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淡野太郎&武久源造/「冬の旅」(2009年1月23日 サントリーホール ブルーローズ)

淡野太郎バリトン・リサイタル
Tanno_takehisa_20092009年1月23日(金)19:15 サントリーホール ブルーローズ(自由席)
淡野太郎(Taro Tanno)(BR)
武久源造(Genzoh Takehisa)(P)

シューベルト/「冬の旅(Winterreise)」作品89
(さらば/風見/凍った涙/凍りつき/菩提樹/洪水/川面で/回顧/鬼火/休息/春の夢/孤独/
郵便/白髪頭/カラス/最後の望み/村で/嵐の朝/たぶらかし/道しるべ/宿屋/から元気/幻日/ライアー弾き)

~アンコール~
バッハ/あなたがそばにいたら(Bist du bei mir) BWV508

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淡野太郎と武久源造による「冬の旅」をサントリーホールの小ホールで聴いた。
この2人の実演は随分前に一度聴いたことがあり、その時はアグネス・ギーベルや淡野弓子も加わり、シューマンの独唱曲や重唱曲が演奏されたのだった。

この日のコンサート、淡野太郎にとって初リサイタルとのこと。
配布されたプログラム冊子には淡野自身によってこれまでの軌跡と「冬の旅」を選ぶまでの経緯が記されていたが、ファンダーステーネやポルスターの教えに感謝しながらも、「受け売りのままで演奏しては意味がない」「これが私の音楽です。どうぞお聴きください」と心境を述べている。
古楽の分野で幅広く活躍しているようだが、歌曲にも目を向けているのはうれしい。
客席は満席とはいかないまでもかなりの入りだった。

さて、この日の演奏、淡野の思いの強さが伝わってくるものだった。
全曲の訳詩と解説も執筆し、充分な考察のもと歌っているようだ。
ドイツ語の発音がとてもしっかりしていて歯切れがよい。
これはとても大事なことだろう。
第1曲「さらば」(淡野自身の訳)の冒頭の"Fremd(余所者として)"という言葉から怒りのような激情が込められる。
全体を小オペラのようにドラマチックに表現しようという積極性は充分に感じられた。
歌詞に応じた声色の使い分けや歌の安定感などは今後の課題だろう。
淡野の歌曲における出発点として好感のもてるコンサートだったと思う。
これからのさらなる研鑽に期待したい。

武久源造のピアノはこれまでに聴き慣れた歌曲ピアニストに比べるとかなり個性的に感じられる。
かなりアルペッジョを加えて演奏する。
テンポは大きくゆらし、強弱の幅も大きく、時に荒くなるのもいとわない。
しかし、聴き進めるにつれ、不思議なほど心に訴えかけてくるものを感じずにいられなかった。
決して洗練されたスマートな演奏ではないのだが、アカデミックな演奏が失ってしまいがちな純粋無垢な響きがいたるところに息づいている。
最後の数曲では曲間にハンカチで目を拭きながら演奏していたが、演奏しながらも音楽に感動できる感受性の豊かさは視力と引き換えに授かったものだろうか。

アンコールのバッハでは淡野も気負いから解放されたかのようにのびのびと歌って締めくくった。

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コメント

Bist du bei mir
大好きです。
「から元気」というのは言い得て妙な訳ですね。
チケットめっちゃ格好いいです!!

投稿: Auty | 2009年1月24日 (土曜日) 18時18分

Autyさん、こんばんは。
Bist du bei mirを生で聴いたのは初めてだったのですが、「冬の旅」の後になかなか合う選曲だと思いました。
「から元気」もそうですが、淡野さん自身の訳は新鮮味があってよかったです。
ちなみに写真は細長いのでチケットみたいですが、実は配布されたプログラムです。

投稿: フランツ | 2009年1月24日 (土曜日) 19時29分

フランツさん、淡野太郎さんの「冬の旅」聴かれたのですね。
この日は、アントネッロの演奏(東京カテドラル)と重なっていて、どちらにしようか迷いながら、急用で、どちらにも行けなかったのですが、武久源造さんのピアノは、昨年ディストラーの曲の演奏で、度肝を抜かれたくらい素晴らしかったので、「冬の旅」はどんな風に弾くのかなあと、関心がありました。
淡野太郎さんは、弓子さんの指揮するハインリッヒ・シュッツ合唱団の公演で、バスの一員として聴きましたが、合唱団の指揮を受け継ぎ、ソロ歌手としての「冬の旅」デビューは、良い出発点になったことでしょう。
チラシは、オモテが、「よそ者としてやって来て、よそ者として去っていく・・・」という言葉と共に、前を向いた淡野さんと杖をついた後ろ姿の武久さん、ウラは「・・・一緒に行ってもいいか?私の歌のために奏でてくれないか?」と言う言葉と共に、前を向いた武久さんと、振り返って問いかけるような姿の淡野さんという構図で、とても象徴的です。
コンサートの成功を祈りたい気持ちになりましたね。

投稿: Clara | 2009年1月24日 (土曜日) 21時27分

Claraさん、こんばんは。
Claraさんも注目されていたのですね。
私もお2人が立っているちらしの写真を見て、「冬の旅」の世界を無言で語っているようで印象深く、当日券をあてにしてホールに出かけてきました。確かにあのちらしは「象徴的」という言葉がぴったりですね。
Claraさんがお聴きになったハインリッヒ・シュッツ合唱団は私は残念ながらまだ聴いていないのですが、おそらく淡野さんにとってはそちらが本領なのでしょうから、今回の「冬の旅」はある種大きなチャレンジだったことと思います。
しかし、とても準備を重ねたうえで今回の公演に臨んだということが充分に伝わってくる前向きな歌でしたし、しかも武久さんの深い愛情がつまった演奏とあいまって、いい時間を過ごせました。武久さんの演奏が「度肝を抜かれたくらい素晴らしかった」というのは私にも納得できます。音楽の素晴らしさを聴衆と分かち合いたいという思いのようなものが武久さんの感情表現の豊かな演奏にあふれていたと思います。

投稿: フランツ | 2009年1月24日 (土曜日) 22時33分

 常に地に足をつけたすばらしい記事と、拝読させていただいております。
 武久源造は手元にシューベルトの即興曲(D899とD935)があり、結構気に入って聴いていました。・・・とえらそうに言うほど聴き込んではいませんけれど。
 私はフォルテピアノでの演奏を、たとえばモーツァルトやベートーヴェンでは好まないのですが、なぜかしらシューベルトでは「お好み」の部類に入っております。なぜ気に入っているのかは自分でもまだよくわかっていませんが、現代のピアノとはちがう奏法で演奏されるフォルテピアノの響きも相まって、狂おしいほどに思うことも多々あります。なぜでしょうね。
 今回もありがとうございました。
 
 

投稿: 辻乃森 | 2009年1月25日 (日曜日) 01時54分

辻乃森さん、こんばんは。
お褒めいただき恐縮です。
武久源造はシューベルトの即興曲をフォルテピアノで録音しているのですか!それは是非聴いてみたいです。
武久氏はまだ幼少の頃から「冬の旅」を演奏していたらしいので、シューベルトへの愛情はきっと並々ならぬものがあると思います。
フォルテピアノについては私も同感です。シューベルトやシューマンは当時の楽器で弾かれても聴いて楽しめるのですが、モーツァルトは当時の楽器だと当たり前に響きすぎる気がします(単に現代ピアノが好きなのかもしれませんが)。
貴重な情報を有難うございました。

投稿: フランツ | 2009年1月25日 (日曜日) 02時39分

 武久源造のシューベルト即興曲集は、ずいぶん前にたまたま家人が持っていたものなのです。録音は12年ほど前です。もう市販されていないかもしれませんし、今更お伝えしても意味がないかもしれませんが、念のため記しておきます。他の方からのよい情報が入るかもしれませんから。
 ALM records 「The realms of Keyboard music vol.4 Fortepano Collection 1 鍵盤音楽の領域 vol.4」です。お役に立ちますかどうか……。

投稿: 辻乃森 | 2009年1月25日 (日曜日) 20時22分

辻乃森さん、詳細な情報を有難うございました!
その情報をもとに探してみましたら、HMVやamazonでまだ入手可能なことが分かりました!
早速購入して聴いてみたいと思います。
情報に感謝いたします!

投稿: フランツ | 2009年1月25日 (日曜日) 23時05分

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