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パドモア&クーパー/「冬の旅」(2008年10月9日 トッパンホール)

シリーズ<歌曲(リート)の森>~詩と音楽 Gedichte und Musik~第1篇
2008年10月9日(木)19:00 トッパンホール(B列4番)
マーク・パドモア(Mark Padmore)(T)
イモジェン・クーパー(Imogen Cooper)(P)

シューベルト(詩:ミュラー)/歌曲集「冬の旅(Winterreise)」D911
(おやすみ/風見鶏/凍った涙/凍りつく野/菩提樹/あふれ流れる水/河の上で/振り返り/鬼火/休み/春の夢/孤独/郵便馬車/白髪/カラス/最後の希み/村で/嵐の朝/惑わし/道しるべ/宿屋/勇気/幻の太陽/辻音楽師)

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イギリスのテノール歌手マーク・パドモアと、同じくイギリスのピアニスト、イモジェン・クーパーによる「冬の旅」を聴いた。
パドモアはメンデルスゾーンやシューマンの歌曲集(Hyperion)はあるものの、まだ歌曲の録音は少なく、主に古楽の演奏で知られている人である。
近く、ブレンデルの弟子のポール・ルイスというピアニストと「冬の旅」を録音するそうだ。
一方のクーパーは、バリトンのホルツマイアと共演して数々の歌曲録音(PHILIPS)を残しているので、すでに歌曲ピアニストとしてもベテランと言えるだろう。

薄い黒の背広で登場した40台後半のパドモアは外国の歌手としては小柄で痩身だが、白髪まじりの短髪に精悍な顔つきは舞台栄えしていた。
クーパーはシャツ、ジャケット、パンツと全身黒のコーデュロイ(多分)で統一していて、おしゃれである。
聴衆の拍手に応える時には右手を体の前に添えてお辞儀し、その物腰は常にエレガントであった。

パドモアは古楽を得意とするだけあり、実に正確に楽譜を音にするタイプのようだ。
身動きは殆どせず、もっぱら声だけで表現しているのが潔く、しかもドラマティックな表現の幅があり起伏に富み、几帳面さと劇性が同居した感じといえばいいだろうか。
高音は実に豊かに余裕をもって響く一方、テノール歌手の常で低声は若干の弱さがあるが、これは仕方ないのだろう。
ドイツ語の発音は見事で美しかったように思う。
バッハでのエヴァンゲリストを得意とするパドモアだけあって、彼の「冬の旅」は歌のメロディーに寄り添うよりは、朗誦に近い印象を受ける。
声そのものの質は必ずしも恵まれているというわけではないように感じたが(少なくとも私の好みでは)、シューベルトの旋律を生かしながら詩の言葉を生き生きと語る姿勢には感銘を覚えた。

第10曲「休み(Rast)」の各節の歌いおさめの箇所は、第1版の低音からあがって再び下るアーチ型の旋律と、第2版の高低高低のジグザグ進行の違いがあり、シュライアーが第1版を歌っている以外にはほとんどの歌手が第2版を歌っていたのだが、パドモアが今回第1版で歌っていたのを聴いて新鮮な印象を受けた。

クーパーはいつもながら丁寧にシューベルトの音を再現していく。
歌と対決するタイプではなく、一心同体になるように心掛けていたように思うが、それはほぼ完璧に実現されていたと思う。
蓋を全開に開け放ちながら、絶妙のコントロールで激しい曲でも決して歌声を覆うことはない。
「あふれ流れる水」では右手の三連符と左手のリズムを合わせるか、ずらすか、演奏者によって解釈の分かれるところだが、クーパーは合わせて弾いていた(シューベルトは当時すでに廃れつつあったバロック時代の記譜法を用いていた為に、リズムを合わせるのが彼の意図であるというのが定説になっているようだが、ピアニストによっては演奏効果を求めてずらして弾く人も多い。私はずらして弾く演奏の方が涙の落ちる様をよりリアルに表現できるような気がして好きである)。
「勇気」ではピアノ間奏となる筈のところでパドモアがタイミングを間違えて歌いだしてしまった箇所があったのだが、クーパーは全くたじろがず、うまくパドモアに合わせていたところなど、熟練の歌曲ピアニストのような臨機応変な対応を見せており見事だった。
「辻音楽師」でクーパーは斬新な試みをした。
前奏2小節であらわれるライアー(手回しオルガン)のドローンを模した装飾音を曲全体にわたって追加して弾いたのである(本物に近づけようとするかのように若干濁らせて弾いていた)。
この曲のピアノパートがライアーの響きを模していることは疑う余地もないことだし、クーパーの試みも一理あるとは思う。
ただ、彼女の試みを聴いて、シューベルトが前奏2小節にしか装飾音を付けなかったことも納得できたような気がするのである。
最初の2小節で聴き手にライアーの響きを感じさせることが出来れば、あとは聴き手の想像力が充分補うことが出来る。
装飾音を全体にわたって加えると歌とのアンサンブルの面でしつこく感じられて、歌のメッセージの訴求力が弱まってしまうような印象を受けた。

盛大な拍手に応えて何度も舞台に呼び戻された2人だったが、アンコール演奏はなかった(「冬の旅」の後ではアンコールは不要だろう)。

第3曲の前奏で携帯の着信らしき音が鳴り響き、せっかくの楽興の時を妨げられ残念だった。

そういえばクーパーはこの間の土日にアンドリュー・リットン指揮のNHK交響楽団と共演してシューマンのピアノ協奏曲を演奏し、土曜日にFMで生中継されたのを聴いたが、難度の高い技術が要求されるわりに労多くして効果が少ないと指摘されるこの曲をクーパーはいつも通り気負うこともなく丁寧に繊細に演奏していた。
オーケストラの一員になったかのような一体感で音楽の中に溶けこんだ演奏を聴かせていた。
もちろん美しい音は健在だったと感じた。
シューベルトのソロリサイタル、シューマンのコンチェルト、そして今回の歌曲演奏と、彼女の多面的な実力をたっぷり味わうことが出来て、満足である。
海外ではパドモア&クーパーのコンビで「美しい水車屋の娘」も演奏予定があるらしい。
こちらもいつか来日公演で聴きたいものである。

Padmore

Photo by Marco Borggreve
(この写真はパドモアのHPにある使用フリーの画像です:Photo use is free if credited: Marco Borggreve)

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コメント

パドモア=クーパーの『冬の旅』。あたかも自分も耳にしているように想像しつつ記事を拝読いたしました。古楽を得意としてシューベルトを歌うといえばプレガルディエンしか私は知らないのですが、おそらく静謐な歌唱と演奏だったのだろうなあと、イメージを膨らませました。聴覚のイメージっていうのもあるんですね。特に辻音楽師をどう歌うかは私も興味津々の詩節ですし、印象に残ったものであったのでしょうね。(確かに『冬の旅』の後アンコールはいりませんよね。そんなケースがあるのですかしら)因みにSTUTZMANNのCDでは「幻日」の後、間髪を入れず終曲が始まります。実際のリサイタルではどうかはわかりませんけれど。でも、なぜか「それは正しい」と思ってしまうですが、何を根拠にだ?ですね・・・。そして音楽師が悴みながら立っているのは夜の街なのでしょうか、それとも夕暮れなのでしょうか。そこでイメージが変わると思うのですが。後者を最近の私は心に描いています。『冬の旅』から誘われる想像には際限なしで、弱ってしまいます。どうぞ今後ともご活躍ください。

投稿: 辻森雅俊 | 2008年10月11日 (土曜日) 17時34分

すみません。先のコメント、日本語が一部おかしく、読みづらいと思います。

投稿: 辻森雅俊 | 2008年10月11日 (土曜日) 17時36分

辻森さん、興味深いコメントを有難うございます。辻森さんのようにいろいろイメージをふくらませながら音楽を聴くというのは素晴らしいことですね。
「冬の旅」のアンコールは歌わない人が多いですが、たまに「さすらい人の夜の歌」など静かな曲を1曲だけ歌ったりする場合もあり、「冬の旅」の後は演奏者にとっても世界観を壊さないようにしているのでしょうね。
パドモアの歌唱は冷静でいながら熱さをもっていて、それが時に激しく噴出するという感じでした。古楽の人は、声が厳格にコントロールされている分、表現がドラマティックになるのかもしれないと感じました。
「幻日」と「辻音楽師」の間隔、この日はかなりあいていたと記憶しています。いろいろな解釈がありますね。

投稿: フランツ | 2008年10月11日 (土曜日) 20時06分

私にはイメージを膨らませることでしか音楽を聴く次第がありませんので、ついついどんどん勝手な表現になってしまうようです。申し訳ありません。……そうですか、冬の旅の後にアンコールがありえるのですね。驚きました。変なコメントにお言葉ありがとうございます。

投稿: 辻森雅俊 | 2008年10月11日 (土曜日) 20時36分

今朝、NHKBSで、このときの録画が放映されました。
気が付いたのが遅くて、シューマンのピアノコンチェルトの後半しか聴けなかったのですが、自分の体の一部のように、ピアノを弾きこなし、流れるような演奏でした。
生とは違うでしょうが、映像が入っているので、コンサートの様子は良く伝わりました。

投稿: Clara | 2008年11月 7日 (金曜日) 14時28分

ごめんなさい。私が書いたのは、「冬の旅」ではなく、10月4日の、リットン指揮NHKコンサートの方でした。
記事の中でも触れられていたので・・・。

投稿: Clara | 2008年11月 7日 (金曜日) 14時32分

Claraさん、こんばんは。
ご返事が遅くなり、すみません。
情報とコメントを有難うございます。
クーパーのシューマン、BSで放送されたのですね。「体の一部のように」という形容、とてもよく分かる気がします。彼女は本当に自然な演奏をする人だという印象を私も受けました。
私は残念ながらBSは見れないのですが、9日のN響アワーでも放送される予定とのことなので、そちらを楽しみにしたいと思います。

投稿: フランツ | 2008年11月 7日 (金曜日) 23時33分

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