プライ&マイセンベルクの初出ライヴCD/シューベルト・ゲーテ歌曲集
Willkommen und Abschied: Lieder und Balladen von Franz Schubert nach Texten von Johann Wolfgang von Goethe
(歓迎と別れ:ゲーテのテキストによるシューベルト・リート&バラーデ集)
orplid: 12
ライヴ録音:1993年7月19日, Nationaltheater zu München
Hermann Prey(ヘルマン・プライ)(BR)
Oleg Maisenberg(オレク・マイセンベルク)(P)
Schubert(シューベルト:1797-1828)作曲
1.Der Sänger, D149(歌びと)
2.Sehnsucht, D123(憧れ)
3.Rastlose Liebe, D138(憩いなき愛)
4.Der Fischer, D225(釣り人)
5.Der König in Thule, D367(トゥーレの王)
6.Der Schatzgräber, D256(宝を掘る男)
7.Erlkönig, D328(魔王)
Pause(休憩)
8.Prometheus, D674(プロメテウス)
9.Grenzen der Menschheit, D716(人間の限界)
10.Ganymed, D544(ガニュメデス)
11.Versunken, D715(耽溺)
12.Geheimes, D719(秘めごと)
13.An die Entfernte, D765(はるかな女性に)
14.Willkommen und Abschied, D767(歓迎と別れ)
Zugaben(アンコール)
15.An den Mond, D259(月に寄せて)
16.Liebhaber in allen Gestalten, D558(あらゆる姿をとる恋人)
17.Erster Verlust, D226(はじめての喪失)
18.Tischlied, D234(食卓の歌)
19.Heidenröslein, D257(野ばら)
20.Wanderers Nachtlied, D768(さすらい人の夜の歌)
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名バリトン、ヘルマン・プライ(1929-1998)の生誕80年を記念して初出のライヴ録音がリリースされた。
ヘルマンの息子のバリトン、フローリアン・プライのレーベルorpridからのリリースである(ちなみに、オルプリートとはメーリケの小説「画家ノルテン」に出てくる架空の島の名前)。
ピアニストのオレク・マイセンベルク(1945-)はロベルト・ホルとの共演でも知られるが、プライとはザルツブルク音楽祭で数回共演している。
しかし、私の知る限りこのコンビはスタジオ録音を残さなかったと思うので、このライヴ録音で初めて2人の共演を聴くことが出来るのは貴重である。
また、「人間の限界」はプライがライヴで何度も歌っていながらおそらくスタジオ録音していない曲なので、こうして録音が残されたことは有難い。
私がはじめてプライの生演奏に接したのは1984年2月の五反田で、その時のプログラムがこのCDとほぼ同じなので、懐かしく聴いた。
前半がシューベルト初期のゲーテ歌曲、後半が後期のゲーテ歌曲というように、ほぼ時系列で配置されたプログラミングは見事だと思う。
1984年の日本公演では「憩いなき愛」の後に「海の静けさ(Meeres Stille)D216」が、また「ガニュメデス」の後に「御者クロノスに(An Schwager Kronos)D369」が歌われたのだが、このCDの実際の公演でもおそらく歌われて、CD化に際して何らかの事情(時間の制約?)でカットされたのではないだろうか。
1993年というとプライ64歳の時の歌唱で、まさに円熟期の記録ということになる。
彼は1982年3月にヘルムート・ドイチュとこれらのゲーテ歌曲集をスタジオ録音(Intercord)していたが、その時の抑制された几帳面な歌唱に比べて、今回はより自由さを増している印象を受けた。
何度も歌いこみ、血肉となった表現といえようか。
歌と語りのどちらかに偏りすぎない曲の特性に合わせた表現が聴けて素晴らしかった。
声の調子もこの日は特に良かったのではないか。
音程もかなりしっかりしていると感じた。
プライ特有の前のめり気味のリズムもしばしば聞かれるが、それも含めてプライ特有の表現に消化して一つの芸として聴かせていた。
マイセンベルクはロシア系ピアニスト特有の強靭なタッチを持っており、フォルテになると時に荒さが感じられるのが惜しいところだが、概してよく歌う演奏を聴かせてくれ、特に弱音での美しさは魅力的だった(「ガニュメデス」の後奏の美しさ!)。
ライヴ録音の宿命で、若干ミスも聞かれたが、曲に対する積極的なアプローチは高く買いたい。
聴きなれたものとスラーとタイが異なる箇所もあったが、ひょっとしたら楽譜の版が違うのかもしれない。
「魔王」の最後の方(最後に魔王が子供を脅かすセリフの前)で1回だけ左手のパッセージをオクターブの音を足して弾いていたのは興味深かった(フランツ・リストによるピアノソロ編曲版が思い出される)。
アンコールでは聴衆の笑い声や拍手喝采が収められており、そうした臨場感を味わえるのもうれしかった。
ゲーテの詩による「月に寄せて」という歌曲は2作あるが、より著名な渋みあふれる第2作ではなく、甘美な旋律美が際立つ第1作を歌っているのもいかにもプライらしい。
息子のフローリアン・プライが父親の記念に、若かりし頃の名演ではなく、晩年のこのライヴを復刻したのも納得できる素晴らしい名人芸の記録であった。
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コメント
フランツさん,こんにちは。素敵なCDをご紹介くださいまして,ありがとうございました。夏に生まれ,夏になくなったプライ。ファンには何よりの記事です。このCDの存在に気づきませんでしたので,たいへん嬉しく拝読しました。息子フローリアンも父から譲り受けた良い声をしているのですが,父の遺産を世に出すという業績を次々成し遂げてくれていますね。これからも期待します。フランツさんの詳細で丁寧な解説で,演奏が聞こえてくるよう。鑑賞が楽しみです。
投稿: goethe-schubert | 2009年8月30日 (日曜日) 14時18分
goethe-schubertさん、こんにちは。
goethe-schubertさんには、そのハンドルネームの通り、必聴のディスクですね。
おっしゃるとおり、息子フローリアンが父親の遺産をこうして世に出してくれるのはとてもうれしいことですね。父親を誇りに思っているのでしょう。
goethe-schubertさんもきっと満足される演奏だと思います。HMVやTower recordでも扱っているので、ぜひ聴いてみてください。
投稿: フランツ | 2009年8月30日 (日曜日) 17時35分
プライ大好き人間として、想像するだけで震えます。カットされた曲がまことに残念。プライの「海の静けさ」を聴いてみたかったのに。
他にもプライの埋もれた録音がないものでしょうかしら?
投稿: Zu・Simolin | 2009年8月31日 (月曜日) 16時58分
Zu・Simolinさん、こんばんは。
喜んでいただけたようで、ご紹介した甲斐がありました。
私も「海の静けさ」や「御者クロノスに」は大好きな作品なので、カットされたのだとしたら残念ですが、ほかの作品はすべて素晴らしい演奏ですので、ぜひ聴いてみてください。
プライの息子さんが自主レーベルで父親ヘルマンの録音を今後も発掘してくれることを期待したいですね。
投稿: フランツ | 2009年8月31日 (月曜日) 20時57分
フランツさん、こんにちは。
このCDも昨年、フランツさんのこの記事を拝見し、購入しました(本当に、お世話になっています)。
確かに全盛期の録音でなく晩年の録音をCD化されたというのは、何か息子さんとしての思いがあったのでしょうね。
1993年といえば、初めて生のプライさんを聞きに行った年ですので、当時を思い出し感慨深いです。
デッカ盤で初めて聞いた「初めての喪失」や「トゥーレの王」「さすらい人の夜の歌」など、同じタイミングで歌えるほど聞きましたっけ。
シューベルトがゲーテの詩につけた曲には、研ぎ澄まされたものを感じます。
あとに続くシューマンにも影響を与えたのではないかと感じています。
投稿: 真子 | 2013年2月21日 (木曜日) 14時25分
真子さん、こんばんは。
今回もプライに対する真子さんの愛情が伝わってきました。
プライと同じタイミングで歌えるほど聴きこんでおられるのですね。素晴らしいです!
シューベルトのゲーテ歌曲に研ぎ澄まされたものを感じられたとのご意見に全く同感です。
ゲーテに対するシューベルトのなみなみならぬ思いがあったのでしょうね。その思いが一方通行だったのは気の毒ですが、こうして数々の素敵な作品が生まれたのは有難いことです。
投稿: フランツ | 2013年2月23日 (土曜日) 00時08分
ゲーテはシューベルトに曲をつけられるのを嫌っていたそうですね。
でも、シューベルトが曲をつけなければ、遠い国の日本人がこれほどゲーテの詩を聴くこともなかったでしょうね(ゲーテ好きの人は別として)。
野ばらなど世界中で愛唱されているでしょうし、ゲーテにとっては皮肉な結果になりましたが、今頃お墓の中で「シューベルト君ありがとう」と思っているかもしれませんね(笑)
投稿: 真子 | 2013年2月24日 (日曜日) 10時44分
真子さん、ご返事ありがとうございます。
ゲーテほどの文豪になると、シューベルト以外にも同じような目的の郵送物がどっさりと送られていたようですから、目を通す余裕すらなかったのかもしれませんね。
ゲーテのほかにも何百人もの詩人たちはシューベルトのよってその名が永遠に残されたのだと思うと、みな彼に感謝しなければならないでしょうね。
投稿: フランツ | 2013年2月24日 (日曜日) 13時41分