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シューマン「夕べ浜辺で」(詩:ハイネ)

シューマンが“歌の年”1840年に作曲したハイネの詩による「夕べ浜辺で(Abends am Strand)」は、作品番号45として出版された「ロマンツェとバラーデ、第一集(Romanzen und Balladen Heft 1)」の第3曲にあたる(ちなみに第1、2曲は、アイヒェンドルフの詩による「宝を掘る男(Der Schatzgräber)」と「春の旅(Frühlingsfahrt)」である)。

ハイネの詩は、夕方に浜辺に腰を下ろして、漁師の男が海上での出来事や訪れた土地での面白い話を聞かせるという内容だが、最初のうちは恋人同士だと思って読み進めていくと、最終節で「娘たち(Die Mädchen)」という語があらわれ、話を聞いていた若い娘が複数いたことが分かる。さしずめ男らしい武勇伝で娘たちのうちの誰かの心を射止めようというところだろうか。

第1~2節は導入部分で、男と娘たちが座り、浜辺に霧が出てきた様子や明かりが灯され始めた海の状態が描かれる。
第3節~6節で、この男の海上にいた頃の様子、さらに訪れた異国での様々なエピソードが披露されるが、後半の2つの節ではより具体的にガンジス川流域やラップランドの人々の様子が描かれる。
最終節で男の話が終わり、あたりはすっかり暗闇になっていたと締めくくる。

ガンジス川が出てくるハイネの詩というと、有名なメンデルスゾーンの「歌の翼に」が思い出される。

なお、ラップランドという語はWikipediaで調べてみると「辺境の地」という意味で、蔑称らしい。「スカンジナビア半島北部からコラ半島に渡る地域で、伝統的にサーミ人が住んでいる地域」とのことである。ハイネの詩でのラップランド人の描写は今の感覚では失礼きわまりないものだが、当時の感覚としては未知の人種に対して、おどろおどろしいものを想像していたのかもしれない(娘たちの気を引くために面白おかしく作り話をでっちあげたという所かもしれない)。

シューマンの曲は、4分の4拍子、ト長調、全77小節で、冒頭に「ゆったりと、徐々に動いて(Ruhig, nach und nach bewegter)」という指示がある。
夕暮れ時の穏やかな残光を模しているかのようなピアノの前奏は、低音でゆったりと和音を分散させて始まる。
歌も素朴でおおらかな旋律で始まるが、第2節の「灯台には明かりが次第に灯り」のあたりで歌とピアノがシンクロしてメリスマティックに動く。
第3節に入り、男の話が始まり、海上での武勇伝が歌われる箇所で、「タン・タタ・タン・タタ」のリズムによる小節と分散和音の小節が交代で現れる。
第4節のピアノパートは分散和音が両手のユニゾンで繰り返される。
第5節のガンジス川での描写でピアノパートは和音連打になり、第6節でラップランドの人たちのもの珍しい描写はスタッカートで跳躍しながら進み、次第に分散音型の繰り返しが高まり、ラップランド人が「叫ぶ(schrein)」箇所では歌声部が長い音価で上下に揺れて、叫びを印象づけている。
その後の間奏で速度を落とし(ritard.)、テンポ・プリモ(Tempo I)で冒頭のテンポと音型に戻り最終節に進む。歌声部は冒頭の第1節に回帰するが、ピアノパートは右手と左手の和音を交互に打つという新しいリズムで最終節を貫き、終わる。歌声部が「ド」ではなく「ミ」で終わっているのは、気づいたらあたりが真っ暗になっていたという唐突感を表現しているようにも感じられる。

詩の語句に応じた音楽上の細かい対応がいろいろ聴かれるが、最初と最後の枠組みによって曲の統一感が保たれている印象を受けた。

最近、F=ディースカウが1974年に小林道夫と共演した来日公演がCDで初発売されたが、その第1曲目で「夕べ浜辺で」を聴くことが出来る(TDKコア:TDK-OC022)。F=ディースカウのシューマンは曲によっては必ずしも相性がいいものばかりではないが、この曲は得意にしているだけあって、情景を巧みに歌い分け、なかなか魅力的である(小林道夫の絶妙なテンポの揺らし方とタッチの美しさも聴きものである)。

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Abends am Strand, op. 45 no. 3
 夕べ浜辺で

Wir saßen am Fischerhause,
Und schauten nach der See;
Die Abendnebel kamen,
Und stiegen in die Höh.
 ぼくらは漁師小屋のそばに座って
 海を眺めていた。
 夕方の霧があらわれ、
 空に立ち昇っていった。

Im Leuchtturm wurden die Lichter
Allmählich angesteckt,
Und in der weiten Ferne
Ward noch ein Schiff entdeckt.
 灯台には明かりが
 次第に灯り、
 はるか彼方に
 さらに一艘の船を見つけた。

Wir sprachen von Sturm und Schiffbruch,
Vom Seemann, und wie er lebt
Und zwischen Himmel und Wasser,
Und Angst und Freude schwebt.
 ぼくらは語り合った、嵐や難破のこと、
 船乗りやその暮らしぶりのこと、
 そして空と水の間で、
 不安と喜びの間をいかに揺れ動いていたかということを。

Wir sprachen von fernen Küsten,
Vom Süden und vom Nord,
Und von den seltsamen Menschen
Und seltsamen Sitten dort.
 ぼくらは語り合った、遠くの海岸のこと、
 南のことや北のこと、
 そして奇妙な人々と
 そこの奇妙な習慣のことを。

Am Ganges duftet's und leuchtet's,
Und Riesenbäume blühn,
Und schöne, stille Menschen
Vor Lotosblumen knien.
 ガンジス川のあたりはにおいたち、光輝き、
 巨大な木々が花咲いている。
 そして美しく物静かな人々が
 はすの花の前でひざまずいている。

In Lappland sind schmutzige Leute,
Plattköpfig, breitmäulig, klein;
Sie kauern ums Feuer und backen
Sich Fische, und quäken und schrein.
 ラップランドにはうすよごれた人々がいて、
 頭は平らで、口は大きく、背が小さい。
 彼らは火のまわりにしゃがみこみ、
 魚を焼き、キーキー声を出して、叫んでいる。

Die Mädchen horchten ernsthaft,
Und endlich sprach niemand mehr;
Das Schiff war nicht mehr sichtbar,
Es dunkelte gar zu sehr.
 娘たちは真剣に聞き耳を澄ましていたが、
 ついにはもう誰も話をしなくなった。
 あの船はもはや見えず、
 あたりはあまりに暗くなり果てた。

詩:Heinrich Heine (1797.12.13, Düsseldorf - 1856.2.17, Paris)
曲:Robert Alexander Schumann (1810.6.8, Zwickau - 1856.7.29, Endenich)

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ベートーヴェンは、終生、海を見たことが無かった。とは、何かの本で読んだことがあります。もしかしたら、シューベルトもそうだったかもしれません。シューマンはどうだったのでしょう。シューベルトには、確か「海辺にて」という作品がありましたが、これは風景よりもそれを見つめる心の中を覗き込んだ深い作品でしたが、シューマンのこの作品は、もっと眼を外に向けた作品。 この歌曲、F=ディースカウ&エッシェンバッハの全集CDでしか聴いたことありませんが、今のところこの1枚で充分です。ハイネの詩による作品。 ピ... [続きを読む]

受信: 2007年4月22日 (日曜日) 08時50分

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