ハイドン/誠実
Fidelity, Hob. XXVIa no. 30
誠実
While hollow burst the rushing winds,
And heavy beats the show'r,
This anxious, aching bosom finds
No comfort in its pow'r.
むなしく突風が起こり、
激しくにわか雨が打ちつけるとき、
この不安に痛む胸は
その力の中に慰めを見出しません。
For ah, my love, it little knows
What thy hard fate may be,
What bitter storm of fortune blows,
What tempests trouble thee.
というのは、ああ、わが愛する方、この胸はほとんど知らないのです、
あなたの辛い運命がいかなるものなのか、
どれほど辛い運命の嵐が吹きつけているのか、
どんな暴風雨があなたを苦しめているのかを。
A wayward fate hath spun the thread
On which our days depend,
And darkling in the checker'd shade,
She draws it to an end.
気まぐれな運命の女神が糸を紡いでおり、
私たちの日々はその糸に依存しています。
格子模様の影の中の暗闇で
彼女は最後までその糸を引き寄せるのです。
But whatsoe'er may be our doom,
The lot is cast for me,
For in the world or in the tomb,
My heart is fix'd on thee.
しかし、私たちの悲運がいかなるものであれ、
宿命が私のために与えられているのです。
というのは、この世であろうと墓の中であろうと
私の心はあなたとともにあるのですから。
詩:Anne Hunter (née Home: 1742-1821)
曲:Franz Joseph Haydn (1732-1809)
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アン・ハンターの英語詩による「6つのオリジナル・カンツォネッタ 第1集」の最後に置かれた曲。
愛し合う二人の間に嵐のような辛い運命がふりかかるが、二人は常に一緒にいる運命なのですと“誠実”に力強く宣言する。
第3節第4行の"she"というのはおそらく「運命の女神」を指しているのではないかと思われる。
ギリシャ神話では「モイライ」という運命の女神三姉妹がいて、そのうちの一人が運命の糸の長さを割り当て、二人目が糸を紡ぎ、残りの一人が決められた長さで糸を切ったという(Wikipediaの記述による)。
ハイドンの歌曲の中でもとりわけドラマティックな作品で、劇的なピアノ曲に歌が付いたような印象。
ピアノ前奏から、テキスト第1節の嵐を先取りしたような激しいパッセージが上下にうねる。
歌も通作形式で書かれており、最終節はテキストが何度も繰り返され、規模が拡大されている。
曲はヘ短調で始まるが、ヘ長調で終わる。
2分の2拍子(アラ・ブレーヴェ記号)、Allegretto、ヘ短調。
最高音2点ヘ音、最低音1点ハ音。
全121小節。
アーメリング(S)デームス(P):PHILIPS:1980年録音:アーメリングは力強い歌声を聞かせ、クライマックスのフェルマータで華麗な装飾を付加して曲を彩っている。デームスのピアノもよく歌っている。
ミルン(S)ヴィニョールズ(P):Hyperion:2001年録音:芯のある声で運命に立ち向かう気持ちをドラマティックに表現している。ミルンは全く装飾を加えない。ヴィニョールズはここではやや控え目。
ホルツマイア(BR)クーパー(P):PHILIPS:1997年録音:クーパーのピアノは古典派の枠を飛び出てロマンティック。ホルツマイアもドラマを盛り込もうとしている。最後に控えめに装飾を加えている。
F=ディースカウ(BR)ムーア(P):EMI(ODEON):1959年録音:まるで4分の4拍子であるかのような遅めのテンポだが、歌、ピアノともに説得力のあるうまさを感じる。ただ、最終節のテキストの繰り返しを何故か一部省略しており、歌われない旋律があるのは、そのような版があるということだろうか。F=ディースカウは全く装飾を加えずに歌っている。
以下のHyperionレーベルのサイトを開き、Detailsの下にある音符のマークをクリックすると最初の数秒が試聴できます(ミルン&ヴィニョールズの演奏)。
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コメント
フランツさん、今晩は。
片づけ物をしていて、やっと終わり、まだ目が冴えているので、こちらに寄せていただきました。
アン・ハンターの詩によるハイドンの歌、フランツさんの訳詩でずっと読ませていただいてますが、今回の詩はことに心に沁みます。
ハイペリオンの冒頭の部分を聴いただけですが、激しい曲調で始まった歌が、終章に入ると、きっと少し穏やかに、終わるのでしょうね。短調で始まって長調で終わるというので、詩の構成と合わせて、そんな風に想像しました。
アン・ハンターの詩は、女性らしい、繊細な、素直な心の動きが出ていて良いですね。
ハイドンの歌曲というのは、あまり馴染みがありませんでしたけど、フランツさんの訳詩で、親しみを持たせていただきました。
美しく、暖かみのある訳詩、有り難うございます。
投稿: Clara | 2009年3月16日 (月曜日) 01時58分
Claraさん、こんばんは。
ご返事が遅れてしまい、すみません。
Claraさんには、アン・ハンターの詩をいつも楽しんでいただけて張り合いがあります。
有難うございます!
英語の訳は私にはとても難しく、どの程度詩人の意図に沿っているのか心許ないのですが、それでも、この詩人の繊細な趣を訳しながら感じることが出来ました。
ハイドンの歌曲は暗い内容の詩でも長調の作品が多かったのですが、この曲では嵐の描写が短調で描かれます。後半ではこの女性の強い愛の力が長調の響きに変わって表現されています。Claraさんもおっしゃるように「詩の構成」を反映しているのだと思います。
第2集では6曲中1曲だけアン・ハンターの詩による曲がありますので、そちらもいずれ記事にしたいと思っています。
投稿: フランツ | 2009年3月16日 (月曜日) 20時37分