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シューマンの作曲

今年没後150年を迎えたシューマン(Robert Schumann:1810.6.8, Zwickau-1856.7.29, Endenich)が一時期に特定のジャンルを集中的に作曲したことはよく知られている。クラーラと恋に落ち、彼女の父でシューマンのピアノ教師だったフリードリヒ・ヴィークに交際を猛反対され、それでも交際を続け、ついに裁判まで起こした時期にはピアノ曲が集中的に作曲された。裁判を重ね、ついに結婚が認められた1840年はシューマンの「歌の年」で、独唱歌曲が120曲以上(全歌曲の半分にあたる)作られた。そしてその翌年からは交響曲など器楽曲の比重が高くなっていく。喜多尾道冬氏の解説によると、シューマンは歌の年の前年まで「リートの作曲は器楽曲のそれに劣り、すぐれた芸術とは思えない」と言っていたそうだが、歌曲を集中的につくりはじめてから「歌を作るとはなんてすてきなことだろう。そのよろこびを長いこと忘れていた」とクラーラに書き送っている。さらに「それは指を通して鳴らすような音楽とはまったくちがって、もっと直接的で、もっとメロディに満ちている」と言っている。指を通して鳴らすピアノ曲から、より直接的に気持ちを伝えることの出来る歌曲というジャンルに移っていったのは、多くの障害を克服していくことでより燃え上がるクラーラへの想いを反映しているのだろう。

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