トム・クラウセ&アーウィン・ゲイジ/シューマン、ブラームス&ムソルグスキー歌曲集
「シューマン:詩人の恋 他」
ワーナーミュージック・ジャパン: FINLANDIA: WPCS-10617
トム・クラウセ(Tom Krause)(BR)
アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)(P)
録音:1990年12月2~5日, Järvenpää Hall, Finland
シューマン/「詩人の恋」作品48(全16曲)
ブラームス/エオリアン・ハープに寄す 作品19の5;セレナーデ 作品106の1;きみの青い瞳 作品59の8;わたしは夜中に不意に飛び起き 作品32の1;ああ、涼しい森よ 作品72の3;死、それは冷たい夜 作品96の1
ムソルグスキー/「死の歌と踊り」(子守歌;セレナーデ;トレパック;司令官)
(上述の演奏者表記、曲名表記はCD解説書に従った。)
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トム・クラウセ(Tom Krause: 1934.7.5, Helsinki, Finland -)はヘルシンキ出身のバリトン歌手。オペラ、オラトリオ歌手として世界各地で活躍する一方、リート歌手としても評価されてきた。このCDではシューマンの代表的な歌曲集「詩人の恋」全16曲に始まり、ブラームスの比較的知られた6曲が続き、ブラームスの最後に置かれた「死、それは冷たい夜」が次のムソルクスキーの歌曲集「死の歌と踊り」への橋渡しの役目を担っているのは明白である。
クラウセの声はバリトンとしてはどっしりした重厚な感じがある一方、どこかお人よしっぽい優しい響きも混ざり合ったユニークな歌を聴かせる。「詩人の恋」では繊細な詩人を描くには重厚になりすぎかねないところを、彼の優しい声質が作品に自らをひきつけていたように感じた。ブラームスでは彼の丁寧な歌い方がしっかりした旋律線を描き、ブラームスの作品との相性の良さが感じられた。私が個人的に特に好きな曲「わたしは夜中に不意に飛び起き」も真摯な歌でなかなか良かった。
さらにムソルクスキーの歌曲集「死の歌と踊り」での歌いぶりは圧巻であった。この歌曲集に含まれる4曲「子守歌」「セレナーデ」「トレパック」「司令官」はタイトルだけ見ればありがちだが、「子守歌」や「セレナーデ」といっても、子供をあやして眠りにつかせるのは死神であり、セレナーデを歌って若い娘をとりこにするのも死神である。曲はいずれも5分前後の規模の大きなもので、朗誦風と形容されるムソルクスキーの作風そのものである。死神は力ずくではなく、甘美な声で人々を死に誘う。そういう存在を歌うのに、クラウセの優しさとたくましさの融合した声質はうってつけだった。苦しむ子供をめぐる母親と死神のやりとりを歌った「子守歌」、病気の娘にセレナーデを歌って死に誘う「セレナーデ」、酔っ払った貧しい老農夫とトレパックを踊り、雪の中で死に至らしめる「トレパック」、戦場で沢山の死人がころがる中、司令官となった死神が、死者たちが墓の中から出られないように大地を踏み固めると歌う「司令官」、いずれも優しさをまとった凄みのあるクラウセの声と表現が死神にぴったりはまっていた。
アーウィン・ゲイジのピアノは彼の録音の中でも特に切り込みの鋭い優れた演奏を聴かせていて、「詩人の恋」では繊細さと大胆さ、淡い響きと鋭い響きを変幻自在に使い分け、全身全霊をかけて作品に向き合う姿勢にはただ頭が下がるばかりだ。時々、意外な内声を前面に響かせており、例えば第15曲「むかしむかしの童話の中から」では普段埋もれてしまいがちなアクセントを強調することで新鮮な魅力が生まれていた。第8曲「花が、小さな花がわかってくれるなら」の激しい後奏と第9曲「あれはフルートとヴァイオリンのひびきだ」の前奏を切れ目なしに続けることで、怒りの感情のまま、結婚式の輪舞の響きを聴くことをうまく表現しているように感じた。そして最終曲「むかしの、いまわしい歌草を」の後奏は、余韻に満ちたシューマネスクな響きを実現していた。ブラームスも良かったが(特に「エオリアン・ハープに寄す」は繊細で美しい演奏だった)、ムソルクスキーでは雄弁に心情と背景を描いていた。
それにしても「死の歌と踊り」の第1曲「子守歌」の前奏は、ヴォルフの「ミケランジェロ歌曲集」の第1曲「しばしば私は考える(Wohl denk' ich oft)」の前奏とそっくりである。おそらくヴォルフは「死の歌と踊り」を知っていたのではないだろうか。片やうめく幼子、片や毀誉褒貶を受けた詩人、不安な心情を描くのに確かに適しているように思える。
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