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ホッター日本公演曲目1986年(第8回)

第8回来日:1986年10月

ハンス・ホッター(Hans Hotter)(BSBR)
小林道夫(P)
小林一夫(通訳)

10月24日(金)19:00 音楽の友ホール

●特別講演会 共演:小林道夫(P);小林一夫(通訳)

第Ⅰ部:ドイツリートから

シューベルト(Schubert)/春の小川にて;ミューズの寵児

ブラームス(Brahms)/日曜日;セレナーデ

ヴォルフ(Wolf)/考えてもみよ,おお心よ;庭師;あなたにセレナーデを捧げるために僕はやって来た

R.シュトラウス(Strauss)/わが胸の思い;みつけた花;あゝ悲し不幸なるわれ

第Ⅱ部:講演「ドイツリートの歌い方」

(上記の曲目の日本語表記は雑誌「音楽の友」の広告表記に従いました)

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ハンス・ホッター(Hans Hotter: 1909.1.19, Offenbach am Main – 2003.12.6, Grünwald)が最後の来日公演ツアーを行ってから12年後、77歳のホッターは再び来日した。
(財)ソニー音楽芸術振興会の招聘により、5回のマスター・クラスを開いたが、そのほかに1度だけ小リサイタルと講演を組み合わせた形でステージに立った。
共演ピアニストは、数知れない外来演奏家との共演歴をもつ小林道夫。
前半はシューベルト、ブラームス、ヴォルフ、R.シュトラウスのいずれもホッターお得意のレパートリーが披露されたようだ。
上述の曲目は雑誌の広告に予告されていたものなので、実際には別の曲も歌われたかもしれない(プログラム冊子は見ることが出来なかった)。
すでに歌手としての活動はほとんど行っていなかった時期のようで、当夜の聴衆は老境の巨匠の貴重な瞬間に立ち会えたことだろう。

私はこのころにはクラシックのコンサートにも通いはじめていたのだが、このリサイタルを聴かなかったのは今思うと残念でならない。
結局一度もホッターの実演に接する機会をもつことが出来なかった。
この小リサイタルを聴いたという人の話では声量はいささかも衰えていなかったとのこと。
音楽の友ホールのような小さなサロン風スペースで、親密な演奏が聴かれたのではないだろうか。

後半は「ドイツリートの歌い方」と題する講演が開かれた。
この内容については雑誌「音楽の友」1986年12月号の84~85ページにレポートが掲載されている。
「美しい水車屋の娘」を歌いたかったが諦めざるをえなかった事情など興味深い話を読むことが出来る。
興味のある方はぜひ図書館などでご覧ください。

ホッターの来日公演はおそらくこの1986年が最後だったのではないかと思う。
ホッターは引退コンサートのようなツアーを行うこともなく、自然に歌手活動から指導者へとシフトし、たまにオファーがあれば負担にならない歌を歌うというスタンスだったようだ。
いずれにせよ、日本の聴衆はホッターの最盛期から晩年まで接する機会をもてたわけで、たびたび来日してくれたことに感謝しなければならないだろう。

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