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ペーター・レーゼル・ピアノ・リサイタル(2007年4月29日 紀尾井ホール)

昨日、ドイツのピアニスト、ペーター・レーゼル(Peter Rösel)のリサイタルを聴いてきた。レーゼルは1945年ドレースデン生まれで、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ヴェーバー、シューマン、ブラームス、チャイコフスキー、ラフマニノフ、プロコフィエフなどのピアノ独奏曲や協奏曲、さらに室内楽や、ペーター・シュライアーとの歌曲演奏(ブラームス歌曲集や「マゲローネのロマンス」の録音など)といったレパートリーをもち、まさに万能型のピアニストである。私が彼の名前を知ったのはおそらくブラームス独奏曲全集の録音だったと思うが、特にブラームス晩年の小品Op. 117~119の演奏を聴いて、作品が自ずと発散するモノローグの味わいをごく自然に表現したレーゼルの演奏に非常に好ましい気持ちを抱いたものだった。

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ペーター・レーゼル・ピアノ・リサイタル
2007年4月29日(日)3:00pm
紀尾井ホール

ハイドン/ピアノ・ソナタ第52番 変ホ長調 Hob.XVI,52
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op. 111
 ~休憩~
シューベルト/ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960

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プログラムはハイドン、ベートーヴェン、シューベルトの最晩年の作品ばかりを集めた意欲的なものだったが、ブラームスが含まれていないのが個人的には残念。今回初めて彼の演奏に接したが、録音を通じて抱いていた彼の演奏のイメージと大きく変わることはなく、あくまでも誠実、忠実に作品に息を吹き込んでいくというタイプの演奏であった。すでに白髪になっていた彼の演奏ぶりは端正で、上体を必要以上に揺らすことはほとんどなく、腕の動きも最低限で、視覚的にも音楽に集中しやすいピアニストであった。テクニックが安定しているので難所も安心して聴いていられる。

最初のハイドンのソナタは以前ヘブラーの実演で聴いたことのある作品で、若干残響が多く響きが不明瞭に感じられる感もあったが、作品を真正面から見据えた正攻法のアプローチによる演奏は演奏家の「我」が入り込むことの一切ない、心地よいものだった。
ベートーヴェンの最後のソナタは壮大な傑作だが、全く息切れすることもない、レーゼルの緻密な構築感はただただ見事である。第2楽章の長大な変奏形式も自然な流れの中で物思うようなさりげない深さが良かった。

休憩後のシューベルト最後のソナタをレーゼルは中庸のテンポで始め、時々入る低音のトリルのどよめきも雷鳴にはならず、遠方からかすかに聞こえる不吉な音といった感じだった。シューベルトの「歌心」をこれだけ自然な進行の中で感じさせるのはやはり彼のもつ芸の力にほかならないだろう。ややもすると単調、長大というレッテルを貼られがちな彼のソナタでレーゼルはさらりとした感触のうちに豊かな歌を紡ぎ、ひとときも飽きさせることがなかった。このソナタの第1楽章のリピートを省略するかどうかという事は好事家の関心の1つだが(省略することによって、全く日の目を見なくなる箇所がある為)、ここでレーゼルはリピートを省略していた。これも1つの見識だと思う。2楽章の静寂の歌をレーゼルはほとんど大げさな表現を加えることなく見事に歌わせていた。3、4楽章も決して手を抜かず、若干頭でっかちな構成のこのソナタの等身大の魅力を素直に表現していて素晴らしかった。4楽章の左手にしばしば入る流れを妨げるような音を、音の威力で表現せず、独特の間合いで表現していたのが印象的だった。

それにしてもシューベルト晩年のソナタを聴くといつも思うのが、なんと休符に重要な意義を与えた作品なのだろうということ。音の鳴らない箇所に音楽の役割を与えてしまうという発想、ただものではないと感じてしまう。余白や間に趣を感じる日本人の感性にやはりシューベルトは合っているのかもしれない。

ほぼ満席の客席からの静かだが熱さを湛えた拍手に応え、アンコールは3曲。
1曲目は私の知らない曲だったが、2曲目のバッハ「主よ、人の望みの喜びよ」はまさに会場が一瞬にして神々しい空気に満たされた。マイラ・ヘスの編曲したものと若干異なっていた(手を加えていた?)ようにも感じられたが気のせいかもしれない。やわらかい弱音の連続でこれほど心に迫ってくるとは本当に感動的だった。
だが、アンコールの最後で私の念願かない、ブラームスの間奏曲Op. 117-1が演奏され、感無量であった。CDで何度も聴いたあの響きがホールを満たし、その一見スマートな演奏スタイルの中から垣間見える優しい肉声が聞こえてくるかのようだった。

Roesel_20070429_chirashi

旧東ドイツ出身ということが彼の知名度の拡大を遅らせているということがあるいは言えるのだとしても、多くの録音だけでなく、こうして実演でもこのピアニストの力量が分かった今、もっと多くの人に聴かれるべきピアニストの一人であると強く思った。

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ロストロポーヴィチ逝去

チェリスト、指揮者として大きな仕事を残したムスティスラフ・ロストロポーヴィチ
(Мстислав Леопольдович Ростропович: 1927.3.27, Baku, Azerbaijan - 2007.4.27, Moscow)が昨日病院で亡くなったそうだ。享年80歳。

アゼルバイジャン(旧ソ連)のバクー生まれ、亡命、帰国、さまざまな人道的発言や活動など旧ソ連時代から己の信念を貫いた言動で注目された偉大な音楽家であることは言うまでもない。そのような観点での追悼記事は大量に書かれることだろう。

ここでは歌曲ピアニストとしてのロストロポーヴィチを偲びたいと思う。彼女の夫人はソプラノ歌手のガリーナ・ヴィシネフスカヤ(Галина Павловна Вишневская: 1926.10.25, Leningrad -)で、ロストロポーヴィチは彼女の歌曲録音や演奏会のピアニストとしてしばしば共演を重ねてきた。チェロと指揮、その他の活動の合間を縫って、どうやってピアニストとしての時間を確保したのか信じられないほどだが、巨匠というのは限られた時間の中で最高の成果を出してしまうものなのかもしれない。

昨年ヴィシネフスカヤの生誕80年を記念してEMI CLASSICSから3枚組の歌曲CDが復活したが、収録されている全曲でロストロポーヴィチは、ピアニスト、指揮者、チェリストとしてヴィシネフスカヤと共演している。

Vishnevskaya_emi_songs"Galina Vishnevskaya: Songs and Opera Arias"
EMI CLASSICS: 0946 3 65008 2 9
録音:1974~1978年
ガリーナ・ヴィシネフスカヤ(Galina Vishnevskaya)(S)
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(Mstislav Rostropovich)(P、C、VLC)
ウルフ・ヘルシャー(Ulf Hoelscher)(VLN:「A.ブロークの詩による7つのロマンス」)
ヴァッソ・デヴェツィ(Vasso Devetzi)(P:「A.ブロークの詩による7つのロマンス」)
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(London Philharmonic Orchestra:CD1の「死の歌と踊り」以降)

CD1
ムソルクスキー/歌曲集「日の光もなく」(全6曲);
星よ、お前はどこに;ゴパーク;子守歌;かわいいサヴィシナ;みなしご;エリョームシカの子守歌
ムソルクスキー(ショスタコーヴィチ管弦楽編曲)/歌曲集「死の歌と踊り」(全4曲)
リムスキー=コルサコフ/歌劇「サトコ」より;歌劇「皇帝の花嫁」より2曲
チャイコフスキー/付随音楽「雪娘」より

CD2
リムスキー=コルサコフ/静かな夜に夢みたことOp. 40-3;ばらのとりこになったナイティンゲールOp. 2-2;
西空はしだいに青ざめてOp. 39-2;たなびく雲は薄くなりOp. 42-3;ひばりの歌声は響きOp. 43-1;
高嶺に吹く風もなくOp. 43-2;八行詩Op.45-3;ニンフOp. 56-1
チャイコフスキー/私は野辺の草ではなかったのかOp. 47-7;信じるな、わが友よOp. 6-1;
恐ろしいひとときOp. 28-6;眠れ、悲しむ友よOp. 47-4;この月夜にOp. 73-3;
子守歌Op.16-1;なぜOp. 6-5;騒がしい舞踏会のなかでOp. 38-3;もし私が知っていたらOp. 47-1;
それは早春のことだったOp. 38-2;再び、前のように、ただひとりOp. 73-6

CD3
プロコフィエフ/「ロシア民謡集」Op. 104より~白い雪;夢;僧侶;結婚の歌;カテリナ;緑の木立
ショスタコーヴィチ/「アレクサンドル・ブロークの詩による7つのロマンス」Op. 127(全7曲);
「5つの風刺」Op. 109(全5曲)

ロストロポーヴィチのピアノ演奏は専門家のような洗練された巧さこそないものの、土台のがっちりした骨太で立体的な演奏を聞かせてくれる。飾り気のないストレートな表現で“音楽”を表現しようとする姿勢は例えば、最低限に切り詰めた音によるムソルクスキーの「日の光もなく」で一音一音に重みと意味深さを感じさせ、プロコフィエフの「ロシア民謡集」では土の匂いを喚起するような素朴さを響かせる。ショスタコーヴィチの「風刺」では、作曲家の意図を忠実に再現することによって各曲の皮肉がストレートに浮かび上がってくる。ムソルクスキーの「ゴパーク」では急速な舞曲を軽快に余裕をもって披露する。彼の力強いタッチはヴィシネフスカヤのよく通る強靭な声にいささかも動じず対等にしかし敬意をもって接しているのを感じる。

リヒテルと組んだベートーヴェンのチェロソナタ全集のDVDをこの機会にじっくり鑑賞してみようと思う。チェリスト、指揮者、そして歌曲ピアニストでもあった偉大なロストロポーヴィチのご冥福を心より祈りたい。

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シューマン「二人の擲弾兵」(詩:ハイネ)

シューマンの最も有名な歌曲の一つ「二人の擲弾兵」は“歌の年”1840年にハイネの詩に作曲された。作品番号49として出版された「ロマンツェとバラーデ、第二集(Romanzen und Balladen Heft 2)」の第1曲にあたる(ちなみに第2、3曲は、同じくハイネの詩による「敵対し合う兄弟(Die feindlichen Brüder)」と、フレーリヒの詩による「尼僧(Die Nonne)」である)。

この詩は、ハイネの詩集「歌の本」の「若き悩み」に置かれている(「哀れなペーター」の2つ後)。
ロシアで捕虜になっていた二人のフランス兵が、祖国に向かう途中のドイツの宿で、フランスが敗北し、皇帝が捕らえられたことを知り絶望するという内容。死に瀕した一人の、皇帝に対する忠誠心がこの詩のテーマだろう。
ちなみに擲弾兵とは「フリードリヒ大王の時代、手榴弾を投げるエリート歩兵」(「はてなダイアリー」より)とのことである。

なお、この詩の第5節に「妻がなんだ、子供がなんだ、…奴らが飢えているならば物乞いでもさせておけ」という箇所があるが、岩波文庫の井上正蔵氏の解説によると、これはヘルダーの「エトヴァルト」(パーシーの独訳)に影響を受けているそうだ。カール・レーヴェも作曲している(Op. 1-1)ヘルダーの詩を抜き出してみると以下のようになっている。

Und was soll werden aus Weib und Kind,
Edward, Edward?
Und was soll werden aus Weib und Kind,
Wann du gehst übers Meer? O!
 それで妻子にどうしろと言うの、
 エトヴァルト、エトヴァルト?
 それで妻子にどうしろと言うの、
 いつお前は海を越えて行ってしまうんだい?おお!

Die Welt ist groß, laß sie betteln drin,
Mutter, Mutter!
Die Welt ist groß, laß sie betteln drin,
Ich seh sie nimmermehr! O!
 世界は広いんだ、そこで彼らには物乞いでもさせておけばいい、
 母よ、母よ!
 世界は広いんだ、そこで彼らには物乞いでもさせておけばいい、
 ぼくはもう妻子に会うことはない!おお!
    (以上ヘルダー(Johann Gottfried Herder: 1744-1803)の「エトヴァルト(Edward)」より)

シューマンの曲は、4分の4拍子、ロ短調、全82小節で、冒頭に「中庸に(Mäßig)」という指示がある。マーチのような勇ましいリズムにのって歌がはじまるが、最初のメロディーが何度かあらわれるものの、全体としては詩の展開に応じた通作形式をとっている。

最後の2つの節(第8~9節)で同主調のロ長調に転調して、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ(La Marseillaise)」の旋律を引用して、皇帝が再び指揮をとる時が来たら皇帝をお守りするために墓から出ると力強く歌って締めくくり、ピアノ後奏はAdagioにテンポを落とし、この擲弾兵に静かに死が訪れる様を暗示しているようだ。

個人的には、詩の第6節に付けられた分散和音の音楽に魅力を感じるが、全体としてはそれほど印象的な作品というわけではないように思う。しかし、ハンス・ホッターのような味のある声で深々と歌われると、曲本来の価値以上の魅力が出てくるのを感じずにはいられない。

このハイネの詩のルーヴ=ヴェイマル(François-Adolphe Loeve-Veimar)による仏訳(Les deux grenadiers)には、あのリヒャルト・ヴァーグナーも作曲している。シューマンと同じ1840年の作曲で、偶然なのか曲の最後に「ラ・マルセイエーズ」が引用されているところも共通している。かなりドラマティックな通作形式で出来ていて、シューマンとの聴き比べも興味深いだろう。

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Die beiden Grenadiere, op. 49 no. 1
 二人の擲弾兵

Nach Frankreich zogen zwei Grenadier',
Die waren in Rußland gefangen.
Und als sie kamen ins deutsche Quartier,
Sie ließen die Köpfe hangen.
 フランスへ二人の擲弾兵が向かっていた、
 彼らはロシアで捕らえられていたのだ。
 そしてドイツの宿に来たとき
 彼らは沈みこんでいた。

Da hörten sie beide die traurige Mär:
Daß Frankreich verloren gegangen,
Besiegt und geschlagen das tapfere Heer -
Und der Kaiser, der Kaiser gefangen.
 そこで二人は悲しい知らせを聞いた、
 フランスが敗北したというのだ。
 勇敢な軍は負かされ、破れ、
 皇帝が、皇帝が捕まってしまった。

Da weinten zusammen die Grenadier'
Wohl ob der kläglichen Kunde.
Der eine sprach: »Wie weh wird mir,
Wie brennt meine alte Wunde!«
 その時擲弾兵たちは共に涙した、
 悲しい知らせのために。
 一人がこう話した「なんということだ、
 俺の古傷がひりひり疼く!」

Der andre sprach: »Das Lied ist aus,
Auch ich möcht' mit dir sterben,
Doch hab' ich Weib und Kind zu Haus,
Die ohne mich verderben.«
 もう一人も言った「もう終わりだ、
 俺も出来ることならお前と共に死にたい。
 だが、俺は女子供を家に残していて、
 俺がいなければ生きていけないんだ。」

»Was schert mich Weib, was schert mich Kind,
Ich trage weit besser Verlangen;
Laß sie betteln gehn, wenn sie hungrig sind -
Mein Kaiser, mein Kaiser gefangen!
 「妻がなんだ、子供がなんだ、
 俺ははるかに立派な望みを抱いている。
 奴らが飢えているならば物乞いでもさせておけ、
 わが皇帝が、皇帝が捕まったんだぞ!

Gewähr mir, Bruder, eine Bitt':
Wenn ich jetzt sterben werde,
So nimm meine Leiche nach Frankreich mit,
Begrab mich in Frankreichs Erde.
 一つ願いを聞き届けてくれないか、同胞よ、
 俺が今死んでしまったら
 亡骸をフランスに運んで
 フランスの地中に埋めてくれ。

Das Ehrenkreuz am roten Band
Sollst du aufs Herz mir legen;
Die Flinte gib mir in die Hand,
Und gürt mir um den Degen.
 赤いリボンの付いた十字勲章を
 俺の胸の上に置いておくれ。
 手には小銃を持たせて
 剣を下げさせてくれ。

So will ich liegen und horchen still,
Wie eine Schildwach', im Grabe,
Bis einst ich höre Kanonengebrüll
Und wiehernder Rosse Getrabe.
 そうして俺は横たわってじっと耳を澄ますだろう、
 歩哨のように、墓の中で、
 いつか大砲の咆哮と
 いななく馬の疾走が聞こえる時がくるまで。

Dann reitet mein Kaiser wohl über mein Grab,
Viel Schwerter klirren und blitzen;
Dann steig' ich gewaffnet hervor aus dem Grab -
Den Kaiser, den Kaiser zu schützen!«
 その時にはわが皇帝は俺の墓の上で馬を走らせ、
 多くの剣が音を立ててきらめくだろう。
 その時こそ俺は武装して墓から立ち上がるのだ、
 皇帝を、皇帝をお守りするために!」

詩:Heinrich Heine (1797.12.13, Düsseldorf - 1856.2.17, Paris)
曲:Robert Alexander Schumann (1810.6.8, Zwickau - 1856.7.29, Endenich)

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メンデルスゾーンの春の歌

4月に入り、生活のリズムががらりと変わったため、平日にブログを更新することが厳しくなってしまった。そんなわけで今後はしばらく週末の更新ということになると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

古今東西の詩人たちが春を歌い、それらの詩に多くの作曲家が曲を付けている。
ドイツ語の作品だけに限ってもシューベルトにはシュルツェの詩による美しい「春に」D882があり、ブラームスにはファラースレーベンの「愛と春」Op. 3-2&3の2曲がある。そしてシューマンには「詩人の恋」Op. 48の第1曲で春の到来と共に恋心が芽生えたと歌った名歌がある。

「春の歌」というとメンデルスゾーン(Mendelssohn)の「無言歌」に含まれるピアノ曲が思い出されるが、彼の歌曲はどうかというと、これがまた数多い。タイトルに「春」という言葉がつく独唱歌曲だけを拾い上げても以下のようになる。

1)春の歌(Frühlingslied)Op. 8-6 "Jetzt kommt der Frühling"(詩:Friedricke Robert (1795-1832))
2)春に(Im Frühling)Op. 9-4 "Ihr frühlingstrunknen Blumen"(詩:不詳)
3)春の思い(Frühlingsglaube)Op. 9-8 "Die linden Lüfte sind erwacht"(詩:Johann Ludwig Uhland (1787-1862))
4)春の歌(Frühlingslied)Op. 19a-1 "In dem Walde süße Töne"(詩:Ulrich von Lichtenstein (1200?-1275?))
5)春の歌(Frühlingslied)Op. 34-3 "Es brechen im schallenden Reigen"(詩:Karl Klingemann (1798-1862))
6)春の歌(Frühlingslied)Op. 47-3 "Durch den Wald, den dunkeln, geht"(詩:Nikolaus Lenau (1802-1850))
7)春の歌(Frühlingslied)Op. 71-2 "Der Frühling naht mit Brausen"(詩:Karl Klingemann (1798-1862))
8)古いドイツの春の歌(Altdeutsches Frühlingslied)Op. 86-6 "Der trübe Winter ist vorbei"(詩:Friedrich Spee von Langenfeld (1591-1635))

これ以外にも春を歌った内容のものを探せばさらに増えるだろう。「春の歌(Frühlingslied)」というタイトルのものが5曲もあるので、CDの表記を見てどの曲なのかを判別するのはなかなか難しい。3はシューベルトによる同じ詩への付曲がより有名だろう(D686)。8はメンデルスゾーンの作曲した最後の歌曲である(F=ディースカウの活動晩年のヘルとの録音で聴ける)。

上述の8つの作品の中で最も歌われる機会が多いのは6のレーナウの詩による曲と思われる。私の把握しているだけでも、アーメリング&ヤンセン(CBSのLP)、ボニー&パーソンズ(TELDEC)、シュライアーのオルベルツ、エンゲルとの新旧録音(BERLIN CLASSICS)、F=ディースカウ&サヴァリシュ(EMI CLASSICS)がある。ピアノのきらびやかな分散和音に乗って、あふれるような春の思いが快活に歌われる(Allegro assai vivace:8分の9拍子:変ロ長調)。

6のOp. 47-3の「春の歌」ほどは知られていないが、それでもいくつかの録音で聴くことの出来る5の「春の歌」Op. 34-3の詩(クリンゲマン)をご紹介しようと思う。こちらも急速なテンポで快活に歌われ、6が流麗でピアノ右手の響きが目立っていたのに比べ、5はよりリズミカルで、ピアノ左手の響きが前面に出ている(Allegro vivace:4分の4拍子:ト長調)。ボニー盤、F=ディースカウ盤、シュライアー&オルベルツ盤のほかにマーガレット・プライス&グレアム・ジョンソンの録音(Hyperion)でも聴くことが出来る。

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Frühlingslied, Op. 34-3
 春の歌

Es brechen im schallenden Reigen
Die Frühlingsstimmen los,
Sie können's nicht länger verschweigen,
Die Wonne ist gar zu groß!
Wohin, sie ahnen es selber kaum,
Es rührt sie ein alter, ein süßer Traum!
 響く輪舞の中で、
 突然春の声があがる。
 それらはもはや黙っていられないのだ、
 喜びがあまりにも大きすぎて!
 どこに向かうのか自分ではほとんど予感することもなく、
 古い、甘美な夢がそれらを突き動かす!

Die Knospen schwellen und glühen
Und drängen sich an das Licht,
Und warten in sehnendem Blühen,
Daß liebende Hand sie bricht.
Wohin, sie ahnen es selber kaum,
Es rührt sie ein alter, ein süßer Traum!
 蕾たちはふくらみ萌え
 光に向かって押し出て、
 開花を憧れながら待つのだ、
 いとしい手が摘んでくれるのを。
 どこに向かうのか自分ではほとんど予感することもなく、
 古い、甘美な夢がそれらを突き動かす!

Und Frühlingsgeister, sie steigen
Hinab in der Menschen Brust,
Und regen da drinnen den Reigen
Der ew'gen Jugendlust.
Wohin, wir ahnen es selber kaum,
Es rührt uns ein alter, ein süßer Traum!
 そして春の精たちは、
 人の胸に下りて行き、
 その中で踊るのだ、
 永遠なる若き喜びの輪舞を。
 どこに向かうのか自分ではほとんど予感することもなく、
 古い、甘美な夢が我らを突き動かす!

詩:Karl Klingemann (1798-1862)
曲:Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy (1809.2.3, Hamburg - 1847.11.4, Leipzig)

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トム・クラウセ&アーウィン・ゲイジ/シューマン、ブラームス&ムソルグスキー歌曲集

「シューマン:詩人の恋 他」
Krause_gage_schumannワーナーミュージック・ジャパン: FINLANDIA: WPCS-10617
トム・クラウセ(Tom Krause)(BR)
アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)(P)
録音:1990年12月2~5日, Järvenpää Hall, Finland

シューマン/「詩人の恋」作品48(全16曲)
ブラームス/エオリアン・ハープに寄す 作品19の5;セレナーデ 作品106の1;きみの青い瞳 作品59の8;わたしは夜中に不意に飛び起き 作品32の1;ああ、涼しい森よ 作品72の3;死、それは冷たい夜 作品96の1
ムソルグスキー/「死の歌と踊り」(子守歌;セレナーデ;トレパック;司令官)

(上述の演奏者表記、曲名表記はCD解説書に従った。)

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トム・クラウセ(Tom Krause: 1934.7.5, Helsinki, Finland -)はヘルシンキ出身のバリトン歌手。オペラ、オラトリオ歌手として世界各地で活躍する一方、リート歌手としても評価されてきた。このCDではシューマンの代表的な歌曲集「詩人の恋」全16曲に始まり、ブラームスの比較的知られた6曲が続き、ブラームスの最後に置かれた「死、それは冷たい夜」が次のムソルクスキーの歌曲集「死の歌と踊り」への橋渡しの役目を担っているのは明白である。

クラウセの声はバリトンとしてはどっしりした重厚な感じがある一方、どこかお人よしっぽい優しい響きも混ざり合ったユニークな歌を聴かせる。「詩人の恋」では繊細な詩人を描くには重厚になりすぎかねないところを、彼の優しい声質が作品に自らをひきつけていたように感じた。ブラームスでは彼の丁寧な歌い方がしっかりした旋律線を描き、ブラームスの作品との相性の良さが感じられた。私が個人的に特に好きな曲「わたしは夜中に不意に飛び起き」も真摯な歌でなかなか良かった。
さらにムソルクスキーの歌曲集「死の歌と踊り」での歌いぶりは圧巻であった。この歌曲集に含まれる4曲「子守歌」「セレナーデ」「トレパック」「司令官」はタイトルだけ見ればありがちだが、「子守歌」や「セレナーデ」といっても、子供をあやして眠りにつかせるのは死神であり、セレナーデを歌って若い娘をとりこにするのも死神である。曲はいずれも5分前後の規模の大きなもので、朗誦風と形容されるムソルクスキーの作風そのものである。死神は力ずくではなく、甘美な声で人々を死に誘う。そういう存在を歌うのに、クラウセの優しさとたくましさの融合した声質はうってつけだった。苦しむ子供をめぐる母親と死神のやりとりを歌った「子守歌」、病気の娘にセレナーデを歌って死に誘う「セレナーデ」、酔っ払った貧しい老農夫とトレパックを踊り、雪の中で死に至らしめる「トレパック」、戦場で沢山の死人がころがる中、司令官となった死神が、死者たちが墓の中から出られないように大地を踏み固めると歌う「司令官」、いずれも優しさをまとった凄みのあるクラウセの声と表現が死神にぴったりはまっていた。

アーウィン・ゲイジのピアノは彼の録音の中でも特に切り込みの鋭い優れた演奏を聴かせていて、「詩人の恋」では繊細さと大胆さ、淡い響きと鋭い響きを変幻自在に使い分け、全身全霊をかけて作品に向き合う姿勢にはただ頭が下がるばかりだ。時々、意外な内声を前面に響かせており、例えば第15曲「むかしむかしの童話の中から」では普段埋もれてしまいがちなアクセントを強調することで新鮮な魅力が生まれていた。第8曲「花が、小さな花がわかってくれるなら」の激しい後奏と第9曲「あれはフルートとヴァイオリンのひびきだ」の前奏を切れ目なしに続けることで、怒りの感情のまま、結婚式の輪舞の響きを聴くことをうまく表現しているように感じた。そして最終曲「むかしの、いまわしい歌草を」の後奏は、余韻に満ちたシューマネスクな響きを実現していた。ブラームスも良かったが(特に「エオリアン・ハープに寄す」は繊細で美しい演奏だった)、ムソルクスキーでは雄弁に心情と背景を描いていた。

それにしても「死の歌と踊り」の第1曲「子守歌」の前奏は、ヴォルフの「ミケランジェロ歌曲集」の第1曲「しばしば私は考える(Wohl denk' ich oft)」の前奏とそっくりである。おそらくヴォルフは「死の歌と踊り」を知っていたのではないだろうか。片やうめく幼子、片や毀誉褒貶を受けた詩人、不安な心情を描くのに確かに適しているように思える。

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「両世界日誌」リンク追加

たびたび幣ブログにご訪問くださり、コメントをくださるsbiacoさんのブログ「両世界日誌」をリンク集に追加しました。音楽だけをとってもジャズ、ポップスからクラシックまで広く、さらに古い映画や思想に関する考察、書物の批評など、硬軟とりまぜて妥協することのないぶれない視点でsbiacoさんの芯の通った持論が展開されます。それがしっかりとした裏づけに基づいているので納得させられることもしばしばです。フランスの短編(マルセル・シュオッブ「ユートピアの対話」)の翻訳も公開しておられます(今後も翻訳シリーズ期待したいです)。記事が毎回読みやすい分量におさまっているのも見習わなければと思います。ぜひご訪問ください。

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シューマン「夕べ浜辺で」(詩:ハイネ)

シューマンが“歌の年”1840年に作曲したハイネの詩による「夕べ浜辺で(Abends am Strand)」は、作品番号45として出版された「ロマンツェとバラーデ、第一集(Romanzen und Balladen Heft 1)」の第3曲にあたる(ちなみに第1、2曲は、アイヒェンドルフの詩による「宝を掘る男(Der Schatzgräber)」と「春の旅(Frühlingsfahrt)」である)。

ハイネの詩は、夕方に浜辺に腰を下ろして、漁師の男が海上での出来事や訪れた土地での面白い話を聞かせるという内容だが、最初のうちは恋人同士だと思って読み進めていくと、最終節で「娘たち(Die Mädchen)」という語があらわれ、話を聞いていた若い娘が複数いたことが分かる。さしずめ男らしい武勇伝で娘たちのうちの誰かの心を射止めようというところだろうか。

第1~2節は導入部分で、男と娘たちが座り、浜辺に霧が出てきた様子や明かりが灯され始めた海の状態が描かれる。
第3節~6節で、この男の海上にいた頃の様子、さらに訪れた異国での様々なエピソードが披露されるが、後半の2つの節ではより具体的にガンジス川流域やラップランドの人々の様子が描かれる。
最終節で男の話が終わり、あたりはすっかり暗闇になっていたと締めくくる。

ガンジス川が出てくるハイネの詩というと、有名なメンデルスゾーンの「歌の翼に」が思い出される。

なお、ラップランドという語はWikipediaで調べてみると「辺境の地」という意味で、蔑称らしい。「スカンジナビア半島北部からコラ半島に渡る地域で、伝統的にサーミ人が住んでいる地域」とのことである。ハイネの詩でのラップランド人の描写は今の感覚では失礼きわまりないものだが、当時の感覚としては未知の人種に対して、おどろおどろしいものを想像していたのかもしれない(娘たちの気を引くために面白おかしく作り話をでっちあげたという所かもしれない)。

シューマンの曲は、4分の4拍子、ト長調、全77小節で、冒頭に「ゆったりと、徐々に動いて(Ruhig, nach und nach bewegter)」という指示がある。
夕暮れ時の穏やかな残光を模しているかのようなピアノの前奏は、低音でゆったりと和音を分散させて始まる。
歌も素朴でおおらかな旋律で始まるが、第2節の「灯台には明かりが次第に灯り」のあたりで歌とピアノがシンクロしてメリスマティックに動く。
第3節に入り、男の話が始まり、海上での武勇伝が歌われる箇所で、「タン・タタ・タン・タタ」のリズムによる小節と分散和音の小節が交代で現れる。
第4節のピアノパートは分散和音が両手のユニゾンで繰り返される。
第5節のガンジス川での描写でピアノパートは和音連打になり、第6節でラップランドの人たちのもの珍しい描写はスタッカートで跳躍しながら進み、次第に分散音型の繰り返しが高まり、ラップランド人が「叫ぶ(schrein)」箇所では歌声部が長い音価で上下に揺れて、叫びを印象づけている。
その後の間奏で速度を落とし(ritard.)、テンポ・プリモ(Tempo I)で冒頭のテンポと音型に戻り最終節に進む。歌声部は冒頭の第1節に回帰するが、ピアノパートは右手と左手の和音を交互に打つという新しいリズムで最終節を貫き、終わる。歌声部が「ド」ではなく「ミ」で終わっているのは、気づいたらあたりが真っ暗になっていたという唐突感を表現しているようにも感じられる。

詩の語句に応じた音楽上の細かい対応がいろいろ聴かれるが、最初と最後の枠組みによって曲の統一感が保たれている印象を受けた。

最近、F=ディースカウが1974年に小林道夫と共演した来日公演がCDで初発売されたが、その第1曲目で「夕べ浜辺で」を聴くことが出来る(TDKコア:TDK-OC022)。F=ディースカウのシューマンは曲によっては必ずしも相性がいいものばかりではないが、この曲は得意にしているだけあって、情景を巧みに歌い分け、なかなか魅力的である(小林道夫の絶妙なテンポの揺らし方とタッチの美しさも聴きものである)。

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Abends am Strand, op. 45 no. 3
 夕べ浜辺で

Wir saßen am Fischerhause,
Und schauten nach der See;
Die Abendnebel kamen,
Und stiegen in die Höh.
 ぼくらは漁師小屋のそばに座って
 海を眺めていた。
 夕方の霧があらわれ、
 空に立ち昇っていった。

Im Leuchtturm wurden die Lichter
Allmählich angesteckt,
Und in der weiten Ferne
Ward noch ein Schiff entdeckt.
 灯台には明かりが
 次第に灯り、
 はるか彼方に
 さらに一艘の船を見つけた。

Wir sprachen von Sturm und Schiffbruch,
Vom Seemann, und wie er lebt
Und zwischen Himmel und Wasser,
Und Angst und Freude schwebt.
 ぼくらは語り合った、嵐や難破のこと、
 船乗りやその暮らしぶりのこと、
 そして空と水の間で、
 不安と喜びの間をいかに揺れ動いていたかということを。

Wir sprachen von fernen Küsten,
Vom Süden und vom Nord,
Und von den seltsamen Menschen
Und seltsamen Sitten dort.
 ぼくらは語り合った、遠くの海岸のこと、
 南のことや北のこと、
 そして奇妙な人々と
 そこの奇妙な習慣のことを。

Am Ganges duftet's und leuchtet's,
Und Riesenbäume blühn,
Und schöne, stille Menschen
Vor Lotosblumen knien.
 ガンジス川のあたりはにおいたち、光輝き、
 巨大な木々が花咲いている。
 そして美しく物静かな人々が
 はすの花の前でひざまずいている。

In Lappland sind schmutzige Leute,
Plattköpfig, breitmäulig, klein;
Sie kauern ums Feuer und backen
Sich Fische, und quäken und schrein.
 ラップランドにはうすよごれた人々がいて、
 頭は平らで、口は大きく、背が小さい。
 彼らは火のまわりにしゃがみこみ、
 魚を焼き、キーキー声を出して、叫んでいる。

Die Mädchen horchten ernsthaft,
Und endlich sprach niemand mehr;
Das Schiff war nicht mehr sichtbar,
Es dunkelte gar zu sehr.
 娘たちは真剣に聞き耳を澄ましていたが、
 ついにはもう誰も話をしなくなった。
 あの船はもはや見えず、
 あたりはあまりに暗くなり果てた。

詩:Heinrich Heine (1797.12.13, Düsseldorf - 1856.2.17, Paris)
曲:Robert Alexander Schumann (1810.6.8, Zwickau - 1856.7.29, Endenich)

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