ハイドンのオペラ《騎士オルランド》を聴く(2008年10月25日 北とぴあ さくらホール)
北とぴあ国際音楽祭2008
ハイドン(Haydn) オペラ《騎士オルランド(Orlando Paladino)》3幕の英雄喜劇(Dramma eroicomico)/イタリア語上演・日本語字幕付
北とぴあ さくらホール(2階H列16番)
指揮:寺神戸 亮
演出:粟國 淳
管弦楽:レ・ボレアード(オリジナル楽器使用)
美術:横田あつみ
照明:笠原俊幸
衣装:増田恵美
舞台監督:大仁田雅彦
オルランド(Orlando)(騎士):フィリップ・シェフィールド(Philip Sheffield)(T)
アンジェーリカ(Angelica)(カタイ=中国の女王):臼木 あい(S)
ロドモンテ(Rodomonte)(バルバリアの王):青戸 知(BR)
メドーロ(Medoro)(アンジェーリカの恋人):櫻田 亮(T)
リコーネ(Licone)(エウリッラの父。羊飼い):根岸 一郎(T)
エウリッラ(Eurilla)(羊飼い):高橋 薫子(S)
パスクワーレ(Pasquale)(オルランドの従者):ルカ・ドルドーロ(Luca Dordolo)(T)
アルチーナ(Alcina)(魔女):波多野 睦美(MS)
カロンテ(Caronte)(三途の川の渡し守):畠山 茂(BSBR)
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ほとんどオペラ素人の私が久しぶりにオペラを見に行った。
演目は来年が没後200年のハイドン(1732-1809)による歌劇「騎士オルランド」。
北とぴあで毎年開催している音楽祭の今年のテーマは「魔法」。
そのトリの演目となっている。
この音楽祭、以前エディット・マティスのリサイタルを聴いたことがあるが、それ以来、何年ぶりかで王子駅近くの北とぴあに出かけた。
会場に開演40分前ごろに着き、1階の広間に入ると、片隅に小型のパイプオルガンが設置されており、ちょうどオペラ開演と同刻にはじまる無料のオルガンコンサートのリハーサルを女性のオルガニストが弾いていたので、思わぬ得をした気分で間近でしばし聞き入った。
「騎士オルランド」の実演を聴こうと思ったのは単純かつミーハーな理由なのだが、大好きなアーメリング(エウリッラ役)が録音した唯一のオペラ全曲のスタジオ録音の演目だったからだ。
PHILIPSに1976年に録音されたこのLPはドラティ指揮で、アーリーン・オジェーがアンジェーリカ役を歌っていたが、国内盤は出なかったようだ(海外ではCD化されている)。
2005年にアルノンクールがライヴ録音したものが2度目の正規録音で、これは国内盤が出たので、ようやくリブレットの対訳を見ることが出来た。
中国の女王アンジェーリカにはメドーロという恋人がいるが、その女王に思いを寄せる騎士オルランドは彼女を奪おうとし、同じく女王に好意を抱くロドモンテはオルランドと決闘するために追ってくる。
追われる身のアンジェーリカは恋人メドーロの身を案じ、魔女アルチーナの力を借りる。
嫉妬に狂うオルランドのために窮地に陥る場面でアルチーナが何度もアンジェーリカを救い、最後は三途の川の渡し守カロンテに命じてオルランドに忘却の水を浴びせさせ、恋心を忘れさせる。
オルランドはアンジェーリカとメドーロに対して脅威でなくなり、大団円という内容である。
途中で羊飼い娘エウリッラとオルランドの従者パスクワーレが恋仲になり、ドラマを進行させたり、ひっかきまわしたりしながら、コミカルな要素を加味している。
まずは演出の粟國淳をはじめとするスタッフの健闘を心から讃えたい。
過激で奇抜な要素は全くなく、あくまで内容に沿った丁寧なつくりであり、額縁風の背景のスクリーンに映し出される映像(空や海だったり、戦闘シーンの絵、さらに石から人間に戻るオルランドの映像には思わずどよめきが起こった)は控えめながらストーリーを分かりやすく伝えていたし、斜めにせり出した舞台に当てられた美しい照明や、時にびっくりするような白煙なども飛び出し、歌い手の衣装も印象的で(冥府の船乗りカロンテのメイクと衣装は夢に出てきそうだ)、音楽を壊さない範囲内で多くの効果を挙げることに成功したスタッフ陣の力は素晴らしかったと思う。
セリアとブッファの要素が融合したと言われるこのオペラの贅沢な味わいを堪能させてくれた。
2階の私の席からはオーケストラピットは最後列の管楽器奏者しか見えず、寺神戸氏の指揮姿を見ることは出来なかったが、真ん中あたりの男女の管楽器奏者が演奏の前や合間に仲良くしゃべっていたのがリラックスした雰囲気を感じさせた。
古楽器の良い意味での生々しい音が生命力を感じさせた。
特にテンポの大胆な流動は、指揮の寺神戸亮をはじめとする演奏者の原典研究の賜物なのだろう。
歌手はイギリス人のフィリップ・シェフィールドがタイトルロールを演じ、その従者である愛すべき道化パスクワーレを演じるのはイタリアのルカ・ドルドーロである。
そのほかのキャストはすべて日本の若手、中堅の実力派で固めている。
格別に素晴らしかったのは、中国の女王アンジェーリカを演じたソプラノの臼木あいであった。
その声は芯があり、どの音域も豊かでつややかな声をコントロールして悲劇のヒロインを真摯に悲痛さをこめて表現していて素晴らしかった。
リリックとコロラテューラ(魔女アルチーナよりもずっと技術的に難しそうな印象を受けた)の両要素が要求される難役だが、どちらの要素も見事なまでに歌いこなしていた。
出産のため降板した森麻季の代役を期待以上に果たしてくれ、素晴らしい歌手をまた一人知ることが出来た喜びを感じた。
また、現在の古楽界を支えているテノールの櫻田亮は、優柔不断で頼りないメドーロ役にしては立派すぎるぐらい堂々たる歌いぶりと美声でさすがと思わされた(オルランド役でも良かったかも)。
一方、コミカルな要素を代表する2人、オルランドの従者パスクワーレ役のルカ・ドルドーロと、羊飼いエウリッラ役の高橋薫子はその演技の絶妙な楽しさで聴衆の心を完全にとらえた。
ルカ・ドルドーロはどこまでが演技でどこまでが素なのか分からないような自然さで、気の弱い従者としての側面と、それでも強がってみせる側面をコミカルな演技と歌唱で表現していた。特にエウリッラへの愛で骨抜きになり、「アー」だの「エー」だのと母音でため息ばかりを繰り返す箇所は絶妙だった(「パ・パ・パ」のパパゲーノを思い出した)。
高橋薫子は仕草のどの一つをとっても可愛らしく愛嬌にあふれ、ほとんどの登場人物となんらかの絡みを見せながら、シリアスな時にも場を明るくする魅力的な役回りで聴衆に安心感を与えていた。
波多野睦美の演じた魔女アルチーナは、「夜の女王」の原型のようなイメージだが、あちらの邪悪な扱いではなく、登場人物たちの苦難を彼女の魔法一つで解決してしまうという「頼みの綱」的な存在である。
その威厳に満ちた役柄に、彼女は余裕をもった堂々たる演技と安定した歌唱で見事に同化していた。
タイトルロールを歌ったフィリップ・シェフィールドは初来日とのこと。
確かにイギリス人テノールの典型のような丁寧な歌いぶりは素晴らしいものの、オルランド(カール大帝の甥のロランがモデルと言われているそうだ)の狂気を表現するには人の良さが邪魔をしていたような感じがした。
だが痩身で背の高い彼は舞台上での見栄えはよく、適役を歌えば舞台上で映えたことだろう。
オルランドの敵、ロドモンテ役を歌う青戸知は20年近く前アーウィン・ゲイジのマスタークラスで「万霊節」を歌うのを聴いて以来である(その時は声の大きさが印象に残っている。ちなみにその時の彼のピアニストはヴォルフ全曲演奏会の松川儒だった)。
オルランドに対する丁々発止とした緊張感を表現しようという意欲が伝わってきた。
第1幕の後に約20分の休憩をはさみ、3時間近くの上演を終えて、私はただただハイドンのこのオペラを心ゆくまで楽しんだ。
これほどのメンバーを集め、美しい舞台を時間をかけて作り上げているものを、たった2回(23日と25日)の上演しか行わなかったのはもったいなかった。
来年はハイドンの没後200年。
彼の45曲ほどの歌曲と、無数の民謡編曲と同時に、彼のオペラにも目を向けてみようと思う。
私にとって、ハイドンのオペラは才気にあふれ、聴き手を楽しませるサービス精神と美しい音楽性の同居した親しみやすいエンターテインメントであった。
記念年にはCDだけでなく、DVDでも彼のオペラを楽しめるようになるだろうか。
ちなみに来年の北とぴあ音楽祭のテーマは「未知なるものへ」とのことで、グルックのオペラ「思いがけないめぐり会い、またはメッカの巡礼」が、同じく寺神戸指揮レ・ボレアードで上演されるそうだ。
このオペラの中の「流れる小川に」はシュヴァルツコプフの愛唱歌だった。
どんなオペラなのか来年も聴いてみようか。
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