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フィッシャー=ディースカウのドキュメンタリーDVD「秋の旅」

名バリトン、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(1925.5.28, Zehlendorf生まれ)が1992年大晦日の公演を最後に歌手活動から引退して随分経った。
かつて歌曲のエンサイクロペディアと言われ、男声で歌えるドイツ歌曲はことごとく歌い尽くした感のある彼だが、リートを歌う後継者たちが続々現れ、「第二のF=ディースカウ」という形容もそろそろ不要になってきたほど、それぞれが自分の個性を発揮しはじめてきた。
そんな中、今一度この歌曲の巨人を振り返り、その偉大さを実感するドキュメンタリーをあらためて見てみた。

ブリュノ・モンサンジョン監督によるF=ディースカウのドキュメンタリーDVD「秋の旅~シューベルト・リサイタル」は、F=ディースカウの過去の貴重な映像と、引退後の長いインタビューが代わる代わる映し出され、それだけで100分を超える長編である。
さらに、1991年5月9日にニュルンベルク市立劇場で行われたシューベルト・リサイタル(ヘルのピアノ共演)の映像もアンコールも含めて23曲収録されており、かつてCDで同じ音源が発売された時には省かれた一部のアンコールも含まれている。
国内ではワーナー・ミュージックから発売され、ドキュメントでは日本語字幕もついている(歌曲演奏では残念ながら字幕なし)。

ドキュメントはシューベルトの歌曲「悲しみ」をニュルンベルクで歌う映像の抜粋で始まる(動画サイトにアップされていました)。

「メランコリックなテキストを歌うことが多かったので陰気なイメージをもたれることが多かったが、実際の私は情熱的な“冒険家”だ」(以下彼の言葉は大意)
「歌手である以前に音楽家 Musiker でありたい」と多才な彼らしいコメント。

そして、「自己評価は徐々に厳しくなる。引退の理由はそこだ。相談はしなかった」と引退について述べる。
1992年12月31日、ヴェルディの「ファルスタッフ」から「この世は道化の世界だ」を歌い、引退するのは今日だと確信したという。

「歌ったオペラの役柄は60、歌曲は3000曲にも及んだ。」
「子供のころは聞こえてくる音を声でまねするのが好きだった。」
「10才ごろには意味も分からずゲーテやシラーの詩を朗読して両親をうるさがらせた。」

1943年1月30日に彼にとって初の公演が行われた。
シューベルトの「冬の旅」を歌ったが、それがナチスの記念公演だったことを知らずに歌い、空襲で中断しながら最後まで歌ったとのこと。

「エミ・ライスナーのコンサートでリートが好きになった。」

初めて練習したのはブラームスの「四つの厳粛な歌」だったそうだ。

「はじめは弱いオーボエみたいな声だったので、響きを広げる訓練をした。」
「戦地で仲間たちのために歌曲を歌ったが何人かは退屈そうにしていたよ。」

そして、オペラ歌手としてのスタートについても語られる。

「市立オペラが「ドン・カルロ」のバリトンを募集していたので応募し、ロドリーゴ役に選ばれた。」
「はじめてヴァーグナーを聴いたのは9才で「ローエングリン」だった。」と言い、ヴァーグナーの音の魔法に魅せられていたという。
「「ファルスタッフ」を歌い、自分と全く違った性格の役を演じられることが分かった。」
「「外套」で今の夫人ユリア・ヴァラディと出会った。」

そして、ライマンの「リア王」を最後に35年に及んだオペラの舞台を降りた。

「シューベルトほど言葉の響きをメロディーで表現した者はいない。」と歌曲の王に最高の賛辞。

共演者たちについて、
「ムーアは最高だった。」
「リヒテルからは強弱の変化のつけ方を学んだ。」と語る。

シューベルトの歌曲「春に」をムーア、サヴァリシュ、リヒテル、ヘルの映像をつなぎ合わせて歌った映像はとても興味深かった。

そして、パーフェクトと謳われた彼の口から「天賦の才などない」と語られる。
「メディアの評価も気になるが、アーティスト自身が一番分かっていることだ。」

「歌手は二度死ぬ。1度目は声の死、2度目は肉体の死だ。」と歌手ならではの意見。
1度目の声の死を迎えて、余生をのんびり過ごしているかと思いきや、モーニカ・ヴォルフ氏によるF=ディースカウのホームページを見る限り、まだまだ隠遁生活には程遠いようだ。
3日前に84歳の誕生日を迎えたF=ディースカウ、いつまでもお元気で!

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ラプシャンスキー/ピアノリサイタル(2009年5月29日 津田ホール)

マリアン・ラプシャンスキー ピアノリサイタル2009
Lapsansky_200905_22009年5月29日(金) 19:00 津田ホール(自由席)

マリアン・ラプシャンスキー(Marián Lapšanský)(P)

フィビヒ(1850-1900)/「気分、印象と思い出」より15曲
自画像
夜に

アネシカの肖像


神経
ジョフィーン島の夕べ

睫毛

嫉妬
幻想的な夕べ
春の雨
馬車でアネシカのもとへ

ヤナーチェク/ピアノ・ソナタ「1905年10月1日、街頭にて」
第1楽章:予感
第2楽章:死

~休憩~

ブラームス/6つの間奏曲
作品118の1
作品116の2
作品118の4
作品117の2
作品117の3
作品118の6

アルベニス/「スペイン舞曲」第1集より
第1番:グラナダ
第3番:セヴィーリャ
第7番:カスティーリャ

アルベニス/組曲「イベリア」第1集より 「エル・プエルト」

~アンコール~
1.グリーグ/「抒情小品集」~小人の行進
2.?

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昨夜、雨の降る中、スロヴァキア出身のピアニスト、マリアン・ラプシャンスキーのリサイタルを千駄ヶ谷の津田ホールで聴いてきた(ちなみにマリアンという名前だが男性である)。
ペーター・シュライアーとのドヴォルジャーク歌曲集やヤナーチェク「消えた男の日記」の録音(Capriccio)を通じて、このピアニストの演奏を聴いてはいたが実演ははじめてだった。
録音を聴く限りでは、民族色を前面に打ち出すというよりは丁寧に作品と対峙した美しいタッチの演奏をする印象を持っていた。

この夜のリサイタルでは、前半にお国もののフィビヒという作曲家の小品集とヤナーチェクのソナタ、後半にブラームスの間奏曲6曲(大好きな作品!)と、スペインのアルベニスの作品が弾かれた。
今年60代前半のラプシャンスキーは黒で統一されたノーネクタイのシャツとズボンという若々しい衣装でステージに登場した。

最初にとりあげられた作品の作曲家ズデニェク・フィビヒ(1850-1900)は、関根日出男氏のプログラムノートによれば、ボヘミア出身で、ライプツィヒ、パリ、マンハイムで学び、以後はプラハで過ごした。
彼のピアノ小品集「気分、印象と思い出」は全376曲の膨大な作品群で、ラプシャンスキーは全曲を録音しているという。
フィビヒは前妻の姉と再婚した後、弟子のアネシカとジョフィーン島に駆け落ちし、そこでその生涯を閉じた。
そのアネシカとの愛の産物である「気分、印象と思い出」は、掌、指、睫毛などアネシカの身体から、「馬車でアネシカのもとへ」という作品まで、どこまでも私的な体験を基にしている。
なお、「ジョフィーン島の夕べ」はヴァイオリンなどに編曲されて「詩曲」のタイトルで知られているそうだ。
ここでとりあげられた15曲の抜粋はどの曲も比較的コンパクトだが、作曲家の特別な思いが込められているのであろう、そこはかとない官能的な響きも感じられた。
ラプシャンスキーはがっしりした指で慈しむように音を紡ぐ。
以前録音で聴いた印象よりもずっと歌心の豊かな演奏だった。

続くヤナーチェクのソナタは、チェコ人のデモを鎮圧するドイツ人によって1人のチェコ人の命を奪われた実際の事件に怒り書かれたものとのこと。
自己批判の強かったヤナーチェクは第3楽章の楽譜を破棄し、残る2つの楽章も初演後にモルダウ川に捨ててしまったそうだが、初演者によるコピーが残されており、2つの楽章は生き残ることになった。
ドラマティックな展開の作品をラプシャンスキーは奇をてらったところのない真摯さで聴かせてくれた。

休憩後の最初に演奏されたのが、ブラームスの晩年の小品集から間奏曲と名付けられたものばかりを抜き出した6曲。
これはこの夜のハイライトともいえる素晴らしい演奏であった。
聴く前には、お国ものの前半がラプシャンスキーの本領ではないかと思っていたのだが、このブラームスの6曲の演奏はそれを上回る至芸であった。
作曲者晩年の心境が吐露されたかのような諦観と葛藤がこれほどの味わいで聴けるとは思ってもいなかった。
様々な声部を絶妙に拾い上げて豊かに歌い上げるラプシャンスキーによって、ブラームスの内なる声が聞こえてくるかのようだった。
心に染み渡る深い音楽がホールに響き渡る至福のひとときであった。

最後に演奏されたアルベニスは、スペイン情緒豊かな作品で興味深かったが、ブラームスの作品の後ではあまりにも異質で、その違和感に慣れないうちに終わってしまった。
しかし、内省的なブラームスの後に開放的なアルベニスを持ってきて、音楽の多彩な表情を聞かせたかったのかもしれない。
ラプシャンスキーのまだまだ現役のテクニックで、これらの作品が生き生きと演奏されていたのは確かだった。

アンコールは2曲。
ここではラプシャンスキーの技巧の冴えがたっぷりアピールされた。

Lapsansky_200905_chirashi_2空席が非常に多かったのはもったいなかったと思えた素晴らしい演奏を堪能できた。
節度がありながらもよく歌うラプシャンスキーの名人芸をさらに味わってみたい気分である。
普段あまり接することのないスラヴ系の音楽をたっぷり聴けたことと、なによりもブラームスの最上の演奏に出会えたことで、忘れがたい一夜になった。

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花井尚美&アントネッロ/フランス歌謡(シャンソン)の歴史 第1部(2009年5月23日 淀橋教会 小原記念聖堂)

花井尚美&アントネッロ
フランス歌謡(シャンソン)の歴史 第1部 中世編(12~15世紀)
2009年5月23日(土) 17時30分 淀橋教会 小原記念聖堂

花井尚美(S)
アントネッロ(Anthonello)
 濱田芳通(コルネット,リコーダー)
 石川かおり(フィーデル)
 西山まりえ(オルガネット,中世ハープ)

ベアトリッツ・デ・ディア/嫌なことも歌わずにいられない
ランボー・ド・ヴァケイラス/五月の日々も
作者不詳(モンペリエ写本)/モテット《花よりも美しいひと》
アダン・ド・ラ・アル/ロンドー《僕はひとときの恋で》
アダン・ド・ラ・アル/ロンドー《ひとときの快い恋が》
アダン・ド・ラ・アル/モテット《旦那の前で奥様方に》
アダン・ド・ラ・アル/シャンソン《愛の神よ感謝します》
ギョーム・ド・マショー/バラード《恥と恐れと疑惑》(器楽曲)
ギョーム・ド・マショー/バラード《私は思わない》

~休憩~

古謡《適齢期の娘たち》(器楽曲)
作者不詳/フランス風バッロ《恋人》(器楽曲)
アントネッロ・ダ・カゼルタ/バラード《恋が私の心を》
作者不詳/ヴィルレ《さあさあ、眠りすぎだよ》
ギョーム・デュファイ/ロンドー《あなたの美しい目を見て》
ギョーム・デュファイ/バラード《美しいひとが塔の下に座り》
ギョーム・デュファイ/バラード《親しき友よ》(器楽曲)
ギョーム・デュファイ/ロンドー《良き日、良き月》
ギロー・ド・ボルネイユ/栄光の王

アンコール:オスティナートを伴う即興(「オー・シャンゼリゼ」)

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昨年の目白バ・ロック音楽祭ではじめて聴いて感銘を受けたアントネッロのコンサートに出かけた。
会場は、総武線大久保駅北口から徒歩1分の淀橋教会の2階にある小原記念聖堂である。
聖堂の中はあっけないほど簡素で、自然の光が差し込む大きな窓がひときわ目立っていた。

「フランス歌謡(シャンソン)の歴史 第1部 中世編」と題され、12~15世紀のフランス世俗声楽曲の歴史が紐解かれた。
濱田氏の話によると、この頃の楽器はほぼ現存せず、楽譜のリズムもよく分からないとのこと。
時代の距離を埋めるのは難しく、せめてフランスと日本という地理的な距離を近づけようとしているという意気込みを語っていた。
ちなみにアントネッロという団体名は後半で演奏された作曲家アントネッロ・ダ・カゼルタからとったとのこと。
日本で言うところの「たかし」「ひろし」のようなイタリアではよくある名前だそうだ(濱田氏は演奏だけでなく、楽器の紹介なども含めた軽妙なトークでも会場を沸かせていた)。

ソプラノの花井尚美さんを加えてアントネッロがフランス歌謡と器楽曲を演奏した。
昨年の目白バ・ロックでは楽器だけでなく歌も披露していたアントネッロの女性メンバーも今回は楽器演奏に専念し、歌唱はすべて花井さんが担当していた。

プログラムは12世紀から時代の流れに沿って15世紀の作品まで選曲された。
普段めったに古楽を聴かない私はアダン・ド・ラ・アル、マショー、デュファイの名前ぐらいは知っていても、曲に関してはすべて知らないものばかりだった。
最初の作品はフランス南部のトルバドゥールが歌った曲で、現代フランス語とは直接つながらないというオック語による歌が歌われた。
やはり全然フランス語っぽくない。
その後、モテトゥスを集めたという「モンペリエ写本」からの1曲が歌われ、さらにアダン・ド・ラ・アルの歌が続けて4曲、前半最後はマショーの中世ハープ独奏曲と歌が続けて披露された。

後半はより複雑な技法を駆使した作品が歌われ、デュファイの4曲を経て、中世ハープのみの伴奏で花井さんが歌い、語る「栄光の王」で締めくくられた(今谷和徳氏のプログラムノートを参照しました)。

ソプラノの花井尚美さんは蒸留水のような澄んだ美声をもち、ヒーリングのような癒される清楚な響きが感じられたが、どんな難曲も余裕でこなしていた。
ヴィブラートも薄めで、古楽歌唱にうってつけの歌手と感じた。

アントネッロの3人も緊密なアンサンブルで典雅、かつ生命力の感じられる演奏を聞かせてくれた。
濱田氏はコルネットやトロンボーンのような楽器も吹いていたが、リコーダーの響きがとりわけ心地よい。
大型のリコーダーからは尺八のような息がもれる音も聞こえ、独特の趣を出していた。
フィーデルを弾く石川さんは縁の下の力持ちのような安心感を与えていた。
西山さんはハープと小型オルガンを兼ね、独奏に伴奏に感情豊かで繊細な演奏を披露していた。

アンコールでは、一定の音型を繰り返すオスティナートという手法に基づいた即興を厳かに始めたと思ったら、途中から花井さんも加わり、歌われたのは「オー・シャンゼリゼ」。
古楽と現代ポップスが融合して、聴き手を「今」に引き戻してお開きとなった。

教会の小さな聖堂の限られた人数の客席から割れんばかりの大拍手が起こり、アントネッロの熱烈なファンの多さを実感させられた。
曲を知らなくても、生気に満ちたアンサンブルから醸し出されるいにしえの異国の雰囲気にひたる時間が心地よく感じられたコンサートだった。

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ホッター日本公演曲目1967年(第3回&第4回)

第3回来日:1967年1~2月

ハンス・ホッター(Hans Hotter)(BSBR)
クルト・ラップ(Kurt Rapf)(P)

1月25日(水)19:00 東京文化会館
1月27日(金)18:30 神戸国際会館
1月28日(土)19:00 京都会館
1月30日(月)18:30 大阪・フェスティバルホール
1月31日(火)18:30 大阪・フェスティバルホール
2月2日(木)18:30 東京文化会館(都民劇場:主催)
2月3日(金)18:30 東京文化会館(都民劇場:主催)
2月6日(月)19:00 東京文化会館
2月7日(火)18:30 大阪・毎日ホール
2月8日(水)18:30 札幌市民会館
2月11日(土)18:30 愛知県文化会館

●プログラム 共演:クルト・ラップ(P)

シューベルト(Schubert)/歌曲集「冬の旅」作品89(Winterreise)
(おやすみ;風見の旗;凍った涙;かじかみ;ぼだい樹;あふれる涙;川の上で;かえりみ;鬼火;いこい;春の夢;孤独;郵便馬車;霜おく髪;からす;最後の希望;村にて;あらしの朝;幻;道しるべ;宿;勇気;幻の太陽;辻音楽師)

(上記の曲目の日本語表記はプログラム冊子に従いました)

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ハンス・ホッター(Hans Hotter: 1909.1.19, Offenbach am Main – 2003.12.6, Grünwald)の第3回目の来日は前回の3年後の1967年だった。
共演ピアニストは前回同様クルト・ラップがつとめ、11公演すべてで「冬の旅」を歌った。
初来日の1962年から3回連続で「冬の旅」を披露したことになるが、「冬の旅」しか歌わなかったのは今回がはじめてのことである。

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第4回来日:1967年4月

ハンス・ホッター(Hans Hotter)(BSBR)他

4月3日(月)大阪・フェスティバルホール
4月6日(木)大阪・フェスティバルホール
4月7日(金)大阪・フェスティバルホール
4月9日(日)大阪・フェスティバルホール

●大阪国際フェスティバル
バイロイト・ワーグナー・フェスティバル

ワーグナー/楽劇<トリスタンとイゾルデ>

トリスタン:ウォルフガング・ウィットガッセン
イゾルデ:ビルギット・ニルソン
国王マルケ:ハンス・ホッター&ヨーゼフ・グラインドル
クルベナール:フランス・アンダーソン 他
大阪国際フェスティバル合唱団
NHK交響楽団
ピエール・ブーレーズ(C)

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「冬の旅」ツアーのわずか2ヶ月後、大阪でのバイロイト・ワーグナー・フェスティバルの一環として楽劇<トリスタンとイゾルデ>がとりあげられ、ホッターも参加してマルケ王を歌った(ヨーゼフ・グラインドルとのダブルキャスト)。
これまでの来日ではオーケストラとのコンサート形式でオペラアリアのさわりを歌うことはあっても、全曲に登場することはなかったので、当時のホッター・ファンを狂喜させたことだろう。
なお、「バイロイト・ワーグナー・フェスティバル」のプログラム冊子を今のところ見つけることが出来ないので、上記は音楽年鑑の情報である。

この大阪公演でのマルケ王の動画がありました。
http://www.youtube.com/watch?v=vJVbdeoiRSg

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ワーグナー/オペラ「パルシファル」(2009年5月16日(土) サンパール荒川)

第一回ワーグナー音楽祭「あらかわバイロイト」
ワーグナー/オペラ「パルシファル」

2009年5月16日(土) 14:00開演(13:00開場) サンパール荒川

アムフォルタス 久岡昇(BR)
ティトゥレル 堀野浩史(BS)
グルネマンツ 若林勉(BS)
パルシファル 片寄純也(T)
クリングゾル 金努(BR)
クンドリー 池田香織(MS)
聖杯騎士1(合唱兼任) 柴田顕
聖杯騎士2(合唱兼任) 寺西丈志
小姓1 髙森ノリ子
小姓2 澤村翔子
小姓3(合唱兼任) 阿部修二
小姓4(合唱兼任) 飯沼友規
花娘Ⅰ-1 石井恵子
花娘Ⅰ-2 船津え莉
花娘Ⅰ-3 髙森ノリ子
花娘Ⅱ-1 丹藤麻砂美
花娘Ⅱ-2 柴田恵理子
花娘Ⅱ-3 澤村翔子
アルトの声 澤村翔子

管弦楽:TIAAフィルハーモニー管弦楽団
合唱:あらかわバイロイト合唱団
合唱指揮:佐藤一昭
指揮:珠川秀夫

演出: シュテフェン・ピオンテック(前ロストック国民劇場総監督)
公演監督: 田辺とおる
制作:片山孝調
美術・衣装: マイク・ハーネ(ロストック国民劇場主任美術家)

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とうとうヴァーグナーを聴いた。
普段2、3分で完結する歌曲に馴染んでいるせいか、長丁場のヴァーグナーをこれまで敬して遠ざけていた。
その長さにも増して、チケットの高額なことがますますヴァーグナーを私にとって縁の薄い存在にしていた。
しかし、「おらが街の小屋をめざす」という田辺とおる氏監督による「あらかわバイロイト」の公演はC席5000円という安価だったこともあり、チケットを購入して出かけてきた。

会場のサンパール荒川ははじめて行くホール。
雰囲気のある都電荒川線に乗り、「荒川区役所前」で下車して徒歩2分。

私の席は後ろから2列目だったが、会場自体がそれほど大きくないため、音響的にも視覚的にも問題なかった。
私のまわりは若干空席が目だったが、前の方の席はよく人が入っていたようだ。
第1幕1時間35分、第2幕と第3幕が各1時間だが、幕間の休憩は30分もあったので、意外と疲れずに聴くことが出来た(それでも第1幕の後半はうつらうつらしてしまったが。それにしても舞台上のクンドリは歌も重量級だが、眠っている演技をしている時間が多くて大変だなぁと思った)。

純粋無垢な愚者パルジファルが成長して、救済する存在になるというのがおおまかな筋。
「舞台神聖祝祭劇」と作曲家自身に名づけられたこの作品、宗教色が濃く、第1幕後の拍手はしないことが多いとのこと。
そのせいか、今日も第1幕後、しばらく間をおいてぱらぱらと拍手があったもののすぐに止み、幕が再び開いて出演者が勢揃いしているのを見て、ようやく客席全体から拍手が起こった。
ヴァーグナー最後の作品となった「パルジファル」は、バイロイトの劇場だけで上演されることを望んでいたそうだ。
パンフレットの解説に譜例も記されていて分かりやすかったが、やはりライトモティーフをあらかじめ知っておくと楽しめるんだろうなと思いながら聴いていた(客席は真っ暗でパンフレットを読むのは不可能だった)。
熱烈なワグネリアンだったフーゴ・ヴォルフはその影響を受けて半音階進行の目立つ歌曲を多く書いた。
しかし、「パルジファル」を聴いた感じでは思ったほどヴァーグナーの技法は半音階進行ばかりというわけでもなく、様々な手法の一手段として使用されているという印象を受けた。

歌手は、特に重要な役柄を歌った人は実力者を揃えていたように感じた。
何も外来の一流歌劇場に行かなくても、優れた歌唱を聴けるのだから素晴らしい。
なかでも老騎士グルネマンツを歌ったバスの若林勉は第1幕と第3幕でほぼ出ずっぱりながら、最後まで安定感を失わない素晴らしい声と表現力で最高に魅せられた。
この人の歌ったほかのオペラも今後聴いてみたいと思った。
同様に素晴らしかったのは、クンドリを歌った池田香織。
深みのある声と幅広い音域を通じてむらのない歌唱、美しいドイツ語の発音、それにほとんど演技のみの第3幕での圧倒的な存在感(もちろん第2幕での葛藤しながらもパルジファルを誘惑する演技力も)。
このオペラの成功の鍵を握る役柄と感じた。
アムフォルタスを歌った久岡昇も良く、声に込めた表情のきめの細かさは印象深い。
タイトルロールを歌った片寄純也はまだ若そうだが、後半に進むにつれて尻上がりに声に張りが出て素晴らしくなってきた。
今後が楽しみだ。
花娘たちは歌唱自体は声も良く出ていて良かったが、両腕を頭上でゆったり振る演技はパルジファルを誘惑するにしてはちょっとどうかなという印象。
これは演出の問題?
小さな役の歌手たちも、若手を積極的に起用して舞台経験を積ませようという田辺氏の思いが感じられ、歌手たちも精一杯つとめをまっとうしようとしていたのが好印象だった。
珠川秀夫指揮のTIAAフィルハーモニー管弦楽団はよく健闘したのではないか。
特に弦楽器群はしばしば美しいハーモニーを聴かせてくれた。

あまりにも奥の深いヴァーグナーの作品、まだまだ表面をなぞった程度の聴き方かもしれないが、これからも機会を見つけて聴いてみたいと思った。
でもやっぱり長かった!

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ホッター日本公演曲目1964年(第2回)

第2回来日:1964年3月

ハンス・ホッター(Hans Hotter)(BSBR)
クルト・ラップ(Kurt Rapf)(P:プログラムA~C)
NHK交響楽団(NHK Symphony Orchestra)(プログラムD)
岩城宏之(Hiroyuki Iwaki)(C:プログラムD)

3月3日(火)19:00 東京文化会館:プログラムA
3月6日(金)18:30 神奈川県立音楽堂:プログラムB
3月7日(土)19:00 東京文化会館:プログラムB
3月9日(月)18:30 神戸国際会館:プログラムB
3月10日(火)19:00 京都会館:プログラムB
3月11日(水)18:30 大阪・毎日ホール:プログラムA
3月13日(金)18:30 東京・産経ホール:プログラムD
3月16日(月)19:00 東京文化会館(都民劇場主催):プログラムC
3月17日(火)19:00 東京文化会館(都民劇場主催):プログラムC
3月19日(木)19:00 東京文化会館(都民劇場主催):プログラムC

●プログラムA 共演:クルト・ラップ(P)

シューベルト(Schubert)作曲
1.老人の歌D778(Greisengesang)
2.春にD882(Im Frühling)
3.アリンデD904(Alinde)
4.ミューズの子D764(Der Musensohn)
5.旅人の夜の歌D768(Wanderers Nachtlied "Über allen Gipfeln")
6.タルタルスの群れD583(Gruppe aus dem Tartarus)

ブラームス(Brahms)作曲「四つの厳粛な歌」(Vier ernste Gesänge)
7.人の子らに臨むところは(Denn es gehet dem Menschen wie dem Vieh)
8.わたしはまた(Ich wandte mich und sahe an alle, die Unrecht leiden)
9.おお、死よ(O Tod, wie bitter bist du)
10.たといわたしが(Wenn ich mit Menschen- und mit Engelszungen redete)

ヴォルフ(Wolf)作曲
11.さようなら(Lebe wohl)
12.郷愁(Heimweh "Anders wird die Welt ...")
13.愛する人に(An die Geliebte)
14.狩人の歌(Jägerlied)
15.月はいたましい歎きをかかげて(Der Mond hat eine schwere Klag')
16.ブロンドの頭をおこせ(Heb auf dein blondes Haupt)
17.あなた方にセレナードを(Ein Ständchen Euch zu bringen)

R.シュトラウス(R.Strauss)作曲
18.あこがれOp.32-2(Sehnsucht)
19.夜のそぞろ歩きOp.29-3(Nachtgang)
20.なんと不幸な男Op.21-4(Ach weh mir unglückhaftem Mann)
21.みつけものOp.56-1(Gefunden)
22.なにもOp.10-2(Nichts)

●プログラムB 共演:クルト・ラップ(P)

シューベルト(Schubert)/《冬の旅》(Winterreise)
(おやすみ;風見の旗;凍った涙;かじかみ;菩提樹;あふれる涙;川の上で;回顧;鬼火;休息;春の夢;孤独;郵便;霜おく髪;鴉;最後の希望;村で;嵐の朝;幻影;道しるべ;宿;勇気;幻の太陽;辻音楽師)

●プログラムC 共演:クルト・ラップ(P)

シューベルト(Schubert)/「白鳥の歌」から(From "Schwanengesang")
~愛の便り(Liebesbotschaft);春の憧れ(Frühlingssehnsucht);彼女の絵姿(Ihr Bild);都会(Die Stadt);海辺で(Am Meer);影法師(Der Doppelgänger)

ヴォルフ(Wolf)/「ミケランジェロによる三つの歌」(Michelangelo-Lieder)
(生あるものはすべて滅びる;わが魂は深く感ずる;しばしば私は考える)

シューマン(Schumann)/「詩人の恋」(Dichterliebe)
(美しい五月に;私の涙から;薔薇に、百合に、鳩に;あなたの瞳を見つめる時;私の心を百合の萼に;神聖なラインの流れに;私は嘆くまい;花が知ったなら;鳴るのはフルートとヴァイオリン;恋人の歌を聞く時;若者は乙女を愛し;明るい夏の朝;夢の中で私は泣いた;夜ごとの夢に;昔話の中から;忌しい思い出の歌)

●プログラムD 共演:NHK交響楽団;岩城宏之(C)

ワグナー(Wagner)作曲
歌劇「さまよえるオランダ人」:又、期限が来た(Aria from "Fliegender": Die Frist ist um)
歌劇「ニュールンベルグのマイスタージンガー」:にわとこの花のかぐわしさ(Sachs' monologue from "Die Meistersinger von Nürnberg": Was duftet doch der Flieder so mild)
歌劇「ラインの黄金」:夕空に太陽の眼は輝き(Abendlich strahlt der Sonne Auge (Wotan) from "Das Rheingold")

(上記の日本語表記は原則としてプログラム冊子に従いました。)

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ハンス・ホッター(Hans Hotter: 1909.1.19, Offenbach am Main – 2003.12.6, Grünwald)の第2回目の来日は前回の2年後の1964年だった。
今回の共演ピアニストはもともとヴァルター・マーティン(Walter Martin)が予定されていたが、病気の為クルト・ラップに変更され、ホッターの来日時の記者会見中にマーティンの逝去が伝えられたという。
なお、ホッターとマーティンの共演は、1961年2月Hannoverでのライヴ録音がOrfeoレーベルから出ている。

今回抜擢されたクルト・ラップ(Kurt Rapf: 1922.2.15, Wien - 2007.3.9, Wien)はヴィーン出身の指揮者、ピアニストで、この時が初来日。
シュヴァルツコプフやグリュンマー、プライなどともピアニストとしての共演経験があったとのこと。
ホッターとのスタジオ録音は残念ながら残されていないようだ。

今回も東京公演が多いものの、全国各地で4種類のプログラムを披露している。
やはり「冬の旅」の公演回数が最も多いのはその人気の高さゆえだろう。
プログラムCの「白鳥の歌」抜粋、「ミケランジェロによる三つの歌」、「詩人の恋」という選曲は、初来日時の一番最初の公演(東京・産経ホール)と全く同じであり、ホッターの十八番といえるだろう。
一方、東京と大阪の2回だけ披露されたプログラムAは、シューベルト、ブラームス、ヴォルフ、R.シュトラウスといったリートの流れを追った意欲的な内容だが、興味深いのは、前回歌われたヴォルフとR.シュトラウスの歌曲が全くだぶっていないことである。
はからずもホッターのレパートリーの広さが日本の聴衆にアピールされたに違いない。
プログラムDのヴァーグナーは前回も共演したNHK交響楽団との再共演である。

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バッハ/カンタータ「イエスよ、あなたはわが魂を」BWV78より第2曲アリア・デュエット

バッハ・コレギウム・ジャパンのコンサートで、このソプラノとアルトの二重唱を聴いて以来、頭から離れない。
躍動感のあるオケのリズムと音楽がなんとも印象的で、二重唱も快活に、時に哀愁も漂わせてハモリ、一度で好きになってしまった。

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Jesu, der du meine Seele, BWV78: 2) Wir eilen ...
 カンタータ「イエスよ、あなたはわが魂を」BWV78より第2曲「我らは急ぎます」

Wir eilen mit schwachen, doch emsigen Schritten,
O Jesu, o Meister, zu helfen zu dir.
Du suchest die Kranken und Irrenden treulich.
Ach höre, wie wir
Die Stimmen erheben, um Hülfe zu bitten!
Es sei uns dein gnädiges Antlitz erfreulich!
 我らは急ぎます、弱い足取りながらもせっせと歩を進めて、
 おおイエスよ、おお師よ、助けてもらおうと、あなたの許へ急ぐのです。
 あなたは病める者や迷える者を真摯に求めておられます。
 ああお聞きください、我らが
 助けを求めて、声を張り上げているのを!
 我らにはあなたの憐れみ深きお顔が喜びなのです!

曲:ヨーハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach: 1685-1750)

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以下のリンク先で聴くことが出来る。

初音ミク(コンピュータソフトのすごい性能に驚嘆。曲と歌声とのギャップがたまらなくいい。ちゃんとドイツ語で歌わせている)
http://www.youtube.com/watch?v=OsQA08YQGN8

野々下由香里&ダニエル・テイラー&バッハ・コレギウム・ジャパン(安心して聴けます)
http://www.youtube.com/watch?v=75pLbKR3M-U

グルベローヴァ&米良美一のデュエット(意外性のある組み合わせ!)
http://www.youtube.com/watch?v=DkSmf-_lids

*私は初音ミク版にはまってしまい、何度もリピートして聴いています。

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ラ・フォル・ジュルネ・ジャポン2009「バッハとヨーロッパ」第2日目(2009年5月4日 東京国際フォーラム)

5月4日(月)に聴いたのはバッハばかり5公演。

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2009/5/4(月・祝)
11:15~12:15(実際の終演は12:30頃) 262 ホールG402 3列7番
小林道夫(チェンバロ)

J.S.バッハ/イギリス組曲 第4番 ヘ長調 BWV809
J.S.バッハ/フランス組曲 第4番 変ホ長調 BWV815
J.S.バッハ/イギリス組曲 第5番 ホ短調 BWV810 

アンコール
J.S.バッハ/パストラーレ~第2曲(原曲はオルガン曲)

今回LFJのチケットをとる際に最優先したのが小林道夫のコンサートだった。
私は小林さんの生の演奏は、ヤノヴィッツとのリートや、レーヴェの記念コンサートなど、リートピアニストとしての演奏しか聴いておらず、チェンバロ奏者としての演奏は今回はじめて接することになった。
ヤノヴィッツの共演者として接した小林さんの演奏があまりに素晴らしかったので、今回は小林さんのもう1つの得意分野であるバロック音楽の演奏をぜひ聴いてみたかったのである。
しかし、ただでさえ小ホールで席数が少ないうえ、発売日のパソコンの画面が「混み合っています」となってなかなかチケット注文の画面に到達しなかったが、あきらめずに格闘してようやく4日の2公演を入手できたのは幸運だった。
すでに70代になられた小林さんは穏やかな話しぶりやしっかりした足取りは全く年齢を感じさせないが、演奏に関しては若干指回りが不安定な箇所もあった(3日連続の6回公演で準備も大変だったとは思うが)。
しかし、奇をてらうことのないオーソドックスで芯のしっかりした温かい音色は聴き手の心をほぐしてくれるかのようだった。
演奏前に配布資料の補足として簡単な説明をしてくれたのは、聴き手にとっても望外の喜びであった。

小林さんは大体次のようなことを話された。

イギリス組曲第4番はプレリュードやジグを聴けば、決して「おだやか」な曲ではないと分かる。
イギリス組曲第4番のジグとモーツァルトのソナタとの相似(聴いてみると確かにそっくりだった!)。
フランス組曲第4番とリュートの曲との関連(この件は記憶が曖昧ですみません)。実際に「プレリュード」では、リュートのような音色を交えて演奏してくれた。
イギリス組曲第5番のホ短調がシリアスな調という説は人によって感じ方が違うだろうが、「マタイ受難曲」の主な調がホ短調であることは確かにシリアスな印象を与えている。

また、各曲の間で立ち上がるのもなんなので、拍手は曲間でしなくていいですよというような話があったため、3つの組曲を続けて演奏し、聴くことになった。
人柄が滲み出たような穏やかなバッハであった。

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2009/5/4(月・祝)
13:00~14:00 243 ホールC 3階4列1番(L6扉)
レイチェル・ニコルズ(ソプラノ)
青木洋也(カウンターテナー)
ユリウス・プファイファー(テノール)
ステファン・マクラウド(バス)
バッハ・コレギウム・ジャパン
鈴木雅明(指揮)

J.S.バッハ/カンタータ「イエスよ、わが魂を」 BWV78
J.S.バッハ/カンタータ「喜べ、救われし群れよ」BWV30 

あまりにも有名な古楽集団だが、私ははじめて実演に接することが出来て、楽しみだった。
まず感じたのはオケ(楽器集団といった方がいいかも)がめちゃくちゃ上手い。
どの楽器をとっても豊かな音色と見事な技術があいまって強く主張して響いてくる。
また、今回4人の独唱者もソロを歌ってない時は合唱団の一員として歌っていたのが興味深かった。
BCJはいつもこういうやりかたなのだろうか。
最初のうちは楽器群の豊かな音に比べて合唱の音量が弱い印象を受けたが、徐々に対等な響きになったように感じた。
ドロテー・ミールズの代役のソプラノ、レイチェル・ニコルズの美声と豊かな響きは私にとって大きな収穫だった。
この名前は覚えておこう(プログラムの表記がミールズのままなのは、ニコルズに対してあんまりではと思うが、差し替える時間がなかったのだろうか)。
カウンターテナーの青木洋也は一見外国人かと思ったほど長身だが、昨日聴いたカルロス・メナに比べると、ボーイソプラノのような響きで清澄な印象。
同じカウンターテナーでも個性がいろいろで聴き比べると面白い。
スキンヘッドのテノール、プファイファーは堅実な歌唱。
昨日も聴いたバスのマクラウドはいかにも古楽の歌手という感じで丁寧な歌を歌う。
鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパンは今後も古楽界の牽引的存在であり続けるのではないか。

BWV78の第2曲のソプラノとアルトの二重唱はとても愛らしく印象的な音楽で、一度で気に入った。
宗教的な題材でもこのような愛らしい曲を織り込むバッハは案外お茶目な人なのかもしれない。
多忙だったせいか、作品の使いまわしが多いようだが、ちゃんと作品として成立しているのはさすがというべきか。
BWV30も含めて魅力的なカンタータ2曲であった。

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2009/5/4(月・祝)
15:00~15:45 213 ホールA 1階46列76番(R6扉)
東京都交響楽団
小泉和裕(指揮)

J.S.バッハ;ストコフスキー(編曲)/前奏曲 変ホ短調 BWV853(オーケストラ版)
J.S.バッハ;ストコフスキー(編曲)/パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582(オーケストラ版)
J.S.バッハ;ストコフスキー(編曲)/トッカータとフーガ ニ短調 BWV565(オーケストラ版)
J.S.バッハ;斎藤秀雄(編曲)/「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004」よりシャコンヌ(オーケストラ版) 

私はバッハで何が一番聴きたいかといえばオルガン曲を挙げると思う。
しかし、残念ながら国際フォーラムには備え付けのオルガンはなさそうだ。
そんなわけでオルガン曲のプログラムが企画されなかったのだろうが、その渇望を多少癒してくれそうな都響のコンサートを聴いた。
ホールAなので、やはりスクリーンが左右に映り、演奏者の表情が遠くの席でも見ることが出来る。
指揮の小泉和裕は、エネルギッシュな指揮ぶり。
そして矢部達哉率いる東京都交響楽団はこれらの編曲ものをオリジナル作品のように足並みそろえて素晴らしく演奏した。
ストコフスキーの編曲はどれも原曲の持ち味を生かしていて好感がもてる。
トッカータとフーガなどは、曲の次のセクションに移る際に前のセクションの音をしばらく引き伸ばしてオルガンの残響のような効果を出しているのはストコフスキーの原曲を尊重した姿勢のあらわれだろう。
それから、私の大好きなパッサカリアとフーガをストコフスキー編曲で聴くのはおそらくはじめてだが、低弦や金管楽器を効果的に使って、オルガンの重厚さをうまく引き出していたと思う。
特にテューバの響きがこれほどオルガンの足鍵盤にぴったりだとはこれまで気付かなかった。
平均率からとった前奏曲の編曲も美しく物憂げな作品になっていて素敵だった。
これらの編曲を聴いて果たして私は満足したのか自問してみる。
ストコフスキーの編曲の見事さや、オケのかゆいところに手が届いたような見事な演奏は確かに素晴らしく、その点では充分満足した。
だが、この素敵な編曲を聴いた後にまず思ったのは、すぐにでもオルガンによる原曲が聴きたいということだった。
実際に家に帰ってからヴァルヒャの古い録音を聴いてすっかり満足したのだった。

それから特筆すべきは往年の指揮者、斎藤秀雄編曲による「シャコンヌ」。
胸を打つ繊細な弦のハーモニーと、管楽器の使い方の見事さ。
ブゾーニやブラームスだけでない、もう1つの編曲版「シャコンヌ」を知ることが出来たのは大きな収穫だった。

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2009/5/4(月・祝)
17:30~18:30(実際の終演は18:45頃) 266 ホールG402 3列35番
小林道夫(チェンバロ)

J.S.バッハ/フランス組曲 第5番 ト長調 BWV816
J.S.バッハ/イギリス組曲 第6番 ニ短調 BWV811
J.S.バッハ/フランス組曲 第6番 ホ長調 BWV817

再び小林道夫のバッハ。
薄暗い照明の中、金屏風の前にろうそくを模したような照明が立ち、まさにサロンコンサートといった趣。
午前に聞いた時は小林氏の右後ろあたりの席で指がよく見えたが、今回は反対側の一番端。
演奏する小林氏の顔の正面にあたる位置である(楽譜が置かれたため、実際に顔は見えなかったが)。

今回も最初に小林氏の解説付き。
イギリス組曲第6番の「ガヴォット1・2」のうち、ミュゼット(同じ低音が継続して響く)に相当するのは2の方だけという説明、
フランス組曲第6番の「メヌエット」は事情が複雑で、曲集の最後に置かれることもあるが、今回は「ポロネーズ」の後に「メヌエット」を演奏するという話などであった。
「楽理科出身なので、つい気にしてしまう」と言って聴衆を笑わせて、なごやかな雰囲気のまま、演奏がスタート。
今回も途中で拍手中断がなく、最初と最後だけであった。
演奏については午前中同様、温かい音色で、作品に誠実な姿勢を貫く。
イギリス組曲など、かなりの大作で若干疲れもあったように思うが、最後まで真正面から対峙した演奏を聞かせてくれた。

終演後、「随分時間が過ぎてしまいましたので、これで」と申し訳なさそうなコメントがあって、アンコールをせずにお開きとなった。

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2009/5/4(月・祝)
19:15~20:00(実際の終演は20:15頃) 215 ホールA 2階23列73番(R11扉)
ボリス・ベレゾフスキー(ピアノ: BWV1056,BWV1062)
ブリジット・エンゲラー(ピアノ: BWV1052,BWV1062)
シンフォニア・ヴァルソヴィア
ジャン=ジャック・カントロフ(指揮)

J.S.バッハ/ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調 BWV1052
J.S.バッハ/ピアノ協奏曲 第5番 ヘ短調 BWV1056
J.S.バッハ/2台のピアノのための協奏曲 第3番 ハ短調 BWV1062

今回私が聴いたLFJの一連のコンサートで最初で最後の現代ピアノによる演奏。
チェンバロも味があるが、やはり現代ピアノの響きは魅力的だ。
エンゲラーははじめて聴いたが、まろやかな音色が魅力的で私の好きなタイプの演奏だ。
ベレゾフスキーは以前実演を聴いた時はばりばり弾く印象だったが、今回はより内省的な演奏を聴かせていて、以前よりも良い印象を受けた。
ベレゾフスキーの弾いた第5番は随分短い曲だったが、緩徐楽章の馴染み深いメロディといい、聴きやすい作品だった。
2台のピアノのための協奏曲は、エンゲラーとベレゾフスキーが阿吽の呼吸で生き生きと演奏し、カントロフ指揮のポーランドのオケもソリストと一体となっていた。

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イベント広場での無料コンサートでは、ストコフスキー編曲の「トッカータとフーガ」を聴くことが出来た(3日)。
また、たまたま休憩していた新東京ビル内のカフェ(休憩室?)ではすぐ隣で無料イベントをやっていて、「マタイ」のアリアなどと共に、ベートーヴェンの「君を愛す」やブラームスの「あなたの青い目」なども聞こえてきて、思いがけず聞き入ってしまった。
よく晴れた気持ちよい気候だったが、一応インフルを警戒してマスクをしていったら、同じようにマスクをしていた人も結構見かけた。
今回も親切なことに声楽作品にはテキストの対訳が付いていたが、ミサ曲での鈴木雅明氏の訳は、ラテン語と日本語対訳にこまかく番号が振られ、どの単語がどの日本語に対応するのか分かるように書かれていて大変有難かった。
こういう心遣いはうれしい!

空き時間に「相田みつを美術館」の第2ホールで催されていた「バッハの素顔展」をのぞいてみた。
バッハの頭骨から復元した顔や、これまでに残された肖像画の数々が展示されていて、さらにイタリア、フランドル、ドイツの、時代の異なるチェンバロの解説も行われていて(若干営業色が強かったが)面白かった。
バッハの肖像画はハルトマンという画家にバッハ自身が依頼して書かせたものが最も信憑性の高いものとのこと。
復元されたバッハも確かにそんな趣があった。

スタッフの方々は今年も声を張って頑張っておられた。
チケットをもぎる時に「行ってらっしゃいませ」と声をかけられるのも決まりとはいえうれしいものだ。
だが、若干がんじがらめの警戒のように感じられることもあったのは、これだけの人数を相手にするためには仕方ないのだろうか。
「お帰りはエレベーターが混雑しているので、階段をお使いください」というのは、見た目では分からない足や腰の悪い人にとってはあまりうれしくない言葉だろう。
せめて「階段を」と強制するのではなく「よろしければ階段もお使いください」と言うだけでも違うと思うのだが。
また、昨年も思ったのだが、「プログラムはこちらにあります」という案内がほとんど無かったのは若干不親切だと思う。
私も初参戦だった昨年はプログラムがテープルにおいてあることに途中でやっと気付いたものだった。

とはいえ、全体としては楽しみながらいい音楽をたっぷり味わえたよいイベントであり、これだけ盛況になるのもよく分かる気がした。

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ラ・フォル・ジュルネ・ジャポン2009「バッハとヨーロッパ」第1日目(2009年5月3日 東京国際フォーラム)

今年も昨年に引き続き、ラ・フォル・ジュルネ・ジャポンに出かけてきた。
テーマは「バッハとヨーロッパ」。
不況の影響か、今年は会期も短縮され東京国際フォーラムでは5月3日~5日の3日間。
私はそのうち、3日(日)と4日(月)の2日間聴いてきた。
普段歌曲ばかり聴いているので、著名なバロック時代の作品や演奏家をこれだけまとめて聴けるのはやはり貴重な機会である。
チケットは相変わらず入手が大変だったが、なんとか5公演づつ、計10公演を確保することが出来たのは幸運だった。
3日も4日も好天に恵まれ、親子連れやカップルなどですし詰め状態だった。

5月3日(日)に聴いたのはヴィヴァルディとヘンデルの器楽曲、それにバッハの声楽曲の計5公演だった。

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2009/5/3(日)
11:30~12:15 142 ホールC 3階4列2番(L6扉)
エウローパ・ガランテ
ファビオ・ビオンディ(バロック・ヴァイオリン、指揮)

ヴィヴァルディ/シンフォニア ト長調 RV149(カンタータ「ミューズたちの合唱」序曲)
ヴィヴァルディ/ヴァイオリンとチェロのための協奏曲 変ロ長調 RV547
ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲集作品4「ラ・ストラヴァガンツァ」より第4番イ短調RV357
ヴィヴァルディ/オペラ「テルモドンテのヘラクレス」RV710よりシンフォニア
ヴィヴァルディ/セレナータ「セーヌ川の祝典」ハ長調 RV693よりシンフォニア

アンコール
コレッリ/コンチェルト・グロッソOp.4~第3楽章

ヴィヴァルディの音楽にどっぷりひたった45分だった。
古楽演奏に疎い私でも知っていたビオンディ率いるエウローパ・ガランテをはじめて聴けたのは幸運だった。
こういう魅力的な演奏で聴くと古楽器の響きがとても身近に聴こえてくる。
古楽ファンがモダン楽器の演奏を聴かなくなる気持ちが少しだけ分かったような気がした。

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2009/5/3(日)
13:45~14:30 113 ホールA 2階26列95番(R11扉)
ネマニャ・ラドゥロヴィチ(ヴァイオリン)
シンフォニア・ヴァルソヴィア
ジャン=ジャック・カントロフ(指揮)

ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲「四季」作品8

あまりにも耳に馴染んだヴィヴァルディの「四季」だが、実演を聴くのははじめてで楽しみだった。
はじめて聴くセルビアのヴァイオリニスト、ラドゥロヴィチはかなり大きな起伏の感情表現を盛り込んでいた。
その濃厚な情念の表出はあたかも演歌の世界。
「春」の第3楽章があれほど静かに始まったのには驚いたが、次第にこのような表現が序の口であることが分かり、強弱、テンポ、間合いと、いい意味で次々と予測が裏切られ、楽しかった。
聴きなれた「四季」の各曲が新鮮な表情を見せていて、ラドゥロヴィチの超絶技巧も充分堪能できた。
指揮のカントロフも同じヴァイオリニストだけあって、ラドゥロヴィチの伸縮自在な演奏に臨機応変についていったのはさすがだと思った。
私の席は、ホールAの一番天井に近い列の最も右端だった。
つまり、舞台から最も遠い席だったわけだが、ステージの両脇に大型スクリーンが映し出され、演奏者の顔の表情などもよく見れたのは有難かった。
それにしても、開演前に1階前方左端でスタッフの女性が「会場内での飲食、・・・はご遠慮ください」というアナウンスをマイクなしで言っていたのが一番遠い3階の私の席まではっきり聞こえたのには驚いた。
余談だが、「飲食」という言葉、「いんしょく」の「い」が一番高く発音されていたが、それが正しい発音なのだろうか。
私は普段平坦に発音しているのだが・・・。

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2009/5/3(日)
15:30~16:15(実際は16:30に終演) 124 ホールB7 14列44番
吉野直子(ハープ)
香港シンフォニエッタ
イプ・ウィンシー(指揮)

“オール・ヘンデル・プログラム”
ヘンデル/オラトリオ「ソロモン」HWV67 より「シバの女王の入城」
ヘンデル/ハープ協奏曲 変ロ長調 作品4-6 HWV294
ヘンデル/管弦楽組曲「水上の音楽」より抜粋
第1組曲 ヘ長調 HWV348 より
「序曲:ラルゴ―アレグロ」
「アダージョ・エ・スタッカート」
「アレグロ―アンダンテ―アレグロ」
「エア(アリア)」
「ブーレ」
「ホーンパイプ」
第3組曲 ト長調 HWV350 より
「メヌエット」
「カントリー・ダンス」
第2組曲 ニ長調 HWV349 より
「アラ・ホーンパイプ」

ヘンデルの可愛らしい側面が出たハープ協奏曲では鮮やかな緑のドレスを着た吉野直子の見事に安定感のある美しい響きが堪能できて良かった。
「水上の音楽」も耳に心地よい作品ばかりだが、この日3つ目のコンサートでそろそろ疲れが出たのかまぶたが重くて仕方なく、無駄な抵抗はやめて目を閉じて聴いていた。
ハープの出し入れ時に奏者が全員引っ込んで時間をとられたせいか、本来の予定より15分もオーバーしたため、最後の曲が終わり、指揮者が袖に引っ込んで余韻を味わう間もなく、すぐに席を立って次の会場に向かわなければならなかったのは残念だった(アンコールはあったのだろうか?)。

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2009/5/3(日)
16:45~17:45 145 ホールC 3階1列40番(R6扉)
マリア・ケオハネ(ソプラノ)
サロメ・アレール(ソプラノ: BWV243)
カルロス・メナ(カウンターテナー)
ハンス=イェルク・マンメル(テノール)
ステファン・マクラウド(バス)
リチェルカール・コンソート
フィリップ・ピエルロ(指揮)

J.S.バッハ/ミサ曲 ト短調 BWV235
J.S.バッハ/マニフィカト ニ長調 BWV243

3日の演目の中でとりわけ感銘を受けたコンサートだった。
歌手は粒揃いでみな素晴らしかった。
ケオハネはコケティッシュな愛らしさがあり、アレールは真摯に歌う。
メナはアルトのパートを見事に歌いこなし、マンメルも美声で堅実にこなす。
マクラウドはどっしりした安定感がありながら重すぎずに聴きやすい。
ピエルロ指揮リチェルカール・コンソートはバッハの2つの作品を深い共感をもって表現していたと感じた。

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2009/5/3(日)
18:45~21:00(第1部の後に15分の休憩あり) 146 ホールC 3階8列15番(L6扉)
シャルロット・ミュラー=ペリエ(ソプラノ)
ヴァレリー・ボナール(アルト)
ダニエル・ヨハンセン(テノール)
クリスティアン・イムラー(バリトン)
ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル
ミシェル・コルボ(指揮)

J.S.バッハ/ミサ曲 ロ短調 BWV232

ソプラノのミュラー=ペリエが深みのある表現で素晴らしかった。
アルトのボナールは、第2ソプラノとアルトの両方を担当しており、アルトにしては高音がよく響いていたが、一方低音は弱さが感じられた。
バリトンのイムラーはしっかりとした歌唱だった。
もう70代半ばのコルボだが、指揮台の椅子にはほとんど座らず8割方は立ったままよく動きながら元気に指揮していた(すごいエネルギー!)。
アンサンブルをしっかりまとめ、きびきびしたテンポで進めていた。
演奏後の聴衆の拍手喝采もものすごかった。

だが、ピエルロ指揮で聴いた短いミサ曲ト短調に比べると、このロ短調ミサ曲の規模の大きさは演奏者にも聴き手にも集中力が要求されるだろう。
私も今後何度か繰り返し聴くうちにこの大作の良さが分かる時がくるかもしれない。
だが、今の段階ではとっつきにくさを感じたのが正直な感想である。
プロテスタントのバッハがカトリック式のミサを書いた唯一の作品らしいが、実際のミサで演奏することを意図していたかははっきりしていないようだ。
晩年のバッハが新たな境地に踏み出そうとして書いたのだろうか。

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4日の公演の感想は次の記事で。

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ジャルスキ&デュクロ/フランス歌曲集(ネットラジオ局france musiqueの放送)

さきほど素敵なコンサートをフランスのネットラジオで聴いた。
若手カウンターテナー(フランス語ではcontre-ténorと言うそうだ)のフィリップ・ジャルスキが、ピアニストのジェロム・デュクロと組んで、フランス歌曲を歌ったコンサートのライヴ録音である。
様々な作曲家の名曲を散りばめたフランス歌曲の花束といった趣である。

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フランス歌曲集(Mélodies Françaises)

フィリップ・ジャルスキ(Philippe Jaroussky)(contre-ténor)
ジェロム・デュクロ(Jérôme Ducros)(piano)

録音:2009年4月5日、パリ、シャトゥレ座(ライヴ)
(Concert donné le 5 avril 2009 au Théâtre du Châtelet à Paris)

1.デュポン(Gabriel Dupont)/マンドリン(Mandoline)
2.ショッソン(Ernest Chausson)/ハチドリ(Le colibri)
3.フランク(César Franck)/夜想曲(Nocturne)
4.サン=サーンス(Camille Saint-Saëns)/阿片の夢想(Opium)
5.アーン(Reynaldo Hahn)/捧げ物(Offrande)
6.シャミナッド(Cécile Chaminade)/ソンブレロ(Sombrero)
7.シャミナッド/秋(ピアノ独奏)(Automne en ré bémol Majeur pour piano op.35 n°2)
8.アーン/クロリスに(A Chloris)
9.マスネ(Jules Massenet)/スペインの夜(Nuit d'Espagne)
10.ショッソン/時の女神(Les heures)
11.アーン/ブドウの収穫期の3つの日(Trois jours de vendange)
12.ルク(Guillaume Lekeu)/墓の上で(Sur une tombe)
13.アーン/艶やかな宴(Fêtes galantes)
14.フランク/前奏曲(ピアノ独奏)(Prélude pour piano)
15.シャミナッド/ミニョン(Mignonne)
16.フォレ(Gabriel Fauré)/秋(Automne)
17.フォレ/ネル(Nell)
18.ショッソン/リラの花咲くころ(Le temps des lilas)
19.アーン/わたしが離れ家にとらわれていたとき(Quand je fus pris au pavillon)
20.アーン/恍惚のとき(L'Heure exquise)

[アンコール]
21.ヴィヤルド/(曲名不明)
22.シャミナッド/ソンブレロ

(上述の作曲家の日本語表記、慣用と異なるものは私の表記ですのでご了承ください。)

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カウンターテナーというと、どうしても古楽の演奏家というイメージが強い。
もちろん、これまでも芸術歌曲を歌うカウンターテナーはいたが、どこか「余技」の印象は拭えなかった。

このフィリップ・ジャルスキ、1978年生まれというからやっと30代になったばかりである。
昨年は来日公演も行ったようだが、私はその頃、この歌手のことをほとんど知らず、チケットを買わなかった。

さて、実際の彼の歌唱、若い声が魅力である。
決して完成された声ではないかもしれないが、独自の魅力を持っている。
若干不安定さを残す部分もあるが、あらゆる音域にわたって、これだけの表現力で歌えるのはやはり非凡な能力なのではないか。
時々聞かせるポルタメントがやたら官能的で、それが曲によってプラスにもマイナスにもなりうるのは若さゆえかもしれない。
しかし、その妖しさは、確かにこれまでの近代歌曲の演奏にはなかったものではないだろうか。
例えば、フランス女声アルトのナタリー・ステュッツマンの声質は比較的近いものがあるように感じたが、ステュッツマンの方がさばさばとした健全そのものといった雰囲気で、アンニュイな趣には乏しい感もある。
それよりも30そこそこのこのコントルテノール(カウンターテナー)の方が余程なまめかしい。
この声でドゥビュッシーの「ビリティスの歌」などはぴったりはまるのではないかと思うが、今回の選曲には含まれていなかった。
フォレやドゥビュッシーの付曲で有名なヴェルレーヌの詩による「マンドリン」をガブリエル・デュポンという作曲家が作曲した珍しい作品で始めて、馴染みのある曲とそうでない曲をうまく組み合わせた変化に富んだプログラムビルディングを形成していたと感じた。
アーンの「恍惚のとき」でのジャルスキの弱声は繊細さを極めて、素晴らしい芸であった。
アンコールで再び歌ったシャミナッド作曲の「ソンブレロ」では、カウンターテナーだけでなく、テノールの音域も織り交ぜて歌い、聴衆の喝采を受けていたが、テノールとしての発声の訓練はあまりしていないのかもしれない(もちろんアンコールの楽しい雰囲気ではそんなことを言うのは野暮であり、素直にジャルスキのサービス精神を楽しめばよいのである)。

ピアノのジェロム・デュクロは美しい音を奏でていたが、聴きなれていた作品ではかなり大胆でドラマティックな演奏をしているように感じた(例えばフランクの「夜想曲」など)。
また、歌曲演奏会に2曲のピアノ独奏曲が加わっているのは珍しいと思うが、ここでもデュクロの華麗なテクニックが生かされていた。

アーンの「ブドウの収穫期の3つの日」という作品、途中で「怒りの日(ディエス・イレ)」のメロディがピアノにあらわれていた(それにしても、ベルリオーズをはじめとしてこのメロディを引用した作品の多いこと!)。

この放送、実は個人的にもう1つ楽しみだったことがあって、フランス人アナウンサーが、我々にお馴染みのフランス人作曲家の名前をどのように発音するのか、フランス語に疎い私は興味津々で耳を傾けていた。
サン=サーンスは確かにそのように発音していたし、フランク(Franck)も最後の"ck"(ク)は確かに発音していた。

一番興味深かったのは"Reynaldo Hahn"。
ヴェネズエラ出身の彼はフランス人ではないのだから(父親はドイツ系ユダヤ人とのこと)、フランス語の発音がオリジナルとは必ずしも言い切れないが、フランスで活動していたのだから、ほとんどフランス人といってもいいかもしれない。
フランス人アナウンサーは「アーン」ではなく、「アン」もしくは「アンヌ」のように発音していた。
"an"のような鼻母音でないことだけは確かであるが、"Jeanne"という時の"n"に近い感じだろうか。

また、Guillaume Lekeuの"Guillaume"は「ギョーム」というよりも「ギヨム」のように聞こえた。
ネットラジオで世界中の言語が耳に出来るのはこの上なく楽しい。
貴重な演奏をチェックするのはもちろん、しばらくネットラジオでアナウンサーの発音を聞き取る楽しみが続きそうだ。

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メンデルスゾーン/春の歌Op. 47-3(レーナウ詩)

Frühlingslied, Op. 47-3
 春の歌 作品47-3

Durch den Wald, den dunkeln, geht
Holde Frühlingsmorgenstunde,
Durch den Wald vom Himmel weht
Eine leise Liebeskunde.
 森を、暗い森を通って、
 心地よい春の朝の時間がやってくる。
 森を通って、天から
 かすかな愛の知らせが吹いてくる。

Selig lauscht der grüne Baum,
Und er taucht mit allen Zweigen
In den schönen Frühlingstraum,
In den vollen Lebensreigen.
 喜んで緑の木は耳を傾け、
 あらゆる枝でひたるのだ、
 美しい春の夢に、
 生の輪舞に満ちた中に。

Blüht ein Blümchen irgendwo,
Wird's vom hellen Tau getränket,
Das versteckte zittert froh,
Daß der Himmel sein gedenket.
 一輪のかわいい花がどこかで咲くと、
 明るい色の露にぬれる、
 その人目につかず咲く花はうれしくて震えている、
 天が自分を思ってくれているから。

In geheimer Laubesnacht
Wird des Vogels Herz getroffen
Von der Liebe Zaubermacht,
Und er singt ein süßes Hoffen.
 ひそかな木陰道の夜に
 鳥の心は撃ち抜かれる、
 愛の魔力によって、
 そしてその鳥は甘美な希望を歌うのだ。

All' das frohe Lenzgeschick
Nicht ein Wort des Himmels kündet,
Nur sein stummer, warmer Blick
Hat die Seligkeit entzündet.
 快活な春の運命がすべての
 天の言葉を伝えているわけではなく、
 ただその無言であたたかい眼差しのみが
 至福の火を灯してくれたのだ。

Also in den Winterharm,
Der die Seele hielt bezwungen,
Ist dein Blick mir, still und warm,
Frühlingsmächtig eingedrungen.
 すなわち冬の悲しみは
 魂を抑え続けるが、その中で
 おまえの眼差しは私に、静かにあたたかく
 春の力強さで沁みいったのだ。

詩:Nikolaus Lenau (1802.8.13, Csatád (Schadat) - 1850.8.22, Oberdöbling)
曲:Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy (1809.2.3, Hamburg - 1847.11.4, Leipzig)

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メンデルスゾーンの「春の歌」と題された作品は歌曲だけでもいくつかあり、以前の記事でも触れた。
今回はそれらの中でもっとも有名なニーコラウス・レーナウの詩による「春の歌」Op. 47-3をとりあげる。

詩を書いたレーナウのオリジナルのタイトルは"Frühlingsblick"(春の眼差し)。
森を通って春という“愛の知らせ”が吹き渡ると、緑映える木は喜んで春の夢を見、一輪の花はうれしくて露の涙を流し、鳥は愛を感じて希望の歌を響かせる。
その陽気な側面だけでなく、何も語らぬまま温かい眼差しを向ける春の力が、冬の悲しみを溶かしてくれるのだと歌われる。

詩の2節分を音楽の1節にした全3節の有節形式(第3節はピアノパートに若干の変化がある)。
ピアノパートは第1~2節を通して、16分音符の急速な分散和音と、リズムを刻む8分音符の連打が1つのパターンになっており、第3節では前半に16分音符の分散和音が増え、テキストの内容に反応してrit.も付加されて若干変化をもたらしているが、歌の旋律は基本的に変わらない。
しかし、第3節第4行の"Seligkeit"(至福)のピアノのハーモニーは前節より明るく響かせており、詩句に沿った工夫を凝らしていることが分かる。

また、曲の各節(詩の2節分)最終行は第2音節から繰り返される。
つまり、第1節の場合は"In den vollen Lebensreigen"の"In"を除いて"den"から、そして第2節は"Und er singt ein süßes Hoffen"の"Und"を除いて"er"から繰り返されるので問題ない。
しかし、第3節は"Frühlingsmächtig eingedrungen"となっており第2音節("Frühlingsmächtig"の"-lings")からはじめることは不可能であり、メンデルスゾーンは苦肉の策として"Ja mächtig eingedrungen"と、民謡などでよく使われる"ja"を加えて"Frühling"を取っ払ってしまった。
この箇所だけ音符を増やして対応することも可能だったかもしれないが、あえてそうしなかったのはメンデルスゾーンなりの有節形式へのこだわりがあったのかもしれない。
また、作曲家が有節形式で作曲する時には、第1節のリズムを基にする1つの証拠とも言えるかもしれない。

Allegro assai vivace
8分の9拍子
変ロ長調
最高音は2点変ロ音、最低音は1点ヘ音

シュライアー(T)&オルベルツ(P):BERLIN Classics:1971年9月録音:全盛期のシュライアーの美声で端正、かつほれぼれするほど魅力的に歌う。オルベルツの積極的で美しいタッチの演奏は歌に劣らず魅力的に感じた。
シュライアー(T)&エンゲル(P):BERLIN Classics:1993年10月録音:20年前の演奏より若干テンポが遅くなった以外はほぼ同じ解釈で歌っているが、それが出来るのはすごいことではないか。エンゲルも濃淡をわきまえたいい演奏だ。
アーメリング(S)&ヤンセン(P):CBS:1979年12月録音:温かいアーメリングの歌唱は慈しむように言葉を紡いでいる。ヤンセンも丁寧に演奏している。
プロチュカ(T)&ドイチュ(P):CAPRICCIO:1989年1月&11月録音:プロチュカは春の喜びを歌うのにぴったりな柔らかい美声で丁寧に表現している。ドイチュもしっかりとしたリズム感でプロチュカを導いていた。
F=ディースカウ(BR)&サヴァリシュ(P):EMI CLASSICS:1970年9月録音:低く移調している為、若干曲の生気は減っているように感じるが、ディースカウのメリハリの利いた歌は魅力的。サヴァリシュはペダルを多用して落ち着いた風情。

(ほかにボニー&パーソンズ、M.プライス&ジョンソンの録音がある筈なのですが、見つからないので、名前を挙げるにとどめておきます。)

以下の曲目リストの1トラック目をクリックすると、シュライアー&オルベルツの演奏(抜粋)が聴けます。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3501597

フランツ・リストによるピアノ・ソロ編曲版(リストの全曲録音を達成したレスリー・ハワードによる独奏)
http://www.youtube.com/watch?v=VwMl07Ize-U

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