« シューベルト三昧(2) | トップページ | ヘンドリックス&ペンティネン/シューマン歌曲集 »

シューベルト三昧(3)

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2008~シューベルトとウィーン~

2008年5月5日(月)

「熱狂の日」参戦の最終日もあいにくの曇り空。
だが暑すぎるよりは快適に鑑賞できるのかもしれない。
会場に着いたら小雨が降っていた。
あまりにも忙しく会場間を駆け回っていた昨日までと違い、今日はすべて指定席なので、並ばなくて済み、多少時間的な余裕があると思っていた(実は時間的な余裕が一番ないのは今日だということに後で気付くのだが)。
少し屋台を覗いたり、地下のCDショップや関連グッズなども見てみたが、常に盛況だった(ヘンドリックスの珍しいシューマン歌曲集を購入した)。
隣の広場ではキッズプログラムで女の人と子供達が原語で「野ばら」を何度も歌ったり、リズムを打ったりしているのが聞こえてきた。

-----------------------

16:30 Hall C(マイアーホーファー)
シューベルト/ ズライカⅠ「吹き通うものの気配は」 D720
シューベルト/ ズライカⅡ「ああ、湿っぽいお前の羽ばたきが」 D717
シューベルト/「愛らしい星」 D861
シューベルト/「夜と夢」 D827
シューベルト/「若い尼僧」 D828
シューベルト/「君こそ我が憩い」D776
シューベルト/「さすらい人の夜の歌」 D768(プログラム表記のD224は誤り)
シューベルト/「ミューズの息子」 D764
シューベルト/「トゥーレの王」 D367
シューベルト/「糸を紡ぐグレートヒェン」 D118
バーバラ・ヘンドリックス(Barbara Hendricks)(ソプラノ)
ルーヴェ・デルヴィンイェル(Love Derwinger)(ピアノ)

久しぶりに見たヘンドリックス、黒いシックな衣装に身を包んで登場したが、多少ふくよかになっただろうか。
いつまでも華奢で若いイメージをもっていた彼女ももう59歳だが、そうは見えない。
演奏前にアナウンスがあり、アーティストの希望で2曲目と6曲目の後のみに拍手してくださいとのこと、大衆的な音楽祭でも彼女はやはりプログラミングのまとまりに気を遣うリート歌手であるということだろう。
最初の「ズライカ」はまだ声も温まっていない印象を受けたが、これは歌手のリサイタルなら誰でもそうなので特に気にすることもなかろう。
彼女の声には特有のコクがあり、それが他の誰とも違った味わいを生む。
この日の歌唱も細身の声を絞り出すように押し出して、広い会場を充分に満たしていた。
以前のような余裕がないのは年齢を考えれば当然であろう。
「君こそ我が憩い」は2回ある高音のクライマックスで音程が上がりきらず、移調の必要性を感じた。
しかし、ほかの曲はどの曲もシューベルトのメロディーラインを丁寧に歌い、よく知られた手垢のついた作品に新鮮さを与えていた。
ドイツ人が歌うシューベルトとは異なるが、彼女のアプローチは逆にドイツ人には歌えない雰囲気を醸し出しており、それが彼女の強みだろう。
特に「糸を紡ぐグレートヒェン」はほかの曲の歌唱よりも一段と素晴らしかった。
きっとほかのどの曲よりも歌いこんでいるのではないだろうか。
その細やかな表情の変化は詩の言葉に繊細に反応し、燃え上がり、最後は放心して終わる。
それがヘンドリックスにしか出せないドラマになっていたのが素晴らしい。
歌の味わいは声の下降と反比例して増していくのだろう。
アンコールは「ます」と「アヴェ・マリア」。
「アヴェ・マリア」は3節ともフルで歌ったので、次に聴く演奏会が始まる時間を大幅に過ぎてしまったが、最後まで聴いて正解だった。
真摯な祈りの表現は心を洗ってくれたかのようだ。
ピアノはルーヴェ(綴りはLove)・デルヴィンイェルというスウェーデン人。
彼女とよく組んでいるようだが、ソリストとしても活動しているようだ。
同じソリストでもダルベルトの伴奏とデルヴィンイェルの伴奏は随分違った。
ダルベルトが歌とピアノの2重奏を目指していたとするならば、デルヴィンイェルは歌と一体になるタイプの演奏だ。
ヘンドリックスの声に溶け込みながら、清冽な響きを残したまま主張するところはする。
ダルベルトの異質さの併置に対して、デルヴィンイェルは同化したうえでの主張。
ソリストの伴奏はこうで、専門の伴奏者の伴奏はこうで、と大きく括る評論を見ることが多いが、そんなに単純なものでもなかろう。
ソリストの伴奏も、専門家の伴奏も、千差万別なのだから。

-----------------------

17:15 Hall B7(ショーバー)
シューベルト/「ゴンドラを漕ぐ人」 D809
シューベルト/「セレナード」 D920
シューベルト/ 詩篇第23篇「神はわが牧者」 D706
シューベルト/「水上の精霊の歌」 D714
シューベルト/「挽歌(女たちの挽歌)」 D836
シューベルト/「夜」 D983c
オーサ・オルソン(Åsa Olsson)(メゾ・ソプラノ)
ベン・マルティン・ワイヤンド(ピアノ)
カペラ・アムステルダム(Cappella Amsterdam)
ダニエル・ロイス(Daniel Reuss)(指揮)

ヘンドリックスのコンサートが5分遅れで始まり、アンコールを2曲も歌ってくれたので、こちらの会場に着いたのが、17時35分ごろで、すでに「水上の精霊の歌」(ピアノだけの伴奏だった)の途中だった(この曲だけ立ち見することになったが、次の曲で誘導された席についた時よりもよく見えたので、立ち見のままの方が良かったかも)。
そのためにメゾ・ソプラノのオーサ・オルソンという人の歌唱はとうとう聴けずじまいだった。
45分という枠組みはあくまで目安であって、もっと余裕をもった予定を立てなければということを次回からの教訓にしたい。
今回の3日間のコンサートの中で唯一だぶって演奏されたのを聴いたのがここで最後に歌われた「夜」という合唱曲。
この曲、スタンダードナンバーなのだろうか。
短いが、確かに美しい。
パンフレットを引用すると「弱声で“ハモりっぱなし”という、男声合唱の最も魅力的なエッセンスだけを取り出して音楽にしたような作品」とのこと。
合唱団は男女各16人構成で、初日の最初に「ミサ曲第5番」を聴かせてくれた合唱団だった。
男女とも優れた響きだったと思うが、慌てて会場にやってきたため、なんだか落ち着かないうちに終わってしまった感じだ。
ただ、アンコールを3曲も歌ってくれたのがせめてもの救いだ。
アンコールはすべてブラームスで、「憧れ」Op. 112-1、「夜に」Op. 112-2、「夕べの歌」Op. 92-3。
特に「憧れ」はメランコリックで非常に美しい作品。
スキンヘッドの小柄なピアニストも愛嬌のあるステージマナーで印象的だったが、演奏はしっかりしたものだった。

-----------------------

19:00 Hall B7(ショーバー)
シューベルト/交響曲第8番ハ長調 D944 「グレイト」
ヴュルテンベルク室内管弦楽団(Württembergisches Kammerorchester Heilbronn)
ルーベン・ガザリアン(Ruben Gazarian)(指揮)

こちらも5分遅れで団員が登場したので、1時間後の「ロザムンデ」に間に合うかはらはらしながら聴きはじめたが、まだ30代半ばのアルメニアの指揮者ガザリアンは、早めのテンポで躍動感のある演奏をして、8時3分前には終わり、無事次のコンサートに駆け込みセーフだった。
この「グレイト」(なぜドイツ語でなく英語の通称なのか不思議ではある)、「天国的な長さ」というシューマンがほめ言葉として使ったフレーズが独り歩きして、あたかも退屈な曲のような烙印を押されがちだが、シューベルト的であることは確かだが、こうしてじっくり聴いてみると決して長すぎるというわけでもないのが分かる。
よく出来た作品に思えるのだが、弛緩した演奏だとシューベルトの魅力よりも長さの方が目立ってしまうのかもしれない。
その点、この指揮者はいい意味で若さを前面に出す。
しっかりと指示を出しているのだが、時々洗練されていない無骨な動きがあり、それが何故か微笑ましく受け取れる。
ベテランのオーケストラ(3日に聴いたミサ曲と同じオケ)もひなびた味を出しながら若い指揮者のエネルギッシュな采配に見事に応えていた。

-----------------------

20:00 Hall C(マイアーホーファー)
シューベルト/劇付随音楽「キプロスの女王ロザムンデ」 D797
1.序曲(「魔法の竪琴」序曲D644)
2.間奏曲第1番ロ短調
3.亡霊の合唱「深みの中に光が」(男声合唱)
4.バレエ音楽第1番
5.間奏曲第2番ニ長調
6.ロマンス「満月は輝き」(メゾ・ソプラノ独唱)
7.間奏曲第3番変ロ長調
8.羊飼いのメロディ
9.羊飼いの合唱「この草原で」(混声合唱)
10.狩人の合唱「緑の明るい野山に」(混声合唱)
11.バレエ音楽第2番
林美智子(Michiko Hayashi)(メゾ・ソプラノ)
晋友会合唱団(Shin-yu Kai Choir)
フランス国立ロワール管弦楽団(Orchestre National des Pays de la Loire)
ペーテル・チャバ(Peter Csaba)(指揮)

これは今回の多くのコンサートの中でも特に印象深い演奏だった。
「熱狂の日」コンサートの最後がこのコンサートで良かったと本当に思う。
曲を熟知しているハンガリーの指揮者の安定した采配と、光沢のある洗練されつくしたロワール管の見事な響き、それに完璧な晋友会合唱団の歌唱と非の打ち所がない名演だった。
1曲だけ歌った林美智子は初めて聴いたが、よく響く声と恵まれた美貌はオペラなどではさぞ映えることだろうと思った。
メゾ・ソプラノといってもいろいろいるようで、彼女は包容力よりはソプラノ歌手を低めにしたような感じだ。
もう少しこの曲の悲哀感も響かせて欲しい気がするが、それには年輪が必要かもしれない。
この1曲を歌うために彼女がどうやって入退場するのか気になったが、1曲前の「間奏曲第2番」が始まる前に静かに登場し(拍手なし)、座って待機し、「満月は輝き」を歌い終わった後、次の「間奏曲第3番」の間着席し、それが終わってから静かに退場した。
それにしてもこの付随音楽、こうしてじっくり聴いてみると名曲揃いだ。
有名な「序曲」(といっても借り物だが)や、テーマがいろいろ使いまわしされていることで有名な「間奏曲第3番」、それに女声歌手の十八番「満月は輝き」はよく知られているし、さらに「バレエ音楽第2番」なども楽興の時第3番との相似が指摘されているほどで、独奏楽器のアンコールピースに編曲されて親しまれている。
だが、暗い響きが印象的な「間奏曲第1番」と、同じテーマを展開させた「バレエ音楽第1番」はシューベルトの闇の側面を魅力的に響かせているし、一方「羊飼いのメロディ」~「羊飼いの合唱」~「狩人の合唱」の流れは朴訥とした田園風景を特に管楽器と合唱の美しい響きで表現して大変魅力的に感じた。
この付随音楽の魅力をこれほどまでに表現してくれたペーテル・チャバと演奏者たちに感謝したい。
余談だが、"Rosamunde"という名前、直訳すれば「バラの口」となる。
なかなか洒落た名前だと思うが、現在こういう名前の人はいるのだろうか。

なお、この日のホールCの午後の演奏はNHK-FMで生中継されたようで、リスト研究家の野本氏とアナウンサーの坪郷氏が公開ブースで語っていた。
ヘンドリックスと「ロザムンデ」のどちらもTVカメラが入っていたので、いずれ放送されるのだろう(地上波で放送されるかどうかは分からないが)。

-----------------------

はじめての「ラ・フォル・ジュルネ」体験、1日のうちに3~4公演聴くという経験をこれまでしたことがなかったので、最初は疲れてしまうのではないかと心配もしたが、始まってみればあっという間の3日間だった。
最後に聴いた「ロザムンデ」が終わった後はたっぷり聴けた充実感と同時に、まだ聴ける、もっと聴きたいという寂しさが沸き起こってきたのが予想外だった。
だが、連休最終日は家でゆっくり体を休めることにしたいと思う。

今回はシューベルトの作品を様々なジャンルにわたって聴くことの出来たとても貴重な機会だった。
歌曲だけでないシューベルトの様々な面を知ることが出来て、さらにシューベルトが身近な存在になったような気がする。
欲を言えば室内楽(例えば「アルペジョーネ・ソナタ」や「ます五重奏曲」)も聴きたかったが、それは個別のコンサートでいつか聴くことにしよう。

それからチケットが取りにくい点は何らかの改善を望みたいところだ。
会場が小さく、値段設定も低いのだから贅沢は言えないのだろうが、人気の公演は広めのホールを使うなどの対策は出来そうな気がする。
多くのボランティアを動員しての係員の方たちもみな手際よく案内してくれて気持ちよかったが、声を枯らすほどの口頭での案内はもう少し少なくても良かったかもしれない。
欲を言えばプログラム冊子の扱いがコンサートによってばらばらで、入場時に手渡ししてくれるところもあれば、テーブルに置いてあるだけのところもあり、テーブルに置くのなら「一部ずつプログラムをお取り下さい」というような案内が欲しかった気がする(私以外にも気付かずに後でもらっていた人も少なからずいたので)。
私は最初のミサ曲の時はこの無料プログラムがあることにとうとう気付かなかった。
今後の対応に期待したい。

今回の一連のコンサートすべてに共通していたのは、とにかく聴衆の拍手の熱さである。
これだけ熱狂的に拍手されたら演奏者もうれしいに違いないと思うような反応が、私の聴いたすべてのコンサートで見られた。
一般のコンサートでこれだけ熱狂的な反応が見られるのはそう多くないのではないか。
そういう意味で、クラシックに馴染みの薄い人たちからマニアが教わったことは大きかったと思う。

シューベルト中心のプログラミングでこれだけ集客できるというのはうれしい驚きであった。
もちろん様々な企画の魅力と、知名度の浸透、交通の便のよさなども関係しているのだろうが、シューベルトの魅力に負うところも少なからずあったのではないかと信じている。
故ヘルマン・プライがオーストリアやアメリカで開催したシューベルティアーデ、日本でもやれるのではなかろうか。

|

« シューベルト三昧(2) | トップページ | ヘンドリックス&ペンティネン/シューマン歌曲集 »

コンサート」カテゴリの記事

シューベルト」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

コメント

フランツさん、いい曲をお聴きになって、良かったですね。
私は昨日一日だけでしたが、4つのコンサートを聴きました。
フランツさんとは、場所が重なっていなかったようですが、いらしていたのですね。
夜は、予定の時間が終わってから、もう一つくらい聴きたくなり、余ったプログラムに、ロザムンデも入っていましたが、慌ただしく吟味もせずに別のものを買ってしまいました。
Aホールのベートーヴェンでしたが、まあ良かったです。
そのあとのミサ6番も良かったし・・。

本当は小さなホールの歌曲中心で聴きたかったのですが、今回は、はじめてで、様子が分からなかったこともあって、チケットがほとんど売り切れてから、残りのプログラムの中から買ったので(白井光子「冬の旅」は別ですが)比較的大きなホールのものになりました。
それぞれ、表現の違いを愉しむことが出来、いい一日だったと思います。

今、レポート書いているところ、その内に読んで下さいね。

投稿: Clara | 2008年5月 6日 (火曜日) 19時08分

Claraさん、こんばんは。
Claraさんも4つのコンサートをお聴きになったそうですね。
ミサ6番は良かったそうですね。私は5番を聴きましたが、宗教曲もいいものだなぁと思いました。こういう機会でもなければミサ曲を聴くということもなかなかないので、貴重な機会でした。
私はネットでぴあの二次販売の初日にパソコンの前に座って急いであれこれ申し込みましたが、数分ちがいで売り切れというのも多くて、なかなか大変でした。
Claraさんも楽しまれたようですね。
レポートを楽しみにしています!

投稿: フランツ | 2008年5月 6日 (火曜日) 20時34分

フランツさん
私は文句も垂れましたが、券をゆずってもらって4公演も聞いて、嬉しいです。イアン・ボストリッジの券も申し込みました。お金入れなければ。。

投稿: Auty | 2008年5月 7日 (水曜日) 19時57分

Autyさんも4公演、聴かれたのですね。
これだけ大きなイベントだといろいろ問題点も出てきますが、今後に生かしてくれればそれでいいのだと思います。
ボストリッジの公演、マーラーと「夏の夜」だとか。彼の「夏の夜」はちょっと想像がつかないだけに興味深いです。

投稿: フランツ | 2008年5月 7日 (水曜日) 20時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/150976/41112363

この記事へのトラックバック一覧です: シューベルト三昧(3):

» ラ・フォル・ジュルネ「熱狂の日」音楽祭 [Tany&wife's blog from 新浦安]
東京のGWといえば、なんといっても、 有楽町の東京国際フォーラムで開催されるラ・フォル・ジュルネ「熱狂の日」音楽祭です。 [続きを読む]

受信: 2008年5月11日 (日曜日) 01時06分

» 名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その122 [音楽嫋々・クラシック名演奏CD&レコードこだわりの大比較。理想の感動体験への旅。]
個人的経験: 1819年という年に、 シューベルトが、 歌曲「プロメテウス」を書いた時、 彼はマイヤーホーファーと住んでおり、 教員を続けるよう要求していた、 父親との関係に加え、 仕事の上でも悪戦苦闘が続き、 この年上の友人との関係なども、 いろいろ悩ましいところが、 あったのではないだろうか。 が、詩を書いた方のゲーテはどうだったのか。 木村謹治という人の書いた戦前の「若きゲーテの研究」には、 このような記述があって、同様に危機の時代にあったことが分かる。 ... [続きを読む]

受信: 2008年5月12日 (月曜日) 10時48分

« シューベルト三昧(2) | トップページ | ヘンドリックス&ペンティネン/シューマン歌曲集 »