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梅丘歌曲会館「詩と音楽」投稿

日頃からお世話になっている歌曲サイト「詩と音楽」に、本当に久しぶりに投稿しました。
ゲーテの259回目の誕生日が8月28日とのことで、それに合わせて2曲投稿しました。

梅丘歌曲会館「詩と音楽」更新情報:ゲーテ生誕259年記念投稿六篇
http://umekakyoku.at.webry.info/200808/article_16.html

シューベルト「あらゆる姿の恋人」
http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/S/Schubert/S1914.htm

ブラームス「たそがれが上方から降り来て」
http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/B/Brahms/S1915.htm

どちらも非常に魅力的な曲ですが、ゲーテの詩はやはり難しく、かなり悩みながらなんとか仕上げました。
よろしければご覧ください。

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ヘルマン・プライとピアニストたち

不世出の名バリトン、F=ディースカウは100人以上のピアニストたちと共演したという。
それに対してプライ(Hermann Prey: 1929-1998)の場合はどうだろうか。
彼がレコードで共演したピアニストを思い返すだけでも、F=ディースカウの数には及ばずとも、歌曲専門家、独奏者、作曲家を問わず、様々なピアニストたちと共演していることが分かる。
ここで、共演したことが確実に分かっている人を以下に挙げておきたい。
もちろん実際にはさらに多くのピアニストの名前がこのリストに加わるはずだろう。

*参考文献:『ヘルマン・プライ自伝:喝采の時』(原田茂生、林捷訳:1993年 メタモル出版)(“”内の言葉はこの著書の中のプライ自身の言葉を引用したもの)

●プライと共演したピアニストたち(以下、姓のアルファベット順)

フィリップ・ビアンコニ(Philippe Bianconi: 1960-):仏・ニース出身。シューベルト三大歌曲集録音(DENON: 1984-1985年録音)で共演。「冬の旅」でのあまりにもあっけらかんとした明るいピアノの響きは評価が分かれたが、「水車屋の娘」ではその明るい響きが生きた。

リチャード・ボスワース(Richard Bosworth):アメリカのピアニスト。

アルフレート・ブレンデル(Alfred Brendel: 1931-):プライにとって最初となるはずだった「美しい水車屋の娘」を録音したが、結局お蔵入りとなった。コンサートでの共演ではリハーサルでいつも討論になったとのこと。1961,1962,1965,1966年ザルツブルク音楽祭で共演(1961年はプライのザルツブルクでのリサイタル・デビューだった)。“シューベルトへの共通の熱狂が私たちを結びつけた”

イェルク・デームス(Jörg Demus: 1928-2019):オーストリアのピアニスト。モーツァルト歌曲集録音(PHILIPS)で共演。ソリストとしてだけでなく、F=ディースカウ、シュライアーなど声楽家・楽器奏者の共演者としても知られる。

ヘルムート・ドイチュ(Helmut Deutsch: 1945-):ヴィーン出身のピアニスト。シューベルト、ブラームス(「マゲローネのロマンツェ」と個々の歌曲集)、レーヴェ歌曲集の録音で共演。プライ来日公演でも2回(1984,1988年)共演した。ザルツブルク音楽祭では4回共演(1982,1984,1985,1991年)。1970年代後半にはすでに日本人歌手たちとの共演者として欠かせない人となる。ドイチュの言葉:「彼からどれだけのことを学んだことだろう。私の伴奏者としての経歴の中で、やはり最も思い出の多い歌い手である。」(ヘルムート・ドイチュ『伴奏の芸術』(1998年 ムジカノーヴァ発行)より)。

ライアン・エドワーズ(Ryan Edwards):Phyllis Curtinの共演者として知られる。

デトレフ・アイジンガー(Detlev Eisinger: 1957-):ミュンヒェン出身のピアニスト。ソリストとしての活動の他にプライやエンゲンなどの共演者としても活動。

ミヒャエル・エンドレス(Michael Endres: 1961-):ドイツのピアニスト。レーヴェのゲーテ歌曲集の録音(CAPRICCIO)で共演。プライ晩年の多くのコンサートで共演。プライの来日公演では3回(1993,1995,1997年)共演した。

カール・エンゲル(Karl Engel: 1923-2006):スイスのピアニスト。モーツァルトやシューマンの独奏曲全集を録音する一方、カザルスやF=ディースカウなどとも共演している。プライとも数多くの録音・コンサートで共演。プライ最初の「冬の旅」(EMI: 1961年録音)、「美しい水車屋の娘」(TELDEC: 1971年録音)の録音が印象深い。また「詩人の恋」の録音(EMI: 1962年録音)ではそのテクニックのキレのあるうまさと感情表現の雄弁さが素晴らしかった。ザルツブルク音楽祭では1972,1974年に共演。

ユストゥス・フランツ(Justus Frantz: 1944-):ポーランド出身のピアニスト、指揮者。エッシェンバッハとの連弾は有名。

アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage: 1939-2018):ハンガリー人とロシア人を両親にもつアメリカのピアニスト。歌曲演奏が本領だが、アッバード指揮ヴィーン・フィルと共演したこともある(1973年)。プライとは「冬の旅」のライヴ録音(ERMITAGE: 1978年録音)がある。1980年代前半のヴォルフ「イタリア歌曲集」のコンサート前にはピアノの蓋の開け方でプライと論争した。“ゲージは、ある時私にこう言ったことがある。単純で些細なことが、作品の深さを開示し、演奏を感動的にする、そのことを私(=プライのこと)から学んだ、と”

デイヴィッド・ガーヴィー(David Garvey: 1922–1995):アメリカのピアニスト。レオンティーン・プライスの固定伴奏者として著名。

フリードリヒ・グルダ(Friedrich Gulda: 1930-2000):ヴィーン出身のピアニスト。グルダ自作の歌曲"Selige Sehnsucht"録音で共演(PHILIPS: 1973年録音)。シューマンのコンサートでも共演した。“私たちはごく自然に意を通じあい、一致協力して仕事にあたった”

ヘルベルト・ハイネマン(Herbert Heinemann: ?-):ヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして知られていた。ルードルフ・ショックなどとも共演している。プライとはシューベルト、シューマン、グリーグなどの録音(EMIなど)で共演。

レナード・ホカンソン(Leonard Hokanson: 1931-2003):スウェーデン系アメリカ人ピアニスト。プライとの数多くの録音・コンサートで共演。シュナーベルの弟子。プライにとって最も多く共演したピアニストだったのではないか。ベートーヴェン歌曲全集(CAPRICCIO: 1987-1989年録音)など重要な録音でも多く共演している。プライの来日公演では3回(1971,1973,1990年)共演した。ザルツブルク音楽祭では4回共演(1971,1973,1975,1976年)。“彼は私のほぼ理想に近い伴奏者だといってよい。というのも歌手に関して彼はもっぱら私とだけ仕事をするからだ”

ハルトムート・ヘル(Hartmut Höll: 1952-):ドイツのピアニスト。白井光子、F=ディースカウ、フレミング等との共演で知られるが、プライとの共演経験もあったらしい。

ヨアヒム・カイザー(Joachim Kaiser: 1928-):ドイツの音楽評論家・作家。1984年のドイツの対談番組でシューベルトの「音楽に寄せて」をプライと演奏した。

ベルンハルト・クレー(Bernhard Klee: 1936-):ドイツの指揮者・ピアニスト。エーディト・マティスと分け合ったモーツァルト歌曲全集録音(DG: 1975年録音)で共演。

ヴァルター・クリーン(Walter Klien: 1928-1991):オーストリアのピアニスト。シューベルト「白鳥の歌」の録音(LONDON: 1962年録音)ではプライともども情熱的なピアノを聴かせた。ソリストとして端正なモーツァルト弾きの印象が強いが、ゼーフリート、ホッターなどの歌曲ピアニストとしての顔ももつ。

ゼバスティアン・クナウアー(Sebastian Knauer: 1971-):ハンブルク出身のピアニスト。

小林道夫(Michio Kobayashi: 1933-):プライ1961年の初来日公演で共演。「冬の旅」やバッハ、マーラー、ヘンツェ、フォルトナーを弾いた。彼はほかにもヒュッシュ、ヘフリガー、シュライアー、F=ディースカウ、ホッター、デラ・カーサ、アーメリング、マティス、ヤノヴィツ、オジェーなどとも共演し、外来歌手から一目置かれる存在であった。

グウェンドリン・コルドフスキー(Gwendolyn Koldofsky: 1906-1998):カナダのピアニスト。ロッテ・レーマンの共演者として有名。

エルンスト・クシェネク(Ernst Krenek: 1900-1991):作曲家。クシェネク自作の歌曲集"Reise aus den österreichischen Alpen"からの3曲の抜粋録音で共演(PHILIPS: 1973年録音)。

ミヒャエル・クリスト(Michael Krist: 1946-):オーストリアのピアニスト。マーラー(PHILIPS: 1972年録音)や近現代作曲家の歌曲集録音(PHILIPS: 1973,1975年録音)で共演。1978年のプライの来日公演でも共演してオール・シューベルトを演奏した。

トーマス・レアンダー(Thomas Leander):1989年Bad Urachでのヴォルフ「イタリア歌曲集」(TV収録された)等で共演。

ジェイムズ・レヴァイン(James Levine: 1943-):アメリカの指揮者で歌曲のピアノもしばしば披露する。1992年12月カーネギーホールでのシューベルト・コンサートで共演。

マルク・ローター(Mark Lothar: 1902-1985):作曲家。ローター自作の歌曲"Der Pirol"録音で共演(PHILIPS: 1975年録音)。

デイヴィッド・ラッツ(David Lutz):アメリカ出身のピアニスト。ヴィーン在住。ロベルト・ホル、トマス・ハンプソンなどとの共演で知られる。

オレク・マイセンベルク(Oleg Maisenberg: 1945-):オデッサ出身のピアニスト。ザルツブルク音楽祭で1987,1993,1995年に共演。ソリストとしてだけでなく、ロベルト・ホルやクレーメルの共演者としても有名。

マルティーン・メルツァー(Martin Mälzer: 1929-):ドイツのピアニスト、指揮者。ブラームス歌曲集の録音(EMI: 1957年録音)で共演。1955年「冬の旅」のコンサートでも共演。F=ディースカウなどとも共演している。東京芸大での指導経験もあるようだ。"Mülzer" "Mölzer" "Mälzel"等の誤表記が多く、気の毒。

ジェラルド・ムーア(Gerald Moore: 1899-1987):イギリスのピアニスト。歌曲ピアニストの代名詞的存在。プライとは数多くの録音・コンサートで共演。ヴォルフ&プフィッツナー歌曲集の録音(COLUMBIA)が忘れがたい。ザルツブルク音楽祭では1964年8月に共演したが、すでに「白鳥の歌」の従来の順序を解体して「アトラス」からはじめている。“ムーアとは数々の素晴らしいコンサートが持てた”

トマス・ムラコ(Thomas Muraco):アメリカのピアニスト、指揮者。

岡原慎也(Shinya Okahara: 1954-):プライの1994年来日公演で「冬の旅」共演。ソリストとして、さらに歌曲ピアニストとして幅広く活動している。アーダム、ゲンツ、ヘンシェルとも舞台で共演している。

クルト・パーレン(Kurt Pahlen: 1907-2003):オーストリアの指揮者、作曲家、音楽学者。

クン=ウー・パイク(白 建宇)(Kun-Woo Paik: 1946-):韓国のピアニスト。1977年6月26日、HohenemsのRittersaal im PalastにてKun-Woo Paikのリサイタルにプライが出演してシューベルトの「さすらい人」D493を歌った。

ジェフリー・パーソンズ(Geoffrey Parsons: 1929-1995):オーストラリアのピアニスト。シュヴァルツコプフ、ホッターなど大歌手たちの信頼を得てきた最高の歌曲ピアニストの1人。プライとはブラームス「ドイツ民謡集」の録音(CAPRICCIO)で共演。ザルツブルク音楽祭では4回共演(1977,1978,1981,1988年)。“ジェラルド・ムーアの正統な後継者と呼ぶにふさわしいピアニストだ”

セバスティアン・ペシュコ(Sebastian Peschko: 1909-1987):ドイツのピアニスト。ハインリヒ・シュルスヌスの共演者として名高い。シュルスヌス夫人の招聘により、1962年シュルスヌス十回忌コンサートで共演(R.シュトラウスなど)。

クルト・ラップフ(Kurt Rapf: 1922-2007):オーストリアのピアニスト、指揮者、作曲家。ホッターやシュヴァルツコプフ、グリュンマーとも共演した。

ミヒャエル・ラウハイゼン(Michael Raucheisen: 1889-1984):ドイツのピアニスト。歌曲ピアニストのパイオニア的存在。1953年4月コルネーリウス、レーヴェ、シューベルトの録音で共演。“彼は愛すべき人物そのものだった。私たちははじめからとてもよく理解しあえた”

ヘルマン・ロイター(Hermann Reutter: 1900-1985):作曲家・ピアニスト。シュヴァルツコプフやF=ディースカウとの共演でも知られる。ロイター自作の歌曲"Abendphantasie"録音で共演(PHILIPS: 1974年録音)。

コンラート・リヒター(Konrad Richter: 1935-):ドイツのピアニスト。ヴォルフ「アイヒェンドルフ歌曲集」の録音(EMI)で共演。1967年8月にザルツブルク音楽祭で共演。

ヴォルフガング・サヴァリシュ(Wolfgang Sawallisch: 1923-2013):ドイツの指揮者だが、歌曲ピアニストとしても非凡な存在。「冬の旅」(PHILIPS: 1971年録音)、ベートーヴェン歌曲集(DENON: 1980-1981年録音)の録音で共演。1968, 1970年にザルツブルク音楽祭でピアニストとして共演。

ハルトムート・シュナイダー(Hartmut Schneider: 1960-):ドイツのピアニスト。プライ最後のザルツブルク音楽祭出演となった1997年8月に共演(「白鳥の歌」ほかシューベルト歌曲)。

フリッツ・シュヴィンハンマー(Fritz Schwinghammer):ドイツのピアニスト。特にディートリヒ・ヘンシェル(BR)との共演で知られるが、プライ晩年のいくつかのリサイタルで共演した。

ノーマン・シェトラー(Norman Shetler: 1931-):アメリカのピアニスト。シュライアーやS.ローレンツ、F=ディースカウとの共演者として有名。人形を使った芸でも知られている。

アードルフ・シュタウホ(Adolf Stauch: 1903-1981):ドイツのピアニスト・教育者。プライに大きな影響を与えた師であり、共演者でもあった。往年のバリトンKarl Schmitt-WalterやテノールRudolf Schockなどとの共演で知られる。

レオ・タウプマン(Leo Taubman: 1907-1966):オーストリア生まれのピアニスト。ビルギット・ニルソンやジョージ・ロンドンと共演した。

フローリアン・ウーリヒ(Florian Uhlig: 1974-):ドイツのピアニスト。1997年9月30日シューベルト・ライヴ録音で共演。

パウル・ウラノウスキー(Paul Ulanowsky: 1908-1968):ヴィーン出身のアメリカ人ピアニスト。ロッテ・レーマンとの共演で有名。“典型的なウィーン子で、気むずかしい皮肉屋の彼は、面白がらせておいて、それに水を差すような地口をいつも用意していた”

チャールズ・ワズワース(Charles Wadsworth: 1929-):アメリカの歌曲ピアニスト。1987年9月アメリカでのコンサート(「詩人の恋」、R.シュトラウス)などで共演。

アレクシス・ヴァイセンベルク(Alexis Weissenberg: 1929-2012):ブルガリア出身のフランス人ピアニスト。リスト歌曲集の録音(EMI: 1978年録音)で共演。“彼とは最初の瞬間からとてもよくうまがあった”

ギュンター・ヴァイセンボルン(Günther Weissenborn: 1911-2001):ドイツのピアニスト・指揮者。ヴォルフ「イタリア歌曲集」「アイヒェンドルフ歌曲集」、レーヴェ歌曲集などの録音で共演。1963年7月ザルツブルク音楽祭で共演。“プフィッツナーの素晴らしい歌曲を私が歌うようになったのはヴァイセンボルンのお蔭である”

ディーター・ツェヒリン(Dieter Zechlin: 1926-2012):ドイツのピアニスト。ブラームス「4つの厳粛な歌」録音で共演。シューベルトのピアノ・ソナタ全曲録音などで知られる。

50人以上の名前が挙がったが、録音ではホカンソン、エンゲルとの共演が群を抜いて多い。
鋭利な切れ味をもったテクニシャン、カール・エンゲルに対し、緩やかで20世紀前半の自在な弾き方を彷彿とさせるレナード・ホカンソン。
全く異なった個性をもったこの2人がプライにとって最もお気に入りの共演者だったのではないだろうか。

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リンク集追加のお知らせ:渡辺美奈子さんのホームページ

芸術学、ドイツ文学研究者の渡辺美奈子さんの充実したホームページをリンク集に追加しました。
ドイツの詩、音楽、料理と、ドイツに関する百科事典のような素晴らしいサイトです。
例えばゲーテの詩によるシューベルトの歌曲をテキストから掘り下げて解説され、さらにMIDIで音楽も楽しむことが出来ます。
音楽を多面的に鑑賞することの楽しさを知ることが出来ると思います。
また、「冬の旅」の掘り下げた研究も素晴らしく、現在「詩と音楽」で甲斐さんが連載しておられる「冬の旅」シリーズと並行してご覧になれば、なんとなく知ってはいるけれども曖昧なイメージのままだった「冬の旅」像に、より明確な輪郭が与えられることと思います。
「冬の旅」の詩人ミュラーについての資料も大変貴重です。
そして、渡辺さんの愛犬との思い出や日記などでは、ご本人の温かいお人柄が伝わってくるような優しい視点であらゆるものと接しておられることに感動します。
ぜひご訪問ください!

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(2012年1月22日追記)

アドレスの変更のご連絡をいただきました。
今後は以下のサイトをご訪問ください。
 こちら

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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンTV放映

15日(金)の夜11時30分~1時45分(高校野球延長による時間変更の可能性あり)に、今年の5月に行われたラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンのハイライトがNHK教育テレビで放映される予定です。
5日東京国際フォーラムホールCでの4公演からの抜粋のようです。
興味のある方はぜひご覧ください!

ttp://www.nhk.or.jp/art/

【特集】 
●ラ・フォル・ジュルネ『熱狂の日』の魅力 

【公演コーナー】 
● ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』音楽祭2008 
 
1)ドイツ舞曲 D.820  (シューベルト/ウェーベルン)             

管弦楽:ローザンヌ室内管弦楽団             
指  揮:クリスティアン・ツァハリアス

2)ミサ曲 第5番 変イ長調 D.678 (シューベルト)          

ソプラノ:ユッタ・ベーネルト
メゾ・ソプラノ:マルグリート・ファン・ライゼン
テノール:トマス・ウォーカー
バス:デーヴィッド・ウィルソン・ジョンソン
合唱:カペラ・アムステルダム
管弦楽:ヴュルテンベルク室内管弦楽団
指揮:ダニエル・ロイス

3)ロザムンデ D.797 から 
ロマンス「満月は輝き」、「狩人の合唱」 (シューベルト)

メゾ・ソプラノ:林 美智子               
合唱:晋友会合唱団
合唱指揮:清水 敬一
管弦楽:フランス国立ロアール管弦楽団
指揮:ペーテル・チャバ

4)ズライカⅠ D.720、ズライカⅡ D.717
愛らしい星 D.861、夜と夢 D.827
若い尼 D.828、きみはわがいこい D.776
さすらい人の夜の歌 D.768、ミューズの子 D.764
トゥーレの王 D.367、糸を紡ぐグレートヒェン D.118
ます D.550、アヴェ・マリア D.839
 (以上、シューベルト) 

ソプラノ:バーバラ・ヘンドリックス
ピアノ:ルーヴェ・デルヴィンイェル

<収録> 2008年5月5日 東京国際フォーラムホールC

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(8月17日(日)追記)

TV放映前にTVをつけっぱなしで横になっていたらいつのまにか眠ってしまい、目が覚めたらヘンドリックスが「グレートヒェン」を歌っていました。
そんなわけで、その翌日録画したビデオで全編を鑑賞しました。

ツァハリアスはピアニストとしてもLFJに出演していたようですが、今回はドイツ舞曲をヴェーベルンがオケ編曲したものの指揮者としての登場でした。
ヴェーベルンは同郷人シューベルトに対して畏敬の念のようなものがあったのでしょうか、本当に素直にピアノ独奏曲をオーケストラの響きに置き換えていました。
朴訥としたシューベルトの一面がよくあらわれた作品だったと思います。

次のダニエル・ロイス指揮の「ミサ曲第5番」全曲は、この収録とは別の日に同じ演奏者で聴いていたので、その日の感動を再び味わえました。
宗教曲だから確かに厳かではあるのですが、それでもやはりシューベルト、そこここに美しい歌が聴かれます。
会場で聴いていた時には気付かなかったのですが、今回TVで見て、ソリストの配置がS→A→T→Bではなく、A→S→T→Bということに気付きました。
高音歌手を中央にまとめてその周囲を低声歌手が包み込むという意図でしょうか。
宗教曲を普段あまり聴かないので、こういうことが普通なのかどうかは分かりませんが、興味深いことだと思いました。

「ロザムンデ」は当日会場で聴いたものの録画でしたが、全曲だと1時間ぐらいかかるので、今回は2曲だけ親しみやすい曲が放送されました。
「ロザムンデ」のロマンスとして親しまれている「満月は輝き」を歌った林美智子さんは会場で遠目に見た時にも感じましたが、映像で見てもやはり美しく気品の感じられる方でした。
いい声をもっておられるという印象でしたが、曲の悲哀感を出すにはさらに年輪が必要かなという印象です。
「狩人の合唱」は軽快で楽しい小品です。
「ロザムンデ」の中でも最も親しみやすい部類の曲だと思います。
晋友会合唱団はさすがに見事な歌でした。

最後のヘンドリックス&デルヴィンイェルのシューベルト歌曲集はアンコールも含めて当日のプログラム全曲が放送されました。
今回の放送の中でもやはり出色の出来でした。
映像で見ると会場で感じた彼女の印象が甦ります。
確かにふくよかになった彼女の体躯から響く声は豊かさを増していました。
加齢による声の変化は否めませんが、リートの場合はそれが必ずしもマイナス要因にはつながらないのが面白いところです。
時々発音が不明瞭になったり、音程が不安定になるなど、いくつかの気になる点を指摘することは出来ますが、それ以上に彼女の歌の力の強さが上回っています。
彼女の声には特有の粘りがあり、それが歌にコクを与えているように思えます。
それがドイツ人の歌うリートとは全く異なった魅力を作品から引き出すことにつながっているのだと思います。
アンコールの最後に歌われた「アヴェ・マリア」、これはもう聴き手の胸に直接沁みてくる祈りの歌でした。
素晴らしい円熟の歌唱だったと思います。
また、デルヴィンイェルのピアノは、シューベルトの演奏に不可欠な自然さで、作品の明暗を見事に表現していたと思います。

なお、ヘンドリックスの歌った作品の中に「愛らしい星」D861という曲があります。
この曲はその曲調から、これまで軽快でかわいらしい小品というイメージしかなかったのですが、今回TVに表示された字幕を見て、その後、さらに歌詞も確かめてみると、「美しい水車屋の娘」の主人公の最後にも通じる水の底での眠りを望むという深い悲しみが表現されていることが分かりました。それがこの曲の後奏で一瞬あらわれる短調の響きで表現されていたのだなと今になって気付きました。悲しみと喜びが表裏一体となったシューベルトの作品の繊細さをあらためて気付かせてもらった体験でした。

本家ナントの映像なども織り込みながら、ラ・フォル・ジュルネの魅力を多面的に伝えた充実した放送だったと思います。
来年のバッハはどんな感じになるのか今から楽しみです。

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サラ・ブライトマン&パーソンズ/「ザ・ツリーズ・ゼイ・グロウ・ソー・ハイ」

これまでのオリンピック、普段からあまりスポーツ観戦をしない私は開会式もあまりじっくり見たことがなかったのだが、今回の北京五輪は珍しく最初から選手の入場までかなりしっかりと見ることが出来た。
著名な映画監督のチャン・イーモウがプロデュースをした開会式は、2年以上もかけて構想を練ったというだけあって、よく考えられていて芸術的だったと思う。
中国の悠久の歴史を表現したパフォーマンスは、長いこと国内開催を待ち望んでいたというだけあって、中国の威信をかけているのが痛いほど伝わってきた。
もう少しコンパクトにまとめた方が見ている人には親切かもしれないという気もしたが、中国人にとっては自国をアピールする絶好の機会とばかりにあれこれ繰り出してくる気持ちも分からなくはない。
だが、これだけのパフォーマンスの連続とそれにかかわる膨大な数の人を采配するのは大変なことだろう。
混乱もなく次々にパフォーマンスを進めるその手際のよさは、社会主義国ならではかもしれない。
200国以上の選手団が入場してくる間、中国の女性たちがずっと踊り続けていたが、これは結構体力的にきついのではないかと余計な心配をしてしまいたくなる。
テロ予告があったり、ロシアとグルジアが戦争状態に入ったり、観光スポットで米国人が事件にまきこまれたりと、平和とは程遠い中での開催だが、とにかく出来る限り無事に全日程が進むことを祈りたい。

この開会式の後半で、中国のピアニスト、ラン・ランが出てきたりして、パフォーマーも中国の一流どころの妙技で世界に向けてアピールしているのが感じられたが、この五輪のために作られたという曲を中国の男性歌手と共に歌っていたのが、イギリスのミュージカル歌手サラ・ブライトマンであった。
彼女はこのようなイベントには引っ張りだこのようだが、最近は日本のCMなどでも聞く機会が増え、他の歌手と間違えようのないその個性的で澄んだハイトーン・ボイスがもてはやされるのは何となく分かる気がする。
彼女の声は“癒し”が求められる現代にあって、まさに歌声でそれを実現できる希少な存在であることは間違いないだろう。

ミュージカル「オペラ座の怪人」などでよく知られた歌手だが、彼女は若い頃、ジェフリー・パーソンズと組んで、ベンジャミン・ブリテンの編曲した民謡集を19曲録音している。
それを久しぶりに引っ張り出して聴いてみた。

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「ザ・ツリーズ・ゼイ・グロウ・ソー・ハイ」
Brightman_parsons_britten東芝EMI: EMI CLASSICS: TOCE-9688
録音:1986年8月2~4日、11月14日、アビーロード 第1スタジオ
サラ・ブライトマン(Sarah Brightman)(S)
ジェフリー・パーソンズ(Geoffrey Parsons)(P)

ブリテン(Benjamin Britten)編曲
1.ある朝早く(Early one morning)
2.ニューカッスルからおいででは?(Come you not from Newcastle?)
3.優しのポリー・オリヴァー(Sweet Polly Oliver)
4.木々は高だかと(The trees they grow so high)
5.とねりこの木立(The Ash Grove)
6.ああ、ああ(O Waly, Waly)
7.答えのなんと優しいことか(How sweet the answer)
8.牧童(The Plough Boy)
9.春が過ぎてゆく(Voici le Printemps)
10.夏の最後のバラ(庭の千草)(The last rose of summer)
11.美しいひとは愛の庭に(La belle est au jardin d'amour)
12.糸を紡ぐ女(Fileuse)
13.愛しきわが祖国のハープ(Dear Harp of my Country!)
14.小さなサー・ウィリアム(Little Sir William)
15.ねえ、クッションを縫える?(O can ye sew cushons?)
16.しんとした夜にはよく(Oft in the stilly night)
17.おいらが親父のところで(Quand j'étais chez mon père)
18.慰めてくれる人もなく(There's none to soothe)
19.オリヴァー・クロムウェル(Oliver Cromwell)

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ブライトマンの20代半ばの歌唱はさすがに現在の声の印象とは違う。
今のミュージカル歌手としての押しの強さはあまりなく、黙って聴いていると普通のクラシック歌手が歌っているようにすら思える。
だが、彼女の美声はブリテン編曲の素朴な民謡にも新鮮な魅力を表現しているように感じた。
言葉の発音がしっかりしていて、表情がとても豊かなのは、ミュージカルでの鍛錬がものを言っているに違いない。

普段TVや企画CDなどでいわゆる“癒し系”の楽曲を歌う彼女の声は確かに聴く人の心を癒やすことに大きな比重が置かれた作品をその意図にのっとって歌っているのだろう。
それらが大きな需要をもっていることは言うまでもない。
一方、このブリテン歌曲集、彼女のどこまでも伸びる高音の美しさはすでに満喫できるのだが、このCDを“癒し系”と呼べるかというとそうは思えない。
もちろん楽曲が“癒し”を目指したものではないということもあるのだが、彼女の声が、これらの民謡の中の苦悩や悲しみ、ユーモアなどの要素に対して内的に掘り下げたアプローチをしているため、癒すどころか時に聴き手の心の傷に触れる可能性すらある。
つまりこの録音では正統的な歌曲歌手と同じアプローチで歌われていると考えていいのではないだろうか。

ジェフリー・パーソンズが亡くなってすでに13年が過ぎた。
返す返すもこのような巨匠級の歌曲ピアニストを65歳の若さで失ったのは残念なことこのうえない。
テクニックも音楽性もずばぬけた偉大な存在だった。
ベーアやノーマンの共演者として何度か来日公演を聴くことが出来たが、どの演奏会でも彼の手から生まれた音はこれ以上ないほどの美しさと歌心があった。
この録音でもパーソンズ節はいたるところに聴くことが出来る。

わが国でも好まれた「庭の千草」という曲がある。
あまりにも日本で親しまれたため、日本の曲と思っている人がいてもおかしくないが、実際にはトマス・ムーアの詩によるアイルランド民謡である。
正確に訳せば「夏の最後のバラ」となるのだろう。
ブリテンもこの曲を編曲しており、歌声部はお馴染みの旋律に特に手を加えていないと思われるが、ピアノはくすんだ不協和音を分散させて不安をかきたてるような響きで貫いている。
夏に最後に残ったバラの花が一輪寂しがっている。それを見た者がバラに呼びかける「最期には仲間たちの墓の上に撒いてあげるよ」と。私も友に逝かれたら最後のバラの後に続こうと、友に先立たれる者の悲しみが歌われている。

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庭の千草(詩:里見義)

庭の千草も 虫の音も
枯れて寂しくなりにけり
ああ白菊 ああ白菊
一人遅れて 咲きにけり

露もたわむや 菊の花
霜におごるや 菊の花
ああ あわれあわれ ああ白菊
人の操(みさお)も かくてこそ

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The last rose of summer

'Tis the last rose of summer,
Left blooming alone;
All her lovely companions
Are faded and gone;
No flow'r of her kindred,
No rosebud is nigh
To reflect back her blushes,
Or give sigh for sigh.

I'll not leave thee, thou lone one,
To pine on the stem;
Since the lovely are sleeping,
Go, sleep thou with them;
Thus kindly I scatter
Thy leaves o'er the bed
Where thy mates of the garden
Lie senseless and dead.

So soon may I follow,
When friendships decay,
And from love's shining circle
The gems drop away!
When true hearts lie wither'd,
And fond ones are flown,
Oh! who would inhabit
This bleak world alone?

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アーメリング&ボールドウィンの放送録音(Radio4)

オランダのRadio4で3日(日)に放送されるOase(オランダ語で「オアシス」の意味)という番組の中で、エリー・アーメリングとドルトン・ボールドウィンによるシューマン「女の愛と生涯」全曲の放送録音が流されます。

この番組、現地時間の日曜日12時15分~14時2分に放送されるので、日本時間では19時15分~21時2分に相当します(夏時間)。
CD音源中心の内容の中に放送録音も混ぜるという構成の番組のようです。
なお、アーメリングの放送前に10曲ほど別の演奏家によるCD音源が流される予定なので、予告通りに進めば、夜8時前後に放送されることになると思われます。

詳細は以下のリンク先にあります。
http://www.radio4.nl/page/programma/37/2008-08-03

1975年1月5日、アムステルダム・コンセルトヘボウ録音とのことなので、彼女が同じくボールドウィンとスタジオ録音した73年8月の2年後というまさに旬の時期の歌唱であり、楽しみです。

Radio4の他の番組同様、放送後1週間ほどは最新の放送内容を好きな時に聴けるようになっているので、後であらためて聴くことも可能です。

聴き方は、時間通りに聴く場合は左側の"RADIO 4 LIVE" をクリックします。
後で聴く場合は、プレゼンテイターの写真の下にある"Beluister Oase"をクリックして、出てきた画面の上の方にある"Beluister"と書かれたリンクをクリックするとラジオが立ち上がります。

アーメリング・ファン、ボールドウィン・ファン、シューマン・ファンの方はぜひ!
以上、ご案内でした。

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(追記:ラジオを聴き終えて)

アーメリングとボールドウィンによるシューマンの歌曲集「女の愛と生涯」Op. 42の全8曲のライヴをさきほど聴きました。
アムステルダムのコンセルトヘボウ(オランダ語の正式な発音では「コンセルトヘバウ」)での演奏、アーメリングは広い会場だからといってことさらにドラマ性を強めたりはせず、あくまで慎ましやかな女性像に終始していました。
1975年というと、アーメリングがオペラ「イドメネオ」に出演した1973~1974年の翌年にあたり、声は若かりし頃のどこまでも伸びる声から変化を見せて若干渋みを増しはじめ、表現がより内なるものに向かおうとする頃でしょうか。
今回の演奏でも、抑制した表現が印象的でした。

この歌曲集は以下のように進みます。
1.「彼に会ってからというもの目が見えなくなったよう」と出会いの衝撃を歌う。
2.「彼は、誰よりも素晴らしい」、こんなに優しく、こんなに親切、と彼を星にたとえる一方、自分のような卑しい娘には目もくれずにもっともふさわしい女性を選んでくださいと歌う。だが、喜んで祝福するといっていながら心の中では胸が張り裂けると告白しており、本音ではないことが分かる。
3.「私には分からない、信じられない」、彼が私のようなみじめな者を選んでくれたなんてと、彼に求愛された喜びを歌う。2、3曲目での詩の表現に女性の自己卑下をあらわす言葉が使われており、これがこの詩の不人気の原因になっている。
4.「私の指にはめた指輪よ」:婚約指輪をもらって、人生の深い価値を知った気持ちが歌われる。
5.「手伝って、妹たち」:花嫁衣裳を身に着ける喜びと同時に、妹たちとの別れの寂しさも忍ばせる。
6.「いとしい友よ、あなたは不思議そうに私を見ています」:涙を流して子供を授かった喜びを彼に伝えるという歌。
7.「私の心で、私の胸で」:あなたは私の喜び、私の楽しみ!と、赤ちゃんを胸に抱き、幸せすぎる気持ちを爆発させるように歌う。男の人は母親の幸せを感じることが出来ないから気の毒ねなどと余裕のあることを言うほどの喜びようである。
8.「今あなたは私にはじめて苦痛を与えました」:彼の死によって、放心して虚しさを感じ、心の中の私と彼との思い出の世界に引きこもると歌う。

シューマンの歌曲の中では賛否両論に分かれる作品ではありますが、それはシューマンの責任というよりもシャミッソーの詩における女性像への不満に由来するものと思われます。
シューマンの音楽は、いわば小市民的なささやかな幸せを追い求める人生のスナップショットといった感のある詩の内容に合わせて、深みよりは日常の一こまのような平穏さで作曲しているように思います。
ここに「詩人の恋」の深い苦悩や「リーダークライス」Op. 24の若々しい繊細さを求めてはいけないのでしょう。

アーメリングの歌う女性像は、小市民的なささやかな気持ちの表出という点でよくキャラクターに合っていると思います。
澄んでいて細身な声は華奢で慎ましい女性の気持ちと違和感なく溶け込んでいたし、はっきりした語り口のうまさが物語の展開をうまく伝えていたと思います。
まだ、低声は充実の余地を残していて、さらに80年代になると8曲目の深みなども出てくるのですが、1975年当時の彼女の声の若さもなかなか魅力的でした。

ボールドウィンはまさに額縁のようにくっきりとした背景を描いていました。
タッチは深みがあり、劇性も感じさせ、ピアノのみの箇所では無言歌のように前面で歌いあげ、アーメリングの歌との自然な架け橋を作っていました。
歌とピアノがそれぞれの持ち味を溶け合わせて相互補完的な一体感を作り上げていたように感じました。

このオランダのOaseという番組、毎回番組が始まって約45分を過ぎた頃にCD音源ではない貴重なライヴ録音を流しているようです。
来週はブリテンの歌曲集「セレナード」をジェラルド・イングリッシュが歌ったライヴが放送されるようですので興味のある方はどうぞ。

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ヒュッシュ&ミュラーの「冬の旅」

シューベルト/歌曲集「冬の旅」
Huesch_mueller_winterreise東芝EMI: EMI CLASSICS: TOCE-55253
録音:1933年4月8,10,11日, 8月1-4,8日, 9月15日, London
ゲルハルト・ヒュッシュ(Gerhard Hüsch)(BR)
ハンス・ウド・ミュラー(Hanns Udo Müller)(P)

1.おやすみ(4'01)(9.15録音)
2.風見の旗(1'39)(8.1録音)
3.凍った涙(2'26)(8.1録音)
4.かじかみ(2'57)(8.8録音)
5.菩提樹(4'31)(8.3録音)
6.あふれる涙(4'15)(8.2録音)
7.川の上で(3'02)(8.2録音)
8.かえりみ(2'00)(8.3録音)
9.鬼火(2'08)(8.3録音)
10.休息(3'10)(4.8録音)
11.春の夢(4'12)(8.1録音)
12.孤独(2'33)(4.10録音)
13.郵便馬車(1'43)(4.10録音)
14.霜おく髪(2'57)(4.10録音)
15.からす(1'58)(4.10録音)
16.最後の希望(2'12)(4.10録音)
17.村にて(3'13)(4.11録音)
18.嵐の朝(0'44)(4.11録音)
19.まぼろし(1'07)(8.2録音)
20.道しるべ(3'58)(4.11録音)
21.宿(3'37)(4.11録音)
22.勇気(1'16)(8.4録音)
23.幻の太陽(3'05)(8.4録音)
24.辻音楽師(3'09)(8.3録音)

20世紀前半のSP盤時代に日本で好んで聴かれた名盤の1つに、バリトンのゲーアハルト・ヒュッシュ(Gerhard Heinrich Wilhelm Fritz Hüsch: 1901.2.2, Hannover - 1984.11.21, München)と、ピアニストのハンス・ウード・ミュラー(Hanns Udo Müller: 1905, Berlin - 1943.8.23)による「冬の旅」がある。
私はスゼー&ボールドウィンのPHILIPSのLPではじめてこの歌曲集を知り、その後、F=ディースカウ&ムーア盤、ホッター&ムーア盤、プライ&エンゲル盤などを聴くようになるのだが、ものの本ではよく見かけたヒュッシュ&ミュラーの録音はその後随分経ってからようやく聴くことが出来た。

ヒュッシュは日本とのつながりも強く、何度も来日してコンサートを開いたり、小林道夫やマンフレット・グルリットと歌曲録音もしており、さらに1961年から2年間日本に住んで東京芸術大学で教鞭をとっていたという。
晩年に闘病していたヒュッシュに対して日本の多くのお弟子さんが援助を惜しまなかったそうだ。
ある世代の人たちにとっては懐かしさとともに思い出されるアーティストなのだろう。
だが、現代の人にとっても彼の歌唱の魅力は新鮮で全く色あせていないと思う。
リート演奏史のほとんど出発点といってもいい彼の名唱に多くの人が触れてほしい。

この「冬の旅」の録音には有名な逸話がある。
第1曲「おやすみ」は全4節からなる変化のある有節形式だが、全節演奏すると当時の盤の片面に収録できる時間を越えてしまい、苦肉の策としてやむなく第2節を省略したそうだ。
この曲のテンポがほかの人の演奏に比べてかなり速めなのも、時間的な制約によるものらしい。
だが、その速さが聴いているうちに気にならなくなってくるのは演奏者たちの力なのだろう。

20世紀前半の歌唱は感情のおもむくままに自由奔放に歌い、作品そのものよりも歌手の個性が前面に出てくる傾向があった。
フョードル・シャリアピン、レオ・スレツァークやハインリヒ・シュルスヌスといった当時のスター達の歌唱もそのような流れの中に位置づけられよう。
当時はおそらく作品を聴くという以上に歌手の至芸を楽しむという感覚が強かったのではないか。
それに対して、新即物主義(Neue Sachlichkeit)という美術面での潮流が音楽にも波及し、ヒュッシュはその流れを汲んだ歌唱と言われるようになった。
確かにこれまでの歌手たちが感情重視で、作品を良くも悪くも自在に変形させてきた中で、ヒュッシュの厳格なまでのテンポ設定で1音1音作品を忠実に再現するというやり方は当時の人にとって新鮮だったであろうことは容易に察せられる。
それが杓子定規な堅苦しさに陥らずに聴く人を魅了したのは、持ち前のハイバリトンの美声、さらにはドイツ語の発声のこれまでにない明瞭さとそれに伴う深い精神性が挙げられるだろう。
今回あらためて彼の歌う「冬の旅」を聴いて、1930年代にこのような歌唱が存在したというのはやはり驚きだと思った。
1つ興味深かったのは、彼が予想以上にポルタメントを多用していたことである。
これはやはり彼も時代の影響と全く無縁ではなかったということだろう。
しかし、それによってテンポを恣意的に引き伸ばすということは一切せず、音同士の間をレガートにつなぐ彼なりの美学だったのではないか。
一方、「あふれる涙」や「鬼火」などでは長く伸ばす音符を早めに切り上げて、次の音を歌う箇所があり、これが彼の解釈なのか、時間的な制約を考慮したものなのかは不明だが、少なくとも「鬼火」についてはゆっくり歌っても時間的に余裕がある筈で、彼なりの解釈である可能性が高い。
「厳格」という言葉で修飾されることの多い彼の歌唱だが、その声には人間的なぬくもりがあり、「冬の旅」の厳しさを知らず知らず和らげてくれるものが彼の声にあったからこそ、多くの人の心に届いたのではないかという印象を受けた。

ピアノのハンス・ウード・ミュラーの演奏は驚くほど素晴らしい。
当時、これほどの水準で歌曲を演奏できたピアニストはどれほどいただろうか。
タッチは明晰だし、テンポ感覚は全く妥当、表情の付け方も細かいが全体の構成への目配りも怠らない。
ヒュッシュと共にピアノでよく歌っているのがはっきり聴きとれる。
安易に感情に溺れないところも二人の音楽性がぴたっと一致している。
ヒュッシュにとって無二の存在だったのではないか。
私はミュラーの演奏をヒュッシュ以外の歌手では知らないのだが、ほとんどヒュッシュの専属ピアニストのような存在だったのだろうか。
ミュラーは自宅に爆撃を受けて亡くなったそうだが、その損失はヒュッシュだけでなく音楽界にとっても大きかったのではないか。

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