« プライ日本公演曲目1994年(第11回来日) | トップページ | プライ日本公演曲目1997年(第13回&第14回来日) »

プライ日本公演曲目1995年(第12回来日)

第12回来日:1995年10~11月

ヘルマン・プライ(Hermann Prey)(BR)
ミヒャエル・エンドレス(Michael Endres)(P)
東京ニューシティ管弦楽団(Tokyo New City Orchestra)
オーケストラ・アンサンブル金沢(Orchestra Ensemble Kanazawa)
ピーター・フェラネッツ(C)
岩城宏之(Hiroyuki Iwaki)(C)

10月22日(日)14:00:ザ・シンフォニーホール:シューベルト&ブラームス歌曲
10月27日(金)19:00:メディアホール:シューベルト&ブラームス歌曲
11月1日(水)19:00:紀尾井ホール:シューベルト&ブラームス歌曲
11月3日(金)14:00:佐倉市民音楽ホール:「冬の旅」
11月4日(土)19:00:サントリーホール:アリアの夕べ
11月12日(日)16:30:高岡市民会館:「高岡市民音楽祭」
11月13日(月)19:00:金沢市観光会館:「設立7周年記念スペシャル・コンサート」
11月14日(火)19:00:愛知県芸術劇場コンサートホール:「設立7周年記念スペシャル・コンサート」

●シューベルト&ブラームス歌曲 共演:ミヒャエル・エンドレス(P)

シューベルト/さすらい人(Der Wanderer)D489;春に(Im Frühling)D882;菩提樹(Der Lindenbaum)D911-5;ます(Die Forelle)D550;魔王(Erlkönig)D328;舟人(Der Schiffer)D536;漁夫の歌(Fischerweise)D881;春の信仰(Frühlingsglaube)D686;夕映えのなかで(Im Abendrot)D799;ブルックの丘にて(Auf der Bruck)D853

ブラームス/セレナード(Ständchen)Op. 106-1;おまえの青い瞳よ(Dein blaues Auge)Op. 59-8;5月の夜(Die Mainacht)Op. 43-2;恋人を訪ねて(Der Gang zum Liebchen)Op. 48-1;永遠の愛(Von ewiger Liebe)Op. 43-1;甲斐なきセレナード(Vergebliches Ständchen)Op. 84-4

ブラームス/「ドイツ民謡集」より(aus "Deutschen Volksliedern")~目覚めよ美しい恋人(Wach auf, mein Herzensschöne);わたしの思いのすべては(All mein Gedanken);あの下の谷間には(Da unten im Tale);静かな夜に(In stiller Nacht);美しい乙女よ私を許して(Erlaube mir, fein's Mädchen);あの娘は赤い薔薇の唇(Mein Mädel hat einen Rosenmund)

●「冬の旅」 共演:ミヒャエル・エンドレス(P)

シューベルト/歌曲集「冬の旅」(Winterreise) D911

●アリアの夕べ 共演:東京ニューシティ管弦楽団;ピーター・フェラネッツ(C)

クロイツァー/歌劇「グラナダの野営」より「私は狙撃兵」
ワーグナー/歌劇「タンホイザー」より「夕星の歌」
J.シュトラウスⅡ/喜歌劇「こうもり」より「私は客を招くのが大好き」
レハール/喜歌劇「メリー・ウィドウ」より「マキシムの歌」
ほか

●「高岡市民音楽祭」 共演:田島茂代(S:レクイエム);木村俊光(BR:レクイエム);高岡市民音楽祭合唱団(レクイエム);オーケストラ・アンサンブル金沢;岩城宏之(C)

シューベルト/竪琴弾きの3つの歌;音楽に;ひめごと;駆者クロノスに;セレナード;夜と夢;死と乙女;魔王

フォーレ/レクイエム

●「設立7周年記念スペシャル・コンサート」 共演:オーケストラ・アンサンブル金沢;岩城宏之(C)

シューベルト/イタリア風序曲ハ長調;劇音楽「ロザムンデ」より間奏曲第3番

シューベルト/竪琴弾きの3つの歌;楽に寄す;死と乙女;魔王 ほか

--------------------------

ヘルマン・プライ12回目の来日は、前回の翌年の1995年。
従って、1993年から3年連続で来日したことになる。
今回はミヒャエル・エンドレスとのシューベルト&ブラームス歌曲集が3公演と、佐倉市での「冬の旅」のほか、東京でのオペラ・アリアの夕べ、さらに岩城宏之(1932.9.6, 東京 - 2006.6.13, 東京)指揮オーケストラ・アンサンブル金沢との初共演でシューベルトのオーケストラ歌曲を歌った。
この共演がうまくいった為か、彼らはシューベルトのオーケストラ歌曲をDGのために録音してリリースすることになる。

私は11月1日のシューベルト&ブラームス歌曲の夕べを聴いたが、プライが日本でブラームスの歌曲を披露したのは今回が最初で最後であった。
プライは若い頃にもブラームスの「ドイツ民謡集」を録音しており、十八番のレパートリーだと思うのだが、日本ではやはり「冬の旅」の需要が大きい為かなかなかステージでは聴くことが出来なかった。
この日は紀尾井ホールの舞台横の2階席からシューベルトとブラームスのいわゆるスタンダード・ナンバーを1曲1曲耳に刻みつけようとして聴いたのを覚えている。
なお、この日のアンコールはブラームス「墓地で」「子守歌」、シューベルト「シルヴィアに」「野ばら」の4曲。

また、「冬の旅」が東京で一度も歌われなかったのは、リートのプログラムが組まれたこれまでの来日公演の中でははじめてのことである。

|

« プライ日本公演曲目1994年(第11回来日) | トップページ | プライ日本公演曲目1997年(第13回&第14回来日) »

コンサート」カテゴリの記事

ヘルマン・プライ」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

コメント

うわぁ、大好きな曲がズラリ!←シューベルト&ブラームス
日本公演でのブラームスはこれが唯一の機会だったのですね。何があっても駆けつけるべきだったと、後悔しています。
とは言ってもあの頃は長野にいて、新幹線も無い時だったので、東京の演奏会に行くのは泊りがけだったのですが・・・

「五月の夜」や「永遠の愛」はドラマティックな歌唱を聴かせたのでしょう。これだけでも聴きたかったですね。

投稿: ひさと(竹ちゃん2号) | 2008年7月19日 (土曜日) 10時50分

ひさとさん、おはようございます。
素敵なコメント、有難うございます。

このシューベルト&ブラームス歌曲のプログラミング、私もチケット発売時に知って狂喜したことを覚えています。「冬の旅」ももちろん素晴らしいのですが、こういう個々の曲にこそプライにしか出せない味が発揮されると思います。

ブラームスの曲は和声と独特のリズムがやみつきになります。「五月の夜」も「永遠の愛」もプライのおおらかな歌い方がよく合った曲だと思います。
80年代にドイチュと録音したブラームス歌曲集あたり久しぶりに復活するといいのですが。

今は新幹線も通って、長野から日帰りで東京にコンサートに来ることも容易になったようですね。

投稿: フランツ | 2008年7月19日 (土曜日) 11時11分

フランツさん、いつも愉しみに読ませていただいています。
ヘルマン・プライという人は、日本を愛してくれたのですね。
初来日から34年間に12回の日本公演、並みのことではないと思います。
沢山の歌を、日本の聴衆に残してくれました。
フランツさんのような、良い聴き手に恵まれたことも、プライにとっては幸せなことでしたね。
1998年7月22日に亡くなったとのことですから、もうすぐ、プライの10年目の命日。
CDの嫌いな私ですが、もう、生の声が聴けない今、いい演奏の一枚を、この際求めてみようかと思います。

投稿: Clara | 2008年7月19日 (土曜日) 13時30分

Claraさん、いつも温かいコメントを有難うございます。

近いようで遠い距離のドイツと日本を10回以上も往復して素晴らしい歌声を披露してくれたのは、演奏者と聴衆が相思相愛だったからこそでしょうね。
プライはディースカウのような完璧さはなかったかもしれませんが、誰からも愛される歌を歌うことの出来た稀有な存在だったと思います。こういうタイプの歌手はもう出ないかもしれません。

いよいよ彼の10回目の命日が近づいています。
プライのコンサート記録も次回が最後になります。Claraさんをはじめ多くの人の心にプライの思い出が残っていることは、あちらの世界のプライも喜んでいると思います。

投稿: フランツ | 2008年7月19日 (土曜日) 14時53分

フランツさん、こんにちは。今回も、敬愛するヘルマン・プライのために、素敵なページを開いてくださり、ありがとうございます。95年の来日も残念ながら聴いていないのですが、プライ没後10年を明後日に控え、何とも悲しい思い出にひたっています。亡くなる10日前にプリンツレゲンテン劇場でリサイタルをし、最後に「ナクソス島のアリアドネ」を確か亡くなる前日に歌うはずだったのですが、このオペラ出演記録は最近の記事に載っていないですね。私がプライの死を知ったのは、時差の関係でもちろん23日、あまりのショックに号泣し、しばらく犬の散歩に行けませんでした。ちなみに当時の我が愛犬は、プライと同様、ジャーマン・シェパードの女の子。
けれども、1997年12月の来日時、プライの体調の悪さはすでに十分感じ取れていました。10月に倒れたにもかかわらず、オーケストラ伴奏による『冬の旅』を無理に歌っていたことが響きましたね。1月の来日時、「影法師」で圧倒的な声を聴かせてくれたプライの姿は、もうありませんでした。97年の来日は、また次の機会に書きましょう。
ところで先日、甲斐さんを通して、プライの素晴らしい『冬の旅』ライヴ録音のCDを知り、感動しながら鑑賞しました。フランツさんはよくご存じと思いますが、Irwin Gage のピアノによる1978年の演奏。他のCDと異なる魅力がたくさんあり、新鮮な印象と、ゲルネに与えた大きな影響を感じました。
プライの話をしたらきりがなさそうです。没後10年記念に、ブックレット付き2枚組のCDが発売されましたが、もう入手されましたか。私は、演奏としては持っているものばかりでしたが、ブックレットが欲しくて、注文しました。
素晴らしい追憶のひとときをありがとうございました。暑くなりましたが、良い休日をお過ごしください。

投稿: goethe-schubert | 2008年7月20日 (日曜日) 10時12分

goethe-schubertさん、こんにちは。
プライに寄せる思いのこもった文章を拝見して感動しました。これほど愛されてプライは幸せだったと思います。
亡くなる10日前にリサイタルを開いたことについては私も何かの記事で読んでいたのですが、前日にシュトラウスのオペラに出演予定だったということは知りませんでした。プライ本人もあるいは予期していない突然のことだったのかもしれませんね。
最後の来日になったオケ版の「冬の旅」を私は残念ながら聴いていないのですが、調べてみると確かに体調が悪かったようですね。10月のオケ版「冬の旅」のライヴ録音は素晴らしい出来だったので、このころに倒れて無理して歌っていたとは想像もしていませんでした。
アーウィン・ゲイジとの「冬の旅」ライヴは所有しています。久しぶりに取り出して聴いてみようと思います。
没後10年記念の2枚組CDがリリースされているのは知りませんでした。調べてみます。
こちらこそgoethe-schubertさんの貴重なお話をいろいろ伺えて、有難く思います。
プライの明るいキャラクターを偲んで22日は明るい曲を聴いて思い出にひたろうと思っています。
暑さ厳しい折、くれぐれもご自愛ください。

投稿: フランツ | 2008年7月20日 (日曜日) 13時19分

この95年の今日1月17日は阪神大震災の起きた日でした。
あまりの揺れに起き上がることもできないまま、家が壊れていくような感じがし、もうだめだと思ったのを思い出します。
それでも我が家は半壊で済み、色々と物が壊れはしたものの家族は皆無事でした。

当時子供の幼稚園の役員をしていた私は、余震の続く中、二人の子供を連れて炊き出しに行ったり、連絡に走りまわっていました。
夜になると、またあんな揺れが来はしないかと、眠れなくなりました。

しかし、小さな子供もいることだし、こんなことではいけないと思い、それまで音楽を聴く余裕もなかったのですが、プライさんの「R・シュトラウス」(フリップス盤)を子守唄がわりに聴きました。
毎晩毎晩聴くうち、その柔らかく甘美な声で私は眠りを取り戻しました。

しばらくして、サンケイ新聞の夕刊に「震災の街へ 世界からの手紙」と題してプライさんからもメッセージが届けられました。
この記事をご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、改めてヘルマン・プライさんの人柄の暖かさを伝えるものとして書かせてください。
フランツさんやみなさんが書かれているように、本当に日本を愛してくださっていたんですね。


『私の祈りをみなさんへ』

神戸を中心に起こった悲しいこのできごとについて、妻も私も大変心配しております。この地震で苦しまれているみなさまがた全てに、心から哀悼の意を表したいと思います。

願わくば、日本の政府が財政的な援助をして、被災した方々が家を建て直し、速やかに回復されますように。
こんな災難が二度と皆様がたの身に降りかかることがないよう、私たちすべてが祈っております。

この十月に私はまた日本へ行きます。そして、集まってくださる方たちのために歌うつもりです。
日本の聴衆の方々を私は心から愛しています。
素晴らしい音楽的な関心をもった、世界でも例のない方々です。

ご存知のことと思いますが、私は25年以上にわたって日本で公演しております。
神戸や西宮にも、もちろん何度か行ったことがあります。
テレビでこの地域の破壊の大きさを知り、本当にショックでした。

どうか私の祈りを、地震に関係された皆様方全てに伝えてください。
神が皆様方すべてに、困難に耐えるだけの強さと、自信をお与えくださいますように。

              (引用ここまで)


このメッセージは、本当に嬉しく力になりました。
文中に、この十月に・・とありますが、この時大阪で歌ってくださったのが、「シューベルト&ブラームス歌曲」でした。

当時私は、声楽をならっており、ドイツリートを勉強していました。
「ます」「春の信仰」、特にこのひと月後に行われる発表会で「夕映えの中で」を歌う予定でしたので、食い入るように舞台を見つめて聴きました。
プライさんは、遠くの方を見るように静かな表情で歌っておられました。

その時、ザ・シンフォニーホールが本当に茜色に染め上げられ、夕映えに包まれたのです。
静かな曲であっても、決して悲しい曲ではないのに、聴いていて涙がこぼれました。
これは、プライさんがこの地に送ってくれた鎮魂歌だったのかもしれません。
「歌」とはこのようなものだと静かな感動が押し寄せたことを思い出します。

残念な事にこの16年後に、東日本大震災が起きてしまいました。
まだまだ復興には時間がかかるでしょう。
神戸も完全には戻っていません。
小さな一人一人が忘れられることがないように、亡くなられた方々の魂の安らかならんことを祈りつつ、このコメントを書かせていただきました。

長くなって失礼しました。

投稿: 真子 | 2013年1月17日 (木曜日) 00時15分

真子さん、コメントを有難うございます。
阪神大震災では大変な思いをされたとのこと、さぞお辛かったこととお察しいたします。
天災の脅威は多大な被害をもたらしてきましたが、そのような時こそ人の温かみが身にしみると思います。
プライも阪神大震災の際に日本にメッセージを送ってくれていたのですね。引用していただき有難うございます。彼の日本人に対する思いが強く伝わる内容で感銘を受けました。
天災に対して音楽は無力ではという意見も聞きますが、「心」の復興に関しては音楽ほどパワーのあるものはなかなか無いのではないかと思います。
当時の真子さんにとってはそれがプライのシュトラウス歌曲集だったのですね。
プライの録音は今後も多くの人たちの心に必要とされていくことでしょう。
貴重なお話を有難うございました。真子さんのメッセージが多くの方々の目に触れることを願っています。

投稿: フランツ | 2013年1月19日 (土曜日) 08時22分

そうですね。
私の周りにも、合唱団の再開の時期を話し合ったとき、歌う気になれないという人もいて色々模索しました。

けれど、私は音楽に救われました。
そこは人それぞれなのかもしれませんが、ある程度衣食住が整ったあとやってくる心の隙間に、音楽は癒しを与えてくれると私も信じています。

投稿: 真子 | 2013年1月21日 (月曜日) 16時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/150976/41828226

この記事へのトラックバック一覧です: プライ日本公演曲目1995年(第12回来日):

« プライ日本公演曲目1994年(第11回来日) | トップページ | プライ日本公演曲目1997年(第13回&第14回来日) »