エディット・マティス公開レッスンを聞く(2009年2月19日 ルーテル市ヶ谷センター)
エディット・マティス公開レッスン(Schöne Stimmen主催)2009年2月19日(木)18時15分 ルーテル市ヶ谷センター(自由席)
エディット・マティス(Edith Mathis)(講師)
田口久仁子(通訳)
1.川口聖加(S) 渡邊千春(P)
ハイドン/オラトリオ『四季』(Die Jahreszeiten)より~「ようこそ、深い森よ~何という喜び、何という安らぎ」(Willkommen jetzt, o dunkler Hain - Welche Labung für die Sinne)
2.岡戸仙子(S) 琴田恵理(P)
ブラームス/我が恋は緑(Meine Liebe ist grün)
ブラームス/私の眠りはますます浅くなり(Immer leiser wird mein Schlummer)
ブラームス/秘めごと(Geheimnis)
~休憩~
3.石井藍(MS) 鈴木ゆみ(P)
R.シュトラウス/わが思いのすべて(All mein Gedanken)
ブラームス/使い(Botschaft)
ヘンデル/『メサイア』(Messiah)より~「主は世の人々に侮られ、捨てられ」(He was despised and rejected)
4.山咲史枝(S?) 伊坪淑子(P)
プフィッツナー/昔語り(Sonst)
ヴェーバー/オペラ『魔弾の射手』(Der Freischütz)より~アガーテの祈り(Wie nahte mir der Schlummer)
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途中10分の休憩をはさんで3時間にも及ぶエディット・マティスの熱のこもったレッスンを見ながら、かつて実演で聴いた彼女のシューベルトやシューマンの名唱を懐かしく思い出していた。
彼女は生徒たちに模範を示す時に最初のうちは1オクターブ下げて口ずさむように歌の表情を伝えていたが、次第に実際の音程で模範を聞かせてくれる場面がしばしば出てきて、70を過ぎた人の声とは到底信じられないほどの美声とパワーで受講者、聴講者に望外の喜びを与えてくれた。
マティスが一ふしを歌うとあまりにも豊かな表情を伴って音楽が生き生きとはずんでいる。
そうした模範演奏から受講者が得たものはきっと多かったに違いない。
単なる愛好家である私も彼女の歌唱の秘密を少しだけ教えてもらえた気がした。
マティスの指導は、最初に受講者に1曲まるまる歌ってもらい、それから再度気になる箇所を少しずつ歌わせながら細かく指摘していくというやり方をとっていた。
マティスが受講者たちによく言っていたのは、フレーズがどこに向かっているのかを意識して歌うようにということだった。
つまり、1つのフレーズの中ですべての言葉が同等に重要なわけではない、大切に歌う目的地を目指してアーチを描くように(マティスは"Bogen"という言葉をよく使っていた)歌いなさいというのだ。
それから言葉の発音については細かく指摘していた。
『メサイア』の中の"despised"の最初の音節は「デ」ではなく「ディ」と発音するようにとか、「秘めごと」では"unsrer"の"s"をしっかり発音するように、等々。
ハイドンのオラトリオを歌った歌手にはよく歌えていると褒めながら、細かいところを少しずつ直していた。
「我が恋は緑」を歌った歌手には流れが停滞しないようにピアニストと共に前へ前へ進むようにと指摘していた。
「わが思いのすべて」を歌った歌手はとても豊かな声をもっていてマティスも気に入ったのか他に歌えないかと尋ね、急遽予定外だったブラームスの「使い」を歌うことになった。
また、プフィッツナーの「昔語り」を歌った歌手には馴染みの薄いこの曲の歌詞の内容を説明させた後に再度歌わせて、「演劇を見ているようでした」と褒めていた。
日本の聴衆の前でこの曲を歌うときにはプログラムに歌詞の内容を記して理解してもらうことが大事だとも。
『魔弾の射手』ではアリアは特に問題ないのでレチタティーヴォを再度歌うようにと言い、受講者と一緒に歌いながら細かい表情を指導していた。
基本的には歌手への指導が中心だったが、例えば『魔弾の射手』を弾くピアニスト(非常にいい演奏だった)には「そこはクラリネットの響きで」と注文を出したりもしていた。
「そこでブレスを入れてもいいけれど、本当は入れずに歌う方がもっといいのではないか」「私だったらこう歌うけれど、そうしなければならないということではなく、最終的にあなた自身の歌い方を見つけてください」とも言っていた。
歌手の基本的な弱点を修正すると共に、歌い方を強制するのではなく、こういう方法もありますよとヒントを与えるという穏やかで真摯なマティスの姿勢に大いに感銘を受けた一夜であった。
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コメント
まあ、公開レッスンまでチェックされているのですか。凄い。たまにテレビに出たりしますが、とても面白いですよね。BS2とかでやってくれないかなああ。。
投稿: Auty | 2009年2月21日 (土曜日) 08時43分
Autyさん、こんにちは。
マティスは来日公演を何度か聴いていたので、今回指導者としての面をはじめて知ることが出来て、さらに相変わらずチャーミングな姿を見られて、とても満足しています。
BS見れるのですね。私は地上波だけなのでうらやましいです。
投稿: フランツ | 2009年2月21日 (土曜日) 13時16分
★再録・・・2010/02/08
はじめまして。北海道・札幌から発信しています。昨日、NHKでエディット・マティスの「思い出の名演奏」を観て、とても感動し、あちこち検索していて、こちらのサイトと出会いました。
2009年2月20日 (金曜日) のエディト・マティス関連記事を興味深く読ませていただきました。
心よりお礼申し上げます。
投稿: 明道 元 | 2010年2月 8日 (月曜日) 05時13分
明道さん、コメントのご返事は、F=ディースカウの記事の方にしました。
今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: フランツ | 2010年2月 8日 (月曜日) 20時24分
フランツさんこんばんは
マティスは2009年にも来日しているのですね。都合何回来日しているのでしょうか?
もしプライやF=Dのようは来日記録をまとめることが可能であればよろしくお願いします!
投稿: たか | 2011年4月28日 (木曜日) 22時19分
たかさん、こんにちは。
マティスは実は2010年にもマスタークラスに来たようなのですが、その時は情報を後で知ったので行けませんでした。
マティスの過去の来日は招聘元も会場も多岐にわたっているようなので、アーメリングやシュヴァルツコプフを調べるようには簡単にいきそうもないですが、機会を見つけて少しずつ調べてみることにしますね。
投稿: フランツ | 2011年4月29日 (金曜日) 13時01分