アンドレ・ワッツ/ピアノ・リサイタル(2009年9月16日 東京オペラシティ コンサートホール)
アンドレ・ワッツ ピアノ・リサイタル
2009年9月16日(水) 19:00 東京オペラシティ コンサートホール(1階1列12番)
アンドレ・ワッツ(André Watts)(P)
リスト/「巡礼の年 第3年」から エステ荘の噴水
シューベルト/3つの小品D946
リスト/ピアノ・ソナタ ロ短調
~休憩~
リスト/3つの演奏会用練習曲から 第3番 変ニ長調「ため息」
シューベルト/楽興の時 D780から
第5番 ヘ短調
第2番 変イ長調
第3番 ヘ短調
シューベルト/幻想曲 ハ長調 D760「さすらい人」
~アンコール~
ショパン/ノクターン Op.27 No. 1
リスト/夜想曲「眠られぬ夜 問いと答え」
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ドイツ、ニュルンベルク出身のアメリカ人ピアニスト、アンドレ・ワッツのリサイタルを初台で聴いた。
1946年生まれというからもう60代の大ベテランである。
私がクラシック音楽を聴き始めたばかりの頃からすでにその名前を知ってはいたが、実際に演奏を聴くのは今回がはじめてだった。
運良く最前列の真ん中の席だったので、かぶりつきでワッツの演奏を目と耳で楽しむことが出来た。
今回のプログラムは最初の発表から二転三転したすえに上記の曲目に決まったようだが、シューベルトとリストの作品という点は一貫して変わらなかった。
登場したワッツは思っていたよりも恰幅がよく、年輪を重ねた落ち着いた感じがした。
写真では人懐っこい笑顔が印象的だったが、ステージでは緊張のせいかあまり表情を崩すことはなかった。
ワッツはピアノを弾きながらよく声を出す。
ほとんど一緒に歌っているといってもいいくらいである。
ペダルからはずしている時の左足は時々リズムをとり、その音が結構響く。
意識的なのか無意識的なのかは分からないが、そんなマイペースなところは彼が代役をつとめて世に知られるきっかけになったというグールドを思い出させた。
右のペダルを踏む足の動きが時々超高速になるのが面白かった。
細かい指の音一つ一つで踏み変えようとしているのではないかというぐらいの勢いである。
冒頭のリスト作曲「エステ荘の噴水」はきらびやかな音による水の描写がベテランらしい味わいをもって豊かに響いた。
こういう表情豊かな音は彼の年輪がなせる業に違いない。
時々音の切れ目で宙に浮いたてのひらを上に向けるのは彼の癖だろうか。
シューベルト晩年の「3つの小品」D946は即興曲集に比べるとあまり知られているとはいえないが、最近は様々なピアニストが好んでとりあげている。
私も切迫感のある第1曲は印象に残っているが、第2、3曲はこれまであまり熱心に聴いてこなかった。
しかし、これら2曲も紛れもないシューベルトの良さが刻み込まれており、第2曲は美しい歌にあふれ、一方第3曲はコミカルさも覗かせ魅力的だった。
ワッツはこれらをさりげなく、しかし味わい深く聴かせてくれた。
前半最後のリストのソナタは大作である。
私はそれほど頻繁にこのソナタを聴いていなかったのだが、NHKで放映されていたダルベルトのレッスンで細部を味わう機会を得たのが思い出された。
ワッツは多少のミスはありながらも、余裕をもってこの作品を弾ききり、しかも単なるテクニックの誇示にとどまらない深みすら感じさせてくれた。
休憩後の最初はリストの有名な「ため息」が弾かれ、リストのロマンティックな甘美さが決してだれることなく魅力的に演奏された。
その後のシューベルト「楽興の時」からの抜粋3曲は圧巻だった。
最初に弾かれたリズミカルな第5番がこれほどゆっくりと演奏されたのを聴いたのは初めてだが、テンポを落としたことによって見えてきた新たな魅力がそこにはあった。
続いて弾かれた第2番はたゆたうような静けさとストレートな情熱が交錯した傑作で、ソナタ イ長調D959の第2楽章を先取りしたような振幅の大きさがある。
ワッツはそんな曲の魅力を最大限に伝えてくれた。
そして、最も有名な第3番をチャーミングに弾き、3曲の抜粋で1つのツィクルスをつくっていたように感じた。
最後のシューベルト「さすらい人」幻想曲は、シューベルトらしからぬ超絶技巧により賛否両論の作品ではあるが、私はとても好きな曲である。
若干背伸びしてヴィルトゥオジティを盛り込もうとしたことは確かだろうが、それが全く質の低下とはなっていないのがシューベルトの非凡なところだろう。
歌曲「さすらい人」が引用されている第2部が一般的には聴きどころと言えるのだろうが、最終部分(第4部)のあわただしいまでの腕や手の行き来を見れたのは実演ならではの醍醐味であった。
シューベルトは1曲もピアノ協奏曲を書かなかったが、書けなかったのではなく、書くきっかけがなかっただけではないかということを華麗な「さすらい人」を聴きながら感じた。
ワッツはフォルテの箇所でも決して音が汚くなることがなく、常にまろやかにコントロールされていたのが素晴らしかった。
アンコールは2曲。
渋い選曲である。
ワッツの演奏はアメリカ人的なスマートさよりも、むしろヨーロッパ的な趣を感じさせる。
テクニックが目的ではなく、表現の一手段に過ぎないことを実感させてくれた味わい深いコンサートであった。
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