シューマン「ぼくの馬車はゆっくりと進む」(詩:ハイネ)
シューマンの歌曲集「詩人の恋」から漏れた4曲の中では演奏されることの多い作品。
ハイネの「歌の本」に収められたこの詩では、自然の輝きの中、馬車に揺られている主人公が、いとしい恋人のことを思っていると、そこに不思議な3つの姿があらわれ、飛び跳ねたり回ったりしながら去っていくという幻想的な光景が描かれている。
シューマンの曲は、4分の3拍子、変ロ長調で、"Nach dem Sinn des Gedichts"(詩の意味に従って)と指示されているのが興味深い。ピアノ前奏は「8分音符の下降形+16分音符の下降形」のリズムが繰り返され、のどかだがガタゴトと不均一な馬車の揺れを模しているようである。歌が始まっても、ピアノのこのリズムはしばらく続くが、第2節になり、これまでの自然の描写から自らのことに転換すると同時にスタッカートと休符による鋭いリズムに変わるが、これまでのpからppに音量が下がり、歌は同音反復が多いので、ささやき語るような感じになる。「8分音符の下降形+16分音符の下降形」をA、「スタッカートと休符による鋭いリズム」をBとすると「A-B-A-B」となるのだが、面白いことに詩の行数でいうと「4行-2行-2行-4行」となり、A、Bそれぞれにあてられた小節数はほとんど変わらないのに、行数の異なる歌声部の音価を伸縮させたり、言葉を繰り返したりしてうまく調節している。ピアノ後奏はシューマンらしく27小節の長大なもので、AとBのリズムが交互にあらわれ、曲を回想しながら終わる。
あまり知られていないが、この詩にはR.シュトラウスも作曲している("Waldesfahrt" Op. 69-4)。こちらはさらに手のこんだ描写が聴かれるが、シューマンの影響もあるように感じられる。
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Mein Wagen rollet langsam, Op. 142-4
ぼくの馬車はゆっくりと進む
Mein Wagen rollet langsam
Durch lustiges Waldesgrün,
Durch blumige Täler, die zaubrisch
Im Sonnenglanze blühn.
ぼくの馬車はゆっくりと進む、
楽しげな森の緑を抜け、
花いっぱいの谷々を通って。そこでは魔法のような魅力を放って、
太陽のきらめきの中、花咲き乱れている。
Ich sitze und sinne und träume,
Und denk' an die Liebste mein;
Da grüßen drei Schattengestalten
Kopfnickend zum Wagen herein.
ぼくは座って、思いにふけり、夢見る、
そしてぼくの恋人のことを想う。
その時、三つの幻影が
馬車に向かってうなずき、挨拶をする。
Sie hüpfen und schneiden Gesichter,
So spöttisch und doch so scheu,
Und quirlen wie Nebel zusammen,
Und kichern und huschen vorbei.
彼らはピョンピョン飛び跳ね、しかめっ面する、
このようにあざ笑いながら、でもこんなにはにかんで。
それから霧のように一緒にグルグル回って、
クスクス笑い、サッと通り過ぎていく。
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コメント
はじめましてU-2Mといいます。フランツさんのこのブログ、いつも参考にさせていただいています。このたび私もブログ(URL参照)を開設することになり、つきましてはハイネのこの詩の日本語訳を私のブログで使わせて頂く(出展の明示とこの記事へのリンク付き)事は可能でしょうか。よろしくお願いいたします。
投稿: U-2M | 2009年7月13日 (月曜日) 01時16分
U-2Mさん、はじめまして。
ご訪問とコメントを有難うございます。拙訳でよろしければどうぞお使いください。
私は翻訳を道楽でやっていますので誤りもあるかもしれませんが、お気づきの点がありましたら、どうぞご指摘ください。
U-2Mさんのブログのご発展をお祈りしております。今後ともよろしくお願いいたします!
投稿: フランツ | 2009年7月13日 (月曜日) 07時43分
フランツさん、早速のご返事ありがとうございました。
それでは日本語訳、使わせていただきます。
こちらこそ、よろしくお願いいたします!
投稿: U-2M | 2009年7月13日 (月曜日) 12時56分