EMI CLASSICSより最近リリースされたDVDを購入した。"Legendary British Performers"と題され、イギリスの名だたる演奏家たちの往年の映像がたっぷり収録されているという記録的にもお宝的価値をもったDVDである。内訳は以下の通り(すべてモノクロ映像)。
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1)ジャクリーン・デュプレ(VLC);イリス・デュプレ(P)[1962年]
メンデルスゾーン/無言歌ニ長調Op. 109
グラナドス(カサド編曲)/ゴイエスカス~間奏曲
サン=サーンス/アレグロ・アパッショナート、ロ短調Op. 43
2)ピーター・ピアーズ(T);ベンジャミン・ブリテン(P);エマニュエル・ハーヴィツ(VLN);セシル・アロノヴィツ(VLA);テレンス・ウェイル(VLC)[1964年]
ブリッジ/行かないで、幸福な日々よ
ブリテン編曲/サリー・ガーデン
民謡/The Shooting of his Dear(無伴奏)
モーツァルト/ピアノ四重奏曲第1番ト短調K. 478~2楽章(Andante)
ブリテン編曲/農場の少年
3)アルフレッド・デラー(CT);マーク・デラー(CT);デズモンド・デュプレ(LUTE, GT)[1972年]
ロセター/What then is love but mourning?(独唱、リュート)
作者不詳/Have you seen but the white lily grow(独唱、リュート)
ブロウ/Ah, Heaven, what is't I hear(二重唱、ギター)
パーセル/Sound the trumpet(二重唱、ギター)
4)ハレ管弦楽団;サー・ジョン・バービローリ(C)[1962年]
ドヴォジャーク/スケルツォ・カプリッチョーソOp. 66
5)ジョン・オグドン(P)[1961年]
リスト/ダンテを読んで
6)ソロモン(P)[1956年]
シューベルト/即興曲変イ長調D899-4
7)デイム・マイラ・ヘス(P)[1954年]
バッハ(ヘス編曲)/主よ、人の望みの喜びよ
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第31番変イ長調Op. 110
バッハ/トッカータ、アダージョとフーガ、ハ長調BWV564~アダージョ
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夭折した天才チェリスト、ジャクリーン・デュプレ(Jacqueline du Pré: 1945.1.26, Oxford, England - 1987.10.19, London)の映像を見るのは今回が初めてだったが、レコードジャケットなどで見慣れた肩まで伸びた長髪ではなく、ショートカットのデュプレが大人びた表情で情熱的に演奏している。ピアニストはジャクリーンの母親のイリス(Iris du Pré: 1924-1985)で、親子の共演により初々しいジャクリーンの若さが引き出ていた。「無言歌」など、ムーアと後にスタジオ録音したものと比べて随分テンポも速く、自由に思ったまま演奏に没頭している様が微笑ましい。
ブリテンを中心としたブロックでは、名パートナー、ピアーズとの歌曲演奏と同時にモーツァルトのピアノ四重奏曲も組み合わせて、ピアニスト、ブリテンをクローズアップしたものとなっていた。ピアーズ&ブリテン・コンビの歌曲演奏は言うまでも無く素晴らしい。切々と訴えかけるようなピアーズの表情豊かな歌と、それを余裕のあるテクニックで変幻自在にサポートする名ピアニスト、ブリテンのコンビネーションは歌曲コンビの一つの理想的な姿を示していた。やはり「サリー・ガーデン」の演奏には胸を打たれた(素敵な編曲と演奏)。モーツァルトはちょっとした気分転換になり、ピアニスト、ブリテンをフィーチャーしたものになっていた。
アルフレッド・デラー(Alfred Deller: 1912.5.31, Margate, UK – 1979.7.16, Bologna, Italy)はカウンターテナーの先駆けともいえる存在で、多くの後継者たちが生まれた現在にあっても大きな敬意を払われるべき偉大な歌手であろう。ひげをはやした容貌でカウンターテナーの繊細な歌を歌う映像を見るのは不思議な感覚ではあったが、確かにパイオニアとしての自負心と自在な表現には惹き込まれるものがあった。細かいところを見れば多少技術的な問題点がないこともなかろうが、この歌手の歌にかける気持ちを聴き取ることの方がずっと意味のあることであろう。後半2曲は息子Markとの二重唱だった。デズモンド・デュプレ(Desmond Dupré: 1916.12.19, London - 1974.8.16, Tonbridge)のひなびたリュートやギターの響きも心地よい。
サー・ジョン・バービローリ(Sir John Giovanni Battista Barbirolli: 1899.12.2 - 1970.7.29)指揮のドヴォジャークのオケ演奏の後は、ジョン・オグドン(John Andrew Howard Ogdon: 1937.1.27, Mansfield Woodhouse, Nottinghamshire – 1989.8.1, London)によるリストの難曲「ダンテを読んで」である。オグドンの演奏は軽快である。リストを弾く時の名人芸的華やかさやきらびやかさの誇示は彼の演奏にはあまりなく、むしろなんでもなくごく当たり前に軽やかに弾き進める。その衒いのなさに大いに好感を持てた。こういうリストの演奏が好きな人も必ずいるはずだ。
続くソロモン(Solomon: 1902.8.9, London - 1988.2.2, London)はシューベルトの「即興曲変イ長調D899-4」を弾いている。ジェラルド・ムーアが自伝の中でソロモンのコンチェルトの演奏を褒め称えていたのを知っていたが、この1曲を聴くだけではこのピアニストの真価が分かったとは言えなかった。下降する右手の細かい音型はあまり粒が揃っているようでもなく、流れを重視しているかのようだ。この頃の演奏ならこういうのもありなのだろう。
最後にこのDVDの目玉とも言うべきデイム・マイラ・ヘス(Dame Myra Hess: 1890.2.25, London - 1965.11.25, London)の演奏が3曲収められている。大変残念なのが、テープの保存状況が最悪だったようで、常に歪んだ音なので、演奏をとても冷静に判断できる状態にはない。ここでは、この偉大な伝説的ピアニストの演奏する姿を味わうことに集中するしかなさそうだ。彼女が編曲したことであまりにも有名なバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」を彼女の映像で見ることが出来るのは大きな収穫である。彼女が醸し出す堂々とした風格は、このバッハの気品にあふれた音楽とぴったり一致していた。
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