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白井光子が歌うシュレーゲルの詩集「夕映え」による11の歌曲(シューベルト)

シューベルト/ツィクルス「夕映え」より;シュポーア/ドイツ歌曲
Shirai_hoell_schubert_spohr_2CAPRICCIO: 67 198
録音:1986年(シューベルト)&1993年(シュポーア), Tonstudio Teije van Geest, Heidelberg/Sandhausen
白井光子(MS)
エードゥアルト・ブルンナー(Eduard Brunner)(CL: 12-18)
ハルトムート・ヘル(Hartmut Höll)(P)

シューベルト(1797-1828)作曲

フリードリヒ・フォン・シュレーゲルの詩集「夕映え」から
1.夕映えD690(1823年3月作曲)
2.山D634(1819年頃作曲)
3.鳥D691(1820年3月作曲)
4.少年D692(1820年3月作曲)
5.流れD693(1820年3月作曲)
6.ばらD745(1822年初頭(5月以前)作曲)
7.蝶々D633(1819年頃作曲)
8.さすらい人D649(1819年2月作曲)
9.少女D652(1819年2月作曲)
10.星D684(1820年作曲)
11.茂みD646(1819年1月作曲)

12.歌劇「謀反人たち」D787より~ロマンツェ(私は用心深くそっとあちこち忍び歩く)

シュポーア(1784-1859)作曲

独唱、クラリネット、ピアノのためのドイツ歌曲Op. 103
13.静まれ、わが心よ(シュヴァイツァー男爵)
14.二重唱(ライニク)
15.憧れ(ガイベル)
16.子守歌(ファラースレーベン)
17.ひそやかな歌(コッホ)
18.目覚めよ(不詳)

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昨年はハルトムート・ヘルの足の負傷により白井光子の病気回復後の復帰コンサートが中止となり残念だったが、今年のラ・フォル・ジュルネには出演するようだ(チケットがすぐに売切れてしまいそうだが)。

つい最近久しぶりに彼らの録音がCAPRICCIOからリリースされたので聴いてみた。
内容はシューベルトのシュレーゲルによる歌曲11曲と、歌劇「謀反人たち」からの美しいロマンツェ、さらにルイス・シュポーア作曲のクラリネット助奏付きの6つの歌曲である。
新譜とはいえ、シューベルトは20年ほど前、シュポーアも10年以上前の録音であり、随分長いこと眠っていたものである。
レコード業界の不況の中、録音してもそう簡単にリリースできるものでもないのだろう。
このCD、輸入盤取り扱い店で3000円~4000円台の値がついていて驚いた。
結局ドイツamazonの中古で安く入手したが、送料を含めると大差なかったかもしれない。

ジャケットの彼女はすでに白髪だが、穏やかな実にいい顔をしている。
豊かな人生を経てきたのがあらわれているかのような表情である。

フリードリヒ・フォン・シュレーゲル(Friedrich von Schlegel: 1772-1829)の詩集「夕映え(Abendröte)」は22編の詩から成るが、シューベルトはそのうち11編に1819年から1823年にかけてばらばらに作曲した。
従って、シューベルトが「夕映え」による11曲の歌曲集をあらかじめ想定していたとは考えにくいが、数曲が同じ時期に作曲されており、小さな規模でまとめて出版しようとしていたとしても不思議ではない。
いずれにせよこれらの曲がまとめて演奏されることによって、1つの詩集の統一感と同時にその中の多様性を味わうことは出来るだろう。
シュレーゲルの詩集「夕映え」は次のような構成になっている。

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Abendröte(詩集「夕映え」)

Erster Teil (第一部)

[Tiefer sinket schon die Sonne] (すでに日はさらに深く沈み:無題)(=夕映え)
Die Berge(山)
Die Vögel(鳥)
Der Knabe(少年)
Der Fluß(流れ)
Der Hirt(羊飼い:作曲されていない)
Die Rose(ばら)
Der Schmetterling(蝶々)
Die Sonne(太陽:作曲されていない)
Die Lüfte(風:作曲されていない)
Der Dichter(詩人:作曲されていない)

Zweiter Teil(第二部)

[Als die Sonne nun versunken] (日が今や沈んだのに:無題:作曲されていない)
Der Wanderer(さすらい人)
Der Mond(月:作曲されていない)
Zwei Nachtigallen(二羽のナイティンゲール:作曲されていない)
Das Mädchen(少女)
Der Wasserfall(滝:作曲されていない)
Die Blumen(花:作曲されていない)
Der Sänger(歌びと:作曲されていない)
Die Sterne(星)
Die Gebüsche(茂み)
Der Dichter(詩人:作曲されていない)

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シューベルトのシュレーゲル「夕映え」歌曲群のテキスト大意は以下の通り。

1.夕映えD690:すでに日は深く沈み、すべてが憩いの呼吸をしている。鳥も人も山も川もすべてが詩人に語っているようだ。すべてが一つの合唱となり、一つの口から多くの歌を歌うことが詩人には分かったからだ。

2.山D634:われわれが高められたのを見て困難に打ち勝ったと思う。でもすぐに永遠に確固として自分自身に根ざしていることに驚いて気付かざるをえない。

3.鳥D691:飛び、歌い、地上を見下ろすのはなんて楽しいことだろう。人間は飛ぶことも出来ず、苦しみ歎いて、愚かなこと。私たちは空に羽ばたいていける。

4.少年D692:もし僕が鳥だったら、陽気に飛び回り、すべての鳥を打ち負かしたい。そしてお母さんのところに飛んで行き、もし怒られたら甘えてその真剣さを打ち負かすんだ。

5.流れD693:素晴らしい弦の響きによって歌がうねり、節が変わってもまた元に戻ってくるように、銀の流れがくねり、茂みを映しながら流れていく。

6.ばらD745:暖かさに誘われて光を求めたことを永遠に歎くしかありません。太陽が暑すぎたのです。私の短かった若い命のことを死に瀕して言いたかったのです。

7.蝶々D633:どうして踊らずにいられよう。魅力的な色が緑野の中で輝いているというのに。小さな花々は甘く香り、私は花を失敬する。花を私から守ることなんて出来ませんよ。

8.さすらい人D649:月の光がはっきり私に語り、旅に出ようと思わせる。「昔の道に従い、故郷をつくるな。永遠の苦しみが辛い日々をもたらすことになるから。苦しみを逃れて、さすらうのだ。」

9.少女D652:私のいい人がどれほど心から私に身を捧げていることでしょうと言ってみたいのです、彼が私をそれほど好きではないという歎きを和らげるために。

10.星D684:われわれがなんと神聖に輝いているかと驚いているのか、人間よ。ただ天の指示に従ってわれらが親しげに輝いていることが分かれば、俗世の苦悩などは消えてしまうだろう。すべては神の泉から湧き出たもの、それぞれが合唱の一員ではないだろうか。

11.茂みD646:涼しくかすかに暗い野を風が渡る。海のとどろきも木の葉のざわめきもただ一つの魂が動かしているのだ。霊が悲しめば波の響きが重なり、霊が生を呼吸すれば言葉が連なる。

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シューベルトは詩集の第一部から7編、第二部から4編作曲していることが分かる。
白井&ヘルはこの詩集の順序そのままに11曲を歌っていることになる。
ちなみにハイペリオン歌曲全集27巻(グレアム・ジョンソンのピアノ)ではシェーファーとゲルネが分担して歌っているが、「少年」と「流れ」を入れ替えた以外は詩集の順序に則っている。

白井は以前日本でも「夕映え」による歌曲を集めて披露していたが、一見ロマン派の詩人が好みそうな主題がちりばめられていながら実は思索的で難解な洞察がされているテキストによるこれらの作品で、時に軽やかに明るく、時に深みをもってどのタイプの曲でも自在に表現する。
声は光沢にあふれてきらきらしている。
あるフレーズを歌い終える時の余韻の素晴らしさは彼女特有の美質だろう。
特に冒頭の「夕映え」の美しさは特筆すべきだろう。
この詩はもともと無題だったものにシューベルトが詩集全体のタイトル「夕映え」を付与したのだが、詩集全体にあらわれるもろもろが登場し、全体のモットーのような役割を与えられている。
夕暮れ時の自然の輝きと人間の研ぎ澄まされた感覚が赤みをおびたイメージと共に穏やかな倦怠感を呼び起こす。
その限られた瞬間の趣がシューベルトによって見事に表現されている。

これらの歌曲群は明るく美しい作品が多いが、なかでも「流れ」は個人的に特に気に入っている。
大きな孤を描いた息の長いフレーズをもった歌声部や、オクターブで美しいメロディーを歌うピアノパートなど、イタリアオペラのアリアをピアノ伴奏で歌ったものを思い起こさせるが、どこまでも甘美に溶けるような響きにひたれる、こういうタイプの曲はシューベルトには珍しいのではないか(有名な「アヴェ・マリア」も多少似たタイプではあるが)。
ヤノヴィッツやポップ、シェーファーなど美声のソプラノ歌手の録音が印象深いが、上述の3人、いずれもアーウィン・ゲイジが共演しているのが興味深い。
ゲイジのお気に入りの曲なのではないか。
白井さんは美しい響きを余裕をもって歌うが、曲の甘美さに溺れず、歌曲としてのフォルムを保っているところがいかにも彼女らしいと思った。

最後の「茂み」は随分遅めのテンポだが、噛みしめるようにしっとりと歌うことによって、例えばアーメリングが歌った時のような清涼感よりも自然の神秘性を前面に押し出しているように感じられた。
そして、そのほとんど魔術的な響きは第1曲に置かれた「夕映え」の響きに回帰したかのようである。

ヘルは作品に素直に寄り添い、恣意的なところもなく、冒頭の「夕映え」など繊細さを貫いていて素晴らしかった。

ちなみにシューマンのピアノ曲、幻想曲ハ長調Op. 17の冒頭には、「茂み」の最後の4行がモットーのように記されているという。

Durch alle Töne tönet
Im bunten Erdentraume
Ein leiser Ton gezogen,
Für den, der heimlich lauschet.
 すべての音を通して響くのだ、
 いろいろな地上の夢の中の
 かすかな音が、
 ひそかに耳を澄ます者には。

白井&ヘルはかつてリリースした「ヨーロッパの歌の本(Europäisches Liederbuch)」(CAPRICCIO: 67 024)と題されたCDの中で、お得意のシェックやベルク、ヴェーベルンなどのほかに、ブリテン、レスピーギ、ベリオ、シマノフスキーからプランクやドビュッシー(「もう家のない子供のクリスマス」)まで演奏しており、各国の色合いの異なる世界に違和感なく同化する幅の広さを示している。
「ぶらあぼ」2007年10月号のインタビューでは「日本歌曲のピュアな部分に惹かれています」と語っており、もしかしたら日本歌曲に彼女が手を伸ばす日も遠くないのかもしれない。

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コメント

熱狂の歌のチケットは難しそうですね。でも、何かのシューベルト歌曲を聞きたいと思っています。もうすぐ普通前売りですね。気づいたら三月。。。

投稿: Auty | 2008年3月 2日 (日曜日) 08時05分

ラ・フォル・ジュルネは未体験なので、チケットもどれだけ入手が困難なのか分かりませんが、やはりどの公演も早めにとらないと売り切れてしまいそうですね。どの公演に行こうか頭を悩ませています。

投稿: フランツ | 2008年3月 2日 (日曜日) 12時25分

フランツさんこんにちは!

今日CDショップでこの盤見ましたが、やはり3600円でした。「メーカーの価格設定が高い盤ですのでご了承ください」と書かれても・・・。

シューマンの幻想曲のお話ありがとうございます! これは楽譜が欲しくなりました。

シューマンでは、交響的練習曲の主題が、マーラー『大地の歌』の"Dunkel ist das Leben, ist der tod."だという話を聞いて、CD聴いたらほんとにそっくりでした。マーラーは音楽的教養の高い人だったので、意図的引用だということですが・・・。

投稿: 甲斐 | 2008年3月 3日 (月曜日) 19時41分

甲斐さん、こんばんは!

CAPRICCIOの価格設定にはちょっと驚かされますね。3600円といったら2枚組かと思ってしまいます。
シューマンが「幻想曲」に記したこの4行、いろいろな解釈があるようです(ある部分はクラーラを指しているとか)。その辺を探っていくと面白そうです。
確かに「交響的練習曲」の下降する箇所は「大地の歌」に似ていますね(これまで全く意識していませんでした)。シューマンはベートーヴェンを引用し、そのシューマンをマーラーが引用する。こういう形でも過去の作曲家へのリスペクトが脈々と受け継がれていくのでしょうか。

投稿: フランツ | 2008年3月 4日 (火曜日) 00時58分

先日、白井光子さんのコンサートに行きました。このシュレーゲルの詩による歌曲を五曲取り上げていました。知らない事ばかりの私には、とても勉強になりました。

投稿: 田中文人 | 2010年10月 4日 (月曜日) 18時09分

田中さん、こんばんは。
白井さんのコンサートに行かれたのですね。
うらやましいです。
私はシーララのコンサートと重なってしまったので残念ながらあきらめました。
シュレーゲルの詩による歌曲も歌われたのですね。
久しぶりにこのCDを引っ張り出して聴いてみようと思います。
そういえば白井さんのコンサート、BSで放送されるようですね。私はBSが見れないので、地上波でも放送されるといいのですが。

投稿: フランツ | 2010年10月 4日 (月曜日) 22時07分

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