鎌田滋子&ボールドウィン/リサイタル(2008年11月15日 サントリーホール ブルーローズ)
「鎌田滋子ソプラノ・リサイタル」2008年11月15日(土)14:00 サントリーホール ブルーローズ
鎌田滋子(Shigeko Kamada)(S)
ダルトン・ボールドウィン(Dalton Baldwin)(P)
フランス古典歌曲
1.15世紀のシャンソンより/私の恋
2.ピエール・ゲドゥロン/羊飼いたちの喜びと楽しみ
3.ミシェル・ランベール/重き理由
4.ジャン・バティスタ・リュリ/愛の神よ、来よ!
5.17世紀のミュゼットより/タンブリン
レイナルド・アーン
6.クロリスへ
7.美しい婦人のあずま屋で
8.私の詩に翼があれば
9.オレンジの木の下で
10.私は、シブレットと申します!(オペレッタ「シブレット」より)
ヘクトール・ベルリオーズ
11.ヴィラネル
12.バラの妖精
13.ツァイーデ
~休憩~
山田耕筰
「三木露風の詩による歌曲」
14.唄
15.野薔薇
16.君がため織る綾錦
17.たたえよ、しらべよ、歌ひつれよ!
フーゴ・ヴォルフ
18.朝露
19.小鳥
20.冬の子守唄
21.夏の子守唄
22.ねずみ取りのおまじない
スペイン歌曲
23.ホアキン・ロドリーゴ/愛しい人が顔を洗う時
24.ホアキン・ロドリーゴ/お母さん、私ポプラの並木に行ったの!
25.フェデリコ・モンポウ/パストラル
26.マヌエル・マリア・ポンセ/アレルヤ
~アンコール~
27.イラディエール/ラ・パロマ(鳩)
28.山田耕筰/赤とんぼ
29.アーン/私は、シブレットと申します!(オペレッタ「シブレット」より)
(上記は、アンコール曲を除いて、プログラム冊子の表記に従いました。)
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曇り空の土曜日の午後、サントリーホールの小ホール(「ブルーローズ」という名前が付いたのはいつからなのだろうか)で鎌田滋子のソプラノ・リサイタルを聴いてきた。
1973年のデビューから今年でちょうど35周年ということで、その記念も兼ねているようだ。
共演はドルトン・ボールドウィン。
ボールドウィンの実演を聴くのは2002年の「ダルトン・ボールドウィン来日45周年を記念して~祝・70歳~」というコンサート以来だったと思う。
この時には鎌田さんも出演し、中田喜直とバーンスタインの歌曲を歌っていた。
鎌田さんはまず登場時のドレスが目を惹いた。
前半はまばゆい宝石をちりばめた緑のドレス、そして後半は配布されたプログラムの配色にも似た薄紫の美しいドレスで、視覚的にも楽しませてくれた。
プログラミングはボールドウィンのアドバイスによるものとのことで、前半がフランス物、後半が日本、ドイツ、スペイン歌曲と幅広い選曲がされていた。
最初のフランス古典歌曲、ほとんど私にとって初めての曲ばかりだったが、しっとりとした高貴な香りが漂う美しい作品が揃っていた。
軽快な曲や深刻な曲がある中、私が唯一知っていた楽しい「タンブリン」という曲は、アーメリングと共演したボールドウィンのレコードで聴いていたので、こうして実演で彼の弾く姿を見ながら聴けるのは感慨深かった。
そのレコードではヴェッケルリン(Weckerlin)という人の作曲と表記されていたが、今回プログラム冊子に名前の表記がないところを見ると確実ではないのかもしれない。
鎌田さんは生き生きと表情豊かに歌っており、ボールドウィンのますます豊かさを増した音楽性に導かれて絶妙なアンサンブルを築いていた。
ベネズエラ出身のレイナルド・アーンは歌もピアノもこなすシンガーソングライターだが、彼の歌曲はサロン風の軽さと古典的な要素の適度な融合具合が演奏者に愛されているのではないだろうか。
「クロリスに」などバッハのような美しく静謐なピアノにのって厳かに歌われるが、詩の内容は熱烈なラブソングである。
軽快な「美しい婦人のあずま屋で」や流れるような甘美な「私の詩に翼があれば」(アーン12歳の作品!)はアーン歌曲の代表作と言えるだろうが、これらもとても真摯にメッセージを伝えようという鎌田の思いが感動的だった。
ベルリオーズは歌曲集「夏の夜」からの2曲と、「ツァイーデ」という歌曲。
「ツァイーデ」ははじめて聴いたが、スペイン風のリズムが特徴的な作品だった。
プログラムの締めくくりにふさわしい選曲だった。
休憩中、自由席だったこともあり、私は席を離れなかったのだが、真後ろに座っていた2人組の上品なご婦人のうちの1人がなにか憤慨している。
聞こえてきた話は要するに、前の列の真ん中あたりの席が空いていて演奏者に申し訳ない。
端の人が真ん中にずれればいいのに・・・という内容だった(「端の人」というのが私のことを言っていたのは明らかだった)。
私は前から3列目の真ん中ブロックの左端に座っていたが、ボールドウィンの弾く姿を見たかったし、通路側の気楽さもあるので、そこが私にとってのベストポジションだったのである。
結局私はその席を離れなかったのだが、後ろのご婦人も「席の好みがあるから仕方ないわよ」ともう1人になだめられていた。
でも私の後ろの席は真ん中は人が埋まっているわけだし、そんなに空席が気になるのなら、同じくブロックの端に座っているお2人が前の列に移って真ん中を埋めればいいのにと釈然としないものを感じた。
演奏者に気を遣った席にするべきなら自由席の意味はないのではないだろうか。
そんなことを考えてもやもやしたまま後半の演奏が始まったので、正直山田耕筰の曲は集中して聴くことが出来なかった(「唄」という曲は「蝶々」の調べが引用された面白い曲だった)。
続いて待望のヴォルフの歌曲。
このブロックの前に楽譜立てがステージに運ばれ、鎌田さんは楽譜を見ながらヴォルフの5曲を歌った。
ボールドウィンが選曲した作品ならば彼女に馴染みの薄い曲が含まれていても不思議はない。
出来れば暗譜で歌ってほしかったが、無理をして不安定な歌になるくらいなら楽譜を見ながら歌うのも一つの見識だろう。
「女声のための6つの歌曲」として出版された中から「糸紡ぎの娘」を除いた5曲がまとめて歌われるのはレパートリー的にも珍しく貴重な機会である。
そして鎌田さんは確かに不慣れな感じはあったものの、彼女の声によく合った選曲で、ボールドウィンの選曲眼の確かさを感じた。
特に「冬の子守唄」「夏の子守唄」では「おやすみなさい」という歌詞で客席に視線を向けるなど温かい雰囲気を醸し出していた。
最後のブロックはスペイン歌曲4曲。
ここが最も彼女の生き生きとした側面が遺憾なく発揮されていて、素晴らしかった。
ロドリーゴは民謡風の素朴さが魅力的で、モンポウは独特の和音がスペイン情緒を醸し出し、最後の「アレルヤ」は締めくくりにふさわしい壮大な讃歌であった。
アンコール3曲はハバネラのリズムによる「ラ・パロマ」ではじまり、しみじみとした哀愁を呼び起こす「赤とんぼ」が素晴らしかったが、「しっとりした曲で終わるのは私らしくないので」と前置きして、前半に歌われたアーンの「私は、シブレットと申します!」が再度歌われた。
ここでは「あるところに夢中症の女性がおりました。ジュリーと申します。・・・」と様々な女性の名前が挙げられ、最後に「私はシブレットと申します。・・・それは男の子たちが大好きな名前なのです。」と締めるのだが、最初は原曲通りに歌い、途中から日本語の替え歌となり、「ユーモラスな女性がおりました。・・・と申します」というように日本人女性の名前をあてはめて聴衆の笑いを誘っていた(お弟子さんたちの名前だろうか)。
鎌田さんの声はきめの細かい繊細な声質をしているように感じた。
高音を響かせるとヤノヴィツのような輝かしい声がたちあらわれる。
音程が若干上がりきらない箇所も聴かれたが、総じて彼女の歌は聴き手の心を温かくした。
アンコールの時に話し声も披露していたが、地声もとても美しく、優しい人柄が歌に反映しているように思った。
久しぶりに聴いたボールドウィンは、来月で77歳になる。
そのせいか以前には殆ど聴かれなかったミスタッチや思い違いも少なからずあったが、それでも彼の引き締まったタッチととてもよく歌う魅力的な音色、そして生き生きとした推進力のあるリズム感は健在で、ますます熟してきている印象を受けた。
最近の潮流の中では珍しく、ピアノの蓋は短い棒でわずかに開けられただけだったが、それで充分なほどに雄弁な音楽を聴かせてくれた。
演奏を終えるたびにステージから袖に向かいながらしきりに彼女に話しかけていたのが印象的だった。
それは愛弟子をどこまでも支え見守る師の姿と映った。
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コメント
15世紀のシャンソン
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私は20世紀のシャンソンしか知りませんが、良いですね。古いフランス語だったのでしょう。
それにしても広く深くいつも良く聞いておられます。脱帽です。
投稿: Auty | 2008年11月16日 (日曜日) 20時52分
Autyさん、こんばんは。
プログラムには対訳は載っていたのですが、原詩が載っていないので、はっきりしたことは分からないのですが、おそらく古いフランス語なのではないかと思います(曲名は"L'amour de moi")。
広く深くというお褒めの言葉をいただき恐縮です。実際はただ好きなものを聴いているだけなので、偏っていると思いますよ。
投稿: フランツ | 2008年11月16日 (日曜日) 22時22分