ラプシャンスキー/ピアノリサイタル(2009年5月29日 津田ホール)
マリアン・ラプシャンスキー ピアノリサイタル20092009年5月29日(金) 19:00 津田ホール(自由席)
マリアン・ラプシャンスキー(Marián Lapšanský)(P)
フィビヒ(1850-1900)/「気分、印象と思い出」より15曲
自画像
夜に
朝
アネシカの肖像
掌
指
神経
ジョフィーン島の夕べ
胸
睫毛
腰
嫉妬
幻想的な夕べ
春の雨
馬車でアネシカのもとへ
ヤナーチェク/ピアノ・ソナタ「1905年10月1日、街頭にて」
第1楽章:予感
第2楽章:死
~休憩~
ブラームス/6つの間奏曲
作品118の1
作品116の2
作品118の4
作品117の2
作品117の3
作品118の6
アルベニス/「スペイン舞曲」第1集より
第1番:グラナダ
第3番:セヴィーリャ
第7番:カスティーリャ
アルベニス/組曲「イベリア」第1集より 「エル・プエルト」
~アンコール~
1.グリーグ/「抒情小品集」~小人の行進
2.?
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昨夜、雨の降る中、スロヴァキア出身のピアニスト、マリアン・ラプシャンスキーのリサイタルを千駄ヶ谷の津田ホールで聴いてきた(ちなみにマリアンという名前だが男性である)。
ペーター・シュライアーとのドヴォルジャーク歌曲集やヤナーチェク「消えた男の日記」の録音(Capriccio)を通じて、このピアニストの演奏を聴いてはいたが実演ははじめてだった。
録音を聴く限りでは、民族色を前面に打ち出すというよりは丁寧に作品と対峙した美しいタッチの演奏をする印象を持っていた。
この夜のリサイタルでは、前半にお国もののフィビヒという作曲家の小品集とヤナーチェクのソナタ、後半にブラームスの間奏曲6曲(大好きな作品!)と、スペインのアルベニスの作品が弾かれた。
今年60代前半のラプシャンスキーは黒で統一されたノーネクタイのシャツとズボンという若々しい衣装でステージに登場した。
最初にとりあげられた作品の作曲家ズデニェク・フィビヒ(1850-1900)は、関根日出男氏のプログラムノートによれば、ボヘミア出身で、ライプツィヒ、パリ、マンハイムで学び、以後はプラハで過ごした。
彼のピアノ小品集「気分、印象と思い出」は全376曲の膨大な作品群で、ラプシャンスキーは全曲を録音しているという。
フィビヒは前妻の姉と再婚した後、弟子のアネシカとジョフィーン島に駆け落ちし、そこでその生涯を閉じた。
そのアネシカとの愛の産物である「気分、印象と思い出」は、掌、指、睫毛などアネシカの身体から、「馬車でアネシカのもとへ」という作品まで、どこまでも私的な体験を基にしている。
なお、「ジョフィーン島の夕べ」はヴァイオリンなどに編曲されて「詩曲」のタイトルで知られているそうだ。
ここでとりあげられた15曲の抜粋はどの曲も比較的コンパクトだが、作曲家の特別な思いが込められているのであろう、そこはかとない官能的な響きも感じられた。
ラプシャンスキーはがっしりした指で慈しむように音を紡ぐ。
以前録音で聴いた印象よりもずっと歌心の豊かな演奏だった。
続くヤナーチェクのソナタは、チェコ人のデモを鎮圧するドイツ人によって1人のチェコ人の命を奪われた実際の事件に怒り書かれたものとのこと。
自己批判の強かったヤナーチェクは第3楽章の楽譜を破棄し、残る2つの楽章も初演後にモルダウ川に捨ててしまったそうだが、初演者によるコピーが残されており、2つの楽章は生き残ることになった。
ドラマティックな展開の作品をラプシャンスキーは奇をてらったところのない真摯さで聴かせてくれた。
休憩後の最初に演奏されたのが、ブラームスの晩年の小品集から間奏曲と名付けられたものばかりを抜き出した6曲。
これはこの夜のハイライトともいえる素晴らしい演奏であった。
聴く前には、お国ものの前半がラプシャンスキーの本領ではないかと思っていたのだが、このブラームスの6曲の演奏はそれを上回る至芸であった。
作曲者晩年の心境が吐露されたかのような諦観と葛藤がこれほどの味わいで聴けるとは思ってもいなかった。
様々な声部を絶妙に拾い上げて豊かに歌い上げるラプシャンスキーによって、ブラームスの内なる声が聞こえてくるかのようだった。
心に染み渡る深い音楽がホールに響き渡る至福のひとときであった。
最後に演奏されたアルベニスは、スペイン情緒豊かな作品で興味深かったが、ブラームスの作品の後ではあまりにも異質で、その違和感に慣れないうちに終わってしまった。
しかし、内省的なブラームスの後に開放的なアルベニスを持ってきて、音楽の多彩な表情を聞かせたかったのかもしれない。
ラプシャンスキーのまだまだ現役のテクニックで、これらの作品が生き生きと演奏されていたのは確かだった。
アンコールは2曲。
ここではラプシャンスキーの技巧の冴えがたっぷりアピールされた。
空席が非常に多かったのはもったいなかったと思えた素晴らしい演奏を堪能できた。
節度がありながらもよく歌うラプシャンスキーの名人芸をさらに味わってみたい気分である。
普段あまり接することのないスラヴ系の音楽をたっぷり聴けたことと、なによりもブラームスの最上の演奏に出会えたことで、忘れがたい一夜になった。
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