シューマン「二人の擲弾兵」(詩:ハイネ)
シューマンの最も有名な歌曲の一つ「二人の擲弾兵」は“歌の年”1840年にハイネの詩に作曲された。作品番号49として出版された「ロマンツェとバラーデ、第二集(Romanzen und Balladen Heft 2)」の第1曲にあたる(ちなみに第2、3曲は、同じくハイネの詩による「敵対し合う兄弟(Die feindlichen Brüder)」と、フレーリヒの詩による「尼僧(Die Nonne)」である)。
この詩は、ハイネの詩集「歌の本」の「若き悩み」に置かれている(「哀れなペーター」の2つ後)。
ロシアで捕虜になっていた二人のフランス兵が、祖国に向かう途中のドイツの宿で、フランスが敗北し、皇帝が捕らえられたことを知り絶望するという内容。死に瀕した一人の、皇帝に対する忠誠心がこの詩のテーマだろう。
ちなみに擲弾兵とは「フリードリヒ大王の時代、手榴弾を投げるエリート歩兵」(「はてなダイアリー」より)とのことである。
なお、この詩の第5節に「妻がなんだ、子供がなんだ、…奴らが飢えているならば物乞いでもさせておけ」という箇所があるが、岩波文庫の井上正蔵氏の解説によると、これはヘルダーの「エトヴァルト」(パーシーの独訳)に影響を受けているそうだ。カール・レーヴェも作曲している(Op. 1-1)ヘルダーの詩を抜き出してみると以下のようになっている。
Und was soll werden aus Weib und Kind,
Edward, Edward?
Und was soll werden aus Weib und Kind,
Wann du gehst übers Meer? O!
それで妻子にどうしろと言うの、
エトヴァルト、エトヴァルト?
それで妻子にどうしろと言うの、
いつお前は海を越えて行ってしまうんだい?おお!
Die Welt ist groß, laß sie betteln drin,
Mutter, Mutter!
Die Welt ist groß, laß sie betteln drin,
Ich seh sie nimmermehr! O!
世界は広いんだ、そこで彼らには物乞いでもさせておけばいい、
母よ、母よ!
世界は広いんだ、そこで彼らには物乞いでもさせておけばいい、
ぼくはもう妻子に会うことはない!おお!
(以上ヘルダー(Johann Gottfried Herder: 1744-1803)の「エトヴァルト(Edward)」より)
シューマンの曲は、4分の4拍子、ロ短調、全82小節で、冒頭に「中庸に(Mäßig)」という指示がある。マーチのような勇ましいリズムにのって歌がはじまるが、最初のメロディーが何度かあらわれるものの、全体としては詩の展開に応じた通作形式をとっている。
最後の2つの節(第8~9節)で同主調のロ長調に転調して、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ(La Marseillaise)」の旋律を引用して、皇帝が再び指揮をとる時が来たら皇帝をお守りするために墓から出ると力強く歌って締めくくり、ピアノ後奏はAdagioにテンポを落とし、この擲弾兵に静かに死が訪れる様を暗示しているようだ。
個人的には、詩の第6節に付けられた分散和音の音楽に魅力を感じるが、全体としてはそれほど印象的な作品というわけではないように思う。しかし、ハンス・ホッターのような味のある声で深々と歌われると、曲本来の価値以上の魅力が出てくるのを感じずにはいられない。
このハイネの詩のルーヴ=ヴェイマル(François-Adolphe Loeve-Veimar)による仏訳(Les deux grenadiers)には、あのリヒャルト・ヴァーグナーも作曲している。シューマンと同じ1840年の作曲で、偶然なのか曲の最後に「ラ・マルセイエーズ」が引用されているところも共通している。かなりドラマティックな通作形式で出来ていて、シューマンとの聴き比べも興味深いだろう。
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Die beiden Grenadiere, op. 49 no. 1
二人の擲弾兵
Nach Frankreich zogen zwei Grenadier',
Die waren in Rußland gefangen.
Und als sie kamen ins deutsche Quartier,
Sie ließen die Köpfe hangen.
フランスへ二人の擲弾兵が向かっていた、
彼らはロシアで捕らえられていたのだ。
そしてドイツの宿に来たとき
彼らは沈みこんでいた。
Da hörten sie beide die traurige Mär:
Daß Frankreich verloren gegangen,
Besiegt und geschlagen das tapfere Heer -
Und der Kaiser, der Kaiser gefangen.
そこで二人は悲しい知らせを聞いた、
フランスが敗北したというのだ。
勇敢な軍は負かされ、破れ、
皇帝が、皇帝が捕まってしまった。
Da weinten zusammen die Grenadier'
Wohl ob der kläglichen Kunde.
Der eine sprach: »Wie weh wird mir,
Wie brennt meine alte Wunde!«
その時擲弾兵たちは共に涙した、
悲しい知らせのために。
一人がこう話した「なんということだ、
俺の古傷がひりひり疼く!」
Der andre sprach: »Das Lied ist aus,
Auch ich möcht' mit dir sterben,
Doch hab' ich Weib und Kind zu Haus,
Die ohne mich verderben.«
もう一人も言った「もう終わりだ、
俺も出来ることならお前と共に死にたい。
だが、俺は女子供を家に残していて、
俺がいなければ生きていけないんだ。」
»Was schert mich Weib, was schert mich Kind,
Ich trage weit besser Verlangen;
Laß sie betteln gehn, wenn sie hungrig sind -
Mein Kaiser, mein Kaiser gefangen!
「妻がなんだ、子供がなんだ、
俺ははるかに立派な望みを抱いている。
奴らが飢えているならば物乞いでもさせておけ、
わが皇帝が、皇帝が捕まったんだぞ!
Gewähr mir, Bruder, eine Bitt':
Wenn ich jetzt sterben werde,
So nimm meine Leiche nach Frankreich mit,
Begrab mich in Frankreichs Erde.
一つ願いを聞き届けてくれないか、同胞よ、
俺が今死んでしまったら
亡骸をフランスに運んで
フランスの地中に埋めてくれ。
Das Ehrenkreuz am roten Band
Sollst du aufs Herz mir legen;
Die Flinte gib mir in die Hand,
Und gürt mir um den Degen.
赤いリボンの付いた十字勲章を
俺の胸の上に置いておくれ。
手には小銃を持たせて
剣を下げさせてくれ。
So will ich liegen und horchen still,
Wie eine Schildwach', im Grabe,
Bis einst ich höre Kanonengebrüll
Und wiehernder Rosse Getrabe.
そうして俺は横たわってじっと耳を澄ますだろう、
歩哨のように、墓の中で、
いつか大砲の咆哮と
いななく馬の疾走が聞こえる時がくるまで。
Dann reitet mein Kaiser wohl über mein Grab,
Viel Schwerter klirren und blitzen;
Dann steig' ich gewaffnet hervor aus dem Grab -
Den Kaiser, den Kaiser zu schützen!«
その時にはわが皇帝は俺の墓の上で馬を走らせ、
多くの剣が音を立ててきらめくだろう。
その時こそ俺は武装して墓から立ち上がるのだ、
皇帝を、皇帝をお守りするために!」
詩:Heinrich Heine (1797.12.13, Düsseldorf - 1856.2.17, Paris)
曲:Robert Alexander Schumann (1810.6.8, Zwickau - 1856.7.29, Endenich)
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コメント
お初に訪問します。
昨日6/17(日)大阪で知人の弾く「ウィーンの謝肉祭の道化」を聴いて、もう1曲「ラ・マルセイエーズ」の引用されている「二人の擲弾兵」のことを調べたくなって貴記事を見つけました。
投稿: nzzkn | 2007年6月18日 (月曜日) 16時52分
nzzkn様、はじめまして。
ご訪問とコメントを有難うございます。
「ウィーンの謝肉祭の道化」も「ラ・マルセイエーズ」が引用されているのですね。ほかにもいろいろありそうですね。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
投稿: フランツ | 2007年6月18日 (月曜日) 22時06分
突然の失礼を、ご勘弁ください。
「二人の躑弾兵
懐かしいのです。五十数年前、高二のころ男性三部合唱で合唱した事を思い出します。次の訳詩はどなたか、ご存知でしょうか。
十字の誉れ高き 躑~弾~兵二人
痛~たみし傷を こ~ら~え~
力~から~も 失せ~果て~ぬ
悲~し~や~ 味方は~敗れ~
敵~に降~り しと~~
我~がや(郷)に残~せ~し
帝(きみ)は はら(邦)から い~ずこ
…………
上記でしたが、如何でしょうか。 敬具
投稿: 桜野淑子 | 2010年3月18日 (木曜日) 11時57分
桜野淑子さん、はじめまして。
「二人の擲弾兵」は合唱曲にもなっているのですか。
ところで、ご質問の件ですが、今のところ調べがつきませんでした。
すみません。
何か分かりましたらご返事いたします。
投稿: フランツ | 2010年3月19日 (金曜日) 00時07分
桜野淑子さん、こんばんは。
ご質問の件に関して、歌曲投稿サイト「詩と音楽」の管理人をしておられる藤井さんより回答をいただきました。
この訳詩は近藤玲二という人の手になるもので、全音の「世界名歌100曲集」の第1集に掲載されているそうです(まだ現役とのことで、書店で見ることが出来るようです)。
藤井さんは邦訳についてとてもお詳しい方です。ぜひサイト(http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs.htm)を訪れて、興味のある曲をご覧になってみてください。
藤井さん、このたびは有難うございました。
投稿: フランツ | 2010年3月22日 (月曜日) 01時37分