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ゲルネ&シュマルツ/シューベルト「白鳥の歌」(2007年9月24日 東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル)

祝日の9月24日(月)、マティアス・ゲルネ(BR)とアレクサンダー・シュマルツ(P)によるシューベルトの歌曲集「白鳥の歌」ほかのリサイタルを聴きに行った。

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2007年9月24日(月)16時開演
東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

マティアス・ゲルネ(Matthias Goerne)(BR)
アレクサンダー・シュマルツ(Alexander Schmalcz)(P)

ベートーヴェン/連作歌曲「遥かなる恋人に」Op. 98

シューベルト/歌曲集「白鳥の歌」D957
 愛の便り
 戦士の予感
 春の憧れ(1、2、5番のみ)
 セレナーデ
 我が宿
 秋D945
 遠い地で
 別れ(1、2、3、6番のみ)

~休憩~

 アトラス
 彼女の絵姿
 漁師の娘
 街
 海辺にて
 影法師

(アンコール)
シューベルト/鳩の便りD965A
ベートーヴェン/希望に寄せてOp. 94
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今回はシューベルトの三大歌曲集を三夜にわたって演奏するというプログラムが組まれ、その最終日を聴くことが出来た。同じシューベルトの歌曲集でも連作歌曲集の「美しい水車屋の娘」や「冬の旅」と違い、「白鳥の歌」はシューベルト晩年の歌曲を出版業者のハスリンガーがまとめて出版したものでシューベルトの意図というわけではない。ただ、前半のレルシュタープ歌曲と後半のハイネ歌曲はそれぞれまとめて出版するつもりだったのかもしれないという説もあり、筋の連続性はないものの全くの寄せ集めと言い切ることも出来ない。

「愛の便り」では流麗に小川への言伝を響かせ、
「戦士の予感」では緊張をはらんだバラードで夜中の戦士の心の動きを静から動へ変化させ、
「春への憧れ」では高速の中で春と恋人に対する憧れを爆発させ、
著名な「セレナーデ」ではギターのつまびき風の演奏の上で甘美に愛を歌い、
続く「我が宿」ではごつごつした岩山を思わせる響きで苦悩を激しく歌い上げ、
その後にハスリンガーの出版時には含まれていない「秋」(同じレルシュタープの詩)を続け、寂しげに吹き渡る風のようなピアノのトレモロの上で秋を人生になぞらえて有節形式で歌う。
「遠い地で」は執拗な詩の脚韻を強調した歌で静と動の幅広い表現を聴かせ、
レルシュタープ歌曲最後の「別れ」では一転してリズミカルな音楽で軽快に馴染みの町や人からの別れを歌うが、明るさの中に別れの未練のような響きも滲ませるあたりがいかにもシューベルトらしい素晴らしさだ。

後半のハイネ歌曲はシューベルトの踏み込んだ新しい響きに満たされている。
世の不幸を背負ったような自分をなぞらえた「アトラス」での重厚な激情で始まり、
「彼女の絵姿」では夢にあらわれた過去の恋人への思いを必要最低限の切り詰めた音で表現し、
「漁師の娘」では一見叙情的な響きを装って、女性を軟派する男の下心を装飾音や音の跳ね上げで表現し、
「街」では印象派を先取りしたかのようと形容されるピアノの分散和音が潮風や波のきらめきを思わせ、
「海辺にて」はまたもや切り詰めた音で浜辺の描写と主人公の心理描写をリンクさせ、
ハイネ歌曲最後の「影法師」では失った恋人の家を見に行くとそこに自らのドッペルゲンガーを見るという緊張した響きの積み重ねられた、心の深淵を覗き込んだような歌で締めくくられる。

ハスリンガーの出版した「白鳥の歌」では、この後にザイドルの詩によるシューベルト最後の歌曲「鳩の便り(Die Taubenpost)」が置かれて締めくくられるのだが、あまりにハイネ歌曲と色合いが異なるため、あえて省略する演奏家もいて、ゲルネたちのプログラムでも「影法師」で終わっていたので残念に思っていたら、アンコールで歌ってくれた。私の最も好きなシューベルト歌曲の一つで、忠実なる伝書鳩にことよせて、恋人への「憧れ」を歌うが、そのたゆたうような響きで優美だがどこか切ない感じがいつ聴いても素敵なのだ。

ドイツ、ヴァイマル出身のゲルネはシュヴァルツコプフやF=ディースカウの薫陶を受けたことで知られ、現役のバリトン歌手の中でもとりわけリートに力を入れている歌手である。
私が彼の実演を聴くのは確かこれで2回目だと思うが、ますます表現は安定し、声は低音から高音までどこをとってもまろやかでふくよかに包み込むような感じだ。その音程の確かさはF=ディースカウ以上と言えるかもしれない(F=ディースカウは音程の不確かな箇所を語りの説得力で補っている場合もあったように思う)。発音は美しいし、高音でも荒くならない。そういう安定感がもっと若い頃には若干単調さを感じさせることもあったが、今回の演奏ではものの見事に聴かせる芸となっていた。
「白鳥の歌」はストーリー性がない分、各曲が完結した世界をもっている。それをつなぐのは並大抵のことではないだろう。その幅の広い歌曲の流れを全く違和感なく最後まで聴かせたのは彼の精進の証であろう。F=ディースカウのような語りの巧みさよりも、もっとシューベルトの音楽に素直に寄り添っていて、いい意味で現代風の演奏と言えるのかもしれない。彼はボストリッジほどではないが、比較的歌う時に体を動かしていた。それがそれほど視覚の妨げにならなかったので演奏に集中することができた。

「白鳥の歌」の前に演奏されたベートーヴェンの連作歌曲集「遥かなる恋人に」では、若さと安定感が共存した旬の理想的な歌唱を披露していたと思う。

アレクサンダー・シュマルツもゲルネ同様ヴァイマル出身のピアニストで、彼の実演を聴くのはシュライアーの引退公演の2夜に続き3度目である。今や多くの歌手たちから引っ張りだことなった彼の演奏はますます磨かれ、音の響きの安定感が感じられた。ピアノの蓋は全開にもかかわらず、決してうるさくならず、そのコントロールの感覚は相当非凡なものがあると思った。特に「街」の急速な分散和音など見事に制御された響きで印象に残った。だが、一方「アトラス」や「影法師」ではもっと前面に鋭く響かせることでより心に訴えてくる筈で、歌手とバランスをとりつつ、出るところではいかに主張するかが課題ではないだろうか。

今回はパンフレットに歌詞は掲載されず、舞台の左右に字幕スーパーが出ていた。1階最後列の右端で聴いていた私には若干字が小さく見にくい時もあったが、視線を舞台とパンフレットの間で忙しく動かす必要がないという意味では有難かった(資料としてパンフレットにも掲載されていればさらに良かったと思うが)。

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渡辺護氏逝去

音楽評論家の渡辺護(わたなべまもる)氏が7月30日、イギリスのオックスフォードで亡くなったそうだ。享年91歳。

渡辺氏といえば「ドイツ歌曲の歴史」(音楽之友社)という名著もあるが、私にとってはブラームス歌曲の訳者としての印象が最も強い。その訳語は平易で、分かりやすい。鑑賞する詩としての翻訳というよりも、原詩で選ばれた語の忠実な再現を目指しておられたのではないか。そして、それはドイツ語に馴染みの薄い人にとっても、原詩の意味するところをストレートに理解する大きな助けになったと思う。
私が時々このブログで公開する未熟な訳も、目指すところは渡辺氏同様、原詩の忠実な再現である。

最近も「音楽の友」誌で音楽家のエピソードを軽妙な語り口で連載されていた。
長年にわたる音楽への探究に感謝し、ご冥福をお祈りいたします。

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フリッツ・ヴンダーリヒ/ライフ・アンド・レジェンド:生涯と伝説

Wunderlich_dvd昨年で没後40年だったドイツの名テノール、フリッツ・ヴンダーリヒ(1930.9.26, Kusel - 1966.9.17, Heidelberg)を記念したDVDが海外より1年遅れで国内でも発売された。ヴンダーリヒといえば、多くのオペラファンはタミーノの名演を思い出すであろう。だが彼は、レパートリーは必ずしも多くないもののリートにも積極的に取り組み、特に「詩人の恋」はあまたの名演の中で未だにベスト演奏の1つだと思っている。

これまで録音を通じて彼の美声とみずみずしい表現に接してきたが、今回初めて彼の歌う姿や家族や同僚とのくつろいだ姿が映像で見られ、さらに彼を偲ぶ多くの人(夫人エーファから恩師や同僚、友人)のインタビューも盛り込まれ、35歳の若さで散ったヴンダーリヒを様々な角度から知ることが出来る作品に仕上がっている。

(これから先はネタばれもあるので、まだ知りたくない方は気をつけてください。)

ヴンダーリヒの一見順風満帆に思えるキャリアも実際にはそうでなかったことが語られている。彼は指揮者の父親とヴァイオリニストの母親という音楽一家に生まれるが、ナチスの台頭と共に父親は追いつめられ、最終的には自ら命を絶つ。この時、フリッツはわずか5歳。それ以来女手一つで母親はフリッツたち子供を養い、フリッツも生活費の足しにするためにアコーディオンやピアノ、ホルンを習い、各地の祭りなどで演奏する。フリッツの音楽の才能に気付いた母は、指揮者エメリヒ・スモーラの薦めに従い、彼をフライブルクの音楽学校に入学させる。フリッツは当時ホルンを専攻していたが、最終的には声楽に力を注ぐようになり、入学試験の試験官だった盲目の女性マルガレーテの前でシューベルトの「道しるべ」を歌った。彼女曰く「出来は素晴らしく、情感はたっぷりで温かみがあった」。ヴンダーリヒが彼女に「俗っぽかったか」と尋ね、彼女が「少しね」と答えると、「だから学びたい」と言ったそうだ。他の人のエピソードでもヴンダーリヒは似たようなことを言っており、自分の意欲を積極的にアピールするタイプだったようだ。それは、長く辛い経験をした少年時代があったからこその成功願望だったのかもしれない。

1954年に「魔笛」のタミーノを歌い、その成功により2つの終身雇用の依頼が舞い込む。1つはフライブルクでの主役、もう1つはシュトゥットガルトでの端役で、ヴンダーリヒはシュトゥットガルトを選ぶ。

最初は端役だったが、当初タミーノを歌う予定だったヨーゼフ・トラクセルが機転を利かせ、1959年ヴンダーリヒにタミーノを歌わせる機会を与え、彼の輝かしい道が開かれた。

その後、ベーム指揮で「無口な女」を歌ったり、各地で成功を収め、テレビ出演にも進出し、依頼は殺到した。

ヘルマン・プライとの交友は、エーファ夫人曰く「互いに共鳴しあっていた」。うまが合っていたのだろう。プライによれば、ヴンダーリヒはプライに音楽上のヒントを与え、プライは逆に演技上の助言をしたとのこと。

歌曲のピアニストとしてロルフ・ラインハルトを抜擢して1963年3月にミュンヒェンで催したリサイタルでは、「歌い方がオペラのアリアみたいで、プログラムも単調」との酷評が出て、ヴンダーリヒを悩ませる。その時にプライの助言に従ってフーベルト・ギーゼンの門を叩き、彼との共演が始まった。ギーゼンといくつかの名盤を残して結果的には彼のリート歌手としての成功のきっかけとなったのだろう。F=ディースカウはギーゼンについて辛口のコメントをしているが、テクニックを超えた歌手との相性という意味ではヴンダーリヒとギーゼンは理想的なコンビだったのではないだろうか。

また、彼は成功の裏で心の均衡を自然に求め、自分自身だけの時間を大切にしたそうで、成功した人にしか分からないプレッシャーの大きさがあったのであろう。故郷クーゼルの友人たちとも連絡を取り続け、彼らに支えられてきたと夫人も語っている(友人たちと一緒の映像もある)。

1966年ニューヨークのメトロポリタン歌劇場からのオファーを受け、気乗りのしないままサインすると、出発する前にエディンバラでギーゼンとリサイタルを開き、さらにシュヴァーベンに狩りに出かける。その翌日に出かけた知り合いの館の階段から足をすべらせてそれが原因で35年の生涯を閉じる。この時のことを語る友人ペーター・カーガー氏が涙に声を詰まらせるのに対して、エーファ夫人は事態を受け止めようとしたと冷静に語っているのが好対照だった。

クリスタ・ルートヴィヒやブリギッテ・ファスベンダー、アンネリーゼ・ローテンベルガーといった往年の名歌手がインタビューに応じて、久しぶりに姿を現しているのもとても興味深かったし、現役のトマス・ハンプソンやロランド・ビリャソンがヴンダーリヒを絶賛しているのも今なお彼の名唱が生き続けているのを実感させられた。

さらに特典として、ペルゴレージの歌劇「音楽の先生」、モーツァルトの歌劇「魔笛」、R.シュトラウスの歌曲「舟歌」Op. 17-6、エックの歌劇「サン・ドミンゴの婚約」、チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」の映像で彼の名唱を目にすることが出来る。

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パヴァロッティ/イタリア語による歌曲集

「パヴァロッティ・エディション9:イタリア語による歌曲集(Italian Songs)」
Pavarotti_songsユニバーサルミュージック: DECCA: UCCD-3114
録音:1973年~1999年

ルチアーノ・パヴァロッティ(Luciano Pavarotti)(T)ほか

1)ベートーヴェン/この暗い墓の中に
2)ドニゼッティ/舟人
 (フィルハーモニア管;ピエリーノ・ガンバ:指揮)
3)ドニゼッティ/私は家を建てたい
 (ボローニャ歌劇場管;アントン・グァダーニョ:指揮)
4)ロッシーニ/踊り
 (ボローニャ歌劇場管;リチャード・ボニング:指揮)
5)ロッシーニ/約束
 (フィルハーモニア管;ピエリーノ・ガンバ:指揮)
6)ベルリーニ/この悩み、やさしい妖精よ
7)ベルリーニ/お行き、幸せなばらよ
 (レオーネ・マジエラ:ピアノ)
8)リスト/「ペトラルカの3つのソネット」~平和は見いだせず
9)リスト/「ペトラルカの3つのソネット」~その日までいつくしみくださる
10)リスト/「ペトラルカの3つのソネット」~私は地上に天使のような姿を見た
 (ジョン・ウーストマン:ピアノ)
11)レスピーギ/雪
12)レスピーギ/雨
13)レスピーギ/霧
 (ボローニャ歌劇場管;リチャード・ボニング:指揮)
14)マスカーナ/セレナータ
 (ボローニャ歌劇場管;ヘンリー・マンシーニ:指揮)
15)レオンカヴァルロ/マッティナータ
16)トスティ/暁は光から
 (フィルハーモニア管;ピエリーノ・ガンバ:指揮)
17)トスティ/四月
 (ナショナル・フィルハーモニー管;アントニオ・トニーニ:指揮)
18)トスティ/最後の歌
 (フィルハーモニア管;ピエリーノ・ガンバ:指揮)
19)トスティ/セレナータ
20)トスティ/魅惑
21)トスティ/われ、もはや愛さず
 (ボローニャ歌劇場管;リチャード・ボニング:指揮)
22)トスティ/かわいい口もと
 (ボローニャ歌劇場管;アントン・グァダーニョ:指揮)
23)トスティ/マレキアーレ
 (ナショナル・フィルハーモニー管;ジャンカルロ・キアラメッロ:指揮)

(以上の曲名、演奏者名などの日本語表記はCD解説書の表記に従いました。)

私の所有しているパヴァロッティのディスクは、この「イタリア歌曲集」のCDとモーツァルト「イドメネオ」のDVDだけである。それでも、3大テノールのテレビ中継やFM放送でしばしばその声を耳にする機会はあった。かつて彼が巨大な会場でマイクを使って歌い始めた時、PAを使うことの是非が話題になったことも懐かしい。

このディスクはイタリア歌曲の有名どころがうまく選曲されていて、パヴァロッティが歌曲において成し遂げたものを多面的に聴くことが出来る。
最初に置かれたベートーヴェンをパヴァロッティが歌っていたというのは驚きだが、もともとイタリア語で書かれた作品であり、ドイツ系の歌手が歌うのとはまた一味違った自在さが魅力的であった。最後に「無情な女(ひと)よ(ingrata)」と2回繰り返す時の責め立てるような語りかけが印象的だった。

ドニゼッティの有名な「私は家を建てたい」では、第1節で海の中にくじゃくの羽で家を建てたいと歌い、第2節で階段は金銀で、バルコニーは宝石でつくりたいと歌う。そして第3節で可愛い恋人が顔をのぞかせれば「おてんとさんが出た」と誰もが言うと締めくくる。この第3節でパヴァロッティは声のボリュームを落とし、ひそやかに語りかける。カンタービレの要求されることの多いイタリア歌曲でも詩に応じた語りの変化が必要であることを、一見歌曲と縁の薄そうなパヴァロッティから教えられた気持ちだ。

ロッシーニの「音楽の夜会」に含まれる「踊り」は私の最も好きなイタリア歌曲の一つだが、オケ編曲版で聴くのははじめてである。パヴァロッティはリズミカルにテンポよく歌う。早口にならざるをえない言葉を見事にさばいて、踊りに誘いながら自らも楽しげに踊る様が目に浮かぶようだ。

リストの「ペトラルカの3つのソネット」をパヴァロッティがレパートリーにしているというのもなんとなく意外な印象をもったのだが、J.B.スティーン氏の解説(木村博江氏訳)によれば彼はすでに1978年に最初の2曲をリサイタルで取り上げているそうだ。リストの歌曲の中でもとりわけ甘美でとろけそうな曲調は、ドイツ人が歌うよりもイタリア人の方がより適しているかもしれない。実際パヴァロッティはそのベルカントを駆使して、F=ディースカウが歌う時とは別の曲のような旋律美を朗々と響かせている。

このディスクの中のハイライトはレスピーギの3曲かもしれない。この3曲、昔FMでパヴァロッティのライヴ演奏を聴いた覚えがある。決して耳あたりのよい甘美なだけの歌曲ではなく、芸術歌曲としての深さも持っているように思う。特に3曲目「霧」の詩はイタリア歌曲としてはかなり異色ではないだろうか。物憂く立ち込める霧の中、苦しむ私に死者たちが「おいで」と誘いかけるという内容で、死者のうめき声「とても寒い」「一人ぼっちだ」で聴かせるパヴァロッティの語りかけはまさに役者である。

ここでトスティが8曲も選ばれているが、アライサが来日公演で聴かせてくれた「暁は光から」「最後の歌」もオケに編曲してパヴァロッティが歌うとまた違った光を放つのが面白い。アライサは一生懸命な真摯さが魅力だったが、パヴァロッティは余裕のある表情で豊かに包み込んでくれるようだ。「四月」「セレナータ」「魅惑」「マレキアーレ」など、トスティのいい意味での通俗的な親しみやすさを引き出した素敵な演奏だった。

私はピアノ歌曲をオーケストラに編曲した形は普段あまり好きではないのだが、エンターテイナー、パヴァロッティの芸術を盛り立てるにはやはりピアノよりもオケの多彩な響きが効果的のようだ。オーケストラで色付けされたどの曲も違和感なく楽しめたのはパヴァロッティの声だからなのかもしれない。

このディスクでも雄弁なリストの演奏を聴かせているピアニスト、ジョン・ワストマンの話だが、演奏会の後、多くの人たちが自分には目もくれずにパヴァロッティの周りを取り囲んでいても、「今夜のきみの演奏は最高だったよ」とパヴァロッティが言ってくれるのでそれだけで良かったというようなことを言っていた。こういう人間味が、聴衆だけでなく、共演者からも慕われてきた要因なのかもしれない。

私だけかもしれないが、彼の声を聴くと時々子門真人さんの声がダブってくる。単なる美声ではなく、コクのある声という感じだろうか。前へ前へ訴えかけてくるその歌唱は、堅苦しいことを考えている人の心をいつのまにかほぐし、幸せな気分にしてしまう。オペラでの活躍に比べると歌曲の分野は彼にとってはほんの一部の活動に過ぎないだろう。だが、そのわずかな活動において、この録音に聴かれるだけの成果を挙げていたのならなんの不満があるだろうか。

偉大なエンターテイナーのご冥福をお祈りします。

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パヴァロッティ逝去

「キング・オブ・ハイC」と呼ばれたイタリアの名テノール、ルチアーノ・パヴァロッティが闘病生活の末、亡くなったそうだ(Luciano Pavarotti:1935.10.12, Modena - 2007.9.6, Modena)。享年71才。
チケットの高価な一人で、ついに実演は聴けなかったが、オペラだけでなくイタリア歌曲(レスピーギ、トスティなど)も歌っていたはずである。
週末にでもゆっくりとその至芸を聴いて偲びたいと思う。

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R.シュトラウス「九月」(詩:ヘッセ)

ひどく猛暑だった夏がここ数日で嘘のように涼しくなり、早く過ぎてほしかった筈の夏が名残惜しいような不思議な気分を感じています。
そんな時期にぴったりのヘルマン・ヘッセの詩にR.シュトラウスが美しい音楽を付けています。
オケ版ではシュヴァルツコプフ、ヤノヴィツ、オージェーなどの名演がありますが、ボニーの録音ではMax Wolffによるピアノ編曲版を聴くことが出来ます(DECCA:マーティノーのピアノ)。

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September (aus "Vier letzte Lieder")
 九月

Der Garten trauert,
kühl sinkt in die Blumen der Regen.
Der Sommer schauert
still seinem Ende entgegen.
 庭は悲しみにくれ、
 冷たく花の中に雨が沈み落ちる。
 夏は身震いする、
 静かに最期の時に向かって。

Golden tropft Blatt um Blatt
nieder vom hohen Akazienbaum.
Sommer lächelt erstaunt und matt
in den sterbenden Gartentraum.
 黄金色に一枚一枚、葉が滴り落ちる、
 高いアカシアの木から。
 夏は驚いて、力なく、
 死に行く庭の夢に微笑みかける。

Lange noch bei den Rosen
bleibt er stehen, sehnt sich nach Ruh.
Langsam tut er die (großen)
müdgewordnen Augen zu.
 さらに長いこと、バラのそばに
 夏はとどまり、休みたいと願う。
 ゆっくりと夏は、
 眠くなった目を閉じるのだ。

詩:Hermann Hesse (1877.7.2, Calw - 1962.8.9, Montagnola, Switzerland)
曲:Richard Strauss (1864.6.11, München - 1949.9.8, Garmisch-Partenkirchen, Germany)

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エルガー/歌曲&ピアノ曲集

SONGS & PIANO MUSIC BY EDWARD ELGAR
Elgar_songs_norrisAVIE: AV 2129
録音:2007年2月14-16日、The Cobbe Collection, Hatchlands, England

アマンダ・ピット(Amanda Pitt)(S)
マーク・ワイルド(Mark Wilde)(T)
ピーター・サヴィジ(Peter Savidge)(BR)
デイヴィッド・オーウェン・ノリス(David Owen Norris)(P)
Mark Bamping; William Houghton; Edward Whiffin(Chorus)

エルガー(EDWARD ELGAR)作曲/
1)Like to the damask rose [Simon Wastell](S)
2)Queen Mary's Song [Alfred, Lord Tennyson](S)
3)A Song of Autumn [A. Lindsay Gordon](S)
4)The Poet's Life [Ellen Burroughs](T)
5)Through the long days, Op. 16-2 [Colonel John Hay](T)
6)Rondel, Op. 16-3 [Henry Wadsworth Longfellow, after Froissart](T)
7)The Shepherd's Song, Op. 16-1 [Barry Pain](T)
8)A War Song [C. Flavell Hayward](BR)
9)Is she not passing fair? [Duc d'Orléans, trans. Louisa Costello](T)
10)As I laye a-thynkynge [Thomas Ingoldsby](S)
11)Salut d'amour, Op. 12(ピアノ独奏)
12)The Wind at Dawn [C. A. Roberts](S)
13)After [Philip Bourke Marston](S)
14)Woodland Interlude from Caractacus(ピアノ独奏)
15)Dry those fair, those crystal eyes [Henry King](BR)
16)The Pipes of Pan [Adrian Ross (Arthur Ropes)](BR)
17-21)"Sea Pictures, Op. 37" (Sea Slumber Song / In Haven / Sabbath Morning at Sea / Where Corals Lie / The Swimmer)(エルガーによるピアノ共演版) [Hon. Roden Noel; C. A. Elgar; Elizabeth Barrett Browning; Richard Garnett; A. Lindsay Gordon](S)

1)Prelude and Angel's Farewell from The Dream of Gerontius(エルガーによるピアノ独奏版)
2)Come, Gentle Night [Clifton Bingham](S)
3)In the Dawn, Op. 41-1 [A. C. Benson](T)
4)Speak, Music, Op. 41-2 [A. C. Benson](T)
5-6)Dream Children, Op. 43-1 & 2 (Andantino / Allegretto piacevole)(ピアノ独奏)
7)Arabian Serenade [Margery Lawrence](BR)
8)In Moonlight [Percy Bysshe Shelley](S)
9)Pleading, Op. 48 [Arthur Salmon](T)
10)O soft was the song, Op. 59-1 [Sir Gilbert Parker](S)
11-14)"The Fringes of the Fleet" (The Lowestoft Boat / Fate's Discourtesy / Submarines / The Sweepers) [Rudyard Kipling](BR;Chorus)
15)'?'(ピアノ独奏)
16)It isnae me [Sally Holmes](T)
17)XTC [Edward Elgar](S)

暑さにかまけて更新を随分怠ってしまいました。

今年は「威風堂々」などで知られるイギリスの作曲家エドワード・エルガーEdward Elgar (1857.6.2-1934.2.23)の生誕150年目。それを記念して彼の歌曲とピアノ曲を集めた2枚組のCDがリリースされた。ピアノ曲には有名な「愛の挨拶」も含まれているが、エルガーの歌曲はこれまでほとんど聴く機会がなかった。オーケストラ版の歌曲集「海の絵」は比較的演奏されるレパートリーのようだが私は聴いたことがなく、今回のピアノ版の「海の絵」ではじめて接した。この「海の絵」に限らず、どうしてあまり知られていないのか不思議なほどよく出来た作品が多いことが分かる(インターネットで調べてみると意外とエルガーの歌曲は録音されているようだ)。

「海の絵」の第1曲は幻想的な魅力に満ちた佳作であった。オケ版でもいずれ聴いてみたいものである。

なお、ここで挙げたCDの録音でオーウェン・ノリスが演奏しているピアノはエルガー自身が作曲に使用した1844年製のピアノとのこと。作曲家が実際に耳にしていた音で彼の作品を聴けるのは貴重な体験と言えるだろう。

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Sea Pictures, Op. 37
 歌曲集「海の絵」

1. Sea Slumber Song
 海の子守歌

Sea-birds are asleep,
The world forgets to weep,
Sea murmurs her soft slumber-song
On the shadowy sand
Of this elfin land;
"I, the Mother mild,
Hush thee, O my child,
Forget the voices wild!
 海鳥たちは眠っており、
 世界は泣くのを忘れる。
 海は穏やかな子守歌をささやく、
 この小妖精の地の
 日陰の砂の上で。
 「私は、やさしいお母さん、
 おまえをなだめてあげる、おおわが子よ、
 荒々しい声を忘れなさい!
 
Isles in elfin light
Dream, the rocks and caves,
Lull'd by whispering waves,
Veil their marbles bright,
Foam glimmers faintly white
Upon the shelly sand
Of this elfin land;
 小妖精の光の中にある島々は
 夢の中、岩や洞窟は、
 ささやく波に揺られて眠り、
 輝く大理石をヴェールに隠す、
 泡立つ海はほのかに白く光る、
 この小妖精の地の
 殻のある砂の上で。

Sea-sound, like violins,
To slumber woos and wins,
I murmur my soft slumber-song,
Leave woes, and wails, and sins.
Ocean's shadowy might
Breathes good night, good night!"
 海の音は、ヴァイオリンのよう、
 眠りを懇願して勝ち取る。
 私は穏やかな子守歌をつぶやき、
 苦悩、悲嘆、罪を置き去りにする。
 大洋の日陰の力は
 おやすみとささやく、おやすみと!」

詩:Roden Berkeley Wriothesley Noel (1834.8.27, London - 1894.5.26, Mainz)
曲:Sir Edward William Elgar (1857.6.2, Lower Broadheath, UK - 1934.2.23, Worcester, UK)

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