿勢を明らかにしていた人にゆかりのある曲を集めたようだ。

最初の作品の作曲者マイケル・ヘッドは詩は書かなかったものの、作曲した自作をピアノを弾きながら歌って人気を博していたとのこと。
4曲からなる歌曲集「月の光の向こうへ」は20代半ばで戦死したアイルランドの詩人リドウィッジの詩による作品。
最後の曲「夜想曲」の冒頭が"The rim of the moon"ではじまり、これが曲集全体のタイトルに借用されたのだろう。
なかにしさんも言っておられたが、これらの作品、難解なものではなく、直接聴き手に訴えるようなシンプルな美しさがあった。

続いて、デニス・ブラウンの作品から2曲が演奏された。
ブラウンはオルガニスト、ピアニストとしてそのキャリアをはじめ、アルバン・ベルクのピアノソナタのロンドン初演をするほどだったが、第一次世界大戦のガリポリ作戦で一緒に従軍していた友人の詩人ルパート・ブルックの最期を海上で看取り、その数ヶ月後に20代後半の若さで地上戦で戦死したそうだ。
その作品は、さきほどのヘッド同様、親しみやすい美しさがあった。

前半最後はフィンズィ作曲の歌曲集「いざ花冠を捧げよう」全5曲が演奏された。
フィンズィ自身は兵役をまぬがれたものの肉親の戦死に衝撃を受けて反戦主義者となったそうだ。
この歌曲集、なかにしさんの話によれば人気のある作品のようだ。
シェイクスピアの様々な作品からとられた詩はいずれもよく知られていて、多くの作曲家によって作曲された詩も多い。
歌曲集のタイトルは第2曲「シルビア」(その独訳にシューベルトも作曲していることで有名)の最終行からとられている。
この曲、シューベルトが有節形式で作曲したのに対して、フィンズィは通作形式で作曲している。
繊細な和声が心にしみる「来たれ 死よ」、静謐な緊張感漂う「もはや日照りを恐るることもなく」、軽快で華やかな「おぉ 愛しい君よ」「それは恋する若者たち」とバラエティに富んだ作品集を満喫した。
なお、「来たれ 死よ」について、なかにし氏は「死ぬ、死ぬと言っても文字通りの意味ではなくて、愛の歌なのです」というニュアンスのことを語っていたのが印象的だった。

休憩後はブリテンの名歌曲集「冬の言葉」。
この作品は辻・なかにしご夫妻が師事した故ジェフリー・パーソンズにはじめてレッスンを受けた作品とのことで、思い入れもひとしおという感じだった。
反戦主義者ブリテンがアメリカから帰国した際、兵役を免れるために「良心的兵役忌避者」の申請をしたという話があり、興味深かった。
何らかの理由が認められれば兵役を免れることが出来る制度らしい。
さて、この歌曲集、辻・なかにしご夫妻のCDですでに聴いていたので、実演を楽しみにしていたが、様々な要素が含まれた歌曲集を実に魅力的に演奏してくれた2人に感銘を受けた。
シューベルトの「冬の旅」をブリテンは意識していたようだが、確かにこの内容の濃さは「冬の旅」に遜色ない傑作だろう。
ただはっきりしない寒々とした気候の描写や、独特のブラックユーモアの表現など、イギリスからイメージされるものがこの詩に盛り込まれていて、英国ならではの作品ということが言えるのではないか。

アンコールはCDでも聴き馴染んでいたブリテンの民謡集から3曲。
今度はなかにしさんに代わって辻さんがマイクをもって内容の解説をしていた。
親しみやすくどこか懐かしい感じもするイギリス民謡は日本人には受け入れやすい要素が多いのかもしれない。

辻裕久の歌は一貫して丁寧かつ柔軟で、美しい発音とむらのないよく練られた美声でイギリス歌曲を完璧に自分のものにしていた。
なかにしさんが冗談まじりに言っていた「マイナスイオンを仕込んでおいた」という言葉がまんざら冗談でもないと思えるほど心地よい声は、天性のものであると同時にそれを維持する節制の賜物ではないだろうか。
フィンズィあたりから声のボリュームがさらに豊かになってきたのが感じられ、より表現力を増したような印象を受けた。

なかにしあかねのピアノは非の打ちどころがない素晴らしさであらためて感銘を受けた。
実際に近くで見るとそれほど手が大きいわけではなさそうなのに、あれほど豊かで美しい音が出るのは素晴らしかった。
作曲家にはピアノの名手が多いが、彼女は特に抜きん出た才能と感じた。

なお、パンフレットには辻氏自身の訳による歌詞が掲載されており、なかにし氏の解説とともに資料として充実した内容で、無料で配布されたのは有難い。
今後も知られざる英国歌曲を次々と紹介してほしい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

アンドレ・ワッツ/ピアノ・リサイタル(2009年9月16日 東京オペラシティ コンサートホール)

アンドレ・ワッツ ピアノ・リサイタル
2009年9月16日(水) 19:00 東京オペラシティ コンサートホール(1階1列12番)

アンドレ・ワッツ(André Watts)(P)

リスト/「巡礼の年 第3年」から エステ荘の噴水
シューベルト/3つの小品D946
リスト/ピアノ・ソナタ ロ短調

~休憩~

リスト/3つの演奏会用練習曲から 第3番 変ニ長調「ため息」
シューベルト/楽興の時 D780から
 第5番 ヘ短調
 第2番 変イ長調
 第3番 ヘ短調
シューベルト/幻想曲 ハ長調 D760「さすらい人」

~アンコール~
ショパン/ノクターン Op.27 No. 1
リスト/夜想曲「眠られぬ夜 問いと答え」

-----------------------

ドイツ、ニュルンベルク出身のアメリカ人ピアニスト、アンドレ・ワッツのリサイタルを初台で聴いた。
1946年生まれというからもう60代の大ベテランである。
私がクラシック音楽を聴き始めたばかりの頃からすでにその名前を知ってはいたが、実際に演奏を聴くのは今回がはじめてだった。
運良く最前列の真ん中の席だったので、かぶりつきでワッツの演奏を目と耳で楽しむことが出来た。

今回のプログラムは最初の発表から二転三転したすえに上記の曲目に決まったようだが、シューベルトとリストの作品という点は一貫して変わらなかった。

登場したワッツは思っていたよりも恰幅がよく、年輪を重ねた落ち着いた感じがした。
写真では人懐っこい笑顔が印象的だったが、ステージでは緊張のせいかあまり表情を崩すことはなかった。

ワッツはピアノを弾きながらよく声を出す。
ほとんど一緒に歌っているといってもいいくらいである。
ペダルからはずしている時の左足は時々リズムをとり、その音が結構響く。
意識的なのか無意識的なのかは分からないが、そんなマイペースなところは彼が代役をつとめて世に知られるきっかけになったというグールドを思い出させた。

右のペダルを踏む足の動きが時々超高速になるのが面白かった。
細かい指の音一つ一つで踏み変えようとしているのではないかというぐらいの勢いである。

冒頭のリスト作曲「エステ荘の噴水」はきらびやかな音による水の描写がベテランらしい味わいをもって豊かに響いた。
こういう表情豊かな音は彼の年輪がなせる業に違いない。
時々音の切れ目で宙に浮いたてのひらを上に向けるのは彼の癖だろうか。

シューベルト晩年の「3つの小品」D946は即興曲集に比べるとあまり知られているとはいえないが、最近は様々なピアニストが好んでとりあげている。
私も切迫感のある第1曲は印象に残っているが、第2、3曲はこれまであまり熱心に聴いてこなかった。
しかし、これら2曲も紛れもないシューベルトの良さが刻み込まれており、第2曲は美しい歌にあふれ、一方第3曲はコミカルさも覗かせ魅力的だった。
ワッツはこれらをさりげなく、しかし味わい深く聴かせてくれた。

前半最後のリストのソナタは大作である。
私はそれほど頻繁にこのソナタを聴いていなかったのだが、NHKで放映されていたダルベルトのレッスンで細部を味わう機会を得たのが思い出された。
ワッツは多少のミスはありながらも、余裕をもってこの作品を弾ききり、しかも単なるテクニックの誇示にとどまらない深みすら感じさせてくれた。

休憩後の最初はリストの有名な「ため息」が弾かれ、リストのロマンティックな甘美さが決してだれることなく魅力的に演奏された。
その後のシューベルト「楽興の時」からの抜粋3曲は圧巻だった。
最初に弾かれたリズミカルな第5番がこれほどゆっくりと演奏されたのを聴いたのは初めてだが、テンポを落としたことによって見えてきた新たな魅力がそこにはあった。
続いて弾かれた第2番はたゆたうような静けさとストレートな情熱が交錯した傑作で、ソナタ イ長調D959の第2楽章を先取りしたような振幅の大きさがある。
ワッツはそんな曲の魅力を最大限に伝えてくれた。
そして、最も有名な第3番をチャーミングに弾き、3曲の抜粋で1つのツィクルスをつくっていたように感じた。

最後のシューベルト「さすらい人」幻想曲は、シューベルトらしからぬ超絶技巧により賛否両論の作品ではあるが、私はとても好きな曲である。
若干背伸びしてヴィルトゥオジティを盛り込もうとしたことは確かだろうが、それが全く質の低下とはなっていないのがシューベルトの非凡なところだろう。
歌曲「さすらい人」が引用されている第2部が一般的には聴きどころと言えるのだろうが、最終部分(第4部)のあわただしいまでの腕や手の行き来を見れたのは実演ならではの醍醐味であった。
シューベルトは1曲もピアノ協奏曲を書かなかったが、書けなかったのではなく、書くきっかけがなかっただけではないかということを華麗な「さすらい人」を聴きながら感じた。
ワッツはフォルテの箇所でも決して音が汚くなることがなく、常にまろやかにコントロールされていたのが素晴らしかった。

アンコールは2曲。
渋い選曲である。

ワッツの演奏はアメリカ人的なスマートさよりも、むしろヨーロッパ的な趣を感じさせる。
テクニックが目的ではなく、表現の一手段に過ぎないことを実感させてくれた味わい深いコンサートであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ハイドン/水兵の歌

Sailor's song, Hob. XXVIa no. 31
 水兵の歌

High on the giddy bending mast
The seaman furls the rending sail,
And, fearless of the rushing blast,
He careless whistles to the gale.
 目がくらむほどのたわんだマストの上高くで
 水兵は引き裂かれた帆を畳む。
 そして、吹きつける突風にも恐れを知らず、
 気にせず疾風に口笛を吹き鳴らす。

Rattling ropes and rolling seas,
Hurlyburly, hurlyburly,
War nor death can him displease.
 ロープは音を立て、海はうねり、
 てんやわんやの大騒ぎ、
 戦争だろうが死だろうが水兵を不愉快にさせることなど出来っこない。

The hostile foe his vessel seeks,
High bounding o'er the raging main,
The roaring cannon loudly speaks,
'Tis Britain's glory we maintain.
 敵軍が水兵の船を探している、
 荒れ狂う大海の上高く飛び立って。
 轟く大砲が高らかに語る、
 これこそ我らが守る英国の栄光なのだ。

Rattling ropes and rolling seas,
Hurlyburly, hurlyburly,
War nor death can him displease.
 ロープは音を立て、海はうねり、
 てんやわんやの大騒ぎ、
 戦争だろうが死だろうが水兵を不愉快にさせることなど出来っこない。

詩:anonymous
曲:Franz Joseph Haydn (1732-1809)

------------------------------

ハイドン・イヤーに因んで春に集中してとりあげた「6つのオリジナル・カンツォネッタ」の第2弾として、同じタイトルの第2集の全6曲を順番に聴いていこうと思う。
第1集は全曲がアン・ハンターの英語詩によるものだったが、第2集は作者不明の詩が3曲、アン・ハンター1曲、メタスタージオ原詩が1曲、シェイクスピア1曲という内訳になっている。

「6つのオリジナル・カンツォネッタ 第2集」の最初に置かれたのが「水兵の歌」という作者不明の詩による曲。
敵を恐れず船で進む水兵の様が歌われる。

曲は多少の変化を伴った2節の変形有節形式。
12小節の立派な前奏がついているが、前半は歌いだしと同じ音楽である。
各節後半のリフレインは同じ音楽が付けられている。
歌は軽快に進むが、「てんやわんや(hurlyburly)」の繰り返しがユーモラスである。
ピアノパートはかなり詩の内容を反映していて、例えば第1節の「口笛を吹く」という箇所のすぐ後でピアノ間奏が細かい音型で口笛を模す。
また軍楽隊の音楽を表現しているような付点のついたリズムも特徴的である。

4分の2拍子、Allegretto、イ長調
歌声部の最高音2点嬰ヘ音、最低音1点ホ音で1オクターブ強の音域に収まってしまう。
全94小節。

F=ディースカウ(BR)ムーア(P):EMI(ODEON):1959年録音:歌、ピアノともにドラマティックでうまさが際立っている。海の男のたくましさがよく表現されている。F=ディースカウはいつも通り全く装飾を加えていない。

エインスリー(T)ヴィニョールズ(P):Hyperion:2001年録音:エインスリーは早めのテンポで実に生き生きと美しく歌っている。装飾も付けている。ヴィニョールズは彩り豊かな音色で素晴らしい演奏を聞かせている。

アーメリング(S)デームス(P):PHILIPS:1980年録音:アーメリングは彼女なりに勇ましい歌声を聞かせ、最終行で他の曲同様華麗な装飾を付加して曲を彩っている。デームスのピアノも軽快。

ホルツマイア(BR)クーパー(P):PHILIPS:1997年録音:純朴なホルツマイアの歌も悪くない。クーパーのピアノは歌以上に豪快な力強さを表現していた。歌だけでなく、ピアノも装飾を加えていたのが興味深い。

以下のハイペリオンレーベルの音符マークをクリックすると3種類の演奏が一部試聴できます。
http://www.hyperion-records.co.uk/tw.asp?w=W6824&t=GBAJY8716502&al=CDA66165

余談だが、昨日(9月12日)早朝、目が覚めたのでTVを付けたら、真珠湾攻撃を描いた古い映画「トラトラトラ!」をやっていた。
真珠湾が日本軍の奇襲にあい、慌てて反撃に出る場面が映し出され、視聴者は米軍側に感情移入するようなストーリーになっていた。
こういう映像を見ると(たとえドキュメンタリーとは異なる映画という媒体であっても)、戦争は人と人との殺し合いに過ぎないのだと思わずにはいられない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

スコウフス/管弦楽編曲によるシューベルト、シューマン歌曲集

「音楽に寄す:管弦楽編曲によるシューベルト、シューマン歌曲集」
(Leise flehen meine Lieder: Schubert Schumann)

ソニー・ミュージックエンタテインメント: SONY CLASSICAL: SICC 1162
録音:2006年5月23-24,26-27日, Danish Radio Concert Hall

ボー・スコウフス(Bo Skovhus)(BR)
デンマーク国立交響楽団(Danish National Symphony Orchestra)
シュテファン・ヴラダー(Stefan Vladar)(C)

シューベルト
1.セレナードD957-4(モットル編曲)
2.夕映えの中でD799(レーガー編曲)
3.音楽に寄すD547(レーガー編曲)
4.ますD550(ブリテン編曲)
5.君の姿D957-9(ヴェーベルン編曲)
6.メムノンD541(ブラームス編曲)
7.馭者クロノスにD369(ブラームス編曲)
8.プロメテウスD674(ニールセン編曲)
9.魔王D328(ベルリオーズ編曲)

シューマン
「5つのリート」Op.40(ラスムッセン編曲)
10.においすみれ
11.母親の夢
12.兵士
13.楽師
14.露見した恋

シューベルト
15.潜水者D111(ラスムッセン編曲)

(10~15は世界初録音)
(上記の日本語表記はCD表記に従いました)

------------------------

シューベルトは歌曲を作曲する際に、歌と組み合わせる楽器にほとんどピアノを選択した。
サロンや友人同士で気楽に演奏するには大編成のオーケストラよりもピアノが適していたことは明らかである。
しかし、彼の後輩の作曲家たちにとって、シューベルトのリートのピアノパートにはオーケストラに編曲したくなる誘惑にかられるものがあったに違いない。
ベルリオーズ、リスト、ブラームスからレーガー、ヴェーベルン、ブリテンまで大作曲家たちが果敢にチャレンジし、折にふれて演奏されている。
とはいえシューベルトのピアノ歌曲はそれ自身で完結した作品であり、オーケストレーションが作品を補完するという意味合いとは全く異なることは言うまでもない。
おのおのの作曲家がシューベルトのピアノパートからどのような音を感じ取ったかということを知ることが出来るのは確かに興味深い。
例えば「魔王」はベルリオーズとリストが編曲しているが(このスコウフスのCDにはベルリオーズ版が収録されている)、シューベルトがあえて不協和な音程を響かせた箇所における両作曲家の処理の違いなどを比較するのは楽しい。
個人的にこれらの編曲歌曲を聴いて面白いなと思ったのは、どの作曲家もピアノパートだけでなく、歌唱パートも同時になぞるように演奏する箇所がしばしば聞かれ、俗なたとえだがポップスのカラオケ音声みたいに感じられたことである。
これらのオーケストラ編曲歌曲集をかつてプライは繰り返し録音し、日本でも披露していたが、F=ディースカウは私の知る限り手を出さなかった。
それがこの2人の歌手のキャラクターの違いを反映しているように感じられて面白い。
管弦楽に編曲したピアノ歌曲など邪道だと考える方も当然おられるだろうし、それも一理あると思うが、オーケストラ演奏会でこれらの歌曲が演奏されることで、聴かず嫌いな人にリートを聴く機会を与えることが出来るという利点は否定できないだろう。

さて、このスコウフスの新CDでは、最初にシューベルトのお馴染みの名曲が9曲演奏されている。
ニールセン編曲の「プロメテウス」などは比較的珍しいかもしれないが、他はオーケストラの定期演奏会などでもそれなりに演奏され、聴かれているのではないか。
個人的にはブラームスの編曲がシューベルトへの愛着が感じられて特に好きである。

だが、このCDで特に注目すべきなのは、1947年生まれのデンマークの作曲家カール・オーゲ・ラスムッセンの編曲によるシューマンとシューベルトの世界初録音である。
シューマン歌曲のオーケストラ編曲版を聴くことはなかなかないが、アンデルセンらの詩による「5つのリート」Op.40ではとりわけ「楽師」の多彩なオーケストレーションに圧倒された。
ラスムッセンの編曲も基本的にはオリジナルの音楽を尊重したものであり、好感がもてる。

シューベルトの「潜水者」はシラーの詩による長大なバラードで20分以上かかる。
シューベルトはD77とD111の2回、この作品に取り組んでいるが、基本的には同じ音楽の別の版という感じで、新しいドイチュ目録ではどちらもD77に統一されているようだ。
詩の内容は、尊大な王が自らの金の盃を海に放り投げ、それを潜って取り戻した者にやろうと言う。
それを聞いて一人の若者が飛び込み、無事取り戻して帰還する。
しかし海の中は恐ろしく、人間が神を試すものではないと訴える。
それを聞いて王は指輪と引き換えにさらに再度飛び込むように若者に言う。
躊躇していた若者だが、成功したら娘を嫁にやろうという王の言葉を聞き、再び海に飛び込むが、地上に戻ることはなかったという内容。
ラスムッセンはD77とD111の折衷版ともいえるペータース版に基づいて編曲したように思う。
つまり、歌声部はD77を中心にするが、2度目に海に潜った際のピアノパートの荒れ狂う海の描写がD111から取り入れられている。
ファンファーレを模す前奏から管弦楽編曲の効果は出ているように感じたが、荒れ狂う海の描写はピアノ版の効果を越えるものには感じられなかった。
しかし、これもオーケストラ公演の新たなレパートリーとなれば、歌曲を聴かない人にアピールすることは出来るだろう。
意欲的な試みに拍手を贈りたい。

デンマークのバリトン、ボー・スコウフスの久しぶりのリート録音である。
冒頭の有名な「セレナード」から甘美で情感のこもった歌唱が胸に響く。
叙情的な作品からドラマティックな作品まで対応する実力はますます磨きがかかっている。
以前は若干発音の癖があったように感じられたが、今やそういう違和感は一切ない。
若手の台頭が目立つリート界で、中堅の進境ぶりと底力をまざまざと感じた名唱だった。

シュテファン・ヴラダーはピアニストとしておそらくリートも弾いてきたのだろう。
シューベルトの音楽をよく理解した見事な手綱さばきだった。
デンマーク国立交響楽団も編曲ものにありがちな不安定さが一切なく、よく揃った響きで積極的な美しい演奏を聴かせてくれた。
「馭者クロノスに」など早めのテンポで見事に盛り上げ、素晴らしかった。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »