内藤明美&平島誠也/シューベルト「冬の旅」(2009年1月30日 日暮里サニーホールコンサートサロン)
独演コンサートシリーズ シューベルト三大歌曲集2009年1月30日(金)19:00 日暮里サニーホールコンサートサロン(全席自由)
内藤明美(Naitou Akemi)(MS)
平島誠也(Hirashima Seiya)(P)
シューベルト/「冬の旅(Winterreise)」D911
1.おやすみ(Gute Nacht)
2.風見の旗(Die Wetterfahne)
3.凍れる涙(Gefrorne Tränen)
4.かじかみ(Erstarrung)
5.菩提樹(Der Lindenbaum)
6.あふるる涙(Wasserflut)
7.川の上で(Auf dem Flusse)
8.かえりみ(Rückblick)
9.鬼火(Irrlicht)
10.休息(Rast)
11.春の夢(Frühlingstraum)
12.孤独(Einsamkeit)
13.郵便馬車(Die Post)
14.霜おく頭(Der greise Kopf)
15.からす(Die Krähe)
16.最後の希望(Letzte Hoffnung)
17.村にて(Im Dorfe)
18.あらしの朝(Der stürmische Morgen)
19.幻(Täuschung)
20.道しるべ(Der Wegweiser)
21.宿屋(Das Wirtshaus)
22.勇気(Mut)
23.幻の太陽(Die Nebensonnen)
24.辻音楽師(Der Leiermann)
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シューベルトの誕生日を翌日にひかえた1月30日、日暮里サニーホールコンサートサロンで、メゾソプラノの内藤明美とピアニスト平島誠也による「冬の旅」を聴いた。
この長崎県出身コンビの実演を聴くのは2007年のシェックのコンサート以来2度目となる。
そして、女声の歌う「冬の旅」を生で聴くのも白井光子に続いて2度目である。
今年に入って、フローリアン・プライ&読響、淡野太郎&武久源造と「冬の旅」ばかり聴いているが、この歌曲集ほど演奏者にとっても聴き手にとってもチャレンジを投げかける作品はそう多くないのではないだろうか。
ぎりぎりの精神状態を歌い、弾き、そして聴くのだから、いい演奏であればあるほど、終わった後にぐったり疲れる。
そういう意味で、今回の内藤&平島の演奏は緊張感の途切れることのないもので、「辻音楽師」が終わってようやく呪縛から解き放たれた気分だった。
ドレスに黒いジャケットをまとって舞台に登場した瞬間から内藤は言い知れぬ緊張感をみなぎらせていたが、それはすでに「冬の旅」の世界に入り込んでの登場と映った。
「壮絶」という言葉で形容したらよいだろうか、内容が「冬の旅」ということもあってか、内藤の歌は感情の起伏を前面に押し出したものだった。
ドイツ語の発音の美しさや、音程の完璧さといったレベルをとうに超えた実力を備えていることは前回のシェックのコンサートで了解済みだったが、安定した実力に安住せず、全力でこの大きな歌曲集にぶつかっていこうとする姿はやはり壮絶という以外の言葉が見当たらない。
自らぎりぎりの状況に追い込んでの歌唱といったらいいだろうか。
そのため、1曲1曲の密度が濃く、ある曲が終わると次の曲が始まるまでの間にかろうじて息をつけるという状況である。
息苦しいほどの緊迫感は、この歌曲集が失恋した男の旅というだけでない、普遍的な心の旅でもあることを思い出させる。
素晴らしい解説を執筆された山崎裕視氏はクリスタ・ルートヴィヒの言葉を引用している。
“冬の旅”の歌い手は男性であろうと女性であろうと、音楽や詩を、さらには人間的な情動をはるかに超えた状態にまで自己と聴衆を置かねばならない。
それは私たちを、意識するかしないかに関わらず、もはや戻ることのできぬ目標に向かって一歩ずつ近づける連れ立ちの旅なのである。
ルートヴィヒの「冬の旅」はあたかも母親目線のような第三者的な優しい包容力を感じさせるものだった。
しかし、内藤の「冬の旅」はあくまで自身の中に主人公を置いた歌であった。
男声歌手が歌うとさりげなく響く"Fremd bin ich eingezogen"も、内藤が歌うと激しい慟哭の歌となる。
女声であることを生かしたアプローチといえないだろうか。
「うまい」「深い」といった次元を超えた、言葉を失うような「冬の旅」の絶唱であった。
平島誠也のピアノは持ち前の美しく清冽な音色を生かしつつも、シューベルトの音楽そのものに語らせようという姿勢を貫く。
一見なにげない表現の中に磨きぬかれた響きの彫琢がある。
「辻音楽師」の最後の1ふし「私の歌にあなたのライアーを合わせてくれないか」で歌と共に盛り上がったあと、一瞬の間を置き、再び何事もなかったかのようにライアーの淡白な響きに戻すという解釈はこれまでのどのピアニストからも聴かれなかった新しい響きではっとさせられた。
さきほど触れた山崎氏の解説では、氏の師匠であった柳兼子との貴重な思い出と共に、彼女自身が「冬の旅」を歌っていたこと、さらに「お蝶夫人」で一世を風靡した三浦環までもがその晩年に自身の日本語訳で「冬の旅」や「水車屋」を歌っていたという貴重な情報を交えて、読み応えのある「女性歌手の“冬の旅”」論を執筆されている。
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