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辻裕久&なかにしあかね/第13回英国歌曲展(2009年9月19日 王子ホール)

第13回英国歌曲展
《Let Us Garlands Bring~いざ花環を捧げよう》
辻裕久テノールリサイタルⅩⅢ
2009年9月19日(土) 18:00 王子ホール(自由席)

辻裕久(Hirohisa Tsuji)(T)
なかにしあかね(Akane Nakanishi)(P)

ヘッド(Michael Head: 1900-1976)作曲
歌曲集「月の光の向こうへ」(Over The Rim of the Moon)(F. Ledwidge詩)
1.アルカディアの船(The ships of Arcady)
2.愛しい人(Beloved)
3.クロウタドリがうたう(A blackbird singing)
4.夜想曲(Nocturne)

ブラウン(W. Denis Browne: 1888-1915)作曲
「4つの歌」より(from "Four Songs")
1.アラビア(Arabia)(W. de la Mare詩)
2.ダイアフィーニア(Diaphenia)(H. Constable詩)

フィンジ(Gerald Finzi: 1901-1956)作曲
歌曲集「いざ花冠を捧げよう」(Let Us Garlands Bring)(W. Shakespeare詩)
1.来たれ 死よ(Come away, come away, death)
2.シルビア(Who is Silvia?)
3.もはや日照りを恐るることもなく(Fear no more the heat o' the sun)
4.おぉ 愛しい君よ(O mistress mine)
5.それは恋する若者たち(It was a lover and his lass)

~休憩~

ブリテン(Benjamin Britten: 1913-1976)作曲
歌曲集「冬の言葉」(Winter Words)(T. Hardy詩)
1.11月の黄昏に(At Day-close in November)
2.真夜中のグレート・ウェスタン鉄道(または、旅する少年)(Midnight on the Great Western (or The Journeying Boy))
3.セキレイと赤ん坊(皮肉)(Wagtail and Baby (A Satire))
4.小さな古いテーブル(The little old Table)
5.コワイヤマスターの葬式(または、テナーマンのお話)(The Choirmaster's Burial (or The Tenor Man's Story))
6.誇り高き歌手たち(つぐみ,フィンチ,ナイチンゲール)(Proud Songsters (Thrushes, Finches and Nightingales))
7.駅舎にて(または、囚人、そしてヴァイオリンを携えた少年)(At the Railway Station, Upway (or The Convict and Boy with the Violin))
8.生命の芽生えの前と後(Before Life and after)

~アンコール~

ブリテン/民謡編曲集から
1.ある朝早く(Early One Morning)
2.ディーの粉ひき(The Miller of Dee)
3.ああ せつない せつない(O Waly, Waly)

(上記の日本語表記は、アンコール曲を除いてプログラム冊子に従った)

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辻裕久&なかにしあかね夫妻による英国歌曲展の第13回コンサートに出かけた。
今やイギリス歌曲の第一人者としての地位を確立したコンビによる実演を聴くのは、以前に聴いた美術館でのコンサートに続いて2回目である。

ピアニストのなかにしさんがまず登場して挨拶と第1曲に関する解説をユーモアをまじえて紹介する。
その後も、各曲集の最初になかにしさんの丁寧で巧みな解説が入り、馴染みの薄い曲についても聴衆が素直に入っていけるような導入役を果たしていた。
作曲者や作品についてイギリスでも調査してきた成果がパンフレットの文章と、ステージ上での話に反映されていて、学ぶことの多い時間だった。
時には冗談まじりにご主人を尻にしくような発言もなさるが、舞台上での様子を見ればいかに仲睦まじいかが伝わってくる。

今回の選曲は、戦争で早世した人、あるいは反戦の姿勢を明らかにしていた人にゆかりのある曲を集めたようだ。

最初の作品の作曲者マイケル・ヘッドは詩は書かなかったものの、作曲した自作をピアノを弾きながら歌って人気を博していたとのこと。
4曲からなる歌曲集「月の光の向こうへ」は20代半ばで戦死したアイルランドの詩人リドウィッジの詩による作品。
最後の曲「夜想曲」の冒頭が"The rim of the moon"ではじまり、これが曲集全体のタイトルに借用されたのだろう。
なかにしさんも言っておられたが、これらの作品、難解なものではなく、直接聴き手に訴えるようなシンプルな美しさがあった。

続いて、デニス・ブラウンの作品から2曲が演奏された。
ブラウンはオルガニスト、ピアニストとしてそのキャリアをはじめ、アルバン・ベルクのピアノソナタのロンドン初演をするほどだったが、第一次世界大戦のガリポリ作戦で一緒に従軍していた友人の詩人ルパート・ブルックの最期を海上で看取り、その数ヶ月後に20代後半の若さで地上戦で戦死したそうだ。
その作品は、さきほどのヘッド同様、親しみやすい美しさがあった。

前半最後はフィンズィ作曲の歌曲集「いざ花冠を捧げよう」全5曲が演奏された。
フィンズィ自身は兵役をまぬがれたものの肉親の戦死に衝撃を受けて反戦主義者となったそうだ。
この歌曲集、なかにしさんの話によれば人気のある作品のようだ。
シェイクスピアの様々な作品からとられた詩はいずれもよく知られていて、多くの作曲家によって作曲された詩も多い。
歌曲集のタイトルは第2曲「シルビア」(その独訳にシューベルトも作曲していることで有名)の最終行からとられている。
この曲、シューベルトが有節形式で作曲したのに対して、フィンズィは通作形式で作曲している。
繊細な和声が心にしみる「来たれ 死よ」、静謐な緊張感漂う「もはや日照りを恐るることもなく」、軽快で華やかな「おぉ 愛しい君よ」「それは恋する若者たち」とバラエティに富んだ作品集を満喫した。
なお、「来たれ 死よ」について、なかにし氏は「死ぬ、死ぬと言っても文字通りの意味ではなくて、愛の歌なのです」というニュアンスのことを語っていたのが印象的だった。

休憩後はブリテンの名歌曲集「冬の言葉」。
この作品は辻・なかにしご夫妻が師事した故ジェフリー・パーソンズにはじめてレッスンを受けた作品とのことで、思い入れもひとしおという感じだった。
反戦主義者ブリテンがアメリカから帰国した際、兵役を免れるために「良心的兵役忌避者」の申請をしたという話があり、興味深かった。
何らかの理由が認められれば兵役を免れることが出来る制度らしい。
さて、この歌曲集、辻・なかにしご夫妻のCDですでに聴いていたので、実演を楽しみにしていたが、様々な要素が含まれた歌曲集を実に魅力的に演奏してくれた2人に感銘を受けた。
シューベルトの「冬の旅」をブリテンは意識していたようだが、確かにこの内容の濃さは「冬の旅」に遜色ない傑作だろう。
ただはっきりしない寒々とした気候の描写や、独特のブラックユーモアの表現など、イギリスからイメージされるものがこの詩に盛り込まれていて、英国ならではの作品ということが言えるのではないか。

アンコールはCDでも聴き馴染んでいたブリテンの民謡集から3曲。
今度はなかにしさんに代わって辻さんがマイクをもって内容の解説をしていた。
親しみやすくどこか懐かしい感じもするイギリス民謡は日本人には受け入れやすい要素が多いのかもしれない。

辻裕久の歌は一貫して丁寧かつ柔軟で、美しい発音とむらのないよく練られた美声でイギリス歌曲を完璧に自分のものにしていた。
なかにしさんが冗談まじりに言っていた「マイナスイオンを仕込んでおいた」という言葉がまんざら冗談でもないと思えるほど心地よい声は、天性のものであると同時にそれを維持する節制の賜物ではないだろうか。
フィンズィあたりから声のボリュームがさらに豊かになってきたのが感じられ、より表現力を増したような印象を受けた。

なかにしあかねのピアノは非の打ちどころがない素晴らしさであらためて感銘を受けた。
実際に近くで見るとそれほど手が大きいわけではなさそうなのに、あれほど豊かで美しい音が出るのは素晴らしかった。
作曲家にはピアノの名手が多いが、彼女は特に抜きん出た才能と感じた。

なお、パンフレットには辻氏自身の訳による歌詞が掲載されており、なかにし氏の解説とともに資料として充実した内容で、無料で配布されたのは有難い。
今後も知られざる英国歌曲を次々と紹介してほしい。

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コメント

フランツさん、今晩は。
良いコンサートを堪能されたようですね。
このプログラムの中で、私は、ブリテン以外は作曲家の名前も知らないのですが、行き届いた解説もあって、お客さんは、気持ちよく聴いたことでしょう。
王子ホールはまだ行ったことがないのですが、こうしたコンサートにふさわしい空間だったのでしょうね。
私もこの方々の歌うイギリスの歌、いつか聴いてみたいと思います。

投稿: Clara | 2009年9月20日 (日曜日) 21時15分

Claraさん、こんばんは。
コメントを有難うございます。
辻さん・なかにしさんご夫妻の演奏は以前に一度生で聴いて魅了されて、今回のコンサートも本当に素晴らしかったです。
私も最初の2人の作曲家の名前はこれまで知らなかったのですが、親しみやすい曲でした。
王子ホールは紀尾井ホールみたいな感じで歌曲のリサイタルには向いていると思います。
機会がありましたらぜひ一度お聴きになってみてください。

投稿: フランツ | 2009年9月20日 (日曜日) 22時14分

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