« バーバラ・ボニー復帰 | トップページ | ご無沙汰しています »

作詞家の阿久悠氏逝去

作詞家として膨大な歌謡曲を世に送り出してきた阿久悠さん(1937年2月7日 - 2007年8月1日)が亡くなったという。追悼のテレビ番組で流された多くのヒット曲はほとんどが聞き覚えのあるものばかりで、いかに時代の求める作品を書き続けてきたかを感じさせられた。

私の音楽上のルーツは幼年時代の童謡のレコードだったが、その後に好んだのは歌謡曲、特にピンク・レディーだった。親戚の女性が遊びに来るたびにピンク・レディーの新曲の振り付けを教えてくれて、それがきっかけで彼女たちのヒット曲の数々に親しんでいったと思う。当時は阿久悠氏の詩の内容など理解していたはずもなく、都倉俊一氏の印象的な音楽に惹かれていたのだろう。

「邪魔をしないで ペッパー警部 私たちこれからいいところ」(ペッパー警部)
「男は狼なのよ 気をつけなさい」(SOS)
「セクシー 私はいちころでダウンよ もうあなたにあなたにおぼれる」(渚のシンドバッド)
「手をあわせて みつめるだけで 愛しあえる 話も出来る」(UFO)

今になってあらためて読むと驚くほど際どい内容で、とても子供向けの歌詞とは言えないだろう。だが、目を惹く衣装と印象的な振り付けは子供心をくすぐる要素を十分にもっていた。
恋人同士の甘美な時間を邪魔しないでとペッパー警部に訴える「ペッパー警部」、
この男だけは大丈夫などと信じたりせずに貞操を守りなさいという「SOS」、
私の胸にかけられていた鍵をこわして心を盗んだあいつに指名手配してやるという「ウォンテッド」など、
恋をテーマにした若い女性の気持ちを歌った作品が多かったようだ。
一方「UFO」「モンスター」「透明人間」など子供が喜びそうな題材を扱ったものもコミカルな要素を盛り込み大ヒットしたものだった。

同じ作詞家が「津軽海峡・冬景色」「シンデレラ・ハネムーン」 「林檎殺人事件」「わたしの青い鳥」「勝手にしやがれ」「嫁に来ないか」「もしもピアノが弾けたなら」「恋のダイヤル6700」「北の宿から」「舟唄」など、全く異なる世界の詩を生み出すというのはほとんど信じられないほどである。

歌謡界の貴重な存在だった名詩人のご冥福をお祈りします。

|

« バーバラ・ボニー復帰 | トップページ | ご無沙汰しています »

作詞家」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 作詞家の阿久悠氏逝去:

« バーバラ・ボニー復帰 | トップページ | ご無沙汰しています »