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ハンス・ホッター生誕100年に寄せて

1月19日は、往年の名バスバリトン、ハンス・ホッター(Hans Hotter: 1909.1.19, Offenbach am Main - 2003.12.6, Grünwald)の生誕100年の記念日にあたる。
彼の歌う「冬の旅」やレーヴェのバラード、シューマンのケルナー歌曲、ブラームスの歌曲、ヴォルフ「ミケランジェロ歌曲集」などはゆるぎない定評を得ており、愛聴している方も多いだろう。

私がはじめて彼のレコードを買ったのはジェラルド・ムーアとの「冬の旅」か「白鳥の歌」だったと思うが、同じムーアとの共演でもF=ディースカウとのあまりの違いに驚いた記憶がある。
とにかく「低い」というのが彼を聴いた第一印象だった。
「バスバリトン」というからにはバスとバリトンの中間なのだろうが、それにしては低すぎないかと感じていた。
当時中高生だった私には彼の声は渋すぎたのだ。
その頃音楽の友ホールで小林道夫とのミニコンサートとレクチャーを行う広告を見たと思うが、今思うと70代で来日して歌っていたというのは驚異的であり、聴かなかったことが悔やまれる。
結局彼の実演に接することはなかったが、レコードを通じて徐々に彼の声の低さにも慣れてくると、その唯一無二とも言える特有の温かい声の感触に惹かれていった。
低音の響きから滲み出る味のある心地よさとでも言ったらいいだろうか。
EMIのブラームス歌曲集(ムーア共演)など、「メロディーのように」ではじまり「裏切り」で終わるレコードを一体何度繰り返し聴いたことだろう。

1980年代だったと思うがFMでホッターのライヴが放送された時、余白の時間にホッターの歌う「辻音楽師」の異なる演奏を何種類も流して比較していたことがあった。
ホッターは4回「冬の旅」を録音しているが、その時はそれ以外の演奏(ライヴ?)もあったはずなのでエアチェックしなかったのが残念である。
いつかCDのボーナストラックかなにかで復活しないものだろうか。

ホッターのリート録音というとやはり「冬の旅」が真っ先に思い出されるが、正規の録音として発表されている4種類は以下の通りである(CD-Rでは1982年6月24日のコンラート・リヒターとのライヴ録音も出ている)。

Hotter_werba_winterreise1.ミヒャエル・ラウハイゼン(Michael Raucheisen)(P):DG:1942年11月&1943年, Berlin
2.ジェラルド・ムーア(Gerald Moore)(P):EMI:1954年5月24-29日, EMI Studio, London
3.エリック・ヴェルバ(Erik Werba)(P):DG:1961年12月15-18日, Brahmssaal, Musikverein, Vienna
4.ハンス・ドコウピル(Hans Dokoupil)(P):SONY:1969年4月2日, 東京文化会館大ホール(live)

4番目のドコウピルとの共演は東京でのライヴ録音なので別格として、最初の3つのスタジオ録音を見るとまさに歌曲ピアニストの代表格と次々に共演していることに気付く。
ホッターはヘルムート・ドイチュの著書「伴奏の芸術―ドイツ・リートの魅力」(1998年 ムジカノーヴァ)への寄せ書きの中で「特別な位置を占めている」パートナーとしてラウハイゼンとムーアの名を挙げている。
1970年代の歌曲録音ではジェフリー・パーソンズとも録音しており、ホッターが共演者に一流のピアニストを欲したことは注目に値する点だろう。

ハンス・ホッターがオペラの分野で果たした功績についてはきっと多くの方々が述べておられることだろう。
しかし、歌曲の分野においてもホッターがシュヴァルツコプフやヒュッシュ、F=ディースカウと並んでユニークな存在であったことは疑う余地もない。
朴訥で、去るものは追わず、来るものは拒まずと評されることのある彼の歌唱だが、実は人間味あふれる愛情に満ちたものであるように思わずにはいられない。
こういうタイプの歌手は今後あらわれないのではないだろうか。
そう思うと残された録音の数々が一層かけがえのないものに感じられるのである。

ホッターがシューマン「二人の擲弾兵」を歌った映像(ピアノはムーアだが映っていない)
http://jp.youtube.com/watch?v=7AAR-C5z3lg

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コメント

ジェラール・スゼーの「冬の旅」より、ハンス・ホッターの「冬の旅」がいいですね。ドイツ語だから。ホッターの演奏は、まじめで、割と地味な印象でしたが、好きでした。そんなに聞き込んでいるわけではないですが、いくつか聞くドイツ歌手の一人です。
二人の擲弾兵、いいですね。確かナポレオンの兵士の歌ですよね。はるか昔(20年以上前)に「ドイツ語講座」の「カセットテープ」で聞きました。なつかしくてうるうるします!

投稿: Auty | 2009年1月19日 (月曜日) 09時16分

チェックのすごさに驚きました。で、ホッターの『冬の旅』(ムーア)CDを久しぶりに引っ張り出しました。
私もその声の暗さ重さにとまどったのが最初の印象でした。でもあらためて聴くと、そのやわらかな響きが、押さえた歌唱が大変よろしい、などと僭越にも思いました!
私は最後の「辻音楽師」をグレゴリオ聖歌に喩えるという、我ながら無知蒙昧と思う印象を昨今もっていたのですが、ホッターの歌唱を聴いてその印象は変わらず、ムーアの前奏の鐘の音のような響きが、ライアーとはまた異なった印象でとても面白く思いました。
 ありがとうございました。
 

投稿: 辻乃森 | 2009年1月19日 (月曜日) 20時17分

Autyさん、こんばんは。
「まじめで、割と地味な印象」というAutyさんの形容はまさにホッターの特徴をあらわしていると思います!そんなホッターの歌に耳を澄ますとじわじわと温かさが滲み出てくるんですよね。そこが私の好きなところです。
二人の擲弾兵がドイツ語講座で扱われていたのですね。ロシアとの戦いに敗れて息絶え絶えのフランス兵を歌った歌ですね。私もラジオの講座はよく利用しましたが、確かに歌曲もたまに流れていました。懐かしいです。

投稿: フランツ | 2009年1月19日 (月曜日) 21時06分

フランツさん、貴重なレポート有り難うございます。
私がレコードで初めて聴いた「冬の旅」は、ハンスホッターでした。(生の演奏は、初来日の時のヘルマン・プライですが)
記事の中の画像と同じジャケットのLPが家にある筈と探したら、息子の部屋の戸棚に眠ってました。
LPを聴く手立てが今ないので、長いこと、しまったままでした。
箱入りのステレオLP2枚組で、ピアノはエリック・ウェルバとありますから、フランツさんのリストの3番目の録音(1961年)でしょう。
6ページに渡る解説と原語対照の訳詩は、高崎保男です。
日本グラモフォンが発売したのは、次の年かも知れませんが、3600円と言う値段は、1961年の大学卒男性の初任給が、15000円平均だったことを考えると、かなり高いですね。
サラリーマン1年生の連れ合いが、思い切って買ったものと思われます。

youtubeのハンス・ホッターは、フィッシャー・ディースカウより、音域が大分低く感じられます。
不動の姿勢で歌う姿は、どこか東海林太郎に似てますね。いかにもマジメな、朴訥な歌い方で、好感が持てます。

投稿: Clara | 2009年1月19日 (月曜日) 21時15分

辻乃森さん、こんばんは。
辻乃森さんも最初は戸惑われたのですか(私だけじゃなかったんですね)。でもとっつきは悪いけれど一度その魅力に気が付くともう抜けられない声の力があったと思います。おっしゃるようにただ低いだけではなく「やわらか」いんですよね。そのデリケートな味わいが歌曲にぴったり合うのでしょう。
辻乃森さんはムーアの表現するライアーの音を「鐘の音」にたとえておられましたが、「からす」の前奏を弾くムーアの音の冷え冷えとした感触が今でも印象に残っています。音色のパレットの豊かなピアニストだったのでしょうね。
「辻音楽師」とグレゴリオ聖歌の相似、ぜひ詳しい人のご意見も聞いてみたいですね。

投稿: フランツ | 2009年1月19日 (月曜日) 21時15分

Claraさん、こんばんは。
Claraさんのお宅のレコード庫には貴重な音源がいろいろありそうですね。
このブログのジャケット写真もClaraさんの息子さんのお部屋にあったというLPと同じ中身と思われますが、私がもっているのはそれをそのままCD復刻した紙ジャケット仕様になっています。LPのジャケットをそのままCDに復刻したものは懐かしくてコレクター心をくすぐられます。
当時はレコードも高級品だったようですね。当時の価値を今に直すと5万円ぐらいでしょうか。なかなか手が出ないですよね。
東海林太郎の直立不動の歌い方はよく懐メロ番組で目にしますが、客にこびないでただ歌そのものをじっくり聞かせるという意味でホッターと共通しているのかもしれませんね。

投稿: フランツ | 2009年1月19日 (月曜日) 21時39分

私の「辻音楽師」旋律=グレゴリア聖歌説は、専門家からすれば一笑に付すにも値しないことでしょう。素人は言いっぱなしで気楽なものですが、それを楽しむを良しとしています。
さて、ご指摘のムーアの「からす」前奏。おっしゃる通り冷え冷えとした感じで、ホッターの分厚い声にまとわりつくようで、恐いほどですね。(昨日聴いたときは、ちょうどそこで用意していた生姜御飯がたけたので台所に走っていたのでした) 次の「最後の希望」のピアノは対照的に重たく、いやになりますね。耳を離せなくなる。
 ホッターを好きになりました。ありがとうございます。

投稿: 辻乃森 | 2009年1月20日 (火曜日) 18時24分

辻乃森さん、こんばんは。
私も専門家ではないことをいいことに、一笑に付されるような突飛な発想も書いていますが、それは素人愛好家の特権かもしれませんね。辻乃森さんに指摘されてみると、確かにグレゴリオ聖歌のメロディーのようにも聞こえてくるから不思議なものです。
私もさきほどムーア盤の「冬の旅」を探し出し、「最後の希望」を聴きましたが、ゆっくりのテンポで落葉をスローモーションで描いているかのようでした。
こちらこそ素敵なコメント有難うございました。

投稿: フランツ | 2009年1月20日 (火曜日) 21時01分


作曲とヴァイオリン演奏の玉木宏樹です。
私儀、このたび「クラシック埋蔵金、発掘指南書」(出版芸術社¥1800)を上梓致しました。
不当にも埋もれてしまった名曲150曲を紹介していますが、今回、
http://8724.teacup.com/justint/bbsの掲示板を建て、作曲家名と作品名をお知らせしています。
一度ご覧になられてご意見,感想を賜れば幸甚でございます。

NPO法人 純正律音楽研究会のホームページもリニューアルしました。
http://just-int.com/
以上,よろしくお願い致します。
玉木宏樹

http://8724.teacup.com/justint/bbs

投稿: 玉木宏樹 | 2009年1月21日 (水曜日) 12時15分

玉木宏樹さん、はじめまして。
掲示板をざっと拝見しましたところ、存じ上げない作品がずらりと並んでいて、これらの作品に光をあてるというお仕事はきっと意義深い素晴らしいものではないかと感じました。私も近く拝見したいと思います。
今後のますますのご活躍をお祈りいたします!

投稿: フランツ | 2009年1月21日 (水曜日) 21時16分

 きっかけは不明ですが、ホッターを聞きたくなり、勤めの帰りに中古のLp展示場でソニーから発売された(東京でのライブ録音ですが)ものがあり、早速に求めました。先週末ゆったりとした時間の中で聞くことができました。様々の歌手でこれまで聞いてきましたが、氏の歌には巨人がゆったりと来し方の人生を回顧している大きさを感じました。私には氏はヴォ―タンのイメージが強く、氏の歌曲には縁遠い人でしたが、この齢になり氏の音楽的な深さを共感できたのかとも思います。
 閑話休題。フェリアーの全集発売。やはりモノラルレコードで聞くのとは違いますね。レコードがいいです。余談ですが、マタイは英語とドイツ語とでは何か響きが違います。メサイアを聞いているような気がしてなりません。皆さんは如何ですかね。時々は、私のつぶやきを聞いて下さい。

投稿: 島津 和平 | 2012年3月13日 (火曜日) 15時41分

島津さん、こんばんは。
コメント、有難うございます。
ホッターのLPをお聞きになったそうですね。
ホッターが来日した時のライブをCBSソニーが録音してLPにしたのですが、そのうち「冬の旅」は何度もCD化されているのに、もう1枚のリサイタル盤はいつまでも復活しないのが残念です。
レコード派の島津さんのような方はきっと中古店で探して入手されるのが一番だと思いますが、私のようにLPとCDの違いもそれほど分からない者にとってはCD復刻を願ってしまいます。
「巨人がゆったりと来し方の人生を回顧している大きさ」という形容はまさにその通りですね。大きなものに包まれる感覚こそホッターの歌の個性だと思います。
フェリアーの全集、買われたのですね。私もCD買おうかなと思っています。やはりレコードの方がよいですか。マタイの英語版、私は聴いたことないのですが、フェリアーの全集に入っているのでしたら聴いてみますね。昔はオペラも演じる国の言葉に訳して歌われたりしていたようですが、マタイまでとはちょっと驚きです。やはりオリジナルの言語が作曲家が求めた「響き」なので、私は訳詩による歌唱はいくつかの例外を除き、あまり好んでは聴きません。

投稿: フランツ | 2012年3月13日 (火曜日) 21時36分

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