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没後15年のアーリーン・オジェーに寄せて

アメリカのソプラノ歌手アーリーン・オジェー(Arleen Augér: 1939.9.13, South Gate, Southern California - 1993.6.10, Barneveld, Leusden, the Netherlands)が亡くなって早いものでもう15年が経った。
彼女の名前をはじめて知ったのは、1980年代にFMラジオから流れてきた彼女の歌声だった。
ピアニストのライナー・ホフマンと共演した来日公演の放送だったが、当時シューベルトの歌曲が放送されるたびにカセットテープに録音して聴いていたことを懐かしく思い出す。
その後、ユリア・ハマリとの二重唱をコンラート・リヒターのピアノで演奏した海外のコンサートなども放送されたと記憶している。
シューベルトの「太陽に寄せて」や「春の歌」「恋はいたるところに」などの美しい小品をエアチェックしたカセットテープで何度も繰り返し聴いたものだった。

彼女の実演を聴いてみたいと思い来日公演のチケットを購入したのは1992年だった。
しかしチケット購入後、演奏会のキャンセルが告知され、払い戻しとなった。
この時は単なる風邪だろうと軽く考えており、いつか聴くことが出来るものと思っていた。
しかしその翌年に残念ながら彼女は脳腫瘍との壮絶な闘いの末、53年の生涯を閉じてしまったのである。
3度もの手術を受けたものの、回復することはなかった。
彼女が亡くなった当時、私はオーストリアに行っており、そのニュースを知らなかった。
帰国後、ある雑誌で彼女の死をはじめて知った時の衝撃を今でも思い出すことが出来る。

彼女の録音をはじめて購入したのは確かヴァルター・オルベルツと共演した徳間ジャパンから出ていたシューベルト歌曲集(1978年録音)のLPだったと思う。
「糸を紡ぐグレートヒェン」「ズライカ」などと共に「ミニョン」歌曲が多数含まれていた。
よく知られたD877だけにとどまらず、作曲家の若い頃に何度も繰り返し「ミニョン」の同じ詩に作曲した軌跡を聴き比べる楽しみを与えてくれた素晴らしい録音だった。

彼女はオペラや宗教曲でも膨大な録音を残しているが、歌曲の録音もかなりの量を残してくれた。
アンドレ・プレヴィン指揮ヴィーン・フィルとのR.シュトラウス「4つの最後の歌」(TELARC)など絶品だし、Hyperionレーベルのグレアム・ジョンソンによるシューベルト歌曲全集第9巻では、シューベルトのオペラ・アリアを核にした選曲で楽しませてくれた。
オルベルツとはBERLIN Classicsにハイドンの歌曲ばかりの録音(1980年10月録音)をしているし、同じくオルベルツと組んで1977年5月に録音した「女の愛と生涯」やミニョン歌曲群を含むシューマンの演奏も素晴らしかった。
DELOSレーベルには1988年3月に"Love Songs"と題した録音を残し、ドルトン・ボールドウィンと共に米英独仏伊西の名曲25曲のアンソロジーを演奏し、芸術性と娯楽性が同居した肩のこらない素晴らしい録音となっていた。
1978年5月のザルツブルクでのライヴ(ORFEO)ではハイドン、モーツァルト、シューベルト、ベートーヴェンなどの歌曲をハンマークラヴィーアを弾くエリック・ヴェルバと演奏し、古雅な一時を与えてくれた。
最近、BBC LEGENDSからボールドウィンとの1987年1月BBC放送録音が復刻され、シューマン、シューベルト、シェーンベルク、R.シュトラウスの歌曲を美しく歌っていた。

彼女の最後の録音となったのはアーウィン・ゲイジと1991年12月に録音したヴォルフのメーリケ&ゲーテ歌曲集(Hyperion)である。
すでに体調を崩していたそうだが、歌の形はいささかも崩れておらず、ヴォルフのユニークな世界を透明な美声で響かせていて、いくつかの賞を受賞したのが納得できる名盤である。

彼女の歌の一番の特徴は聴いてすぐに分かるその透明な美声である。
これ以上ありえないぐらいに澄み切った声は、天与のものであると同時に、それを維持する彼女の努力なくしてはありえないだろう。
透明だが冷たくならないのは、そのまろやかな声質にあるのではないか。
ドイツ語のディクションが完璧なうえ、旋律を実に正確に、しかも堅苦しさのない余裕をもって歌うその能力は高く評価されてよいと思う。
彼女がバッハのカンタータを大量に録音しているのも、その声質と表現力がおおいに評価されてのものと思われる。
実演を一度でも聴くことが出来たならと悔やんでみても、もう叶うことはないのが残念である。

1989年にオジェーは友人の音楽家ジョエル・レヴゼンを通じて、リビー・ラーセン(Libby Larsen: 1950.12.24, Wilmington, Delaware -)という作曲家と知り合い、彼女に「女の愛と生涯」のような新作を作曲してほしいと依頼した。
オジェーは気に入っていたイギリスの詩人エリザベス・ブラウニング(Elizabeth Barrett Browning: 1806.3.6 – 1861.6.29)の「ポルトガル語からのソネット」を題材にすることを提案して、この二人の友情から、6曲からなる歌曲集「ポルトガル語からのソネット(Sonnets from the Portuguese)」が生まれた。
1989年にアスペン音楽祭でジョエル・レヴゼン指揮で初演され、1991年11月に再演された。
その再演時のライヴ録音がKOCHから出ており、かつてポリグラムから国内仕様で発売された。
このCDは1993年「グラミー賞最優秀歌唱賞(GRAMMY Award Best Classical Vocal Performance)」を受賞している。

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「アーリーン・オジェーの芸術(The Art of Arleen Augér)」
Auger_revzen_2ポリグラム: KOCH: IDC-1704(3-7248-2 H1)
アーリーン・オジェー(Arleen Augér)(S)
1-6: ジョエル・レヴゼン(Joel Revzen)(C)セント・ポール室内管弦楽団とミネソタ管弦楽団のメンバー(Members of the Saint Paul Chamber Orchestra and the Minnesota Orchestra)
7-19: ジョエル・レヴゼン(Joel Revzen)(P)

リビー・ラーセン/「ポルトガル語のソネット(Sonnets from the Portuguese)」
1.テオクリタスはどう歌ったのだろう(I thought once how Theocritus had sung)
2.私の手紙が!(My letters!)
3.「同じ思いね」と答えるでしょう(With the same heart, I said, I'll answer thee)
4.もし私があなたのもとを去るのなら(If I leave all for thee)
5.ええ、そうです!(Oh, Yes!)
6.どれほどあなたを愛していることか(How do I love thee?)

パーセル作曲(7&9: ブリテン編曲)
7.音楽が恋の糧であるならば(If music be the food of love)
8.ニンフと羊飼い(Nymphs and Shepherds)
9.ばらの花より甘く(Sweeter than roses)

シューマン作曲
10.献呈(Widmung)
11.お母さん、お母さん(花嫁の歌Ⅰ)(Lied der Braut I)
12.あの人の胸にすがらせておいて(花嫁の歌Ⅱ)(Lied der Braut II)
13.兵士の花嫁(Die Soldatenbraut)
14.くるみの木(Der Nussbaum)

モーツァルト作曲
15.すみれ(Das Veilchen)
16.淋しい暗い森の中を(Dans un bois solitaire)
17.別れの歌(Trennungslied)
18.ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いた時(Als Luise die Briefe ungetreuen Liebhabers verbrannte)
19.ラウラに寄せる夕べの想い(Abendempfindung)

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亡くなる年の3月に彼女は作曲家ラーセンに宛てて手紙をしたためた。
「あなたは私たちのこのプロジェクトにおいて、私がいいたかったことを感動的なまでに形に作り上げてくれました。唯一残念なのが、もうこれを私が歌いつづけることができず、他の誰かがこれを歌う喜びと名誉を得るということです。なぜなら、この曲は歌いつがれて行かねばならないのですから。」

(KOCHのCDの解説(Rudy Ennis/梅園房良執筆)を参照しました。)

ちなみに彼女の父親はフランス系カナダ人で、姓がフランス風なのはそのためである(母親はイギリス系アメリカ人とのこと)。

彼女の録音が数多く残された幸運をかみしめて、彼女の芸術にあらためて耳を傾けたい。

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コメント

 フランツさん、たいへん詳しく、お心のこもった素敵な記事をありがとうございました。「脳腫瘍との壮絶な闘いの末・・・」の箇所では、先日闘病の末亡くなった指導教授に対する思いも重なって、涙してしまいました。
 ドイツ・リートは、詩の解釈や演奏技術の他に、発音という重要な問題があり、特にリートのレッスンを受けていた頃は、ドイツ語圏の優れた歌手以外の演奏を聞かなかったのですが、彼女だけは例外でした。もうすでにご存じのように、私の愛唱歌「ミニヨンの歌」や「糸を紡ぐグレートヒェン」など感動して聞いたもので、演奏のみならず、表現から伝わる人柄にもまた好かれていました。彼女は、ウィーン国立歌劇場でいじめにあったと読んだことがあります。そのような繊細さが、からだを蝕む間接的な原因になったのかもしれませんね。
 今夜もまた、フランツさんと同じ歌手への哀悼と思い出を共有でき、嬉しく思います。

投稿: 渡辺 | 2008年10月18日 (土曜日) 21時42分

渡辺さん、こんばんは。
渡辺さんにとってご覧になるのが辛い内容になってしまったかもしれませんが、渡辺さんの思い出を織り交ぜたコメントをうれしく拝見しました。
オジェーはキャリアの最初の頃、夜の女王のようなコロラトゥーラをレパートリーにしていたそうですが、海外出身の歌手に対して当時のヴィーンでは嫉妬のようなものがあったのかもしれませんね。それが彼女の健康を蝕む遠因だったとしたら悲しいことです。
渡辺さんも彼女の歌うリートを評価しておられ、うれしく思います。私はドイツ語圏以外の歌手の歌うドイツ歌曲も大好きなのですが、オジェーは米国出身ということを全く意識させない自然なドイツ語を身に付けていたと思います。
彼女のようないい演奏家はいつまでも聴き続けていきたいですね。

投稿: フランツ | 2008年10月18日 (土曜日) 22時25分

渡辺さんのコメントとの応答を拝読しました。
オジェーを聴いてみたくなりました。まだまだ知らないことがあるのが面白くてなりません。
 人の生死。これを表現しきる人はだれだれなのでしょうね。芸術家、哲学者、科学者、漫画家、画家、映画監督……。しきった人は誰なのでしょう。
 渡辺さんのおっしゃる「涙」を表現できる人は誰なのでしょう。
 嗚呼、またつまらぬ言葉を連ねました。お許しください。

投稿: 辻乃森です | 2008年10月20日 (月曜日) 01時32分

辻乃森さん、こんばんは。
いつもながら詩的なコメントを有難うございます。
生死や様々な感情の表現などを、おっしゃるように芸術家や哲学者や漫画家や映画監督などはそれぞれの観点から、各々の導き出した可能性を提示してくれるのだと思います。唯一つの正解というものがないだけに、いろいろな解釈をわれわれは楽しむことが出来るのでしょう。
オジェーは聴きようによっては「天使」のような純粋な声をしていると思います。ぜひ一度聴いてみてください。

投稿: フランツ | 2008年10月20日 (月曜日) 20時54分

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