アーメリングのシューベルト歌曲集(ムーアほか共演:1972年)
「シューベルト三重唱曲&四重唱曲集」
CD:ポリドール:Deutsche Grammophon:POCG-9022/9029
録音:1972年4月 Ufa Studio, Berlin, Germany
エリー・アーメリング(Elly Ameling)(S)
ジャネット・ベイカー(Janet Baker)(A:四重唱曲のみ)
ペーター・シュライアー(Peter Schreier)(T)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)(BR)
ジェラルド・ムーア(Gerald Moore)(P)
シューベルト(Schubert)作曲
三重唱曲
1)結婚式の焼肉(Der Hochzeitbraten)D930(ショーバー詩)(10'35)
2)歌手ヨーハン・ミヒャエル・フォーグルの誕生日のためのカンタータ(Kantate zum Geburtstag des Sängers Johann Michael Vogl)D666(シュタードラー詩)(10'30)
四重唱曲
1)ダンス(Der Tanz)D826(メーラウ詩)(0'52)
2)誕生日讃歌(Geburtstagshymne)D763(詩人不明)(4'55)
3)無限なる者に寄せる讃歌(Hymne an den Unendlichen)D232(シラー詩)(3'19)
4)太陽に寄せて(An die Sonne)D439(ウーツ詩)(6'26)
5)埋葬の歌(Begräbnislied)D168(クロップシュトク詩)(3'16)
6)雷の中なる神(Gott im Ungewitter)D985(ウーツ詩)(5'19)
7)世界の創造者たる神(Gott der Weltschöpfer)D986(ウーツ詩)(2'22)
8)生きる喜び(Lebenslust)D609(詩人不明)(1'18)
9)祈り(Gebet)D815(フケー詩)(10'33)
(曲名の日本語表記はCD解説書の表記に従いました。)
アーメリングのおそらく唯一のドイチェ・グラモフォンへの録音は、F=ディースカウ&ムーアのシューベルト歌曲全集を補完するための重唱曲集である。ここでアーメリングが共演している3人の歌手たちのうち、ベイカーとはベートーヴェンのミサ曲やバッハのカンタータで、シュライアーとはメンデルスゾーンの「エリア」ですでに共演済みで、F=ディースカウとは初共演だったが、この録音の数年後バッハの「クリスマス・オラトリオ」で再度共演することになる。しかし、ムーアとの共演はおそらくこの録音が唯一だろう。三重唱曲についてはアーメリングが参加している上述の2曲以外にも、彼女の代わりにホルスト・R.ラウベンタール(T)が加わった5曲(D37, 277, 407, 88, 148)が同時に収録されている。
三重唱曲の2曲はいずれも10分を越す長大な作品だが、「結婚式の焼肉」はオペラの一場面を見ているようにコミカルなやりとりが繰り広げられて、楽しい。翌日に結婚式をひかえた若いカップルが式の料理のために禁猟区でひそかに兎狩りをしているが、それを見つけた猟師カスパルが牢獄へ送り込むと脅す。そこを宥めすかして、最終的にはカスパルを式に招待し、焼肉も彼が用意してくれることになるという内容である。アーメリングとシュライアーが若いカップルを生き生きした声で表現して魅力的だが、特にアーメリング演ずるテレーゼが兎を追う時に発する言葉"Gsch! gsch! prr, prr."が楽しい。
「歌手ヨーハン…」は、シューベルトの友人で、彼の歌曲を世に広めるのに尽力したテノール歌手フォーグルの誕生日を讃えた内容で、同じ節が何度も繰り返し歌われるため、10分以上もかかる。第2節はアーメリングのソロとなり、同じテキストが何度も繰り返されるので、数分間彼女とムーアのみのアンサンブルを聴くことが出来る。また、第4節は繰り返しはないが、再びアーメリングのソロとなる。この曲はほとんどソプラノとテノールのソロパートで占められ、バリトンの出番はほんのわずかに限られるが、F=ディースカウの存在感はさすがである。アーメリング、シュライアーともに真摯な表現でフォーグル讃歌を表現していた。
四重唱曲はアルトのジャネット・ベイカーが加わり、シューベルトを得意とする5人の演奏家たちの緊密で素晴らしいアンサンブルを楽しむことが出来る。軽快な「ダンス」はとても短いが、シューベルトの最も魅力的な重唱曲の一つに数えられるだろう。若者はダンスを楽しむが、首や胸が痛くなると楽しさが消えると歌われる。作詞者不詳の「誕生日讃歌」や、太陽に語りかける「太陽に寄せて」などを除くと全能なる神への呼びかけや讃歌が多く、テキストの内容も難解で若干重く厳粛な感があるが、この種の詩を重唱曲として作曲することにより、家族や友人たちの集いの場で神への信仰心に気軽に親しむことが出来たのかもしれない。
アーメリングは著名な同僚たちの前で若干声の硬さを感じる箇所があるものの、総じて動じずに堂々とした歌唱を披露している。彼女の声の若さと軽快さは、「結婚式の焼肉」や「ダンス」「生きる喜び」のような曲に特に適しているように感じられるが、一方、バッハなどで鍛えられたであろうスタイリッシュで真摯な表現は「無限なる者に寄せる讃歌」「祈り」などで生かされていた。
ジャネット・ベイカーは丁寧で温かい声でアンサンブルを支え、シュライアーはメロディーラインを格調高く歌い、F=ディースカウはアンサンブルの土台を特有の存在感で響かせていた。
ジェラルド・ムーアはレコーディング・キャリアのほとんど最後のものに数えられるこの録音で、複数の歌手たちを相手にしても全くズレのない一体感で音楽を作り上げるその技量を披露し、ただ脱帽するのみだ。強弱、フレージングから音の長短まで、あたかも歌手自身が弾いているかのように驚くほど一心同体の演奏を実現していた。
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