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ショパンの歌曲「許婚者」

先日ショパン(Frederic Chopin:1810-1849)の歌曲を集めたCDを聴いていたら、ちょっと驚くことがあった。

ショパンの歌曲というと一般には馴染みが薄いと思う。
実際私も「願い(Życzenie)(「乙女の願い」というタイトルで有名)」や「春(Wiosna)」「美しい若者(Śliczny Chłopiec)」ぐらいしかすぐには思い浮かばないが、全部で20曲のポーランド語の歌曲が残されており、そのうち17曲はショパンの死後、1856年に親友のフォンタナによって、「17のポーランドの歌」Op. 74として出版されたという(Op. 74から漏れた3曲は「魅惑(Czary)」「ドゥムカ(Dumka)」と、歌声部のみの「どんな花、どんな花冠(Jakiez kwiaty, jakie wianki)」)。

それでなぜ驚いたかというと、「許婚者(Narzeczony)」という歌曲(Op. 74-15)の前奏が始まった時、両手が半音階進行でうなるように1オクターヴのユニゾンを奏でていて、これはまさにヴォルフ(Hugo Wolf:1860-1903)の「風の歌(Lied vom Winde)」ではないかと思ったのだ。

ヴィトヴィツキの詩による「許婚者」は、風吹く中、草原の中を馬を駆ってきた若者が恋人の死に際に間に合わなかった苦悩を訴える内容である。

小坂裕子さんという方が「ショパン 知られざる歌曲」(集英社 2002年発行)という本を出していて、この巻末にショパン歌曲のうち13曲の楽譜が付けられているので「許婚者」を見てみた。

「許婚者」の前奏では十六分音符のうなりは4分の2拍子で8小節続くが、うち最初の6小節は完全に半音階進行で、フラット3つの調号で「ニ音(右手)/に音(左手)」ではじまる。
一方、ヴォルフの「風の歌」の前奏では十六分音符のうなりは8分の6拍子で4小節続き(4分の3拍子に直すと6小節になる)、シャープ3つの調号で「嬰ロ音=ハ音(右手)/嬰ろ音=は音(左手)」ではじまる。

「許婚者」の詩の第1行が「風はしげみをざわつかせる」であり、ピアノパートが風の吹く様を描写していることは明らかである。
一方「風の歌」はタイトルが示すとおり、子供と風との対話であり、同じくピアノパートが風の吹きすさぶ様子をあらわしている。

ただ、「許婚者」では風の半音階表現は歌のない前奏、間奏、後奏に限られるのに対して、「風の歌」は歌の最中にも風の表現があらわれているという違いも見られる。

ショパンの「許婚者」は前述したように1856年に出版されているが、
ヴォルフが「風の歌」を作曲したのは1888年2月29日のことである。
ショパンの歌曲集Op. 74の楽譜が当時のオーストリアで入手可能だったかどうかは分からないが、小さい頃から家庭音楽会でショパンの曲を演奏し、批評家として活動していた時期にはルビンシテインの演奏に接して、ショパンを傑出したピアノの巨匠と称えていることからも、ヴォルフにとってショパンの音楽が身近にあったことは確かである。

両歌曲を繰り返し聴いてみても、単なる偶然とは言い切れない気持ちになるのだがいかがだろうか。

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