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シュライアーの2種のメンデルスゾーン歌曲集(オルベルツ/エンゲル)

今年が生誕200年のフェーリクス・メンデルスゾーン=バルトルディ(Felix Mendelssohn-Bartholdy: 1809-1847)は、ヴァイオリン協奏曲や「フィンガルの洞窟」序曲、「夏の夜の夢」などでよく知られている作曲家である。
短命だが裕福な家系に生まれ、その明朗、優美な作風は幅広く愛されている。
大規模な作品だけでなく、ピアノ・ソロのための小品集「無言歌」も有名で、特に「春の歌」や「ヴェネツィアの舟歌」などは実際に弾いたことのある方も多いのではないか。
それとは別にチェロとピアノのための「無言歌」という作品もあり、ジャクリーン・デュ・プレがジェラルド・ムーアと録音しており、包み込むような美しい作品で印象に残っている。

メンデルスゾーンは独唱歌曲も多く作曲しているが、その中で飛び抜けて有名な「歌の翼に」を除くと残念ながらそれほど知られているとは言えない。
しかし、歌曲においても優美で耳あたりのよい作風は貫かれ、一度聴くとその魅力にとりつかれてしまう。

ドイツ、マイセン出身のテノール、ペーター・シュライアー(1935年生まれ)はオペラ、宗教曲だけでなく、歌曲の歌い手としてもコンサートや録音で活躍してきたが、1971年と1993年という20年もの間隔をあけてメンデルスゾーン歌曲集の録音を2回行っている。
1971年の録音(BERLIN Classics / DG)はドイツ、アーヘン出身のヴァルター・オルベルツ(1931年生まれ)と共演して22曲、そして1993年の録音(BERLIN Classics)はスイス、バーゼル出身のカール・エンゲル(1923-2006)と共演して24曲歌っている。

●1度目の録音

Schreier_olbertz_mendelssohnユニバーサルミュージック: DG: UCCG-4337
BERLIN Classics: 0092182BC
録音:1971年9月27~30日、Lukaskirche, Dresden

ペーター・シュライアー(Peter Schreier)(T)
ヴァルター・オルベルツ(Walter Olbertz)(P)

メンデルスゾーン作曲
1.春の歌Op. 47-3(2'17)*
2.挨拶Op. 19-5(1'47)*
3.春の歌Op. 34-3(2'50)
4.春の歌Op. 19-1(1'45)*
5.旅の歌Op. 57-6(1'50)
6.問いOp. 9-1(1'12)
7.新しい愛Op. 19-4(1'52)*
8.月Op. 86-5(2'00)*
9.もうひとつの五月の歌(魔女の歌)Op. 8-8(2'05)*
10.恋の歌Op. 34-1(1'42)*
11.狩の歌Op. 84-3(2'27)
12.ゆりかごのそばでOp. 47-6(3'25)
13.歌の翼にOp. 34-2(3'22)*
14.古いドイツの春の歌Op. 86-6(2'10)
15.葦(あし)の歌Op. 71-4(3'25)*
16.ヴェネツィアのゴンドラの唄Op. 57-5(2'05)*
17.旅の歌Op. 34-6(2'30)*
18.はじめての失恋Op. 99-1(3'15)
19.秋にOp. 9-5(2'00)
20.羊飼の歌Op. 57-2(2'55)*
21.冬の歌Op. 19-3(2'30)*
22.小姓の歌(1'45)*

(上記の日本語表記は原則として国内盤CD(UCCG-4337)に従いましたが、Op. 8-8はCDの記載「魔女の春の歌」から、Op. 71-4は「あしの歌」から上記に変えました)
HMVのサイトで上記の録音全曲が試聴できます)

●2度目の録音

Schreier_engel_mendelssohnBERLIN Classics: BC 1107-2
録音:1993年10月、Westdeutscher Rundfunk, Köln. Funkhaus Wallrafplatz, Großer Sendesaal

ペーター・シュライアー(Peter Schreier)(T)
カール・エンゲル(Karl Engel)(P)

メンデルスゾーン作曲
1.歌の翼にOp. 34-2(2'54)*
2.葦(あし)の歌Op. 71-4(3'00)*
3.月Op. 86-5(1'47)*
4.小姓の歌(1'49)*
5.春の歌Op. 9-4(2'53)
6.旅の歌Op. 34-6(2'47)*
7.夜ごとの夢にOp. 86-4(1'42)
8.ヴェネツィアのゴンドラの唄Op. 57-5(1'42)*
9.はるかな女性にOp. 71-3(1'26)
10.春の歌Op. 19-1(1'30)*
11.恋の歌Op. 34-1(1'46)*
12.お気に入りの場所Op. 99-3(2'35)
13.冬の歌Op. 19-3(2'35)*
14.挨拶Op. 19-5(1'40)*
15.初すみれOp. 19-2(2'11)
16.そのとき僕は木陰で横になっているOp. 84-1(3'45)
17.恋の歌Op. 47-1(1'56)
18.朝の挨拶Op. 47-2(1'53)
19.旅路でOp. 71-5(2'01)
20.夜の歌Op. 71-6(2'42)
21.羊飼の歌Op. 57-2(4'05)*
22.春の歌Op. 47-3(2'36)*
23.新しい愛Op. 19-4(1'56)*
24.もうひとつの五月の歌(魔女の歌)Op. 8-8(2'06)*

1度目の録音は最近ユニバーサルミュージックからDGレーベルの音源としてCD復活(UCCG-4337)を遂げたが、「世界初CD化」という触れ込みは誤りで、すでにBERLIN ClassicsがCD化していたので、「国内初CD化」と言うべきだろう。
2度目の録音もBERLIN Classicsから発売された後、国内盤としても発売されていた。

上記の曲目の後に*印を付けたものは1度目と2度目で重複して歌っている曲を示している。
つまり、2度目の再録音では全24曲中、半数以上の14曲も重複して歌っているのである。
1度目でのみ歌っている曲は8曲、2度目でのみ歌っている作品は10曲であり、シュライアーの録音におけるメンデルスゾーン歌曲のレパートリーは計32曲ということになる。
名歌手たちが「冬の旅」を何度も再録音するように、シュライアーが十八番のメンデルスゾーン歌曲を再び録音したくなったとしても不思議はない。
2度目の録音では8曲もの新レパートリーを聴くことが出来ること、さらに14曲の共通するレパートリーの聴き比べ(ピアニストも含めて)が出来ることを喜びたい。

ペーター・シュライアーは70歳を機に歌手活動から引退してしまったが、最後まで清冽で爽快な声を維持していたのは高音歌手としてはすごいことではないか。
この2種の録音でも36歳と58歳という20年以上の歳月の流れがあるにもかかわらず、それを感じさせない声と表現には驚かされる。
彼は旧東ドイツの聖歌隊出身ということで小さい頃から歌唱の基本を叩き込まれてきたのだろう、どのタイプの曲を歌っても安定した音楽と美しい言葉さばきを聞かせてくれる。
ドイツ語のほれぼれするほどの美しい発音は彼の魅力の一つだが、それ以上に過剰さのない表現の節度が素晴らしかった。
1980年代に入り、多少濃淡を大きくとる傾向が見られたが、それでも作品を逸脱しない範囲内であったと思う。
このメンデルスゾーンの録音でも、1971年の録音が清流のような清清しさで貫かれていたのに対し、1993年盤では若干高音が苦しい箇所もあるものの殆ど問題なく、危なげのない安定した歌唱はそのままで、さらに言葉の一言一言への重みが加わって味わい深くなっている。
このような変化を聞くのも特定のリート歌手を追い続けていく楽しみの一つである。

1971年盤の共演者ヴァルター・オルベルツは、ハンス・アイスラーのピアノ曲の初演や、ハイドンのピアノソナタ全集の録音、さらにシュライアー、オージェー、ヴァイオリニストのズスケなどとの共演者としても知られている。
この録音でも一貫して作品に同化した歌心を感じさせて、ただただ素晴らしい。
こういうピアノで歌えるシュライアーは恵まれているといえるだろう。
もともと美しくしっかりとした音色を聞かせるピアニストではあるが、その長所がこの録音では際立っていてすべてがプラスに働いている。
「歌の翼に」の分散和音がこれほど美しく響くのも珍しく、一方「もうひとつの五月の歌(魔女の歌)」でのあらん限りのテクニックでリズミカルに盛り立てるその手腕には驚き、この作品演奏でのベストのピアニストの一人と感じた。

1993年盤の共演者カール・エンゲルはオールマイティのピアニストであるが、もともと歌曲の演奏には定評があり、F=ディースカウやプライなどとの名演はよく知られている。
シュライアーとも何度も共演して気心の知れた間柄であるだけにここでも堅実、かつテクニシャンぶりを存分に発揮している。

メンデルスゾーンの歌曲は上述の曲目を見ても分かるとおり季節をテーマにした曲が多いが、とりわけ「春の歌」が多い。
このテーマで以前に記事を書いているので興味のある方はご覧ください。
http://franzpeter.cocolog-nifty.com/taubenpost/2007/04/post_5dcd.html

個人的に好きなメンデルスゾーンの歌曲は沢山あるが、特に「もうひとつの五月の歌(魔女の歌)」「ヴェネツィアのゴンドラの唄」「葦(あし)の歌」「夜の歌」「新しい愛」などは奇跡のような素晴らしい作品である。
複雑さはなく、素直に聴き手の心に入ってくるのがメンデルスゾーンの音楽の魅力である。

曲のタイプを大雑把に分類すると次のような感じだろうか。

・憂いを帯びた曲:「葦(あし)の歌」「ヴェネツィアのゴンドラの唄」
・ピアノが技巧的な曲:「もうひとつの五月の歌(魔女の歌)」
・静謐さで訴えてくる曲:「夜の歌」
・穏やかな曲:「挨拶」
・リズミカルな曲:「新しい愛」「小姓の歌」
・歌声部に半音進行を取り入れた曲:「月」
・ドラマティックな展開のある曲:「旅の歌」Op. 34-6

最後にシュライアーの歌ったメンデルスゾーンの映像が動画サイトにあったのでご紹介したい。
珍しく管弦楽に編曲されたもので3曲歌っている(「歌の翼に」「新しい愛」「挨拶」)。
多少映像と音がずれているのでその点はご了承ください。
1989年ベルリン録音、クラウス・ペーター・フロール(C)

http://www.youtube.com/watch?v=Z-M16Ao3NmU

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コメント

you tube見てみました。「歌の翼に」はだれの歌唱を聴いてもあまりぴんとこないのですが、二曲目の「新しい愛」はいいですね。三曲目もいかにもロマン派らしい曲で、聴くほどに味わいが増しそうな気がします。
you tubeは音質さえ気にしなければ映像とともに楽しめるので重宝しています。次から次へといろんなのが出てくるので、つい見すぎてしまうのが難点ですが。

投稿: sbiaco | 2009年2月16日 (月曜日) 23時30分

フランツさんは、外国のラジオ番組やyoutubeも紹介してくださるので、有り難いです。
特にyoutubeは、CDをほとんど持たない私には、便利です。関連した画像が出てくるので、同じ歌でも、歌い手によって、ずいぶん違うのだと言うことが、比較できます。
メンデルスゾーンは、合唱曲として、「うぐいす」「森に別るる歌」など6曲を歌ったのが最初ですが、全体に、春の歌が多いようですね。
youtubeのシュライヤーも、メンデルスゾーンを聴いたついでに、「冬の旅」(おやすみ他2曲ばかり)も聴いてみましたが、なかなか良いなと思いました。

投稿: Clara | 2009年2月17日 (火曜日) 10時13分

sbiacoさん、こんばんは。
ご返事が遅くなり、すみません(昨夜は早く寝てしまったので)。
YouTube、見ていただけたそうですね。
「新しい愛」はピアノ版だけでも充分軽快で楽しい曲なのですが、オケの編曲がこれほど成功した例というのもなかなかないのではないかと思うほどの出来栄えだと思います。
確かに音質の面ではもう少しよければと思うこともありますが、音でしか知らなかった人たちの映像をこうして見れるのは有難いことですね。
YouTubeは見るのをやめるタイミングが難しいですね。

投稿: フランツ | 2009年2月17日 (火曜日) 20時32分

Claraさん、こんばんは。
いつも私の記事に参加してくださり、こちらこそ有難く思っています。
私もYouTubeをほとんど辞書代わりに使っています。関連した映像も紹介されていて、至れり尽くせりですね。
同じ歌でも歌手や共演のピアニストによって全然趣の異なる演奏になるというのは、まさに聴き比べの醍醐味だと思います。
耳にたこが出来たような曲でも、何か新しいものを曲に吹き込んでくれる演奏者がいるので聴くのをやめられません。
メンデルスゾーンの合唱曲、私はあまり知らないのですが、いつかまとめて聴いてみたいです。「うぐいす」「森に別るる歌」という曲ももしかしたらYouTubeにあるかもしれませんね。
シュライアーの「冬の旅」の映像もあるのがうれしいですね。彼の歌によって「冬の旅」の主人公がまだ若者であることが強く意識できるようになりました。

投稿: フランツ | 2009年2月17日 (火曜日) 20時42分

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