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ティベルギアン/ピアノ・リサイタル(2009年6月27日 東京文化会館小ホール)

セドリック・ティベルギアン ピアノ・リサイタル
Tiberghien_20090627東京文化会館で聴く
シリーズ「ヨーロッパ・ピアノの最先端」第2回

2009年6月27日(土) 18:00 東京文化会館小ホール(K列22番)
セドリック・ティベルギアン(Cédric Tiberghien)(P)

ブラームス/8つの小品 op.76
Brahms / Piano Pieces op.76

バルトーク/野外にて Sz.81
Bartók / Out of Doors Suite Sz.81 (Szabadban)

I. With Drums and Pipes(笛と太鼓)
II. Barcarolle(舟歌)
III. Musette(ミュゼット)
IV. The Night's Music (夜の音楽)
V. The Chase(狩)

~休憩~

バルトーク/3つのチーク県の民謡 Sz.35a
Bartók / 3 Songs from the District of Csík Sz.35a

I. Rubato
II. L'istesso tempo
III. Poco vivo

バルトーク/ブルガリアのリズムによる6つの舞曲(「ミクロコスモス Sz.107」第6巻より)
Bartók / 6 Bulgarian Dances (from Mikrokosmos vol.VI, Sz.107)

バルトーク/ルーマニア民俗舞曲 Sz.56
Bartók / Roumanian Folk Dances Sz.56

I. Stick Dance(棒踊り)
II. Braul(飾り帯の踊り)
III. The Stomper(足踏み踊り)
IV.  Bucsumi Dance(ブチュム人の踊り)
V. Romanian Polka(ルーマニア風ポルカ)
VI.Quick Dance(速い踊り)

ブラームス/ハンガリー舞曲 第1番~第10番(ブラームス自身によるピアノ独奏版)
Brahms / 10 Hungarian Dances (original version for solo piano)

~アンコール~
ブラームス/ワルツOp.39-15
ドビュッシー/スケッチ帳より

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1975年生まれのフランスのピアニスト、セドリック・ティベルギアンのリサイタルを聴いた。
先週のシーララに続き、東京文化会館小ホールでのシリーズ「ヨーロッパ・ピアノの最先端」の第2回目である。
シーララがまだ知る人ぞ知る存在だったのに対して、ティベルギアンはすでにCDもかなり出しているため、それなりに知られているのだろうか。
かなり席は埋まっていた。
私の席はシーララとのセット券で同じ場所だったのだが、ちょうど真ん中あたりで、手の動きも見えつつ、響きの面でもちょうどよく聴こえて恵まれた席だったように感じた。
長身のティベルギアンは、鍵盤に向かいながら、前かがみになったり、背筋を伸ばしたり、自在な動きで演奏する。
それが見た目にうるさくならず、音楽の流れと自然に連動した動きになっているのが良かった。

最初のブラームス、第1曲の「カプリッチョ」の冒頭、ゆっくりめのテンポから徐々にテンポをあげて、基本的なテンポにつなげていくという箇所など細やかな表情をつける。
8曲を通して、含蓄に富んだ響きで成熟した音楽を聴かせてくれた。
一変して、バルトークの「野外にて」は激しいリズムが特徴的な作品群。
打楽器的な要素を盛り込んでいるため、演奏者がそのように弾くのは作曲家の意思に適っているのは確かだが、ティベルギアンは激しいながらも決して汚い音にはならない。
そのコントロールのうまさに非凡さを感じた。

後半は民族色を前面に出したバルトークとブラームスの作品でまとめ、前半と好対照をなしている。
そのプログラミングは確かに良く考えられたものだったと思う。
バルトークの3つの曲集は拍手による中断もなく、若干の間を置きながら連続して演奏された。
それにしても、「チーク県の民謡」と「ルーマニア民俗舞曲」が民族色豊かで、いかにもスラヴの響きといった趣だったのに対して、
その間に演奏された「ミクロコスモス」に含まれている「ブルガリアのリズムによる6つの舞曲」は、スラヴ調というよりも、どことなくJazzyな明るさと開放感が感じられたのが興味深かった。
ティベルギアンの演奏も、そのあたりを意識した弾き方だったように感じた。

最後はブラームスの連弾用「ハンガリー舞曲」の第1番~第10番を作曲家自身がピアノ独奏用に編曲したものが演奏された。
これは、プログラムの最後に置かれるにはもってこいの気楽に聴けるエンターテインメントであった。
しかし、見た感じ、恐ろしくテクニックが要求されているようで、ティベルギアンも忙しそうに手を動かしていたが、テンポの急激な変化やリズムの扱いなども含めて、全く見事に演奏され、聴いていて思わず体を揺らしたくなるほど楽しめる音楽だった。

Siirala_tiberghien_200906_chirashiアンコールで弾かれたブラームスの有名なワルツで聴き手は癒され、続いて弾かれたドビュッシーでこのピアニストのルーツを思い起こさせて、盛況のうちにコンサートは終了した。

テクニックと音楽性が共に備わったピアニストとして、今後ますます大成していくであろう。
2週にわたっていいピアニストを知ることが出来て、満足の週末だった。

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クヴァストフ&グリモー/ブラームス&シューマン・ライヴ(ネットラジオ Suisse Romande Espace 2)

6月18日(現地時間13:30-15:00)に、スイスのネットラジオ局(Suisse Romande Espace 2)で、バリトンのトーマス・クヴァストフとピアニストのエレーヌ・グリモーによる歌曲のライヴ録音を聴いた。
詳細は以下のとおり。

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トーマス・クヴァストフ(Thomas Quasthoff)(バリトン)
エレーヌ・グリモー(Hélène Grimaud)(ピアノ)

ブラームス/「9つの歌曲(9 Lieder und Gesänge)」op.32
(なんと私は夜に跳ね起きて/もうおまえの許へは行くまい/私はあたりを忍び歩く/私のわきでざわめく小川よ/なんと辛い、おまえは私を再び/私が思い違いをしていたとあなたは言う/厳しいことを言おうとあなたは思っている/こうして僕らは立っている/なんとあなたは、わが女王よ)

シューマン/歌曲集「詩人の恋(Dichterliebe)」op.48(全16曲)

録音:2007年7月29日ヴェルビエ(Verbier)

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トーマス・クヴァストフは現代ドイツを代表する歌手の一人であるが、歌曲を積極的に歌っているばかりか、昨今ではジャズにまでレパートリーを広げているようだ。
そんな彼のスイス、ヴェルビエでのブラームス&シューマンのライヴ録音を聴くことが出来た。
ピアノは日本でも人気の高いソリストのエレーヌ・グリモーである。
以前雑誌のインタビューでグリモーが歌曲演奏をしたと話していたのでいつか聴きたいと思っていて、ようやく念願かなったところだ。

ブラームスの作品32の9曲はプラーテンとダウマーの詩により、内容的にまとまった歌曲集ではないが、暗鬱な雰囲気に始まり、最後には心が溶けていくような流れが感じられ、私の大好きなブラームス歌曲群である。
特に第1曲「なんと私は夜に跳ね起きて」は、学生時代にF=ディースカウ&ヘルのライヴ録音をFMで聴いて以来虜となっている作品である。

クヴァストフは艶のある声で重厚だが情熱的な歌を歌う人である。
テーオ・アーダムを彷彿とさせるような几帳面でストレートな歌声で、丁寧に歌い上げる。
たまに力んで声が裏返るのはご愛嬌だが、言葉を決しておろそかにせず、大切に扱っているのが伝わってくる。
「詩人の恋」も感情の襞を繊細に掬い取って素晴らしかったが、クヴァストフの良さが特に生きたのはブラームスだったと思う。
F=ディースカウの雄弁さとも、ホッターの包み込むような味わいともまた違った、実直さゆえの感動を与えてくれたように感じた。
最後の「なんとあなたは、わが女王よ」を静かに終えた後、若干の沈黙の後に静かに拍手が始まったのは、会場の聴衆がいかに感銘を受けていたかを想像させるものだった。

グリモーのピアノは、とても丁寧で余韻を大切にした演奏だった。
決してあせらず常に堂々たるテンポを維持する彼女の演奏は、すでにベテランの円熟味すら感じさせられた。
ブラームスでは作品特有のがっちりした構築感と重みを失わないまま、しなやかな柔らかさをも感じさせた魅力的な演奏だった。
シューマンでも低く移調しているハンデを感じさせない美しく優しい音色で、感情の揺れを丁寧に表現していた。
彼女は詩をよく理解した演奏を聴かせてくれて、歌曲演奏にも非常に向いているように感じた。

このラジオ放送の数日後、今度はオーストリアのラジオ局Ö1でユストゥス・ツァイエンとのライヴ録音が放送された。
真夜中だったため、前半のシューベルトとシューマンを聴いただけで寝てしまったのだが、後半はドビュッシーのフランソワ・ヴィヨン歌曲集やラヴェルのドン・キホーテ歌曲集が歌われたはずである。

クヴァストフはかつて来日公演を一度だけ聴いたことがあるが、名パートナーのユストゥス・ツァイエンと共にいい演奏を聴かせてくれたものだった。
もう随分日本に来ていないのではないか。
そろそろ再来日してくれたらいいのだが。

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シーララ/ピアノ・リサイタル(2009年6月20日 東京文化会館 小ホール)

東京文化会館で聴く
シリーズ「ヨーロッパ・ピアノの最先端」第1回
Siirala_200906アンティ・シーララ ピアノ・リサイタル

2009年6月20日(土) 18:00 東京文化会館 小ホール(K列22番)
アンティ・シーララ(Antti Siirala)(P)

モーツァルト/グルックの歌劇『メッカの巡礼』の「われら愚かな民の思うは」による10の変奏曲ト長調
Mozart / 10 Variations on “Unser dummer Pobel meint” from Gluck's La rencontre imprevue in G Major K. 455

ブラームス/2つの狂詩曲作品79より 第1番ロ短調
Brahms / 2 Rhapsodies op. 79 No.1 in b minor

ブラームス/創作主題による変奏曲作品21-1
Brahms / 11 Variations on an Original Theme in D Major op. 21-1

~休憩~

ショパン/3つのマズルカ作品50
Chopin / 3 Mazurkas op. 50 (No. 30 in G Major; No. 31 in A flat Major; No. 32 in c sharp minor)

ショパン/ピアノ・ソナタ第3番ロ短調
Chopin / Piano Sonata No.3 in b minor op. 58

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ヘルシンキに生まれ今年30歳になる若手ピアニスト、アンティ・シーララのリサイタルを聴いてきた。
最近ピアノづいていて、もらうチラシを見てはどれもみな行きたくなってしまう。
シリーズ「ヨーロッパ・ピアノの最先端」の第1回目として紹介されているシーララはまだ私にとっても馴染みの薄いピアニストで、このチケットを買った後で一枚シューベルトの編曲録音のみを持っていたことを思い出したが、日本での知名度もおそらくこれからという人だろう。
人気が出る前に聴いておくのも悪くないだろうとちょっと賭けをしてチケットを買ってみた。

東京文化会館小ホールは空席もちらほらあったが、結論を先に言うと、最近聴いた中でも最も感銘を受けたコンサートの一つとなった。
登場したシーララは北欧の人らしく肌が白いのが印象に残ったが、どんな難易度の高い箇所でもポーカーフェースで涼しげな表情を崩すことがなかったのも印象的だった。
演奏する姿勢が良く、余計な体の揺れもなく、指先に集中しているのが視覚的にも良かった。
ピアニッシモを繊細に弾けるピアニストは少なくないが、フォルティッシモをしっかり鳴らしながら、きつく耳障りな音にならないようにするのは案外難しいのではないか。
その点、シーララの奏でる強音は良く響きながらも常に美しさが保たれていて、そのコントロールの見事さにまず感銘を受けた。
ブラームスのラプソディーやショパンのソナタはかなり音量の大きな箇所が出てくるが、そのどの箇所においても、すかっと抜ける音でありながら、全く汚くならない。
これは打鍵の荒さが目立ちがちな現代ピアニストの中にあっては特筆に値する美点だと思う。
それから、安定したテクニックを持っていながら、それが誇示されない点。
ブラームスのラプソディーはさくさくと早めのテンポで弾き進めるが、そこにこれみよがしなところがなく、盛り上がるところは充分盛り上げながら、過剰さは一切ない。
そのため、聴衆はブラームスの作品そのものの魅力を最大限に味わうことが出来たと思う。

後半はすべてショパンで、美しいマズルカ第32番を含む作品50の3曲と、あまりにも有名なソナタ第3番が演奏された。
シーララのショパンは一貫して作品のしもべとなった誠実このうえない演奏だった。
従って、演奏者の個性を前面に押し出した巷のショパンの演奏とは異質のものとなり、物足りなさを感じた方もいたかもしれない。
しかし、私個人としてはこういうショパンを聴きたかったという、まさに理想的な演奏であった。
一切の誇張を排した、あるがままの演奏が提示されたのは、私にとってはめったにない機会であり、ショパンのソナタが、これほどソナタらしい構成を感じさせてくれたのは目からうろこが落ちたような新鮮さだった。
多少のミスはあったものの(実演では誰もがする程度なので問題ではない)、かゆいところに手が届くような切れの良さとテクニックの安定感がありながら、打楽器的なタッチが一切ない、音楽的な美しいタッチで貫かれたのは、ただただ素晴らしいという言葉しか思いつかない。

唯一最初に弾かれたモーツァルトの変奏曲では、若干構成する変奏間のテンポのギャップが大きく感じられることがあり、作品全体の構成感という点でさらに良くなる余地を残しているように思った。
もちろんモーツァルトの誤魔化しのきかない剥き身の音を見事に美しいタッチで弾いていたことは、このピアニストの素晴らしさを予感させるのに充分だったが。

プログラミングも前半にモーツァルトとブラームスの変奏曲を両端に置き、間に対照的なブラームスのラプソディーを置くという、よく考えられたものだった。
なお、ブラームスの2曲は拍手による中断もなく、続けて演奏された。

演奏後にサイン会が予定されていたせいか、盛大な拍手にもかかわらずアンコールはなかった。
今回のプログラムは、この未知だったピアニストの凄さを感じさせるのに充分な内容で、私にとって今後来日するたびに聴きたくなるピアニストとなった。

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ホッター日本公演曲目1972年(第6回)

第6回来日:1972年4月

ハンス・ホッター(Hans Hotter)(BSBR)
トム・ボレン(Thom Bollen)(P)

4月5日(水)19:00 東京・厚生年金会館(プログラム1)
4月8日(土)18:30 新潟県民会館(プログラム1)
4月10日(月)19:00 大阪・フェスティバルホール(プログラム1)
4月13日(木)18:30 札幌市民会館(プログラム1)
4月15日(土)18:30 函館市民会館(プログラム1)
4月18日(火)19:00 東京文化会館(プログラム2)
4月21日(金)18:30 千葉県文化会館(プログラム1)
4月24日(月)18:30 仙台・宮城県民会館(プログラム1)
4月27日(木)18:30 福岡市民会館(プログラム1)

●プログラム1 共演:トム・ボレン(P)

シューベルト(Schubert)/歌曲集「冬の旅」作品89(Winterreise)
(おやすみ;風見の旗;凍った涙;凝結;菩提樹;溢れる涙;川の上で;かえりみ;鬼火;休息;春の夢;孤独;郵便馬車;霜おく髪;からす;最後の希望;村にて;嵐の朝;まぼろし;道しるべ;宿;勇気;幻の太陽;辻音楽師)

●プログラム2 共演:トム・ボレン(P)

シューベルト(Schubert)作曲
1.春にD882(Im Frühling)
2.アリンデD904(Alinde)
3.遠く離れたひとにD765(An die Entfernte)
4.死と少女D531(Der Tod und das Mädchen)
5.影法師D957/13(Der Doppelgänger)
6.ミューズの子D764(Der Musensohn)

ブラームス(Brahms)作曲
7.四十歳ともなれば 作品94の1(Mit vierzig Jahren)
8.おお,ぼくが知っていたら 作品63の8(O wüsst ich doch)
9.日曜日 作品47の3(Sonntag)
10.さびしい森の中で 作品85の6(In Waldeseinsamkeit)
11.恋歌 作品71の5(Minnelied)

ヴォルフ(Wolf)作曲
12.アナクレオンの墓(Anakreons Grab)
13.散歩(Fussreise)
14.飽くことを知らぬ恋(Nimmersatte Liebe)
15.月はいたましい歎きをかかげて(Der Mond hat eine schwere Klag')
16.ブロンドの頭をお上げ(Heb' auf dein blondes Haupt)
17.ぼくはもう床の中で・・・(Schon streckt ich aus)
18.皆さま方にセレナードを・・・(Ein Ständchen Euch zu bringen)

R.シュトラウス(R.Strauss)作曲
19.あこがれ 作品32の2(Sehnsucht)
20.天の使者 作品32の5(Himmelsboten)
21.お前,ぼくの心のかわいい冠よ 作品21の2(Du meines Herzens Krönelein)
22.ああ悲し,不幸なるわれ 作品21の4(Ach, weh mir unglückhaftem Mann)
23.たそがれの夢 作品29の1(Traum durch die Dämmerung)
24.献呈 作品10の1(Zueignung)

(上記の曲目の日本語表記はプログラム冊子に従いました)

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ハンス・ホッター(Hans Hotter: 1909.1.19, Offenbach am Main – 2003.12.6, Grünwald)の第6回目の来日は前回の3年後の1972年で、すでに63歳だったことになる。
共演ピアニストは日本での初共演となったオランダ出身のトム・ボレン(Thom Bollen: 1933.4.17, Tilburg, Holland - 2004.3.6, Amsterdam)だった。

今回のツアーも、4月18日に東京文化会館で4人の作曲家による歌曲の夕べが催されたほかはすべて「冬の旅」であり、たまには他のプログラムが聴きたいと思う人もいたのではないだろうか。
まあそれだけ「冬の旅」だとお客さんの受けがいいということなのだろうが。

プログラム2では過去の来日公演で披露したもののほかに、シューベルト「遠く離れたひとに」「死と少女」、ブラームス「さびしい森の中で」、ヴォルフ「ぼくはもう床の中で」、シュトラウス「献呈」といった初披露の作品も加えて、意欲を見せている。

トム・ボレンは、ムーアやヴェルバ等に師事したピアニストで、クム・ラウデ音楽院を卒業後、ヨーロッパ各地でソロコンサートを開き、アムステルダム音楽院賞を受賞。
オランダ国立歌劇場のコレペティートルを経て、数多くの歌手の共演者として活動した。
ホッターのほかにも、マックス・ファン・エフモント、ロバート・ホル、モーリーン・フォレスター、エルナ・スポーレンベルフなどと共演してきたという。
ホッターが、毎回ほとんど異なるピアニストを日本に連れてきたのも、実演を聴いた方の楽しみの一つだったに違いない。

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吉田 恵/J.S.バッハ オルガン作品全曲演奏会 第10回(2009年6月13日 日本大学カザルスホール)

J.S.バッハ オルガン作品全曲演奏会 第10回
Yoshida_2009062009年6月13日(土) 19:00 日本大学カザルスホール(全自由席)
吉田 恵(Megumi Yoshida)(ORG)

J.S.バッハ(1685-1750)作曲

ファンタジー ハ短調BWV562

ノイマイスター・コラール集より
 心より慕いまつるイエスよ, 汝いかなる罪をBWV1093
 キリストよ,受難せる汝に栄光あれBWV1097
 深き淵より,われ汝に呼ばわるBWV1099
 アダムの堕落によりてことごとく腐れたりBWV1101
 よし災いの襲いかかろうともBWV1104
 ああ主よ,哀れなる罪人われをBWV742
 いまぞ身を葬らんBWV1111
 人はみな死すべきさだめBWV1117

プレリュードとフーガ ハ短調BWV546

~休憩~

協奏曲ニ短調BWV596

ああ主なる神よBWV714
キリストは死の縄目につながれたりBWV695
キリストは死の縄目につながれたりBWV718
われ汝に別れを告げんBWV735
われ汝に別れを告げんBWV736

プレリュードとフーガ ロ短調BWV544

~アンコール~
装いせよ汝,おお愛する魂よBWV654

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オルガニストの吉田恵が2004年に始めたというバッハオルガン作品全曲演奏会の第10回目を聴いてきた。
5月のラ・フォル・ジュルネではバッハがテーマでありながらオルガン曲を聴けなかったのが物足りなかったので、今回のこの演奏会は早くからチェックしていた。
彼女のほかに椎名雄一郎も12回にわたるバッハ連続シリーズを継続中で、前回聴こうと思ったのだが完売だったので、次回までお預けである。

今回の吉田さんの演奏会、バッハの全曲シリーズというだけでもその志の高さに感銘するのだが、来年残念ながら閉館の予定という日大カザルスホールのアーレント・オルガンを演奏してくれるのがうれしい。
私も日大の所有になる前は何度かこのホールに足を運んだものだが、オルガン演奏はおそらく聴いていなかったと思う。
今回は自由席なので、2階に据え付けられたオルガンが見やすいように2階席左側で聴いた。

カザルスホールのオルガンはバッハの時代当時のオルガンを復元したものとのことで、パイプはすべて木の枠に上向きにきっちり収まっていて、2階の壁から出っ張った木のボックスごと一つの楽器という印象である。
華美な装飾があるわけでなく、一見こじんまりした印象すら受けるこの楽器がどのような音を出すのか興味津津で開演を待った。

吉田さんはストップ操作の女性を伴って登場した。
吉田さんが左側の音栓、助手の女性が主に右側の音栓を準備して演奏がはじまる。
最初の「ファンタジー ハ短調」が静かに鳴った瞬間、その優しい響きに魅せられた。
吉田さんの演奏はとても良く回る指で軽快に進められる。
テクニック的に全く危なげない指使いとペダリング(このオルガンは足が聴衆から全く見えないつくりになっているのがちょっと残念)で、オルガンの多彩で優しい音色を見事に引き出していたと思う。

「ノイマイスター・コラール集」は、プログラムノートの金澤正剛氏によると、アメリカ、イェール大学の図書館で1984年に発見されたばかりの作品集で、手写した人の名前をとって「ノイマイスター・コラール集」と呼ばれるようになったそうだ。
この中から8曲が演奏されたが、どれも短く親しみやすい曲である。
かつて偽作説があったという「ああ主よ,哀れなる罪人われを」はそういわれてみるとバッハっぽくない感じもするが、「ノイマイスター・コラール集」に含まれていたことでバッハの作品と確認されたそうだ。

前半最後の「プレリュードとフーガ ハ短調」はドラマティックで悲痛な雰囲気が胸に迫ってくる。
吉田さんの演奏はプレリュードとフーガの間で若干の間を置きながらも、流れが中断されないように演奏していたように感じた。

後半最初の「協奏曲ニ短調」はヴィヴァルディの「調和の霊感」第11曲を編曲したもの。
バッハはこのようにヴィヴァルディの研究に勤しんでいたが、研究のための編曲ということでオリジナルに忠実なものになっているようだ。
曲調がほかの作品と違うので、バッハだけで組まれたプログラムでちょっとした気分転換になった気がする。

その後には若いころにバッハがつくったコラール作品5曲。
こちらは「ノイマイスター・コラール集」と違って1曲1曲がしっかりした長さをもっている。
オリジナルのコラールを知っているとさらに楽しめるのだろう。

最後の「プレリュードとフーガ ロ短調」は壮大な作品である。
金澤氏も「バッハ後期の代表作」と表現しておられる。
後半のフーガの主題は「コンドルは飛んでいく」みたいで覚えやすい。
この主題が次々とフーガになって展開していき、素敵な作品であった。

アンコールで弾かれた小品も穏やかで優しく心地よい気持ちになった。
カーテンコールで何度も呼び戻された吉田氏は、アーレント・オルガンにも手をかざして、楽器とともに拍手にこたえていたのが印象的だった。
華麗すぎない、いぶし銀のような優美な音色に心癒された時間を過ごすことが出来て、満足して家路につくことが出来た。

カザルスを記念したこのホール、開演を知らせるベルの代わりにカザルスゆかりの「鳥の歌」のメロディが流れ、このホールでカザルスの盟友だったあのホルショフスキーも演奏したのだと思うと、やはり感慨深いものがある。
それにしても、このオルガンは閉館後にはどうなってしまうのだろう。
解体ということにはならないことを祈りたい。

Yoshida_200906_chirashi_2

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ホッター日本公演曲目1969年(第5回)

第5回来日:1969年3~4月

ハンス・ホッター(Hans Hotter)(BSBR)
ハンス・ドコウピル(Hans Dokoupil)(P)

3月18日(火)18:30 名古屋・愛知文化講堂(プログラムA)
3月20日(木)19:00 東京文化会館 大ホール(プログラムA)
3月22日(土)18:30 仙台・東北大学川内記念講堂(プログラムA)
3月25日(火)19:00 東京文化会館 小ホール(プログラムB)
3月26日(水)18:30 福岡市民会館(プログラムA)
3月28日(金)18:30 札幌市民会館(プログラムA)
3月29日(土)19:00 大阪・フェスティバルホール(プログラムA)
3月31日(月)18:30 横浜・神奈川県立音楽堂(プログラムA)
4月2日(水)19:00 東京文化会館 大ホール(プログラムA)

●プログラムA 共演:ハンス・ドコウピル(P)

シューベルト(Schubert)/歌曲集「冬の旅」作品89(Winterreise)
(おやすみ;風見の旗;凍った涙;凝結;ぼだい樹;あふれる涙;川の上で;かえりみ;鬼火;休息;春の夢;孤独;郵便馬車;霜おく髪;からす;最後の希望;村にて;あらしの朝;幻;道しるべ;宿;勇気;幻の太陽;辻音楽師)

●プログラムB 共演:ハンス・ドコウピル(P)

シューベルト(Schubert)作曲
1.人間の力の限り(Grenzen der Menschheit)
2.春の小川に(Am Bach im Frühling)
3.泉に(An eine Quelle)
4.ドナウにて(Auf der Donau)
5.ひめごと(Geheimes)
6.ヘリオポリス(第2曲)(Heliopolis II)

シューマン(Schumann)作曲
7.新緑(Erstes Grün)
8.だれがおまえを悩ますのか(Wer machte dich so krank?)
9.古いリュート(Alte Laute)

ブラームス(Brahms)作曲
10.喜びに満ちたぼくの女王よ(Wie bist du, meine Königin)
11.早くおいで(Komm bald)
12.メロディーのように(Wie Melodien zieht es mir)
13.セレナーデ(Ständchen)
14.愛の歌(Minnelied)

R.シュトラウス(R.Strauss)作曲
15.夜(Die Nacht)
16.みつけもの(Gefunden)
17.胸の思い(All mein Gedanken)
18.夜の散歩(Nachtgang)
19.憩え,わが魂(Ruhe, meine Seele)
20.陽の光の中に(Im Sonnenschein)

レーヴェ(Loewe)作曲
21.魔王(Erlkönig)
22.追いかける鐘(Die wandelnde Glocke)
23.婚礼の歌(Hochzeitlied)

(上記の曲目の日本語表記はプログラム冊子に従いました)

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ハンス・ホッター(Hans Hotter: 1909.1.19, Offenbach am Main – 2003.12.6, Grünwald)の第5回目の来日は前回の2年後の1969年だった。
共演ピアニストは日本では初共演となったハンス・ドコウピル(1921, Olomouc (Olmütz) - 1971)がつとめ、全9公演中8公演で「冬の旅」を歌い、東京で1度だけ様々な作曲家による歌曲の夕べが開かれた。
今回もほとんど「冬の旅」ツアーと言ってもいいくらいだが、4月2日の公演はCBS SONYがライヴ収録して、ホッター4度目の「冬の旅」録音としてCD化もされて高い評価を得ている。
しかし、「冬の旅」の影に隠れているが、3月25日のプログラムBの公演も録音されており、LPで発売されたのは案外知られていないのではないか。
こちらは未だにCD化されておらず、復活を望んでおきたい。

プログラムBは東京文化会館の小ホールの限られた聴衆しか聴けなかった貴重なプログラムと言えるだろう。
ホッターの十八番が並んでいる選曲は魅力的だが、中でもシューベルトの選曲はこれまでの来日公演では披露されていないレパートリーばかりで、ホッターの意欲が伝わってくる。

故ハンス・ドコウピルはエーバーハルト・ヴェヒター、ハインツ・ホレチェク、リタ・シュトライヒなどとの共演でも知られるピアニスト。
随分前に老舗中古レコード店(もう閉店してしまった)でドコウピルをフィーチャーした輸入盤LPを見かけたが、高価だったため購入しなかった。
いつかまた見つかるといいのだが。

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(2009年6月27日追記)

3月25日のリサイタルのライヴ録音について、シューベルトの6曲は「冬の旅」の2枚組LP(SONC-16007~8)の第4面にカップリングとして6曲とも収録されて発売されたようだ。
それ以外の作品については、以下のLPに収録されていることを確認した(今日、資料室で実物を聴いてきた)。
プログラム冊子でのブラームスの曲順と入れ替わっている(2番目に置かれていた「早くおいで」が最後になっている)のは、拍手の感じからすると、LP用の編集というよりも実際に入れ替えて歌われたような気がする。
R.シュトラウスの最後に予定されていた「陽の光の中に」が省略されているのは時間の都合だろうが、それ以外は完全に収録されている。
ホッターもドコウピルもライヴゆえのミスはあるものの、当日の雰囲気が伝わってくる貴重な記録である。
すでに盛期を過ぎたと言われたものの、まだまだ充分見事な張りのある歌を聴かせてくれる。
SONYさん、ぜひCD化を!

ハンス・ホッター ドイツ・リートの夕べ-東京公演実況録音盤 1969.3.25
HANS HOTTER IN TOKYO Vol.2: DEUTSCHE LIEDER ABEND

CBS SONY: SONC-16013-J (LP)
ライヴ録音:1969年3月25日、東京文化会館小ホール

ハンス・ホッター(Hans Hotter)(バス・バリトン)
ハンス・ドコウピル(Hans Dokoupil)(ピアノ)

●A面
シューマン(Schumann)作曲
1.新緑 作品35の4(Erstes Grün)
2.だれがあなたを悩ませたのか 作品35の11(Wer machte dich so krank?)
3.古いリュート 作品35の12(Alte Laute)

ブラームス(Brahms)作曲
4.喜びに満ちたぼくの女王よ 作品32の9(Wie bist du, meine Königin)
5.メロディーのように 作品105の1(Wie Melodien zieht es mir)
6.セレナード 作品106の1(Ständchen)
7.愛の歌 作品71の5(Minnelied)
8.早くおいで 作品97の5(Komm bald)

●B面
R.シュトラウス(R.Strauss)作曲
9.夜 作品10の3(Die Nacht)
10.みつけもの 作品56の1(Gefunden)
11.胸の想い 作品21の1(All mein Gedanken)
12.夜の散歩 作品29の3(Nachtgang)
13.憩え,わが魂 作品27の1(Ruhe, meine Seele)

レーヴェ(Loewe)作曲
14.魔王(Erlkönig)
15.追いかける鐘(Die wandelnde Glocke)
16.婚礼の歌(Hochzeitlied)

アンコール
R.シュトラウス(R.Strauss)作曲
17.汝(なれ)こそわが心の冠 作品21の2(Du meines Herzens Krönelein)

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ルイサダ/ピアノ・リサイタル(2009年6月11日 川口・リリア音楽ホール)

ジャン=マルク・ルイサダ ピアノ・リサイタル2009
Luisada_2009062009年6月11日(木) 19:00 川口・リリア音楽ホール
ジャン=マルク・ルイサダ(Jean-Marc Luisada)(P)

ショパン/3つのノクターンOp.9
第2番変ホ長調
第1番変ロ短調
第3番ロ長調

ショパン/2つのノクターンOp.27
第1番嬰ハ短調
第2番変ニ長調

ショパン/ノクターン ハ短調Op.48-1
ショパン/ノクターン ロ長調Op.62-1

バッハ/フランス組曲第5番ト長調BWV816

~休憩~

シューマン/子供の情景Op.15

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第23番へ短調Op.57「熱情」

~アンコール~
ショパン/4つのマズルカOp.24
シューマン/楽しい農夫

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チュニジア生まれのフランスのピアニスト、ジャン=マルク・ルイサダのリサイタルを聴いてきた。
ブーニンが優勝し、小山実稚恵が4位入賞した1985年のショパン・コンクールで第5位となり、メディアで大きくとりあげられてから随分経ってしまった。
その後NHKでのショパンのレッスンが放送されて、彼の指導者としての側面も知ることが出来た。
その際に印象に残ったのは、演奏する時に全身を使うということ。
例えば、ある箇所を演奏する際に腰を椅子から浮かすように生徒に指示していたのには驚いたものだった。

さて、そのルイサダの実演を聴くのははじめてだったが、当日券で聴くことが出来た。
前半最初はショパンのノクターンばかり7曲。
Op.9-2は私でも知っている有名な曲だが、ルイサダはOp.9-1と順序を入れ替えて、最初にこの有名な作品を弾くことで聴衆の心をつかんだ。
ルイサダはとにかくテンポをよく揺らして、旋律をくっきり浮き上がらせるが、その自由さが決して鼻につかず、やり過ぎない加減の上手さを感じた。
ショパンの曲はあまりにも演奏人口が多いせいか、やたらと自己陶酔したルバートだらけの演奏を聴くことが少なくないが、ルイサダは歌い方のさじ加減が絶妙で聴き手を決して置いてけぼりにしない。
さすがショパンで名を挙げただけのことはある演奏を聴かせてくれた。

バッハは一転して厳格な様式感をしっかり守った演奏。
しかし、どことなく洒脱さが感じられて粋な演奏だった。

休憩後のシューマン「子供の情景」はルイサダならではのユニークだが心のこもった素晴らしい演奏だった。
シューマンは昔からフランスのピアニストが得意としてきた傾向がある。
ルイサダもその例に漏れず、ロマンティック、かつ大胆な響きで聴き手を堪能させてくれた。
子供の平明な感覚を保ちつつ、大人の奥行きを加味したような深みがあり、最後の「詩人は語る」など心に沁みる演奏だった。

ルイサダは弱音が実にデリカシーに富み、絶妙なコントロールを感じさせるが、一方フォルテでは打鍵が硬めできつく感じられることがある。
好みの問題かもしれないが、強音でももっと音楽的な音が彼ほどの人ならば出せるのではないかと思うのだが・・・。
だが、その硬めの音質が生かされたのは最後に弾かれた「熱情」だった。
ショパンを得意とするルイサダのベートーヴェンは聴く前にはなかなかイメージが湧きにくかったのだが、聴いてみると、ベートーヴェンの厳粛さ、構築感といったものもしっかり感じさせてくれた演奏で、ルイサダの柔軟な対応力が感じられた。
彼のがっしりした硬めの音が作品の性格と合致して、ドラマティックないい演奏だったと思う(最終楽章は若干疲れが感じられたが)。

最前列の右の方の席だったので、彼の指づかいは見えなかったのだが、演奏している時の作品に没入している顔の表情や、右足のペダリング、それに所在なげに伸ばしたり曲げたりしている左脚が見れて楽しめた。
弾きながら彼のハミングが聴こえてきたが、おそらく無意識に歌っているのだろう。
ここ数年楽譜を置いて演奏しているそうで、この日も譜めくりの人を伴っていたが、聴衆の拍手にこたえる時に必ず譜めくりの人にもお辞儀をしていたのが興味深かった(ステージから退場する際に一度ルイサダにお先にどうぞという身振りをされた譜めくりの人が困惑していたようにも見えた)。

アンコールの最後に弾かれたのはシューマンの「楽しい農夫」。
これは本当に無邪気に楽しげに弾かれ、洒落っ気を漂わせながらお開きとなった。

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アンデルシェフスキ/リサイタル(2009年6月6日 サントリーホール)

ピョートル・アンデルシェフスキ ピアノ・リサイタル
Anderszewski_2009062009年6月6日(土) 19:00 サントリーホール(2階LA6列20番)
ピョートル・アンデルシェフスキ(Piotr Anderszewski)(P)

シューマン(Schumann)/暁の歌op.133(Gesänge der Frühe)
Im ruhigen Tempo
Belebt, nicht zu rasch
Lebhaft
Bewegt
Im Anfange ruhiges, im Verlauf bewegtes Tempo

J.S.バッハ(Bach)/パルティータ第6番ホ短調BWV830(Partita no.6)
Toccata
Allemande
Corrente
Air
Sarabande
Tempo di gavotte
Gigue

~休憩~

ヤナーチェク(Janáček)/霧の中で(In the Mists)
Andante
Molto adagio
Andantino
Presto

ベートーヴェン(Beethoven)/ピアノ・ソナタ第31番変イ長調op.110(Piano sonata no.31)
Moderato cantabile molto espressivo
Allegro molto
Adagio ma non troppo - Allegro ma non troppo

~アンコール~

バルトーク/チーク地方の3つのハンガリー民謡Sz35a~第1曲

バッハ/パルティータ第2番ハ短調BWV826~サラバンド

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昨夜、ワルシャワ生まれのピアニスト、ピョートル・アンデルシェフスキのリサイタルに出かけてきた。
私とほとんど同年代のこのピアニストが世界的な評価を得ているのを知り、どんな演奏をするのか興味がわき、当日券で聴いてきた。
実は彼をはじめて知ったのは演奏ではなく、「The Art of Piano」というDVD映像のコメンテイターとしてであり、そこでは往年の名ピアニストたちについてコメントしていた。

ステージに登場したアンデルシェフスキは長身で、若々しい容姿は舞台映えする。
笑顔を湛えながら拍手に応じるステージマナーも丁寧で好感がもてた。

実際の彼の演奏は、どの曲も決してもたつくことのない早めのテンポで清冽に弾き進める。
歌うべきところでは停滞することなくどのメロディーもしっかり浮き立たせる。
タッチは硬質で、強音など私の好みではもう少し柔らかい方が好きだが、荒々しいわけではなく、うまくコントロールされていたように感じた。
弱音では実にデリケートな感性が感じられ、惹きつけられた。
かなり体を自由に動かしながらも、これみよがしな誇張されたところがないのも気持ちいい。
テクニックは万全で音楽性も豊か、確かに第一線で活躍しているだけのことはあると感じながら、安心して聴いていた。

最初のシューマンの「暁の歌」に関しては配布されたプログラムにアンデルシェフスキのメッセージが挿入され、シューマンが精神を病む直前に完成させた最後の作品なので、作品の性格上演奏後の拍手は控えてほしいとあった。
そして、サントリーホールの聴衆はそのメッセージに従い、シューマンの後に誰ひとり拍手をせず、若干の間をおいて、バッハが続けて演奏されたのだった。

「暁の歌」の5曲はシューマンの音楽の総決算的な印象を受けた。
それぞれが異なる個性をもっているが、どれもシューマンの過去の作品を思い出させる、シューマンの刻印がしっかり刻まれた作品群だった。
内的な第4曲が特にシューマネスクな流れの美しさを感じたが、第3曲の狩の音楽も、第1曲の切り詰めた音によるモノローグも、しみじみと振り返るような第5曲も、それぞれがシューマンのもつ多面的な顔を見せていて、その個性をアンデルジェフスキが巧まずに自然に表現していたのが素晴らしかった。

バッハでは実に素直に生き生きと奏でていて、冒頭の長大なトッカータもその長さをあまり意識せずに聴くことが出来た。
特に最後のジーグにおけるフーガの扱いが素晴らしかった。
まるで生き物のように様々な声部がくっきりと浮かび上がり、ポリフォニーの醍醐味を味わわせてくれた。

20分間の休憩後にはまずヤナーチェクの「霧の中で」全4曲が演奏された。
急速な細かいパッセージがあちらこちらに散りばめられ、霧が眼前に浮かんでいるかのようだが、パンフレットの寺西基之氏の解説によれば、作曲当時ヤナーチェクは作品が理解されないことに悩んでいたといい、そういう心情のこめられたタイトルのようだ。
第1曲からしてアンニュイな雰囲気が聴き手の心を奪うが、第2曲など歌曲集「消えた男の日記」を思い起こさせる響きが聞かれ、そのためか官能的な印象を受けた。
子守歌のような第3曲を経て、民族色あふれる激しい終曲となる。
少し前に聴いたラプシャンスキーのリサイタルでもヤナーチェクのソナタを聴いたが、スラヴ系の演奏家にとって重要な作曲家の一人であることが伝わってくる。
アンデルシェフスキも振幅の大きな演奏で素晴らしかった。

最後に演奏されたのがベートーヴェンの第31番ソナタ。
この曲は、NHKで放送されたピレシュのワークショップ・シリーズで、ピレシュ自身の演奏が何度も流れたので私にも馴染み深い。
実演でも北川暁子、ペーター・レーゼルに続いて聴くのは3度目である。
アンデルシェフスキは力強い若さみなぎる演奏だった。
やはりバッハの時と同様に終楽章のフーガの扱いが素晴らしかった。
だが、数年後に再度アンデルシェフスキの演奏でこのソナタを聴いてみたいとも思う。
きっとさらに熟成された表現が聴けるのではないかという気がする。

アンコールはバルトークとバッハの2曲。
ハンガリー人の血も流れているアンデルシェフスキにとってバルトークもお国ものということになるだろう。
それにしてもバッハをこれほど素直に演奏しながら魅了する手腕はやはり素晴らしい。
今後のますますの活躍に注目していきたいピアニストであった。

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追悼黒田恭一氏

音楽評論家として雑誌、ラジオ、テレビなどで活躍されていた黒田恭一氏が5月29日、多臓器不全のため亡くなった。
71歳だったそうだ。
私がクラシック音楽を聴き始めた頃からすでにその文章やFMラジオでの解説などで馴染みの深かった方だけに淋しい思いがする。

黒田氏は他の評論家以上に歌曲への愛着が深かったと思われ、歌曲のラジオ放送や演奏会プログラムなどで接する機会も多かった。
黒田氏の文章はかなりユニークで、他の評論家の方と間違えようのない独自の趣をもっていた。
本題に入る前に音楽とは一見異なるたとえを使って、いわば読み手をじらすようにして、最終的に言葉では伝えにくい音楽への思いへと導くという感じだった。
クリスタ・ルートヴィヒの引退公演のパンフレットに寄せた文章では、友人との楽しい語らいの後にそろそろおいとましますと言う客に対して後ろ髪を引かれながらも同意する心情になぞらえた黒田氏の文章がなんとも味わい深かったのを覚えている。
ラジオでの解説も聴き手への配慮も加えながら穏やかな声で、その音楽や演奏者への評価を独特な言い回しで伝えていた(例えば「~である一方~ということが言えなくもない~の歌いぶりであった」という言い方はまさに黒田ぶし!)。
だが、その文章や語りの穏やかさに反して、評論に関しては妥協のない厳しさを感じることもあった。
F=ディースカウのバレンボイムとのヴォルフ歌曲全集のLP解説で、ソリストのバレンボイムがピアノを弾いたがゆえの見事さを讃える一方で、前回に全集で共演したムーアは専門の伴奏者であるがゆえの限界があったというようなことを書いていた。
私はこれを読んだ時には黒田氏の感覚とのギャップの大きさを感じ、反発さえ抱いたものだが、黒田氏の求める厳格なピアニスト像というものがそういう文章を導き出したのだろうと今では思っている。

一番最後に黒田氏の姿を見たのは、数年前にNHKで往年の名演奏家の来日公演を特集した番組だったように思う。
確か髭もたくわえられて、いい感じに年齢を重ねてきた印象を受けたが、こんなに早く亡くなるとは全く想像だにしていなかった。

あちらがわではすでに亡くなった多くの演奏家たちと会って音楽談義をしているのだろうか。
ご冥福をお祈りいたします。

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