プライの歌うマーラー「ある遍歴職人の歌(さすらう若者の歌)」
ヘルマン・プライ(Hermann Prey)は初来日(1961年)から第3回来日(1973年)まで連続してマーラー自作のテキストによる歌曲集「ある遍歴職人の歌(さすらう若者の歌)」(Lieder eines fahrenden Gesellen)を日本の聴衆に披露してきた。
第1回目は小林道夫のピアノと、第2回目以降はオーケストラと共演して。
プライはこの歌曲集を私の知る限り2回録音している。
1)1960年、Staatliches Komitee fr Radio, Berlin録音:クルト・ザンダーリング(Kurt Sanderling)(C);ベルリン放送交響楽団(Rundfunk-Sinfonie-Orchester Berlin)(BERLIN Classics: 0184152BC)
2)1970年5月27,28日、Concertgebouw, Amsterdam録音:ベルナルト・ハイティンク(Bernard Haitink)(C);ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(Royal Concertgebouw Orchestra)(PHILIPS: 454 014-2)
1回目の録音は初来日の1年前、2回目の録音は2回目の来日の1年前であり、当時のプライの声を想定するのに格好な録音である。
実際プライの声は1960年盤では感情のおもむくままという感じで若々しく甘美な声を惜しみなく聴かせ、1970年盤ではより客観性を加えて落ち着いた歌唱を聴かせる。
どちらも喉の調子はすこぶる良かったようで安心してプライの美声に身をまかせることが出来る。
各々の演奏時間を比べてみると以下のようになる(各トラック前後の空白時間は含めていない)。
1)ザンダーリング盤:3'53/4'40/3'22/5'12
2)ハイティンク盤: 3'43/4'11/2'54/5'32
ザンダーリング盤は1~3曲目までハイティンク盤より時間が長く、特に第2、3曲目は30秒近い差がある。
思いいれたっぷりの若きプライと、経験を積み締まりのある歌を聴かせる10年後の成熟したプライの違いがあらわれているのではないか。
しかし面白いのは最終曲のみハイティンク盤の方が20秒も長くかかっていることである。間の多いゆっくりしたテンポの第4曲は管弦楽の音も薄く、こういう曲でたっぷりとした表現をするのは若い歌手には難しいのかもしれない。
マーラー自作の詩は擬音や語の繰り返しを用いて、素朴な民謡調を模しているように思える。
4曲目で憩いの場として「Lindenbaum(リンデの木)」が登場するのは、シューベルトの「冬の旅」を意識しているかのようだ。
最初にピアノ伴奏版がつくられ、後に管弦楽化されたようだ。
●第1曲「僕の大切な人が結婚式をあげるとき」:Leise und traurig bis zum Schluss.(最後まで声を抑えて悲しげに)、4分の2拍子、ホ短調。
テンポはSchneller(より早く)とLangsamer(よりゆっくりと)が入れ替わり、結婚式の楽しげな響きと主人公の悲痛な訴えが交差する。
フルート2、オーボエ2、B管クラリネット2、B管バスクラリネット、ファゴット2、ホルン2、グロッケンシュピール、トライアングル、ティンパニー、ハープ、弦楽5部
●第2曲「今朝、野原を歩いていると」:In gemächlicher Bewegung.(ゆったりとした動きで)、2分の2拍子、ニ長調。
ピッコロ、フルート3、オーボエ2、B管クラリネット2、B管バスクラリネット、ファゴット2、トランペット、ホルン4、トライアングル、ティンパニー、ハープ、弦楽5部
●第3曲「僕は赤熱したナイフを持っている」:Stürmisch, wild.(嵐のように、荒々しく)、8分の9拍子、ニ短調。
フルート3、オーボエ2(第1奏者はイングリッシュホルンも兼ねる)、B管クラリネット3、B管バスクラリネット、ファゴット2、F管トランペット2、トロンボーン3(第3奏者はバストロンボーンも兼ねる)、F管ホルン4、トライアングル、シンバル、ティンパニー、ハープ、弦楽5部
●第4曲「いとしい人の二つの青い瞳」:Mit geheimnisvoll schwermüthigem Ausdruck. Ohne Sentimentalität.(秘密めいて陰鬱な表現で。感傷はなく。)、4分の4拍子、ホ短調。
フルート3、オーボエ2(第2奏者はイングリッシュホルンも兼ねる)、B管クラリネット3(第3奏者はB管バスクラリネットも兼ねる)、ホルン3、ティンパニー、ハープ、弦楽5部
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Lieder eines fahrenden Gesellen
ある遍歴職人の歌
1. Wenn mein Schatz Hochzeit macht
僕の大切な人が結婚式をあげるとき
Wenn mein Schatz Hochzeit macht,
Fröhliche Hochzeit macht,
Hab' ich meinen traurigen Tag!
Geh' ich in mein Kämmerlein,
Dunkles Kämmerlein,
Weine, wein' um meinen Schatz,
Um meinen lieben Schatz!
僕の大切な人が結婚式をあげるとき、
楽しい結婚式をあげるとき、
僕にとっては悲しい日なのだ!
僕は自分の小部屋に、
暗い小部屋に入り、
泣くのだ、僕の大切な人を思って、
僕のいとしい大切な人を思って。
Blümlein blau! Verdorre nicht!
Vöglein süß! Du singst auf grüner Heide.
Ach, wie ist die Welt so schön!
Ziküth! Ziküth!
青い花よ!枯れるな!
かわいい小鳥よ!おまえは緑の野原で歌っている、
ああ、世界はなんて美しいのだ!
チュン!チュン!
Singet nicht! Blühet nicht!
Lenz ist ja vorbei!
Alles Singen ist nun aus.
Des Abends, wenn ich schlafen geh',
Denk' ich an mein Leide.
An mein Leide!
歌うのをやめろ!花咲くな!
春は過ぎ去った!
あらゆる歌はもう終わった。
晩に寝床につくとき、
僕は自分の苦しみを思うのだ。
僕の苦しみを!
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2. Ging heut morgen übers Feld
今朝、野原を歩いていると
Ging heut morgen übers Feld,
Tau noch auf den Gräsern hing;
Sprach zu mir der lust'ge Fink:
"Ei du! Gelt? Guten Morgen! Ei gelt?
Du! Wird's nicht eine schöne Welt?
Zink! Zink! Schön und flink!
Wie mir doch die Welt gefällt!"
今朝、野原を歩いていると
草々にはまだ露がかかっていた。
陽気なヒワが僕に語った、
「おや!おや!ねえ?おはよう!ねえったら。
きみ!美しい世界じゃないこと?
チュッ!チュッ!美しく輝いているよ!
ぼくはこの世界が大好きさ!」
Auch die Glockenblum' am Feld
Hat mir lustig, guter Ding',
Mit den Glöckchen, klinge, kling,
Ihren Morgengruß geschellt:
"Wird's nicht eine schöne Welt?
Kling, kling! Schönes Ding!
Wie mir doch die Welt gefällt! Heia!"
野辺のキキョウも
陽気に機嫌よく、
鈴の音で、リン、リン、
僕に朝の挨拶を鳴らしてくれた。
「美しい世界になるんじゃないかしら?
リン、リン!素敵なこと!
この世界が大好きなの!わーい!」
Und da fing im Sonnenschein
Gleich die Welt zu funkeln an;
Alles Ton und Farbe gewann
Im Sonnenschein!
Blum' und Vogel, groß und klein!
"Guten Tag, ist's nicht eine schöne Welt?
Ei du, gelt? Schöne Welt?"
すると日の光を浴びて
すぐに世界が輝き始めた。
あらゆるものが音や色を
日の光を浴びて手に入れたのだ!
花や鳥が、大きいのから小さいのまで!
「こんにちは、素晴らしい世界じゃない?
きみ、ねえ?素晴らしい世界だね?」
Nun fängt auch mein Glück wohl an?
Nein, nein, das, ich mein',
Mir nimmer blühen kann!
今や僕も幸せになり始めたのだろうか?
いや、いや、僕が思うに、
もう花咲くことなんか出来ないんだ!
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3. Ich hab' ein glühend Messer
僕は赤熱したナイフを持っている
Ich hab' ein glühend Messer,
Ein Messer in meiner Brust,
O weh! Das schneid't so tief
In jede Freud' und jede Lust.
Ach, was ist das für ein böser Gast!
Nimmer hält er Ruh', nimmer hält er Rast,
Nicht bei Tag, noch bei Nacht, wenn ich schlief.
O Weh!
僕は赤熱したナイフを持っている、
胸にナイフを、
おお痛い!ナイフがこんなにも深く、
喜びや欲求に突き刺さっている。
ああ、なんていやな客なんだ!
こいつは決して憩いも休みもしない、
昼だろうが、僕が眠った夜だろうが。
おお痛い!
Wenn ich in dem Himmel seh',
Seh' ich zwei blaue Augen stehn.
O Weh! Wenn ich im gelben Felde geh',
Seh' ich von fern das blonde Haar
Im Winde wehn.
O Weh!
僕が空を見上げると
二つの青い瞳が見える。
おお痛い!僕が黄色い野原を歩くと、
遠くからブロンドの髪が見える、
風になびいて。
おお痛い!
Wenn ich aus dem Traum auffahr'
Und höre klingen ihr silbern' Lachen,
O Weh!
Ich wollt', ich läg auf der schwarzen Bahr',
Könnt' nimmer die Augen aufmachen!
僕が夢から覚めると、
彼女の銀の笑い声が響き渡るのが聞こえる、
おお痛い!
僕は黒い棺に横たわって、
二度と目を開けなくなればいいのに!
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4. Die zwei blauen Augen von meinem Schatz
いとしい人の二つの青い瞳
Die zwei blauen Augen von meinem Schatz,
Die haben mich in die weite Welt geschickt.
Da mußt ich Abschied nehmen vom allerliebsten Platz!
O Augen blau, warum habt ihr mich angeblickt?
Nun hab' ich ewig Leid und Grämen.
いとしい人の二つの青い瞳、
それが僕を遠い世界に送り出したのだ。
僕は最愛の場所から別れを告げなければならない!
おお青い瞳よ、なぜ僕を見つめたのだ?
今や僕は永久に苦悩と悲痛をかかえるのだ。
Ich bin ausgegangen in stiller Nacht
Wohl über die dunkle Heide.
Hat mir niemand Ade gesagt.
Ade! Mein Gesell' war Lieb' und Leide!
僕は静かな夜に
暗い荒野を通り、出て行った、
僕に別れの言葉をかける者もなく。
さらば!僕の道づれは愛と苦悩だった!
Auf der Straße steht ein Lindenbaum,
Da hab' ich zum ersten Mal im Schlaf geruht!
Unter dem Lindenbaum,
Der hat seine Blüten über mich geschneit,
Da wußt' ich nicht, wie das Leben tut,
War alles, alles wieder gut!
Alles! Alles, Lieb und Leid
Und Welt und Traum!
通りにはリンデの木が立っていて、
僕ははじめてそこで眠り休んだ!
リンデの木の下では、
その花びらが僕の上に舞い落ちて、
どのような人生だったのか僕には分からなくなった、
すべてが、すべてが再び良くなったのだ!
すべて!すべて、愛も苦悩も
世界も夢も!
詩:Gustav Mahler (1860.7.7, Kaliště - 1911.5.18, Wien)
曲:Gustav Mahler (1860.7.7, Kaliště - 1911.5.18, Wien)
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コメント
好きな人が別の人と結婚してしまった「失恋の歌」なんですね。実は聞いたことがありません。良いですか?
投稿: Auty | 2008年4月 7日 (月曜日) 07時12分
フランツさん、いつも貴重な情報をありがとうございます。
この第1回目の録音、いろいろな形で発売されていたのですが、いつも3曲目を欠いた形でした。
以前に出ていたザンデルリンクの16枚組にも入っておらず(上記URLの曲目をごらんください)、なんらかの理由で録音されなかったか、あるいは録音に重大な欠陥があったのかと思っておりました。
昨年発売のここで取り上げられたCDには4曲とも入っているのですね。まったく気付いておらず、あわてて注文したところです。
また、いろいろとご教示ください。
投稿: さすらい人 | 2008年4月 7日 (月曜日) 15時32分
Autyさん、こんばんは。
失恋した男性が思い悩むというシチュエーションは「冬の旅」と「詩人の恋」の両方のテーマを思い起こさせます。曲は暗く、時に感情をぶちまけたりもするので、あまりAutyさんの好みではないかもしれませんが、機会があったらぜひ一度聞いてみてください。特徴の異なる4曲が連なっているのではじめての人でも聴きやすいのではないかと思います。
投稿: フランツ | 2008年4月 7日 (月曜日) 19時59分
さすらい人さん、こんばんは。
過去にリリースされたCDは第3曲が欠けているそうですね。私はこの盤しか持っていないので気付きませんでしたが、確かに教えていただいたamazonのサイトなどを見ると第3曲がカットされている盤がありますね。権利的な問題なのでしょうか。少なくとも演奏や音の問題ではないように思います。プライもザンダーリング率いるオケも見事な演奏をしていますから。3曲目だけ欠けていると物足りないですよね。今回の4曲すべてのリリースはプライファンにとって歓迎すべきものということになりますね。
投稿: フランツ | 2008年4月 7日 (月曜日) 20時07分
フランツさん、こんにちは。
実はこの60年録音の「さすらう若人の歌」のCDの存在を知ったのも、フランツさんのこのブログでした。
20年近く昔に、70年録音のこの曲を購入し本当によく聞きました。
この時期のプライさんの声は、もうしたたるような美声で、しかし全体的に抑え気味に歌っていますよね。
「60年代の思い入れたっぷりの、若き日のマーラー」、届くまで楽しみで仕方ありませんでした。
今では、甲乙つけがたい愛聴版です。
彼の声、歌い方は、この曲集の特に第一曲目のような胸に迫ってくるメロディにぴったりだと思います。
甘い声で歌われるとかえって悲しみが倍増しますね。
投稿: 真子 | 2013年5月13日 (月曜日) 11時12分
真子さん、こんばんは。
プライの甘美な声で聴く「さすらう若者の歌」もいいですね。
「甘い声で歌われるとかえって悲しみが倍増」するというのはまさにおっしゃるとおりですね。
ディースカウのような知的な歌とは違ったプライならではの魅力があると思います。
異なる年代の録音が残されたことはうれしいですね。
投稿: フランツ | 2013年5月14日 (火曜日) 21時49分