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シューベルト「ハ短調の歌曲(人生の夢)」D1A

シューベルトの現存する最初の完成された独唱歌曲は1811年3月30日という日付のついた「ハガルの嘆き」D5だが、おそらくそれ以前、1810年より前の作曲と推測されている歌曲断片がある。それはドイチュ番号D1Aが付与された「ハ短調の歌曲(Gesang in c)」である。この歌曲断片の厄介なところは声部の下に全くテキストが書かれていないことだ。その為に1969年に掲載された「新シューベルト全集」第4シリーズ、第6巻では「歌詞なし(ohne Text)」と表示されている。
全394小節から成り、構成は以下の通りである。

 1-64小節:Adagio 3/4
 65-159小節:Andante
 160-191小節:Adagio
 192-216小節:Allegro
 217-244小節:Adagio
 245-303小節:Allegro moderato 6/8
 304-305小節:4/4
 306-308小節:Allegro
 309-344小節:Con moto, a tempo
 344-345小節:Adagio (ピアノのみ)
 346-385小節:Andante 2/2
 386-394小節:Adagio 4/4

この構成を見ても分かるようにいろいろな楽想の音楽がつなぎ合わされており、完全に通作形式である。ピアノ前奏は34小節にもわたり、ゆったりと始まり、途中にメランコリックな美しい分散和音の箇所が続き、歌がはじめる前にまた切り詰めた音に戻る。
全体を通じて感じるのが、シューベルトは最初からシューベルトであったということ。13歳以前の彼がすでにキャリアのスタート時から、生と死の間を行き来しているかのような浮世離れした響きを聞かせているのである。

「乙女の嘆き」「屍の幻想」「父親を殺した男」など彼が初期に選択した詩のタイトルを挙げてみるだけで、陰鬱な題材に初期の彼が惹かれ、それを音で表現すべく試行錯誤を重ねた姿がイメージされてくる。

この歌曲のテキストは長く不明だったが、共通の楽想が一部使われている、同じく未完のD39の詩がガブリエーレ・フォン・バウムベルクによる「人生の夢(Lebenstraum)」であることがヴィーンのハインツ・シヒロフスキーによって突き止められ、このD1Aも「人生の夢」によるものではないかと推測されるようになった。

Reinhard Van Hoorickxという人が、歌声部の下にテキストを追加し、さらに音楽も補完したものがハイペリオンのシューベルト全集第33巻に収録されており、スティーヴン・ヴァーコウ(BR)&グレアム・ジョンソン(P)による気迫のこもった演奏で聴くことが出来る。12分を越す大作で、歌手の音域も「ほ」(327小節)から「一点イ」(391小節)まで2オクターヴ半もの広さに渡る。テキストは見事に歌の旋律に配置されており、シューベルトが頭の中に描いていたであろうイメージがこんな感じだったのだろうという一つの可能性が説得力をもって提示されている。

また、解説書で、ピアニストのジョンソンが研究者顔負けの博学ぶりを存分に発揮して有益な情報を与えてくれるのも素晴らしい。

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Gesang in c (Lebenstraum), D1A
  first setting
 ハ短調の歌曲(人生の夢)(未完)

1
Ich saß an einer Tempelhalle
Am Musenhain, umrauscht vom nahen Wasserfalle,
Im sanften Abendschein.
Kein Lüftchen wehte; - und die Sonn' im Scheiden
Vergüldete die matten Trauerweiden.
 私はムーサの森の前にある神殿の会堂に座っていた、
 周囲には近くの滝の音が響いている、
 穏やかな夕暮れの光の中で。
 風は吹いていなかった。そして太陽は別れ際に
 ぐったりしたシダレヤナギを金に染めた。

2
Still sinnend saß ich lange, lange da,
Das Haupt gestützt auf meine Rechte.
Ich dachte Zukunft und Vergangenheit, und sah
Auf einem Berg, dem Tron der Götter nah,
Den Aufenthalt vom heiligen Geschlechte,
Der Sänger alt' und neuer Zeit,
An deren Liede sich die Nachwelt noch erfreut.
Tot, unbemerkt, und längst vergessen schliefen
Fern in des Tales dunkeln Tiefen
Die Götzen ihrer Zeit, -
Im Riesenschatten der Vergänglichkeit.
 静かに物思いにふけりながら私は長いこと座っていた、そこに長いこと、
 頭を右手で支えながら。
 私は将来や過去のことに思いを馳せた、そして
 ある山の上の、神々の玉座の近くで
 聖なる一族が滞在しているのを見た。
 大昔から最近まで歌い手は
 その歌で後世の人に今でも喜びを与えている。
 死に絶え、気づかれることもなく、とうに忘れ去られて、
 遠くの暗い谷底深くで、
 彼らの時代の偶像たちは眠りについていた、
 無常の巨大な影の中で。

3
Und langsam schwebend kam aus jenem dunkeln Tale,
Entstiegen einem morschen Heldenmahle,
Jetzt eine düstere Gestalt daher,
Und bot (in dem sie ungefähr vorüberzog)
In einer mohnbekränzten Schale
Aus Lethes Quelle mir - Vergessenheit!
 そしてゆっくりとあの暗い谷から浮かんで来て、
 朽ち果てた英雄の宴から立ち昇るのは、
 さて、薄暗い物陰だ。
 そして(それはほぼ通り過ぎようとしていたが)
 ケシの花環で飾られた深皿に入れて、
 私に、レテ川の源泉から汲んだ「忘却」を差し出した!

4
Betroffen, wollt' ich die Erscheinung fragen:
Was dieser Trank mir nützen soll?
Doch schon war sie entflohn: ich sah's mit stillem Groll,
Denn meinen Wünschen konnt' ich nicht entsagen.
 驚いて、私はその幻に尋ねようとした、
 この飲み物は私にどんな効き目があるのかと。
 だが、すでに幻は消え去っていた。私はひそかに憤って、それを見た。
 なぜなら、私の欲求を抑えられなかったのだ。

5
Da kam in frohem Tanz, mit zephyrleichtem Schritt,
Ein kleiner Genius gesprungen
Und winkt und rief mir zu: "Komm mit,
Entreisse dich den bangen Dämmerungen
Sie trüben selbst der Wahrheit Sonnenschein!
Komm mit! Ich führe dich in jenen Lorbeerhain,
Wohin kein Ungeweihter je gedrungen.
Ein unverwelklich schöner Dichterkranz
Blüht dort für Dich im heitern Frühlingsglanz
Mit einem Myrtenzweig umschlungen."
Er sprach's, und ging mir schnell voran.
Ich folgte, voll Vertrauen, dem holden Jungen,
Beglückt in meinem süßen Wahn.
 その時、陽気に踊りながら、微風のごとき軽やかな足取りで
 小さな精霊が飛び跳ねながらやって来て、
 手を振って私に呼びかけた。「一緒においで、
 不安な黄昏から身を振りほどくのだ、
 それは真実の陽光さえ曇らせてしまう!
 一緒においで!きみをあの月桂樹の森に連れて行ってあげよう、
 そこは聖別していない者は入れないから。
 しおれることのない美しい詩人の花環が
 陽気な春の輝きの中できみのためにあそこに咲いているよ、
 ミルテの枝も絡みついているだろう。」
 精霊はそう言うと、すばやく私を先導してくれた。
 私は全幅の信頼を寄せて、この魅力的な若者についていった、
 甘美な幻想に喜びながら。

6
Es herrschte jetzt die feierlichste Stille
Im ganzen Hain. Das langersehnte Ziel,
Hellschimmernd sah ich's schon in ferner Schattenhülle
Und stand, verloren ganz im Lustgefühl.
"Nimm" (sprach er jetzt) "es ist Apollons Wille.
Nimm hin dies goldne Saitenspiel!
Es hat die Kraft in schwermutsvollen Stunden
Durch seinen Zauberton zu heilen all' die Wunden,
Die Mißgeschick und fremder Wahn dir schlug."
Mit zärtlich rührenden Akkorden,
Tönt es vom Süd bis zum Norden,
Und übereilt der Zeiten schnellen Flug
Sei stolz, sei stolz auf dein Besitz! Und denke:
"Von Allem, was die Götter sterblichen verleihen,
Ist dies das höchste der Geschenke!"
Und Du wirst es nicht entweihen.
 今や、厳かな静けさが、
 森全体を支配していた。ずっと待ち焦がれていた目的のもの、
 明るく微光を放ち、遠く影に覆われたものがすでに見えて、
 立ち上がった、うれしい気持ちで全く我を忘れて。
 「受け取りなさい」(今彼はそう言った)「アポロンの意思なのです。
 この黄金の弦を受け取りなさい!
 これは憂鬱な時に
 その魔法の音色で、あらゆる傷を癒す力があるのです。
 災難や見慣れぬ幻想があなたに付けた傷を。」
 優しく心に触れる和音で、
 南から北にいたるまでそれは響き渡る、
 時のすばやい飛翔より急いで。
 あなたが持っている弦に誇りを持ちなさい、誇りを!そしてこう思いなさい、
 「神々が死すべき定めの者にお授けになったあらゆるものの中で
 これは最高の贈り物だ!」と。
 そしてあなたはそれを瀆(けが)すことはないであろう。

7
Noch nicht vertraut mit ihrer ganzen Macht,
Sang ich zuerst nur kleine Lieder;
Und Echo hallte laut und fröhlich wieder.
 まだその弦の威力を信じられないまま、
 私はまずほんのささやかな歌を歌ってみた。
 するとこだまは大きく陽気に反響した。

詩:Gabriele von Baumberg (1768.3.24, Wien - 1839.7.24, Linz)
作曲:1810年より前(vor 1810)

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