トイヴォ・クーラの歌曲
昨年聴いたフィンランドの名バリトン、ヨルマ・ヒュンニネンのリサイタルはトイヴォ・クーラ(Toivo Kuula: 1883-1918)の歌曲6曲ではじまった。
私はこの時はじめてクーラの歌曲を聴き、その憂いを秘めた暗い雰囲気に魅了されてしまった。
彼の曲に聞こえる憂愁は、グリーグ、シベリウスやラングストレムなどのような底なし沼から響く暗さとは若干趣が異なる気がする。
北欧特有というよりももっと普遍的な印象を受けるのである。
あまり手のこんだことはしていないかもしれない。
しかしそのストレートな鬱屈した感情が地域性を越えた共感を呼ぶのではないだろうか。
なお、クーラの夫人(アルマ・シヴェイトイネン)もグリーグ夫妻の場合同様歌手で、クーラ歌曲の普及に大きく寄与したそうだ。
クーラの独唱歌曲リスト(Excel)を未出版の曲も含めて分かった範囲でまとめてみた(タイトルの日本語訳は既訳が見当たらない時は英訳から自己流に訳しているので間違いがあるかもしれません)。
「kuula_songs.xls」をダウンロード
暗いトレモロの前奏で始まる「秋の気配(Syystunnelma, Op. 2-1)」は、あたかもシューマンの影響下にあった初期のヴォルフ歌曲のようなストレートな憂愁を帯びている。
恋人に去られた男の心情を雪の中の花とだぶらせた内容だが、秋なのに雪というのは北欧の人にしか分からない厳しい世界なのだろう。
「長いこと炎を見つめて(Tuijotin tulehen kauan, Op. 2-2)」も、聴き手を北欧の厳しい環境に連れて行く。
暖炉の炎を見つめていると、かつて愛しながらも別の男と結婚してしまう女性の思い出が浮かび、とめどなく涙が流れてくるという内容で、その展開に応じたドラマティックな音楽が付けられている。
「朝の歌(Aamulaulu, Op. 2-3)」はクーラ歌曲としては例外的な明るく軽快な曲で、朝の到来と共に「我が歌よ、響け」と歌う第1節、自然界が息づいているのを見て「我が心よ、憩え」と歌う第2節、若い愛はどんな山でもさえぎることは出来ないので「飛べ、我が愛」と歌う第3節と各節に応じた変化を交えながら、魅力的な音楽を響かせる。
「来ておくれ、愛する人よ(Tule armaani)」はクーラの代表作といってもいいかもしれない。
「私はこれ以上 一人の夜は耐えられない」(駒ヶ嶺ゆかり訳)ので来ておくれと恋人に呼びかける歌だが、単なるプロポーズなのか、何か表面に出ていない背景があるのか今ひとつはっきりしない詩である。
全体を貫く行進曲風のリズムはブラームスの「夜に私は飛び起きて」Op.32-1を思い起こさせる。
クーラの最もドラマティックで暗い面が濃厚にあらわれた名作だと思う。
YouTubeでマルッティ・タルヴェラがこの曲を歌った映像を見ることが出来る。
2mを越す立派な体躯から響く彼の重厚な声がこの恋人への呼びかけを印象深いものにしていた。
共演している若き日のアシュケナージの切り込みの深いピアノが特徴的なリズムを際立たせていて名演である。
クーラは1918年に宴席で兵士とのちょっとした諍いで発砲されて若い命を落としてしまったのだが、今年で没後90年ということになる。
アニバーサリーというにはきりが悪いかもしれないが、この機会に演奏される機会が増えることを望みたい。
最近入手したクーラ歌曲のCDは以下の通り。
いずれもクーラ歌曲への真摯な姿勢が感じられる素敵な演奏ばかりである。
1)Kootut yksinlaulut (Complete Songs) / Kuula FINLANDIA: 522112
録音:1988年2月 - 1990年3月, Imatra Concert Hall
Kalevi Olli(BR)
Ritva Auvinen(S)
Ulrich Koneffke(P)
CD1:15 songs
CD2:21 songs
2)Finnish Songs / Kuula & Madetoja MARCO POLO: 8.225177
録音:1996年8月25-27日, Järvenpää Hall, Järvenpää, Finland
Kirsi Tiihonen(S)
Satu Salminen(P)
16 songs (Kuula) & 6 songs (Madetoja)
3)Tule, armaani / Kuula ONDINE: ODE 1087-2
録音:2006年4月12-13, 18日, Järvenpää Hall
Tommi Hakala(BR)
Kristian Attila(P)
19 songs
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クーラはドイツのライプツィヒでも学んでいる。
彼の唯一のドイツ語歌曲「荒野の魔力」の詩をご紹介したい。
この詩に付けたクーラの音楽は繊細で幻想的な響きではじまり、第3節で劇性を加え、最後の2行で再びもとの繊細さに回帰する。
魔力(Zauber)をクーラなりに表現した作品と言えるだろう。
Heidezauber, Op. 24-4
荒野の魔力
Still ruhet die Heide in weihvoller Nacht,
sie träumet ganz stille in mondlichter Pracht.
Es zieht durch die Bäume ganz leise der Wind,
es atmet die Heide wie ein schlummerndes Kind.
厳かな夜、静かに荒野は憩い、
月明かりの壮麗さの中で全く静かに夢見ている。
木々の間をほんのかすかな風が渡り、
眠れる子供のように荒野は寝息をたてる。
Durch Wiesen und Felder, durch Büsche und Wald
das Himmelslicht spiegelt in Geistergestalt.
Still schweiget da alles in heiliger Stund,
ein Bächlein nur flüstert im tiefdunklen Grund.
草地や野原の中、茂みや森の中を通り、
天の光は魂の姿に反射する。
厳かな時間にはものみな静かに押し黙り、
ただ小川が深く暗い底でささやくのみ。
Da kommen zwei Menschen, ein Weib und ein Mann
durch Wald und durch Büsche zum Bächlein an.
Da bleiben sie stehen im Zauber der Nacht:
"Was habt Ihr gesuchet, was habt Ihr gemacht?"
そこに二人の人間、女と男がやってくる、
森と茂みを通って小川のところまで。
夜の魔力の中で彼らは立ち止まる、
「おまえたちは何を探し、何をしたのか?」
Sie wissen's nicht selber, sie fühlen es nur:
sie sind nur die Kinder der großen Natur.
彼ら自身は知らないままに、ただ感じているのだ、
自らが大自然の子供に過ぎないということを。
詩:August Hjelt
曲:Toivo Timoteus Kuula (1883.7.7, Alavus - 1918.5.18, Viipuri)
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コメント
憂いを秘めた暗い雰囲気に魅了されてしまった。
**
そ、そうですか(笑)。私はフィンランド語の響きはとても素敵だと思います。暗い雰囲気がだめなので、民謡みたいな歌は聞いたことがります。あ、でも暗いけどシベリウスの「クレルボ」は聞きました。知らないで妹さんに恋してしまうという凄い話でした。
寒いところには住めないけど、寒いところには憧れます。。
投稿: Auty | 2008年1月20日 (日曜日) 19時07分
Autyさんは暗い曲がだめなのですね。
私は大好きでどっぷりその世界に沈み込むと満足します。だから北欧作品だけでなく、ブラームスの晩年のピアノ小品や歌曲などはどれも身近にあります。逆に民謡は疎いので少しは聴かなければと思っています。
最近の寒さを思うと、私も北国にはとても住めませんが、特有の澄み切った空気に憧れは抱きます。「クレルボ」今度聴いてみます。
投稿: フランツ | 2008年1月20日 (日曜日) 19時42分