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ファンダースティーネ&ズィーバス/「冬の旅」(2008年11月6日 浜離宮朝日ホール)

~三人の巨匠が贈る円熟の冬の旅~
Vandersteene_seebass_20082008年11月6日(木) 19:00 浜離宮朝日ホール(自由席)

ズィーガー・ファンダースティーネ(Zeger Vandersteene)(T)
シュテファン・ズィーバス(Stephan Seebass)(P)
海老澤敏(Bin Ebisawa)(lecture)

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歌曲集「冬の旅」についてのレクチャー

~休憩~

シューベルト/歌曲集「冬の旅」D911~
おやすみ/風見/凍った涙/氷結/菩提樹/あふれる涙/川の上で/回想/鬼火/休息/春の夢/孤独

~休憩~

郵便馬車/白い頭/鴉/最後の希望/村にて/嵐の朝/幻/道しるべ/宿屋/勇気/幻日/手回しオルガン弾き(ライアー回し)

(上記は当日配布されたプログラム冊子の表記に従いました。)

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11月6日、浜離宮で「冬の旅」を聴いた。
タイトルに「三人の巨匠が贈る円熟の冬の旅」とある。
歌手とピアニストのほか、もう一人はというと、あのモーツァルト研究の大家、海老澤敏氏である。
海老澤氏は演奏前、30分ほど舞台左側に立ち、レクチャーしたのだが、モーツァルトに関する世界的な研究者がシューベルトについて何を語るのか興味津々だった。
彼はシューベルトが亡くなる前、最後に聴いた作品が兄フェルディナントの作曲したレクイエムであったことから話をはじめ、亡くなる前のシューベルトの状態を記した友人の手紙を読み、「冬の旅」が2回に分けて作曲されたこと、さらに死の床でも「冬の旅」第2部の校正をしていたことなどを語った。
しかし、最も興味深かったのは、海老澤氏が学生だったころ、「冬の旅」のレコードが愛聴盤だったと話されたことだった。
てっきりモーツァルトに愛情が集中しておられるのかと失礼な想像をしていたのだが、シューベルトとの接点があったことを確認できて、うれしくなった。
あまりにも高名なこの研究者を実際に拝見したのは初めてのことだったが、偉ぶったところの全くない、優しい雰囲気が滲み出ていて、こういう方のレクチャーならもっと聞いてみたいと思った。

ベルギーのヘント(Gent)出身のテノール、ゼーハー・ファンダーステーネは小柄な老紳士といった感じで、年齢(68歳!)による声のコンディションの良し悪しはあったものの、かくしゃくとした歌いぶりは見事だった。
この日の「冬の旅」は前半と後半の間に休憩が入ったが、2部に分けた演奏を私ははじめて聴いた。
これが彼ののどに配慮した処置であろうことは想像に難くないが、この歌曲集の成立事情まで念頭に入れた休憩だったのだとしたらと思わず深読みしたくなってしまう。
前半最後の「孤独」の演奏が終わり、ピアニストのゼーバスが立ち上がると拍手がぱらぱらと起こったが、二人とも全くお辞儀をせずに静かに舞台を去り、そのまま休憩に入ってしまった。
後半がはじまり、二人が登場した時も、お辞儀をすることもなく、拍手が終わらないうちにゼーバスが「郵便馬車」の前奏を弾きはじめる。
それは前半と後半を完全に分断しないための彼らの演出だったのではないだろうか。
ファンダーステーネには"SCHUBERT / Unknown Lieder"(RENE GAILLY)という素晴らしい録音があり、そこで彼は"Über allen Zauber Liebe"D682や、"Auf den Tod einer Nachtigall"D201といった未完成作品を含む珍しい歌曲ばかり13曲集めて歌っているのだが、未完成ということで歌われないのはあまりにももったいないほど魅力的な作品ばかりで、シューベルトの旋律美がどこまでも味わえる素晴らしいディスクであった。
今から20年以上前に作られた録音での美声はとても印象的だったが、今回実演を聴いて、確かに年齢的な不自由さはあるにしても、高音域での張りのある響きは未だ健在で、良い歌手はうまく声を維持するものだとあらためて感心した。
めりはりのある語り口は素晴らしく、詩の一語一語を大切にしているのがよく伝わってきた。
概してフォルテの効果に頼りすぎる傾向はあったものの、表現者としての積極的な姿勢は素晴らしいと思った。

ピアニストのシュテファン・ゼーバスも70歳という高齢で、どんな演奏をするのか全く予備知識がないまま聴きはじめたのだが、前半の演奏は終始音が硬く、タッチもペダルも不安定なままだった。
ファンダーステーネが何度か歌の入る場所を間違えることがあり、そのたびに対処する手腕はさすがだと思ったものの、急速なテンポの「回想」では二人ともテンポがあわず、ぐだぐだになってしまったのは残念だった。
あまり上手くない人なのかなと思っていたら、後半になって、見違えるように断然いい演奏になり、「最後の希望」の前奏など、はらはら落ちる葉の描写が見事に描かれていた。
エンジンがかかるまで時間のかかるスロースターターなピアニストなのかもしれないと感じた。
テクニック面では危ない部分もあるのだが、後半の曲では実によく歌い、テクニック偏重の現代人にはない良さが確かにこのピアニストの中にあることが分かり安心した。
ケンプにも師事したことがあるそうだが、古き時代にあった良い点を確かに受け継いでいるのかもしれない。

この日は自由席ということで開場前には長い行列が出来ていた。
私は開場後にのんびりと会場に入ったのだが、前3列ほどは誰も座っておらず、4列目の若干左寄りの席をとることが出来た。
結局、演奏会がはじまっても3列目にかろうじて数人が座ったのみで前2列は完全な空席状態。
しかし、全くがらがらだったわけではなく、後ろの方はそこそこ人が入っていたので、演奏者が気分を害することはおそらくなかっただろう。
私の前には誰も座っていなかったので、視界がさえぎられることもなく、直に演奏者の表情と演奏を堪能できたのはなかなか味わえない体験だった。

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コメント

フランツさん、今回は、恩師である海老澤先生がお元気でご活躍されている様子を拝読し、とても懐かしく、感激しました。海老澤先生には、修士1年の時に、3名の受講生で毎週講義を受けましたが、他の授業が演習であるのに対し、ギリシャとルソーのお話を中心としたこの授業では、先生がおひとりでずっと話されていて、その知識には毎回驚いていました。でも何より驚いたのは修了試験でした。長い修士論文の隅から隅まで覚えていらっしゃるのではないかと思うほど良く論文を読んでくださり、他の先生の質問に答えてくださったこともありました。海老澤先生と『冬の旅』については全く知りませんでしたので、今回のご報告たいへん嬉しく思います。ありがとうございました。

投稿: わたなべ | 2008年11月 9日 (日曜日) 20時09分

わたなべさん、こんばんは。
わたなべさんは海老澤教授の教えを受けられたのですね。このような穏やかな先生のもとで授業を受けられ、論文を書かれたとは素晴らしいですね。生徒さんの論文をしっかり読んでおられるというのも氏の人柄をあらわしているようですね。私もこういう方のもとで授業を受けたらきっと毎回楽しみに参加しただろうなと感じさせられました。またいつかこういう機会に氏のレクチャーを聞いてみたいと思いました。
貴重な体験談を有難うございました。

投稿: フランツ | 2008年11月 9日 (日曜日) 22時56分

wine羨ましい。実に羨ましい、とまた書いてしまいました。レクチャーつきの、かぶりつきの演奏会!
「冬の旅」が二部に分かれていることに大いに注目しているところだっただけに、さらに興味深く、お記事を拝読いたしました。
 ※確かに海老沢先生といえばモーツァルト、というイメージが濃いだけに新鮮であったのではないでしょうか、と想像します。実に羨ましい限り、とまた呟いてしまいます。
 今後とも演奏会でのすばらしい体験を積み重ねられますように!そしてブログでの楽しい情報をますます期待しています!
 

投稿: 辻森 | 2008年11月11日 (火曜日) 02時57分

辻森さん、コメントを有難うございます。
このところ懐具合も顧みず、コンサート通いを続けています。
辻森さんもなにかコンサートに出かけてみてはいかがでしょうか。あまり知られていない演奏家でもいい演奏をする人は多いですよ。

辻森さんの応援を受けて、とても励みになりました。今回の「冬の旅」も従来と違った様々な点で楽しめました。今後もコンサートでの経験を楽しみたいと思いますnote

投稿: フランツ | 2008年11月11日 (火曜日) 21時04分

幸いなことに、13日には京都コンサートホールでの桐朋学園Orc.コンサートに行きます。
 ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、ベートーヴェンのPf協奏曲#3、ラヴェルの「道化師の朝の歌」など、仲道郁代さんとのコラボ。
 私は妻だけが行くのだと思ったいましたのですが、「あんたも行くんやで」の言葉に飛び上がって喜んだ次第。久しぶりぶりの生演奏です。

 会場付近でお好み焼きでも食って、匂いふんぷんで会場へ行きます。
 ワインとフランス料理・・・といったおしゃれはいたしません。腹がへっては戦はできぬ、ですから。あれ、戦って何?ですかしら。

 ご丁寧なレスを感謝いたします。
 

投稿: 辻森 | 2008年11月11日 (火曜日) 21時42分

辻森さん、奥様とコンサートに行かれるそうですね。奥様の愛情が感じられて素敵ですね。羨ましいです。
仲道郁代さんは最近ベートーヴェンに力を入れているようですし、私もいつか聴いてみたいと思っています。
戦・・・ではなくてコンサート、楽しんできてください!!

投稿: フランツ | 2008年11月12日 (水曜日) 02時49分

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