アンナ・モッフォ&ジェラルド・ムーア/ドイツ歌曲集
3月20日に投稿した記事でアンナ・モッフォ(1932(?).6.27 - 2006.3.10)の逝去を記したが、その時に触れた彼女とジェラルド・ムーア(1899.7.30 - 1987.3.13)による歌曲集が8月2日に初CD化されたので、早速聴いてみた。
Anna Moffo(S) Gerald Moore(P)
録音:1971年9月2~5日、Schloss Klesheim, Salzburg
コロムビアミュージックエンタテインメント : DENON : COCQ-84207
シューベルト/あなたは憩いD. 776;ナイティンゲールに寄せてD. 497;「冬の旅」~春の夢D. 911-11;幸福D. 433
シューマン/「ミルテ」~献呈Op. 25-1;わが麗しの星Op. 101-4;「詩人の恋」~私は恨まないOp. 48-7;「リーダークライス」~月夜Op. 39-5
ブラームス/永遠の愛についてOp. 43-1;ひばりの歌Op. 70-2;五月の夜Op. 43-2
R.シュトラウス/万霊節Op. 10-8;あなたの黒髪をわが頭に広げよOp. 19-2;わが思いのすべてOp. 21-1;ツェツィーリエOp. 27-2;帰郷Op. 15-5
モッフォの歌いぶりは気持ちいいほどストレートだった。声は太めでヴィヴラートの振幅が大きく、細かい表情を声や表現に織り込むよりは、まっすぐに歌う。それは下手をすれば単調に陥りかねないし、実際はじめのシューベルトの数曲を聴いた時は大味で正直リートには不向きかもという危惧がよぎった。
しかし不思議なもので、何度か繰り返してみて、彼女の歌声や表現に慣れてくると、思いの強さ、真摯さが聞こえてきて、結構訴えかけてくるものがあるのを感じずにはいられなかった。このところ、細部へのかゆいところに手の届いた配慮に満ちた歌唱や、詩と音楽への知的なアプローチをしたスマートな歌に慣れすぎていて、こういう大らかな歌の良さを忘れていたのかもしれない。私の解釈はこうですよといった所のあまり無い彼女の歌は、器用ではないのかもしれないが、小細工なく歌に素直に寄り添っていて、こういう歌ももっと見直してみてもいいなと思った演奏であった。ただ、そうは言っても例えば"durch"の"r"の音はもっと響かせてほしかったという気もするが。声のコントロールが時に不安定になるのも惜しいところだ。
曲は、シューベルト、シューマン、ブラームス、R.シュトラウスといったドイツ歌曲の高峰から数曲ずつ著名な作品を中心に選ばれていて、「冬の旅」や「詩人の恋」など当時は女性があまり歌わなかった連作歌曲集からも抜き出して歌っていて、この録音にかける彼女の意気込みは確かに伝わってくる。一見合わなそうに思えるシューマンの「わが麗しの星」が真摯な表現でとても良かった。ソプラノとはいっても太い声をもつ彼女はブラームスの「永遠の愛について」の深さ、懐の大きさを充分に表現できていた(若干声の勢いに任せてしまうきらいはあるが)。
だが、モッフォの美質が最も生かされていたのはやはりR.シュトラウスだった。「万霊節」では作為のない歌が聴き手の心に直接訴えかけ、「ツェツィーリエ」の情熱も彼女のストレートで濃い目の表現が見事に映えていた(普段リートをあまり歌わない人がR.シュトラウスの歌曲を好むのはよく分かる気がする。彼の歌曲はオペラ的発想が根底にあるように思う)。
ベテランのジェラルド・ムーアをパートナーに選んだのもモッフォの意気込みのあらわれだろう。ムーアは1967年にステージでの演奏活動から身をひいたが、録音活動は1970年代前半まで精力的に続け、さらに表現に自在さと熟練が加わっているのが感じられる。膨大な作品を弾いてきたムーアだが、今回の選曲中、ブラームスの「ひばりの歌」を彼の演奏で聴くのは私にとっては初めてだった。決してあからさまではなく、しかし必要な重みをもって、この曲の右手の高音を響かせるその技は素晴らしかった。確かにムーアの美質はここでも健在であった。
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