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モーツァルト最初の歌曲

モーツァルトの最初の歌曲とされているのが、「喜びに寄せて(An die Freude)」という作品である。ケッヒェル初版の番号はK. 53だが、第6版ではK. 47eに変更されている。新全集の記載によると、1768年秋、つまり12歳の時にヴィーンで作曲されたと推測されている。ちなみに同じ頃にはミサ曲ハ短調「孤児院ミサ」K. 139(47a)などが作曲されている。

歌声部とピアノ低声部の2段楽譜で表記されているが、書かれていないピアノの右手は当時即興的に和声を付けていたらしい(和音を指定する数字は付いていないので、演奏者が自由に解釈できる)。ちなみに同じ手法で書かれた作品にはほかに「荘厳なヨハネ支部への賛歌」K. 148がある。
モーツァルトにとって歌曲は創作の中心ではなかったが、最初の歌曲であってもすでに一つの芸術作品になっているのは彼の早熟さを示しているのだろう。
4分の2拍子、ヘ長調で、曲の冒頭にMäßig(中庸の速度で)と指定されている。詩の各行が規則正しく4小節分に当てられているが、各節4行目のみさらに4小節繰り返される。

詩はウーツにより全7節からなる。モーツァルトは有節形式で作曲したが、実際の演奏は第1節プラスほかの1つの節という形で歌われることが多い。今回、全7節の訳に挑戦したが、比喩や神様の名前など、かなり難解で内容がうまくとれなかった。

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An die Freude, K. 53(47e)
 喜びに寄せて

Johann Peter Uz (1720-1796)
 詩:ヨーハン・ペーター・ウーツ
Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
 曲:ヴォルフガング・アマデーウス・モーツァルト

[第1節]
Freude, Königin der Weisen,
Die, mit Blumen um ihr Haupt,
Dich auf güld'ner Leier preisen,
Ruhig, wenn die Torheit schnaubt:
Höre mich von deinem Throne,
Kind der Weisheit, deren Hand
Immer selbst in deine Krone
Ihre schönsten Rosen band!
 喜び、それは賢さの女王、
 頭のまわりを花で飾り、
 金のライアーであなたを称え、
 愚かさが鼻息を荒げても、落ち着いている。
 あなたの玉座から私の話をお聞きください、
 賢さの子、その手は
 常に自分であなたの冠を
 もっとも美しいバラで編んでいた!

[第2節]
Rosen, die mit frischen Blättern,
Trotz des Nords, unsterblich blüh'n,
Trotz des Südwinds, unter Wettern,
Wenn die Wolken Flammen sprüh'n:
Die dein lockicht Haar durchschlingen,
Nicht nur an Cytherens Brust,
Wenn die Grazien dir singen,
Oder bei Lyäens Lust.
 バラは青々した葉を付け、
 北方だろうが、枯れずに咲く、
 南風に吹かれようが、雷雨にさらされようが、
 雲が炎を放つときでも。
 バラはあなたの巻き毛の髪にもからみつくのだ、
 それは美の女神キュテレイア(アフロディーテ)の胸を飾るだけでない、
 美の女神グラティアがあなたに歌ったり、
 酒神リュシオス(ディオニュソス)のところで楽しむときに。

[第3節]
Sie bekränzen dich in Zeiten,
Die kein Sonnenblick erhellt,
Sahen dich das Glück bestreiten,
Den Tyrannen uns'rer Welt,
Der um seine Riesenglieder
Donnerndes Gewölke zog
Und mit schrecklichem Gefieder
Zwischen Erd' und Himmel flog.
 バラはあなたを花輪で飾る、
 太陽の輝きが照らさない時に。
 幸福はあなたが反論しているのを見た、
 われらの世界の暴君に向かって。
 彼は巨大な四肢のまわりに
 雷鳴轟く雲の群れを浮かばせ、
 そしておそろしい羽で
 大地と空の間を飛び回った。

[第4節]
Dich und deine Rosen sahen
Auch die Gegenden der Nacht
Sich des Todes Throne nahen,
Wo der kalte Schrecken wacht.
Deinen Pfad, wo du gegangen,
Zeichnete das sanfte Licht
Cynthiens mit vollen Wangen,
Die durch schwarze Schatten bricht.
 あなたとあなたのバラを見たのだ、
 夜になった地域でもまた、
 死の玉座がそれらに近づくのを。
 そこでは冷たい戦慄が目覚めている。
 あなたが歩んだ小道を
 穏やかな光が線を描いた、
 ふくよかな頬のキュテレイアの光が。
 彼女は黒い影の中から現れるのだ。

[第5節]
Dir war dieser Herr des Lebens,
War der Tod nicht fürchterlich,
Und er schwenkete vergebens
Seinen Wurfspieß wider dich:
Weil im traurigen Gefilde
Hoffnung dir zur Seite ging
Und mit diamant'nem Schilde
Über deinem Haupte hing.
 あなたにはこの生の支配者である
 死は恐ろしくなかった。
 そして死は無駄に振り回した、
 投げ槍をあなたに向けて。
 なぜなら、わびしい平野で
 希望があなたの脇に行き、
 そしてダイアモンドの盾をもって
 あなたの頭上に掛かっていたから。

[第6節]
Hab' ich meine kühnen Saiten
Dein lautschallend' Lob gelehrt,
Das vielleicht in späten Zeiten
Ungeborne Nachwelt hört;
Hab' ich den beblümten Pfaden,
Wo du wandelst, nachgespürt
Und von stürmischen Gestaden
Einige zu dir geführt:
 私は自らの大胆な心に、
 あなたに向けて大きく響き渡る賛美を教えた、
 ひょっとすると晩年に
 まだ生まれていない後世が聞くかもしれない賛美を。
 私は花咲き乱れた小道を、
 あなたが歩いた小道をたどり、
 そして嵐吹き荒れる岸辺から
 何人もあなたのもとへ連れて行った。

[第7節]
Göttin, o so sei, ich flehe,
Deinem Dichter immer hold,
Daß er schimmernd' Glück verschmähe,
Reich in sich, auch ohne Gold;
Daß sein Leben zwar verborgen,
Aber ohne Sklaverei,
Ohne Flecken, ohne Sorgen
Weisen Freunden teuer sei!
 女神よ、おお、かくあれと、私は願う。
 あなたの詩人に常に好意をもっていておくれと、
 彼がかすかな幸福をすげなく拒絶して、
 金(きん)はなくとも、心豊かでいられるように。
 彼の人生は人に知られてはいないが、
 奴隷でなく、
 汚点もなく、心配事もない、
 賢い友にとってかけがえのない存在であれ!

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演奏者によって、どの節を歌っているか、あるいは通奏低音をピアニスト自身の解釈で演奏しているか、それとも特定の楽譜の例を使用しているかなど、比較してみるのも興味深い(手元にある新全集の楽譜に掲載されているピアノ右手をそのまま使用しているのは以下の演奏ではパーソンズだけだった)。

1) Elly Ameling(S) Dalton Baldwin(P) [PHILIPS: 1977年8月録音] : 第1、7節。ピアノ右手は新全集とは別の版(旧全集?)。歌は第7節の時、全体に装飾を加えている。2分32秒。
2) Barbara Bonney(S) Geoffrey Parsons(P) [TELDEC: 1990年8月録音] : 第1、7節。ピアノ右手は完全に新全集のまま(手を加えていない)。歌6小節目の装飾音の音価は7節は新全集の指示の通りだが、1節は短前打音で歌っている。この中でもっともゆっくりのテンポによる演奏。3分38秒。
3) Edith Mathis(S) Karl Engel(P) [Novalis: 1986年8月録音] : 第1節のみ。ピアノ右手は新全集とは別の版(旧全集?)。ボールドウィンの版(1)とおそらく同じ。1分19秒。
4) Josef Protschka(T) Helmut Deutsch(P) [CAPRICCIO: 1991年録音] : 第1、7節。ピアノ右手は新全集に則っているが、若干装飾したり変更している。歌6小節目の装飾音の音価も新全集の指示の通り。2分29秒。
5) Konrad Jarnot(BR) Alexander Schmalcz(P) [OEHMS CLASSICS: 2005年12月録音] :  第1、7節。ピアノ右手は新全集とは別の版(旧全集?)。ボールドウィンの版より右手の音が多いように感じた(シュマルツによる自由な解釈を加えていると思われる)。2分24秒。
6) Hermann Prey(BR) Bernhard Klee(P) [DG: 1975年11月録音] : 第1、4節。ピアノ右手は基本は新全集のようだが、かなり自由に手を加えている。歌6小節目の装飾音の音価は全集の指示と異なり、十六分音符で歌っている。2分34秒。

●詩人ヨーハン・ペーター・ウーツ(Johann Peter Uz: 1720年10月3日、Ansbach生-1796年5月12日、Ansbach没)について
アンスバハ(現在のドイツ南部、バイエルン州)生まれの官僚、詩人。1739-1743年にハレで法律を学んだ後、アンスバハとニュルンベルクの役所に勤務し、枢密法律顧問官になる。ハレの同級生、グライム(Johann Wilhelm Ludwig Gleim)やゲッツ(Johann Nikolaus Götz)と共に、酒、女性、歌を賛美するアナクレオン派の詩人として知られるようになる。
モーツァルトは「喜びに寄せて」のみ彼の詩に作曲しているが、シューベルトは彼の8編の詩(「春の神」D. 448など)に作曲している。

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