吉江忠男&デームス/ブラームス「美しいマゲローネ」によるロマンス(2008年11月10日 津田ホール)
吉江忠男バリトン・リサイタル2008年11月10日(月)19:00 津田ホール(自由席)
吉江忠男(Tadao Yoshie)(BR)
イェルク・デームス(Jörg Demus)(P)
江守徹(Toru Emori)(語り)
ブラームス「美しいマゲローネ」によるロマンス op. 33
朗読:むかしむかしプロヴァンス地方を・・・
1.若々しい青春時代に・・・
朗読:若者はじっとこの歌に聞き入り・・・
2.そうだ!弓と矢があれば敵に打勝つことができる
朗読:彼は幾日も旅を続けた末に・・・
3.苦しみなのか、喜びなのか・・・
朗読:この同じ晩にマゲローネは・・・
4.恋の女神が遠い国からやって来たが・・・
朗読:この歌はマゲローネの心を揺り動かしました
5.それではあなたはこの哀れな男を・・・
朗読:騎士はまた翌朝・・・
6.どのようにして喜びに、歓喜に堪えていけばいいのか?
朗読:とうとう騎士が愛するマゲローネを・・・
7.この唇の震えていたおまえに・・・
朗読:ペーターがその間にもうしばしば・・・
8.別れなければならないのだ・・・
朗読:約束の夜が来ました
9.お休み、かわいい恋人よ・・・
朗読:ペーターも歌いながら・・・
10.吠えるなら吠えよ、泡立つ波よ・・・
朗読:マゲローネは甘い眠りによって・・・
11.何とすみやかに光も輝きも・・・(マゲローネ)
朗読:恐ろしいほどの光が
12.別れがなくてはかなわぬのか
朗読:そんな風に1週間
13.愛する方よ、どこでぐずぐずと・・・(スリマ)
朗読:ペーターはこの歌を聞いて・・・
14.何と楽しくさわやかに心が踊ることだろう
朗読:朝日が昇った時・・・
15.誠実な愛は長続きし・・・
アンコール(すべてブラームス作曲)
1.「美しいマゲローネ」によるロマンス~第14曲「何と楽しくさわやかに心が踊ることだろう」
2.五月の夜
3.あなたの青い瞳
---------------------------
千駄ヶ谷の津田ホールに来たのは一体何年ぶりだろう。
バリトンの吉江忠男がイェルク・デームスと江守徹を共演者に迎えてブラームスの「美しいマゲローネ」によるロマンスを歌った。
この歌曲集のテキストは、ドイツ・ロマン派の詩人・作家であるルートヴィヒ・ティークによるもので、物語の進行はナレーターが簡潔に語り、詩の部分にブラームスが作曲した15曲が語りと交互に歌われる。
バリトンの吉江忠男は先日聴いたベルギーのテノール、ファンダーステーネと同い年。
それにしてもその声の若々しさには正直驚いた。
とても60代後半の声には聞こえない。
そしてその顔の表情の若々しさと立ち姿のしゃんとしたところも全く年齢を感じさせない。
余程節制した声のケアをしてきたのだろう。
また、みずみずしい抒情と、男性的な重厚さを併せ持った声と表現は、中世プロヴァンスの凛々しい騎士ペーターを歌うにはまさにうってつけであった。
この歌曲集の厄介なところはペーターだけでなく、ナポリの王女マゲローネの歌1曲、スリマという異国の女性の歌1曲も含まれていることだ。
潔癖なF=ディースカウは初期の頃、女性用の2曲を省いて歌っていたし、ヘフリガーの日本公演ではこの2曲だけソプラノ歌手が歌っていた。
しかし、吉江はマゲローネの歌では悲痛な表情で、そしてスリマの歌ではコケティッシュに1人3役(第1曲の吟遊詩人も含めれば1人4役)をなんの違和感もなくこなしていた。
今年の12月で80歳を迎えるイェルク・デームスは各地で精力的にソロリサイタルや他の演奏家とのアンサンブルの日程を組んでいる。
この日演奏された「マゲローネ」は、かつてF=ディースカウやアンドレーアス・シュミットと共に録音しているレパートリーであり、デームスにとっては得意なレパートリーではないか。
猫背気味でほとんど体を動かさずに鍵盤に向かう姿はあくまでマイペース。
この日の彼のピアノは自分の世界で気ままに弾いているように見えて、実は歌とぴったり合わせているという感じだった。
この呼吸の合わせ方は歌曲演奏の経験の蓄積が大きく生きているのだろう。
指の運びなどは覚束ない箇所も散見されたが、迷子になるほどではなく、大事な音ははずさない。
今の彼の演奏は特有の味わい深さが聴きどころだろう。
アンコールの「五月の夜」の後奏は、最初はあっさりと、そして締めくくりはゆったりと繊細に歌い上げ、さりげない味わいが素晴らしかった。
それにしてもデームス、最後にアンコール用の楽譜が譜面台にないことが分かって軽く癇癪を起こしていたが、吉江さんが上手になだめていた。
世話をする周囲の人たちは大変なのではないか。
ナレーターを務めた江守徹は言うまでも無くベテラン俳優であるが、私はあまり舞台や日本映画を見ていないので、どちらかというとバラエティ番組に出演しているイメージが強い。
朗読は俳優の仕事の一つだろうし、これほど知名度の高い俳優だから、かなり期待できるだろうと考えていた。
だが、勝手が違ったのか、最初のうちはマイクを使っているにもかかわらず声が前に出てこず、表情も乏しかった。
彼は背中を丸めて、原稿に顔をくっつけるかのような姿勢で読んでいたため、朗読中に客席に視線を送ることは全くといっていいほどなかったように思う。
例えば期待に満ちて旅に出るペーターの心のときめきや、恋人マゲローネを失った時の絶望感など、もう少し表情が豊かでもよかったのではないか。
常に第三者の立場を崩さず、控えめな朗読に終始していたのは、演奏者たちに遠慮があったのだろうか。
もちろん含蓄のある江守氏特有のテンポでの語りは彼独自のものであり、それが生で聞けたことは貴重な体験だったと思う。
(11月22日追記:この記事にいただいたコメントで知ったのですが、江守氏は長らく大病を患っておられ、この公演が復帰の第一歩だったとのことです。私の記事の言葉が過ぎた点、お詫びいたします。)
なかなか舞台で聴くことの出来ない歌曲集であり、この貴重な機会に充実した演奏を聴くことが出来て満足だった。自由席だったが、今回も前から4列目の若干左側でじっくり見ることが出来た。
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コメント
フランツさん、こんにちは。
津田ホールは小さいですが、良いホールですよね。
声楽やアンサンブルには合っていると思います。
いいコンサートに行かれましたね。
年を重ねても、このように舞台での演奏を続けている人たちがいるのは、嬉しいことです。
朗読が今ひとつだったとか。
朗読は、有る意味で歌唱よりも難しいと思います。
著名な俳優であっても、歌曲の心に添って読むのは、メロディに乗せる歌とは違う神経の使い方があるのかと思います。
余談ですが、先日、岸本力のロシア歌曲のコンサート(東京文化会館小ホール11月4日)に行ったとき、歌唱に入る前に、一曲ごとに、森山太という人が、日本語歌詞を読み上げましたが、大変素晴らしい朗読でした。
プログラムノートには、日本語歌詞は全訳入っていましたが、聴き慣れないロシア語の歌ですから、舞台が暗くなっても、歌詞に目が行き勝ちになるところ、朗読のお陰で、集中して聴くことが出来ました。
配慮の行き届いたコンサートだったと思います。
散文と違う歌詞の朗読、人を得て、内容にふさわしいものであれば、コンサートが身近になって、引き立つと思いました。
投稿: Clara | 2008年11月15日 (土曜日) 10時18分
Claraさん、こんにちは。
このコンサート、当日券があると知って出かけたのですが、古雅なひとときを過ごせ、ブラームスの作品の素晴らしさにあらためて気付かされました。
吉江氏の円熟というよりもむしろ若々しさを保った歌いぶりには驚かされました。こんな素敵な歌手をこれまで聴いてこなかったのがもったいなかったほどです。
岸本力のコンサート、私も興味があったのですが、所用で行けず、どんな感じだったのか気になっていました。朗読が素晴らしかったそうですね。特に言葉の馴染みの薄いロシア歌曲の場合、朗読の意味はとりわけ大きいのでしょう。おっしゃるように朗読に人を得るとコンサートの楽しみが増すと思います。江守氏は不調でしたが、本来はもっと凄い人だと信じています。
投稿: フランツ | 2008年11月15日 (土曜日) 10時52分
中世プロヴァンスの凛々しい騎士ペーター
**
あ、いいですね。ウチには「Hildebrandston」という中世ドイツ語の歌があります。
投稿: Auty | 2008年11月16日 (日曜日) 03時26分
ひとつ読み落としてましたが、吉江さんのコンサートの朗読は、歌詞を読み上げるのではなく、物語の進行を伝える「語り」だったのですね。
江守徹が担当していたのは頷けます。
でも、芝居の脇役のようなわけにはいかなかったのでしょう。
岸本力コンサートの朗読は、歌詞に込められたメッセージを、歌唱の脇役として読むことに徹してましたが、こういうことの心得のある人なのかも知れません。
投稿: Clara | 2008年11月16日 (日曜日) 09時47分
Autyさん、こんにちは。
騎士の話はAutyさん、お好きそうですね。小説の題材にもなるかもしれませんね。
「Hildebrandston」という録音、私は持っていませんが、古いドイツ語の歌は面白そうですね。
投稿: フランツ | 2008年11月16日 (日曜日) 12時23分
Claraさん、こんにちは。
マゲローネの場合は、曲だけだと物語の進行が分からないので、朗読が筋を伝える重要な役割をもっていると思います。江守さんも声のもつ味わいに関してはさすがでした。
岸本さんの場合は歌詞の朗読ですから、音楽とより密着した役割なのでしょうね。
投稿: フランツ | 2008年11月16日 (日曜日) 12時27分
イェルク・デームスとは懐かしい名前を聞きました。と申しますのも、何年も何年も前に、妻のお供をしてデームスの公開レッスンに横浜へ行ったことがあるのです。生徒は音大の学生たちでしょうが、みんな萎縮していました。こわいんです。課題曲は全部バッハ。「君、バッハの音楽とは何か言ってみなさい。それがわからなければ弾いている意味はない」と叱られるのですから。でも身近に感じて私は部外者ですから楽しいだけでしたが。
そして大学生のころに購入したはじめての『冬の旅』のLPレコードは、ディースカウとデームス。最近も車の中で聴いたりしてはいます。
すみません。お聴きのリサイタルとあまり関係のないコメントでした。読み流してください。
投稿: 辻森 | 2008年11月17日 (月曜日) 17時28分
辻森さん、こんばんは。
貴重な体験談、興味深く拝見しました。やはりデームスはこわいのですか。実はそのような話を聞いたことがあったのでやっぱりという感じです。この日のデームスの様子を見ていても、気難しい側面のある人だなぁという印象はありました(年齢的なものかもしれませんが)。「バッハの音楽とは何か」などと問われたりしたらどう答えていいのか私にも見当がつきません。今年もデームスの公開レッスンは予定されているようですが、私はパスすることにします。
ただF=ディースカウとの「冬の旅」などの名盤を多く残している巨匠であることは忘れてはならないですね。
投稿: フランツ | 2008年11月17日 (月曜日) 23時29分
私もこのコンサートに行きましたが、吉江先生の声は本当に感激でした。江守 徹さんは確かに声が通らない感じがありましたが、彼の朗読の素晴らしさは伝わってきました。江守氏は脳梗塞という大病を患われ、今回が、久しぶりの表舞台であったと聞いています。
投稿: | 2008年11月22日 (土曜日) 18時29分
コメントを有難うございました。
当日お聴きになられたのですね。
吉江さんの歌は今回初めて聴いたのですが、とてもみずみずしい声と表現に驚かされました。
また、江守さんが大病を患っておられたとは知りませんでした。てっきりほかのお仕事もされていたものと思っていたのですが、久しぶりの復帰の場だったのですね。お体が早く本調子に戻り、ますますお元気に活躍されることを願っています。
投稿: フランツ | 2008年11月22日 (土曜日) 18時58分