ホッター日本公演曲目1974年(第7回)
第7回来日:1974年3~4月
ハンス・ホッター(Hans Hotter)(BSBR)
ジョフリー・パーソンズ(Geoffrey Parsons)(P)
3月26日(火)19:00 東京文化会館(プログラム1)
3月29日(金)19:00 大阪・フェスティバルホール(プログラム1)
4月1日(月)18:30 札幌・北海道厚生年金会館(プログラム1)
4月4日(木)19:00 岡山市民会館(プログラム1)
4月10日(水)19:00 虎ノ門ホール(プログラム2)
●プログラム1 共演:ジョフリー・パーソンズ(P)
シューベルト(Schubert)/歌曲集「冬の旅」作品89[D.911](Winterreise)
(おやすみ;風見の旗;凍った涙;凝結;菩提樹;溢れる涙;川の上で;かえりみ;鬼火;休息;春の夢;孤独;郵便馬車;霜おく髪;からす;最後の希望;村にて;嵐の朝;まぼろし;道しるべ;宿;勇気;幻の太陽;辻音楽師)
●プログラム2 共演:ジョフリー・パーソンズ(P)
シューマン(Schumann)作曲
歌曲集「詩人の恋」作品48(Dichterliebe)
(美しい五月に;わたしの涙から;ばらを、ゆりを、はとを、太陽を;おまえの瞳を見つめるとき;私の心をひたそう、百合のうてなに;神聖なラインの流れの川波に;私は恨むまい;花が知っていたら;鳴るのはフルートとヴァイオリン;あの歌がひびくのを聞くと;ひとりの若者がある娘を愛した;光りかがやく夏の朝に;夢の中で私は泣いた;夜ごとの夢に;昔話の中から;あのいまわしい昔の歌も)
ブラームス(Brahms)作曲
教会墓地にて(Auf dem Kirchhofe)
いこえ、やさしい恋びとよ(Ruhe, Süssliebchen)
サッフォー風の頌歌(Sapphische Ode)
ことづて(Botschaft)
シューベルト(Schubert)作曲
「白鳥の歌」[D.957]より(From "Schwanengesang")
~愛のたより(Liebesbotschaft);春のあこがれ(Frühlingssehnsucht);別離(Abschied);鳩の使い(Die Taubenpost);彼女のおもかげ(Ihr Bild);漁師の娘(Das Fischermädchen);まち(Die Stadt);影法師(Der Doppelgänger)
(上記の演奏者名と曲目の日本語表記はプログラム冊子に従いました)
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ハンス・ホッター(Hans Hotter: 1909.1.19, Offenbach am Main – 2003.12.6, Grünwald)の第7回目の来日は前回の2年後の1974年だった(ホッター65歳)。
共演ピアニストはシュヴァルツコプフの共演者として1968年以降何度も来日しているジェフリー・パーソンズ(Geoffrey Parsons: 1929.6.15, Sydney - 1995.1.26, London)で、この同じ年の暮れにはシュヴァルツコプフの最後の来日公演のために再び来日することになるのである。
今回のツアーも、4月10日に虎ノ門ホールでシューマン、ブラームス、シューベルトによる歌曲の夕べが催されたほかはすべて「冬の旅」であり、このプログラミングがホッターの来日公演ではすっかり定着した感がある。
ほとんどの聴衆はホッターの「冬の旅」が聴きたいということなのだろう。
プログラム2では過去の来日公演で披露したもののほかに、ブラームス「教会墓地にて」「いこえ、やさしい恋びとよ」、シューベルト「別離」「鳩の使い」「漁師の娘」といった初披露の作品も含まれている。
ブラームスの選曲など、同時期にDECCAレーベルにこのコンビで録音(外国でCD化されている)したレパートリーを思い出させる。
ジェフリー・パーソンズがジェラルド・ムーア以降の最高の歌曲ピアニストの一人であることは言うまでもないだろう。
オーストラリアのシドニー生まれの彼は、ブゾーニ門下のWinifred Burstonのもとで学び、1947年のABC演奏歌唱コンクールではブラームスのピアノ協奏曲第2番を弾いて優勝。
1950年にはピーター・ドーソンとイギリス演奏旅行を行い、ヒュッシュとの「冬の旅」の共演などを経て、1961年以降シュヴァルツコプフのピアニストとなった。
日本へは1968年のシュヴァルツコプフのリサイタルに同行したのが初めてで、彼女以外の演奏家と来日したのはホッターの1974年公演が最初だった。
その後しばらく来日していなかったが、オーラフ・ベーアやジェシー・ノーマンの共演者として再来日を果たし、さらにロス・アンヘレスとも来日する予定だったがキャンセルとなり、その翌年、65歳の若さで亡くなった。
ホッターとの来日公演のころは私はまだ幼かったのでもちろん聴いていないのだが、ベーアやノーマンとの来日公演を聴くことが出来たのはかけがえのない貴重な体験となった。
実際にパーソンズの演奏を聴いて、やはりずば抜けて非凡な存在だったと感じたものだった。
その音の美しさはなかなか聴けないほど魅力的だった。
楽屋のサイン会の列に並んだ際、ベーアと楽しそうに談笑していたパーソンズの表情が思い出される。
早すぎる死が悔やまれるピアニストだった。
リサイタル・ツアーとしてのハンス・ホッターの来日は今回が最後だが、実はもう1度長い不在の期間を経て来日し、講演と小リサイタルを組み合わせた形で舞台に登場している。
その内容についてはまた次回。
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