最近聴いたディスクから(3種のシューベルト)
日々様々な音楽を聴き、それらの感動を文章にしたいと思っていても、ブログで公表しようとすると変にかしこまってしまい、乏しい語彙をひねくりだそうとしているうちに疲れてしまう。
もっと気楽に普段聴いているディスクを紹介する記事を書いてみたいという思いから、「最近聴いたディスクから」というシリーズを試みてみたい。
あまり踏み込んだ文章ではないと思うが、記事を読んでくださった方々がちょっと面白そうな演奏だなと思えるような内容を心掛けたい。
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イモジェン・クーパーの弾くシューベルトのピアノ・ソナタ
SCHUBERT / THE LAST SIX YEARS 1823-1828: VOL. 2
シューベルト/最後の6年間 1823年~1828年:第2巻
Ottavo: OTR C58714
録音:1987年5月27~29日, Henry Wood Hall, London
Imogen Cooper(イモジェン・クーパー)(P)
シューベルト作曲
1.ソナタ イ長調D959
2.11のエコセーズD781
3.ソナタ ハ長調D840「レリーク」
イギリス人ピアニスト、イモジェン・クーパーの弾く音は一音一音がとても磨きぬかれている。
そして気品があり、情感もとても自然に表現されている。
その素直さと彼女らしい構築感のセンスの良さが、シューベルトを弾くととても生かされるように思う。
D959はシューベルト最後の年の3つのソナタの1つだが、クーパーの奏でる音楽の魅力的なことといったらちょっと比類がない。
第2楽章の不気味なほど深遠な世界も正面から対峙した魅力的な演奏だ。
D840のレリークは第3、4楽章が未完のため演奏される機会があまり多くはないが、スヴャトスラフ・リヒテルは全く補完することなく、未完のまま4つの楽章を演奏していた(唐突にぶつ切れるにもかかわらず驚くほど素晴らしい)。
クーパーは完成された2つの楽章だけを弾いているが、簡素なメロディーからどれほど豊かな音楽が生み出されていることだろう。
リヒテル盤と並んで、作品の再評価を促すのではと思えるほど素敵な演奏である。
間に置かれた「エコセーズ」は4分ほどの小品だが、なんとリラックスしたシューベルティアーデの雰囲気を醸し出していることか。
このシリーズ、全部で6巻あるが、私はそのうち3枚を持っているのみである。
廃盤をライセンス販売しているArkivMusicというサイトで入手できるようなので、ほかの3枚もいずれ聴いてみたい。
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ホルツマイア&ヴィスのシューベルト、ゲーテ歌曲集
SCHUBERT / Goethe-Lieder: VOL. 2
シューベルト/ゲーテ歌曲集
TUDOR: TUDOR 7110
録音:2001年12月19~22日, Angelika-Kauffmann-Saal, Schwarzenberg (Vorarlberg)
Wolfgang Holzmair(ヴォルフガング・ホルツマイア)(BR)
Gérard Wyss(ジェラール・ヴィス)(P)
シューベルト作曲
1.歌人D149
2.食卓の歌D234
3.夜の歌D119
4.釣り人D225
5.湖上にてD543
6.月に寄せて(第2作)D296
7.神とバヤデーレD254
8.川辺にて(第1作)D160
9.涙の中の慰めD120
10.竪琴弾き「孤独にひたりこむ者は」D325
11.竪琴弾き「涙を流してパンを食べたことのない者は」D478-2(第1版)
12.憧れD123
13.あらゆる姿をとる恋人D558
14.竪琴弾きの歌Ⅰ「孤独にひたりこむ者は」D478-1
15.竪琴弾きの歌Ⅱ「涙を流してパンを食べたことのない者は」D478-2
16.竪琴弾きの歌Ⅲ「戸口に私は忍び寄り」D478-3
17.宝掘りD256
18.誰が愛の神々を買うのかD261
19.プロメテウスD674
20.恋人のそばD162
21.スイス人の歌D559
22.恋はあらゆる道にあるD239-6
23.連帯の歌D258
24.金細工職人D560
25.歓迎と別れD767
オーストリア生まれのホルツマイアとスイス生まれのヴィスのコンビは、数多くの歌曲の録音を作っており、来日公演を聴いたこともある。
以前プランクの「仮面舞踏会」のCDでホルツマイアがフランス語のエスプリを若干生真面目だがしっかりと表現していたのに感心したことがあったが、やはり本領はシューベルトのようなドイツリートだろう。
このCDをプレーヤーにかけると、最初に「歌人」D149が演奏される。
なにげなく聴いていたら普段聴き馴染んでいるバージョンと随分違う。
解説書を見るとホルツマイア自身がこんなことを言っていた。
「このCDに録音しためったに歌われない版は、長いピアノ間奏をかなり放棄したことにより、とりわけスムーズな演奏を可能にしている」
「神とバヤデーレ」のようなF=ディースカウも録音しなかった珍しい作品を取り上げているのはうれしい。
「竪琴弾きの歌」も最も知られている3曲のD478より前に作曲したバージョンが2曲聴けるが、D478の深みがいかに際立っているか、またその境地にすぐに到ったわけではないことが分かり、興味深かった。
ホルツマイアはやはり上手い。
どんな曲を歌ってもたちまち作品の世界に同化して魅力的に聴かせてしまう。
柔らかく朴訥な声質がそのまま生きる「恋人のそば」のような作品だけでなく、厳しい「竪琴弾きの歌」もすんなり感情移入してしまう。
普段明るく幸福感を漂わせている人が深刻な事態に陥り沈み込んでいる時のようなギャップが、ホルツマイアの歌う「竪琴弾きの歌」に感じられる魅力ではないか。
現在最も安心してリートを聴けるバリトン歌手の一人であることは間違いないだろう。
ジェラール・ヴィスは以前に聴いたいくつかの録音では丁寧だが若干淡白で感情表現において物足りない感じを受けることもあったが、このディスクでは驚くほど積極的で雄弁な演奏を聴かせている。
「プロメテウス」での硬質で立体的な演奏、あるいは「歓迎と別れ」でのリズムの立った雄弁な演奏を聴くと、「これがあのヴィス?」と驚いてしまう。
実力を秘めているピアニストのようだ。
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F.プライ&R.グルダの「美しい水車屋の娘」
SCHUBERT / Die schöne Müllerin, D795
シューベルト/美しい水車屋の娘D795
amphion records: amph 20240
録音:2002年7月4~6日, Schüttbau Rügheim
Florian Prey(フローリアン・プライ)(BR)
Rico Gulda(リコ・グルダ)(P)
シューベルト作曲
1.美しい水車屋の娘D795(全20曲)
2.川辺にてD766
2世コンビの共演による若々しい「水車屋」である。
父親は言わずもがな、ヘルマン・プライとフリードリヒ・グルダであり、父親同士も共演しており、2代続けての共演というのはなかなか興味深い。
フローリアン(1959-)の声は確かに父ヘルマンの声質を受け継いでいるのが感じられる(第7曲「焦燥」などで特に感じられる)。
聴いていると、つい父親の舞台が思い出され、懐かしい感慨にふけってしまう。
しかし、あまり厚みやボリューム感はなく、父ヘルマンよりももっと現代的なスマートな声である。
音程はまだ完璧ではないものの、父親のフラット気味の傾向とは異なり、訓練次第で良くなるのではないか。
ヘルマンの前のめり気味になるリズムの癖は息子にはないようで、その点流れが途切れず作品そのものに身をゆだねることが出来る。
カリスマ的な魅力を備えていた父親を超えるのは難しいかもしれないが、清流のように爽快で素直な表現は「水車屋」のような作品で生き生きと魅力を発揮している。
曲者フリードリヒの息子のリコ(1968-)はジャケット写真からは父親よりもっと真っ当な印象を受ける(母親が日本人なので、黒髪である)。
ここでの演奏もみずみずしい表現で、爽やかなピアノを聴かせているが、「焦燥」の後奏のようにかなり振幅の大きな表現も聞かせ、やはり只者ではない予感は感じさせる。
このディスク、「水車屋」の前後に30秒ほど「・・・」というトラックがあり、何かと思ったら水のせせらぎの音であった。
また、最後にアンコールのようにゲーテの詩による「川辺にて」D766が演奏されており、彼らのサービス精神を堪能した。
フローリアンは来年、父ヘルマンが日本で最後に披露した鈴木行一編曲版の「冬の旅」を歌うようである。
ヘルマンの最後の来日を聞き逃した私は、このフローリアンの歌唱を楽しみに待ちたい。
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コメント
二世コンビ興味深いです。
なかなか偉大なパパたちを超えるのは難しいですが、がんばってほしいです。
投稿: Auty | 2008年12月 7日 (日曜日) 16時01分
Autyさん、こんばんは。
二世コンビが親と同じく共演するというのは珍しいのではないかと思います。
なかなか昔のようにスターの出にくい環境だと思いますが、地道に頑張ってほしいですね。
投稿: フランツ | 2008年12月 7日 (日曜日) 20時40分
こんばんは。
D959のソナタを久しぶりに引っ張り出して聴いております(トヴェルスカヤのハンマークラヴィーアですが)。残念ながらD840のソナタはまだ耳にしたことがなく、いつか聴いてみようと思います。
いわゆる我らにとってはプライ二世。聴いてみたいような聴くのが恐いような、そんな気持ちで、CDの存在は聞き知っていましたが、保留状態です。
シューベルト(シュバちゃん!)のまだ知らない曲もあり、聴いていない演奏も山のごとくあり…、人間とは慣れ親しんだものを何度も聴きたがるのだなあ、と省みる次第です。それ自体は良いことでしょうが、ついつい邪魔くさがりの私などの反省するところでもあります。
またいろんな情報を書き込んでくださることと楽しみにしております。
投稿: tsujinomori | 2008年12月 8日 (月曜日) 17時43分
tsujinomoriさん、こんばんは。
トヴェルスカヤという人は初耳です。
機会があれば聴いてみたいと思います。
D840はとっつきは悪いかもしれませんが、聴いていくうちにどんどん魅力を感じてくるタイプの曲だと思います。
プライ2世、聴こうという気持ちになるまで無理なさらなくてもいいと思います。父親が偉大だと2世に対して期待以上に不安もつきまといますね。
私も好きな曲ばかり繰り返し聴き、まだ知らないシユバちゃん(by Chuya Nakahara)の作品は山ほどあります。お互いあせらずに楽しんでいきたいですね。
投稿: フランツ | 2008年12月 8日 (月曜日) 20時07分
トヴェルスカヤについては私も詳しいことは知りません。ずいぶん前に吉田秀和氏が褒めておられたので、ミーハー的に買って聴いているCDです。
しかし、個人的な感覚で申し訳ありませんが、例えばモーツァルトのピアノ曲(協奏曲なども)をハンマクラヴィーアで聴くとどこか物足りない感じに襲われるのですが、シューベルトのピアノ曲(歌曲伴奏も含め)は古楽器で聴くのが大好きなのです。それが何かを意味しているのかいないのか、ちゃんと詮索はできていませんけれど。
いずれにしましても、おっしゃる通り、あせらず楽しみましょう。でもちょっとだけプライ2世の声を聞いてはみたいかな。
投稿: tsujinomori | 2008年12月 8日 (月曜日) 20時50分
フランツさん、こんにちは。
私は、このコンビの「冬の旅」は持っているのですが、「水車小屋」は買いそびれてしまいました。
諦めず、ちょくちょく、アマゾンをのぞきたいと思っています。
歌曲から話がそれ、申し訳ないですが、フローリアン・プライさんがイエス役を歌う「ヨハネ受難曲」のDVDをようやく見つけました。
1984年ライヴなので、父ヘルマンさんもご存命の時です。
私は宗教曲も好きなので、バッハも色々持っているのですが、このDVDは異色で、オペラ形式なんです。
こういう演奏形態は賛否両論あるかもしれませんが、私はとても良かったと思います。
舞台上で、実際に十字架にかけられ、実際に歌っていました(イエス役のセリフは少なく短いとは言え)。
その声がまた、若き日の父ヘルマンさんのものなんです、「冬の旅」で聞いた以上に。
目元がまた若き日の父によく似ています。
細身で長身の彼は、ビジュアル的にも、美しいキリストを演じてくれました。
明日、10月21日の20年前に、私は初めて生ヘルマン・プライさんのステージを見たのでした。
ずっと、CDやビデオの中で憧れてプライさんに「会える」ということで、ドキドキして会場に向かったことを覚えています。
憧れれの人が今目の前にいる、時間空間を共有していると、とても感激しました。
あれから20年、ヘルマン・プライさんは少しも色あせません。
ついつい長くなってすみません((^^))。
投稿: 真子 | 2013年10月20日 (日曜日) 17時17分
真子さん、こんばんは。
フローリアン・プライの「水車屋」、もう出ていないのですね。ネットで何か情報を見つけたらお知らせしますね。
私は宗教曲は全く疎いので「ヨハネ受難曲」もアーメリングが歌ったCDを持っているぐらいなのですが、厳格で身が引き締まるような感動的な曲が多い印象があります。
オペラ形式の「ヨハネ」とは興味深いですね。フローリアンが参加しているのですね。こうして父親とは異なる試みにも積極的に参加しているのはなんとも心強いかぎりです!
明日が真子さんにとっては特別な日なのですね。真子さんにとっての「プライさん記念日」はきっとこれからも色あせず真子さんの心にとどまっているのでしょう。ぜひ思い出にひたりながら、プライの録音に耳を傾けてくださいね。
投稿: フランツ | 2013年10月20日 (日曜日) 18時09分