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シューベルトの想い出~「流れ」D565

Der Strom, D565
 流れ

Mein Leben wälzt sich murrend fort,
Es steigt und fällt in krausen Wogen,
Hier bäumt es sich, jagt nieder dort
In wilden Zügen, hohen Bogen.
 私の人生は不平を漏らしながら転がり進む、
 さざ波を立てて上ったり落ちたりしつつ。
 ここで立ち止まるかと思えば、あちらで下へ駆り立てる、
 荒々しい動きで、高い弧を描いて。

Das stille Tal, das grüne Feld
Durchrauscht es nun mit leisem Beben,
Sich Ruh ersehnend, ruh'gen Welt,
Ergötzt es sich am ruh'gen Leben.
 静かな谷や緑の野原を
 今、かすかに震えながらざわめき抜ける。
 憩いを望み、穏やかな世界を望みながら、
 穏やかな人生を楽しんでいる。

Doch nimmer findend, was es sucht,
Und immer sehnend tost es weiter,
Unmutig rollt's auf steter Flucht,
Wird nimmer froh, wird nimmer heiter.
 だが、求めるものは決して見出せず、
 常に望みを抱きながら轟音を立ててさらに流れる。
 不機嫌に絶えず逃避しつつ転げまわり、
 決して陽気にも快活にもなることはない。

詩:不明
曲:Franz Peter Schubert (1797.1.31, Himmelpfortgrund - 1828.11.19, Wien)

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シューベルトの歌曲を聴きはじめたばかりの頃、F=ディースカウが神奈川県民ホールに来てシューベルトの夕べを開くことを知った。
1983年10月21日の公演はハルトムート・ヘルのピアノで正規のプログラムが18曲、アンコールが5曲の計23曲が演奏された。
当時学生だった私にはあまりにも高価なチケット代だったが、そのような体験を私のシューベルト探索のはじめの頃に出来たというのは今思うと貴重なことだったと思う。
ほとんど聴いたことのない曲ばかりで組まれたプログラムだったが、後に歌曲全集のLPを持っていた知人に無理を言って、同じ曲目を聞かせてもらった。
その中で特に気に入った曲が「流れ」という1分少々の短い作品だった。
冒頭から細かい分散和音で激しく上下に動き回るピアノパートにすっかり魅せられて、インターネットなどなかった時代なので輸入楽譜店に葉書で問い合わせてペータース版の第7巻を購入したものだった。
下手の横好きで前奏と後奏だけはとりあえず指が覚えたが、忍耐力のない私はそれだけで満足して練習するのをやめてしまった。
当時F=ディースカウ以外の歌手でも聴いてみようと探してみてもほとんど録音がなかったと思うが(クルト・モルによるこの曲の演奏が発売された時は喜んで購入したものだった)、F=ディースカウ自身はムーア、リヒテル、ヘルなどと繰り返し録音しており、愛着も深かったのだろう。

この曲の草稿には「シュタードラー氏の想い出のために」と記されているそうで、1817年の夏にシューベルトの神学校時代の友人アルベルト・シュタードラー(Albert Stadler: 1794.4.4, Steyr, Austria - 1888.12.5, Wien)がヴィーンを離れる際に作曲された。
そのため、このテキストがかつてはシュタードラーの手によるものとされてきたが、シューベルト自身による詩という説もあり、はっきりしていない。
人生という荒波にもまれて苦しむというかなりネガティブな内容だが、シューベルトの畳み掛けるように押し寄せる音の波で見事に表現されている。
F=ディースカウもその著書「シューベルトの歌曲をたどって」(原田茂生訳、1976年白水社)の中で、「最初のアウフタクトが始まるやいなや聴き手を激しい興奮にひきずり込む」と述べているのも納得できる知られざる名作である。

F=ディースカウ&ヘルが1991年にニュルンベルクのコンサートで演奏した際のライヴ映像がYouTubeにアップされている。
声は衰えたが、さすがに手の内に入った歌唱で、詩の内容を全身で表現している。
ヘルのピアノも若々しく、すでに後年の個性の片鱗が聞かれるようだ。
http://www.youtube.com/watch?v=_1lKTxpNYq0

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コメント

先月、甲斐さんから貴ブログを推薦され、はじめて訪問したのがこのページです。たいへん驚きました。私も同じ演奏会に行っていたからです。当時声楽を習っていまして、先生と、翌日演奏会を控えた先輩の方々と、集団で横浜まで行ってきました。座席はかなりピアノ側でしたが、「フィッシャー=ディースカウは必ずこちらを向く」という予想が的中し、ずっとこちらを見てくれました。演奏もさることながら、フィッシャー=ディースカウがかっこよくて、魅力抜群でした。曲では「死と乙女」が印象に残っています。前奏が終わるというのに、まだ下を見ている巨匠。突然顔を上げて激しく歌う姿は、今も鮮明に覚えています。思い出の共有に乾杯しましょう。

投稿: goethe-schubert | 2008年6月27日 (金曜日) 22時21分

goethe-schubertさんもいらっしゃっていたのですね。
私はこのころまだ中学生で歌曲を聴きはじめたばかりだったのですが、F=ディースカウの生声が聴けると知って、小遣いをはたいてチケットを購入したものでした。
goethe-schubertさんは声楽を学んでおられたのですね。きっと多くのことを吸収されたのではないでしょうか。
「死と乙女」の貴重なエピソード、有難うございます。私はこの時のことはもう忘れかけているのですが、描写された様子、眼に浮かぶようです。F=ディースカウは舞台上での仕草1つ1つが音楽に組み込まれているようでしたね。
同じ想い出を共有しているというのはうれしいものですね。

投稿: フランツ | 2008年6月28日 (土曜日) 02時40分

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