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アーメリング日本公演曲目1983年

第5回来日:1983年

4月4日(月)19:00 東京文化会館(バッハ)
4月5日(火)18:30 神奈川県立音楽堂(バッハ)
4月8日(金)18:30 福岡銀行本店ホール(リサイタル)
4月12日(火)19:00 シンフォニーホール(大阪)(リサイタル)
4月14日(木)18:45 名古屋市民会館(バッハ)
4月16日(土)19:00 東京文化会館(都民劇場)(リサイタル)
4月18日(月)19:00 東京文化会館(リサイタル)
4月20日(水)19:00 熊本県立劇場(リサイタル)

●リサイタル(The festive program) 共演:ドルトン・ボールドウィン(P)

モーツァルト(Mozart)/夕べの思いK. 523
ウェルドン(Weldon)/目覚めているナイティンゲール
シューベルト(Schubert)/はなだいこんD752;花の言葉D519;至福D433
ヴォルフ(Wolf)/夏の子守歌;私を花で覆ってください
ブラームス(Brahms)/知らせOp. 47-1;わが眠りはますます浅くなりOp. 105-2
シューマン(Schumann)/くるみの木Op. 25-3
R.シュトラウス(Strauss)/セレナーデOp. 17-2

~休憩~

ドビュッシー(Debussy)/それはけだるい恍惚
フォレ(Fauré)/夢のあとでOp. 7-1;マンドリンOp. 58-1
プランク(Poulenc)/ヴァイオリン
ショソン(Chausson)/はちどりOp. 2-7
デュパルク(Duparc)/悲しい歌
ロドリーゴ(Rodrigo)/お母さん、ポプラの林に行ってきた
グァスタビーノ(Guastavino)/薔薇と柳
サティ(Satie)/ランピールの歌姫
アーン(Hahn)/最後のワルツ
シェーンベルク(Schönberg)/ギーゲルレテ

●バッハの夕べ(Evening of J. S. Bach) 共演:ミッシェル・デボスト(FL:4月4日&5日)金昌国(FL:4月14日)インゴ・ゴリツキ(OB)トゥルーズ国立室内管弦楽団

バッハ/「音楽の捧げもの」BWV. 1079~6声のリチェルカーレ;結婚カンタータ「いまぞ去れ、悲しみの影よ」BWV. 202

~休憩~

バッハ/管弦楽組曲第2番ロ短調BWV. 1067;悲しみを知らぬ者BWV. 209

アーメリング5回目の来日公演では、「お祭りプログラム(The festive program)」と題されたリサイタルと、トゥルーズ国立室内管弦楽団とのバッハ・コンサートの2種類が披露された。

リサイタルでは前半を英語によるウェルドン以外はドイツ歌曲でまとめ、一方後半はフランス、スペイン、ドイツの混成である。すべて現在は録音を聴くことの出来るものばかりだが、ヴォルフの「私を花で覆ってください」だけは当時まだ録音されていなかった。夕方、夜の雰囲気を前半の多くの曲たちが漂わせていることはおそらく意図的なものだろう。後半はドビュッシー、フォレ、プランク、ショソン、デュパルク、サティ、アーンとフランス歌曲の大御所を揃えた中にロドリーゴの軽快な恋歌やグァスタビーノの繊細な歌を織り込み、最後はシェーンベルクのキャバレーソングで締めくくっている。楽器名をタイトルにもつ曲を続けたり、大衆演芸に因んだ作品たちをまとめたりしているのは彼女らしい気の利いたプログラミングといえるだろう。

バッハの夕べでは、初来日以来久しぶりにお得意のカンタータ2曲が披露された。両者とも1964~1968年にコレギウム・アウレウム(Harmonia mundi)と、さらに1972年6月にネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オヴ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(EMI)と録音している。この演奏会はNHKで録画され、放送されたようだ。

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フィッシャー=ディースカウの誕生日

今日は、引退して久しいバリトン歌手、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau:1925年5月28日Zehlendorf生まれ)の81回目の誕生日である。この不世出の大歌手ほどドイツ歌曲を網羅的に高い技術と音楽性で聴かせてくれた歌手はほかにいないであろう。いろいろな歌手で1つの曲を聴き比べてみると、いかに彼が飛び抜けた存在であるのか気付かないわけにはいかない。幸運にも舞台での演奏に何度か接することが出来たが、まずその声量の豊かさに驚かされた。どんな単語もくっきりと聴こえてくるのは、大ホールでも楽に届くボリュームによるところが多いのだろう。1980年代になると声は衰えを隠せなくなったが、レパートリーの意欲的な開拓は以前にも増して積極的になり、彼の録音でないと聴けない曲の多さは際立っていた。ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ブラームス、ヴォルフ、R.シュトラウスの男声歌曲のほとんどは彼の万全な歌唱によって歌曲ファンを喜ばせてくれた。そんなF=ディースカウの珍しい映像を収録したDVDをご紹介したい。

The Art of Dietrich Fischer-Dieskau

(Deutsche Grammophon:B0004493-09)

DVD 1 - THE OPERA SINGER

モーツァルト/「フィガロの結婚」より(アルマヴィーヴァ伯爵:1975年録画);「ドン・ジョヴァンニ」より(ドン・ジョヴァンニ:1961年録画)

プッチーニ/「外套」より(マルセル:1974年録画)

R.シュトラウス/「影のない女」より(バラク:1963年録画);「アラベラ」より(マンドリカ:1960年録画)

ライマン/「リア王」より(リア王:1982年録画)

DVD 2 - MASTER OF THE LIED

ベートーヴェン/アデライーデOp. 46;うずらの鳴き声WoO. 129

シューベルト/月に寄せてD. 259;ブルックにてD. 853;星D. 939;春にD. 882;漁師の娘D. 957-10

シューマン/あなたは花のようOp. 25-24;ミルテとばらでOp. 24-9;月の夜Op. 39-5;献呈Op. 25-1;はじめての緑Op. 35-4;俺はひとりで座るとOp. 25-5;置くな、がさつ者よ、甕をそんなに乱暴にはOp. 25-6

ブラームス/航海Op. 96-4;セレナーデOp. 106-1;なんとあなたは、わが女王よOp. 32-9

ヴォルフ/旅路で;一年中、春;散歩;天才のふるまい;亡き母上に祝福あれ;心よ、すぐに落ち込むことはない

R.シュトラウス/見つけたOp. 56-1;明日!Op. 27-4;娘よ、なんの役に立つというのかOp. 19-1

以上、Wolfgang Sawallisch(P):1974年8月Berlin録画

マーラー/「子供の死の歌(亡き子をしのぶ歌)」(いま太陽はかくも明るく昇ろうとしている;いまや私にはよく分かる;おまえのお母さんが扉から入ってくるとき;何度も思うのだ、彼らはただ出かけただけなのだと;こんな悪天候に!)

Radio-Symphonie-Orchester Berlin;Lorin Maazel(C):1968年Berlin録画

F=ディースカウは歌曲の膨大な録音を残しているわりには映像で現在見ることが出来るものは少ない。その意味でヴォルフガング・サヴァリシュとの共演による歌曲の映像はとても貴重である。彼はサヴァリシュと1974年にこの録画をした際、プフィッツナー、マーラー、シュヴァルツ=シリングも演奏しているらしいのだが、今回のDVDからは残念ながら省かれている。ここで選ばれた作曲家は歌曲の重要な作曲家を古い方から順に並べて、歌曲の大ざっぱな流れをつかめるようによく考えられているように思う。概して明るい曲調のものが選ばれ、その中で動きのあるものと静かなものが交互に置かれて変化がつけられている。F=ディースカウはこの頃、ちょうどシューマン歌曲全集の録音に取り組んでおり、声は衰えをまだ少しも見せていない時期だが、いくぶん声が渋くなり、テノラールと評されてきたハイバリトンは重みを増している。このDVDはF=ディースカウとサヴァリシュの演奏を楽しむにはいささかの問題もなく、素晴らしく自在な表現を堪能できる。ただ、問題なのは映像の演出で、とにかく歌手とピアニストをめまぐるしく交互に写すため、落ち着かず演奏に集中できないのである。歌とピアノを対等に撮ろうとしたアイディアなのかもしれないが、あまりにもこまぎれの映像が連続して、見ているだけで疲れてしまう。演出に懲り過ぎるのもどうだろうかと考えさせられた映像であった。

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アーメリング日本公演曲目1980年

第4回来日:1980年

11月30日(日)18:30 群馬音楽センター(リサイタルA)
12月3日(水)19:00 毎日ホール(大阪)(リサイタルA)
12月6日(土)18:30 福島県文化センター(リサイタルB)
12月8日(月)18:30 電力ホール(仙台)(リサイタルA)
12月10日(水)18:30 神奈川県立音楽堂(リサイタルA)
12月13日(土)19:00 東京文化会館(リサイタルB)
12月16日(火)18:45 東京文化会館(東京交響楽団第266回定期演奏会)

●リサイタルA 共演:ダルトン・ボールドウィン(P)

シューベルト(Schubert)/春にD882;春の信仰D686;春の神D448;シルヴィアにD891;ちょうちょうD633

シューベルト/秘めたる恋D922;夜のすみれD752;月に寄すD296;わたしを愛していないD756;見よ、白き月D688-2;若い尼D828

~休憩~

シューベルト/エレンの歌Ⅰ(兵士よ、憩え)D837;エレンの歌Ⅱ(狩人よ、憩え)D838;エレンの歌Ⅲ(アヴェ・マリア)D839

シューベルト/笑いと涙D777;恋人のそばにD162;千変万化の恋人D558;糸を紡ぐグレートヒェンD118;セレナーデ(聞け、聞け、ひばりを)D889

●リサイタルB 共演:ダルトン・ボールドウィン(P)

シューマン(Schumann)/「リーダークライス」Op.39(異郷にて;間奏曲;森の語らい;静けさ;月の夜;美しき異郷;城の上で;異郷にて;憂い;たそがれ;森で;春の夜)

~休憩~

ショーソン(Chausson)/ナニーOp. 2-1;ちょうちょうOp. 2-3;はちすずめOp. 2-7

プーランク(Poulenc)/「くじびき」(おねむ;不思議な出来事;ハートのクィーン;バ、ブ、ビ、ボ、ビュ・・・・・・;天使の音楽家;赤ちゃん水差し;4月の月)

グラナドス(Granados)/控え目なだて男

グァスタビーノ(Guastavino)/バラと柳

トゥリーナ(Turina)/カンターレス;恋に夢中

●東京交響楽団第266回定期演奏会 共演:東京交響楽団;秋山和慶(C)

ラヴェル(Ravel)/「シェエラザード」(アジア;魅惑の笛;つれない人)

モーツァルト(Mozart)/モテット「踊れ喜べ、幸いなる魂よ」K. 165(158a)

~休憩~

ベルリオーズ(Berlioz)/幻想交響曲Op. 14

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アーメリング4回目の来日公演は2種類のリサイタルと共に、はじめての日本のオーケストラとの共演が含まれる。彼女は過去3回の来日のいずれでも必ずシューベルトを歌ってきたが、今回も2回目の来日に続きオール・シューベルト・プログラムがある。彼女のシューベルト・プログラミングにはどうやら一定の傾向があるようだ。明るい軽快な曲主体の中に悲痛な曲を1、2曲入れてアクセントにしていること、春の歌や同シリーズの曲(「エレンの歌」「ズライカ」「ミニョンの歌」など)をまとめて歌うこと、最後に歌ってもおかしくない「糸車に向かうグレートヒェン(糸を紡ぐグレートヒェン)」を最後から2番目に置き、最後は明るい曲(例えば「至福」)で締めくくることなどが挙げられる。今回のシューベルト・プログラムではこれまで歌っていない曲も多く含まれるが、「春の神」「見よ、白き月」はちょうどこの頃アーウィン・ゲイジとCBS SONYに録音しており、早速ステージでとりあげている。

リサイタルBは前半がシューマンのアイヒェンドルフの詩による12曲からなる「リーダークライス」Op. 39全曲。一方後半はショソン(ショーソン)の歌曲3曲、プランク(プーランク)晩年の「くじびき」全曲、それにグラナードス、グァスタビーノ、トゥリーナといったスペイン歌曲の初披露で締めくくっている。森や小川、月など、ロマン派の自然描写の中で詩人の情感が歌われる「リーダークライス」は1979年にデームスと録音し、新たなレパートリーの初披露となった。後半最初のショソンは「ちょうちょう」と「はちすずめ」が1972年にボールドウィンと録音(EMI)されていたが、「ナニー」はとうとうスタジオ録音されなかった。プランクの歌曲集「くじびき」はEMIのプランク全集で録音している。最後のスペイン歌曲の数々についてはトゥリーナの「カンターレス」のみ録音されなかったが、ほかはCBS SONYのオムニバス盤で録音されている。ただ情熱的な「カンターレス」は1989年の来日公演でも歌っており、お気に入りの曲なのだろう。軽快→繊細→情熱→快活といった4曲の配列がまたよく考えられていると思う。

東京交響楽団第266回定期演奏会への出演は、彼女の来日史上、最初で最後の日本のオーケストラとの共演である。ラヴェルの「シェエラザード」はこの翌年10月に録音することになるが、モーツァルトの「踊れ喜べ、幸いなる魂よ」はすでに1969年8月にスタジオ録音済みで、さらに6月のイギリス・ライヴ録音もBBC LEGENDSで聴くことが出来る。まさに彼女の伸びやかな美声が存分に発揮されたであろう「踊れ喜べ、幸いなる魂よ」に対して、当時は録音も出ていなかったオリエンタルな響きの「シェエラザード」は聴衆にとっても新鮮な選曲だったのではないだろうか。

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(5月28日追記)

リサイタルBで歌われたショソンの「ちょうちょう」と「はちすずめ」について、「詩と音楽」サイトでFujiiさんがとりあげてくださり、大変興味深いので是非ご覧ください。この2曲、それぞれゴティエとルコント・ド・リールの詩なのですが、恋人の唇の上で死にたいという同じテーマを歌っていたということを教えていただきました。

http://umekakyoku.at.webry.info/200605/article_19.html

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五月の夜(Die Mainacht)

ブラームス(Johannes Brahms)にも五月の有名な歌曲がある。ヘルティ(Ludwig Christoph Heinrich Hölty:1748年12月21日Mariensee-1776年9月1日Mariensee)の詩による「五月の夜」Op. 43-2は1866年に作曲され、彼の代表作になった。詩人のヘルティはシューベルト、メンデルスゾーンなど多くの作曲家にとりあげられた人で、ハノーファー近郊のマリーエンゼーで誕生、ゲッティンゲン大学で神学を学び、クロップシュトク(Friedrich Gottlob Klopstock)を崇拝する者たちで結成した「ゲッティンゲンの森の結社(Göttinger Hainbund)」の創立メンバーとなる。

この詩は、ある五月の月夜に、幸せそうな鳥たちを尻目に一人孤独の身の上を嘆く者の思いを歌ったものである。梅丘歌曲会館「詩と音楽」サイトに以前投稿した時の訳詞を転載させていただきます。掲載元のサイトはこちらをご覧ください。

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銀の月が
潅木に光注ぎ、
そのまどろむ光の残照が
芝に散りわたり、
ナイティンゲールが笛のような歌を響かせる時、
私は藪から藪へと悲しくふらつき回る。

葉に覆われて
鳩のつがいが私に
陶酔の歌を鳴いて聞かせる。
だが私は踵を返して
より暗い影を探し求め、
そして孤独な涙にくれるのだ。

いつになったら、おお、微笑む姿よ、
朝焼けのように
私の魂に輝きわたる姿よ、
この世であなたを見出せるのだろうか。
すると孤独な涙が
私の頬を伝ってさらに熱く震え落ちた。

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五月に寄せるわが挨拶(Mein Gruss an den Mai)

五月を歌ったシューベルトの歌曲「五月に寄せるわが挨拶」D305の詩を紹介したい。詩人はシューベルトと同時代を生きたクンプフ(Johann Gottfried Kumpf:1781年12月9日Klagenfurt-1862年2月21日Klagenfurt)で、筆名はエルミーン(Ermin)。医者、編集者、詩人という多くの顔を持った人だったようだ。なお、グレイアム・ジョンソンによると、シューベルトは自筆譜に第1節の詩のみを記し、「もう8詩節」と書いているそうだが、1節の詩句の一部の音節を増やして(明らかに誤って)作曲してしまった為に、ほかの詩節を歌うのが困難になってしまったそうだ。

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ようこそ、おお五月よ!おまえの花の天国、
おまえの春、おまえの喜びの海よ。
ようこそ、私のまわりで
新たに生まれたものの楽しい一群よ。

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素晴らしく美しい月、五月に(Im wunderschönen Monat Mai)

今年はモーツァルトの生誕250周年の陰に隠れてしまっているが、シューマン(Robert Schumann:1810年6月8日Zwickau-1856年7月29日Endenich)の没後150周年でもある。2010年こそは生誕200周年で盛大にお祝いされるといいのだが、こちらも同年生まれのショパンの陰に隠れそうな気がしなくもない。同じく没後150周年のハイネ(Heinrich Heine:1797年12月13日Düsseldorf-1856年2月17日Paris)の詩に付けられたシューマンの歌曲から、今の時期にふさわしい「詩人の恋」の1曲目の詩をご紹介したい。

素晴らしく美しい月、五月に
あらゆるつぼみが一気に開いたとき、
私の心にも
愛がほころんだ。

素晴らしく美しい月、五月に
あらゆる鳥が歌ったとき、
私は彼女に打ち明けた、
あこがれる思いと欲望を。

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アーメリング日本公演曲目1978年

第3回来日:1978年

3月14日(火)18:30 千葉県文化会館(プログラムA)
3月16日(木)19:00 大阪・毎日ホール(プログラムB)
3月20日(月)18:30 仙台・電力ホール(プログラムA)
3月23日(木)19:00 東京郵便貯金ホール(プログラムA)
3月25日(土)19:00 東京文化会館(プログラムB)

エリー・アメリンク(Elly Ameling)(S)
ダルトン・ボールドウィン(Dalton Baldwin)(P)

●プログラムA 共演:ダルトン・ボールドウィン(P)

ラヴェル(Ravel)/「5つのギリシャ民謡」
 花嫁の歌
 向うの教会へ
 どんな紳士が
 乳香を集める女たちの歌
 なんと楽しい!

フォーレ(Fuaré)/「優しい歌」作品61
 後光を背負った聖女
 暁の光は広がり
 白い月影は森に照り
 つれない道を
 恐ろしいほどの
 暁の星が消える前に
 夏の明るい日に
 そうしようね
 冬が終って

~休憩~

シューベルト(Schubert)/4つのミニョンの歌
 あの国をご存じでしょうかD321
 ただあこがれを知る人だけがD877-4
 語れとはいわないでD877-2
 この姿のままでD877-4

「ロザムンデ」よりロマンス:満月は輝きD797-5
ますD550
水の上で歌うD774
エルラフ湖D586
若い尼D828
緑野の歌D917

●プログラムB 共演:ダルトン・ボールドウィン(P)

J.S.バッハ(Bach)/汝はわがかたわらにBWV508
ウェルドン(Weldon)/うぐいすは寝もやらず
パーセル(Purcell)/しばしの間の音楽
A.スカルラッティ(Scarlatti)/すみれ

シューマン(Schumann)/歌曲集「女の愛と生涯」作品42
 あの人をみたときから
 すべての人にまさって
 わたしは判らない、わたしは信じられない
 私の指にさした指輪よ
 愛する妹たち、手伝って頂戴
 いとしいひとよ、あなたはいぶかしそうに
 わたしの心に、わたしの胸に
 いまあなたはわたしにはじめて苦痛を与えました

~休憩~

ムソルグスキー(Mussorgsky)/歌曲集「こども部屋」[ドイツ語版]
 ばあやと一緒に
 立たされて
 かぶとむし
 お人形と一緒に
 お祈り
 子猫のマドロス
 竹馬にのって

R.シュトラウス(Strauss)作曲
万霊節 作品10-8
お父さんの言うことには 作品36-3
たそがれの夢 作品29-1
セレナーデ 作品17-2

(以上の日本語表記はプログラム冊子に従いました。下のコメントでの表記とは異なる箇所があります。)

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前回から3年後の1978年のアーメリング(Elly Ameling)来日公演は5箇所、2種類のプログラムで行われた。ピアノは前回同様ドルトン・ボールドウィン(Dalton Baldwin)。リサイタルAはラヴェルとフォレの歌曲集を2つとシューベルトの歌曲10曲。ラヴェルは1985年1月(ERATO)、フォレは翌1979年11月(CBS/SONY)に録音されるので、この時点で日本の聴衆にとってははじめてのレパートリーということになる。一方、シューベルトの10曲は実演では「水の上で歌うD774」以外すべてはじめてのお披露目だが、すでに10曲ともEMI、PHILIPSで録音済みで、LPも発売されていたものと思われる。ミニョンの歌や水にちなんだ歌をまとめるあたり、彼女らしいプログラミングが見られる。リサイタルBは最初にバッハ、A.スカルラッティなどの古典歌曲4曲が歌われ、シューマン、ムソルクスキーの著名な歌曲集が続き、最後はR.シュトラウスの歌曲4曲で締めている。このうちムソルクスキーの歌曲集「こども部屋」のみが正規録音で聴くことが出来ないが、他はすべて録音されている。彼女はあるインタビューで「こども部屋」をドイツ語で歌ったことを失敗だったと述懐しているらしいが、1995年のアメリカでのフェアウェル・リサイタルの中でもこの歌曲集をドイツ語で歌い、そのライヴ・テープを聴いた限りでは彼女の声と特質にとても合ったレパートリーと感じられた。だが、ドイツ語で歌われる「こども部屋」はドイツリートのように響き、原語で歌うことを原則とするアーメリングにとっては不本意なものなのかもしれない。R.シュトラウスの歌曲を彼女はあまり録音しなかったが、ここで歌われる4曲はいずれも「ドイツ・ロマン派歌曲集」(PHILIPS:1976年9月録音)と題されたLPに含まれている彼女らしい選曲である。インタビューでもR.シュトラウスの録音が少ないことを指摘された彼女は、やろうと思えばいつでも録音する用意はあるけれど、ほかにシュトラウスを歌う人がいるのならしゃしゃりでなくてもいいのではというようなことを話していた。

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アーメリング日本公演曲目1975年

第2回来日:1975年

1975年

12月2日(火)18:30 神奈川県立音楽堂(リサイタルA)
12月4日(木)19:00 毎日ホール(大阪)(リサイタルA)
12月8日(月)18:30 戸畑市民会館中ホール(リサイタルB)
12月11日(木)19:00 東京文化会館(リサイタルA)
12月14日(日)19:00 日生劇場(リサイタルB)
12月15日(月)19:00 東京文化会館(リサイタルA)

●リサイタルA 共演:ドルトン・ボールドウィン(P)

モーツァルト/別れの歌K. 519;ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いた時K. 520;夕べの思いK. 523;すみれK. 476;孤独に(私の慰めであっておくれ)K. 391(340b);クローエにK. 524

シューマン/憧れOp. 51-1;はじめての緑Op. 35-4;はすの花Op. 25-7;ことづてOp. 77-5;語れと言わないでOp. 98-5;カード占いをする女Op. 31-2

~休憩~

プーランク/「偽りの婚約」(アンドレ夫人;草の中で;飛んでいる;わが屍は手袋のように柔らかい;ヴァイオリン;花)

フォーレ/水のほとりでOp. 8-1;アルペッジョOp. 76-2;月の光Op. 46-2;ばらOp. 51-4

サティ/「潜水人形」(ねずみの歌;憂鬱;アメリカの蛙;詩人の歌;猫の歌);ランピールの歌姫

●リサイタルB 共演:ドルトン・ボールドウィン(P)

シューベルト/春にD882;春の想いD686;シルヴィアにD891;ガニメードD544;ミューズの子D764;エレンの歌Ⅰ「いこえ、戦士よ」D837;エレンの歌Ⅱ「狩人よ、いこえ」D838;エレンの歌Ⅲ「アヴェ・マリア」D839

~休憩~

シューベルト/ズライカⅠ「この風のさやぎは」D720;ズライカⅡ「湿っぽいお前の羽ばたきが」D717;秘めたる恋D922;独りずまいD800;あなたは私を愛していないD756;水の上で歌うD774;糸を紡ぐグレートヒェンD118;幸福D433

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アーメリング(Elly Ameling)2回目の来日は前回より3年の間隔があいており、この間に彼女は初めてのオペラの舞台(モーツァルト「イドメネオ」のイリア役をアムステルダムとワシントンにて)を経験しており、Aプロの最初のブロックがモーツァルトで占められているのも意味深い。はじめてボールドウィンを伴った来日公演である(前回は小林道夫だった。小林といえばヒュッシュからプライ、ヘフリガー、F=ディースカウ、シュライアー、ホッター、マティス、ヤノヴィツなど錚々たるスターたちと共演している名手である)。モーツァルトは1969年12月にデームスと19曲録音しており、同じ頃にシューマンも録音している(どちらもEMI)ことから彼女の得意な作品が選ばれていると言えるだろう。後半はプーランク、フォーレ、サティといったフランス歌曲が歌われたが、前回披露済みの作曲家(ドビュッシー、ルーセル、カプレ)は避けられているのが興味深い。

リサイタルBはオール・シューベルト・プロで、前回の初来日時に歌った曲は「茂みD646」以外すべて再度とりあげられていることから、前回の1回きりのリサイタルを聴けなかった人のためのアンコール的な意味も含まれているのかもしれない。また、春の歌2曲ではじめたり、「エレンの歌」「ズライカ」の歌曲群をまとめて並べているのもプログラムの配置に気を配る彼女らしい。

今回の曲の中で彼女の録音を聴くことの出来ないのはフォーレの「月の光」のみである。この限りなく美しい作品をアーメリングの歌唱で一度聴いてみたかった。

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アーメリング日本公演曲目1972年

エリー・アーメリング(Elly Ameling:1933.2.8-)は歌手として1972年2月から1997年5月まで12回来日公演を行っている。私がはじめて彼女の実演に接したのは1987年11月の神奈川県民ホール(小)だったが、東京文化会館の資料室には過去のプログラムが整理保管されており、アーメリングの初来日以降のプログラムも確認することが出来た。これから彼女の過去の演目を少しずつ公開していきたい。彼女の最後の来日時に、この演目表をご本人にお送りしたが、彼女自身もこのような記録を付けていなかったそうで喜んでくださった。

第1回来日:1972年

2月26日(土)19:00 日比谷公会堂(リサイタル)
2月29日(火)19:00 日比谷公会堂(バッハ・プロA)
3月1日(水)19:00 東京文化会館(バッハ・プロB)
3月2日(木)19:00 愛知県勤労会館(バッハ・プロC)
3月3日(金)19:00 大阪フェスティバルホール(バッハ・プロD)
3月4日(土)18:30 岡山市民会館(バッハ・プロC)

●リサイタル 共演:小林道夫(Michio Kobayashi)(P)

ドビュッシー(Debussy)/「はなやかなうたげ」第1集(Fêtes galantes, I Série)(ひそやかに;あやつり人形;月の光)

ルーセル(Roussel)/夜のジャズ(Jazz dans la nuit)Op. 38;若い紳士へ(Á un jeune gentilhomme)Op. 12-1;貞淑な妻の答え(Réponse d'une épouse sage)Op. 35-2;炎(Flammes)Op. 10;危険に瀕した心(Cœur en péril)Op. 50-2

カプレ(Caplet)/「ラ・フォンテーヌの三つの寓話(Trois Fables de Jean de la Fontaine)」(からすときつね;せみとあり;おおかみと小羊)

~休憩~

シューベルト(Schubert)/ガニメードD544;春のおもいD686;水の上で歌うD774;しげみD646;春にD882;秘めたる恋D922;糸を紡ぐグレートヒェンD118;ズライカⅠ(このひそやかなものの気配は)D720;幸福D433

●バッハ・プログラムA 共演:ドイツ・バッハ・ゾリステン(Deutsche Bachsolisten);ヘルムート・ヴィンシャーマン(Helmut Winschermann)(C、OB)

悲しみを知らぬ者BWV209;ブランデンブルク協奏曲第6番変ロ長調BWV1051;われはわが幸いに心満ちたりBWV84;オーボエ協奏曲ヘ長調BWV1053

●バッハ・プログラムB 共演:ドイツ・バッハ・ゾリステン;ヘルムート・ヴィンシャーマン(C、OB)

ブランデンブルク協奏曲第3番ト長調BWV1048;わが心は血にまみれBWV199;フルート、ヴァイオリン、チェンバロのための協奏曲イ短調BWV1044;結婚カンタータ「いまぞ去れ、悲しみの影よ」BWV202

●バッハ・プログラムC 共演:ドイツ・バッハ・ゾリステン;ヘルムート・ヴィンシャーマン(C、OB)

ブランデンブルク協奏曲第3番ト長調BWV1048;結婚カンタータ「いまぞ去れ、悲しみの影よ」BWV202;ブランデンブルク協奏曲第6番変ロ長調BWV1051;フルート、オーボエ、ヴァイオリンのための協奏曲ニ長調BWV1064

●バッハ・プログラムD 共演:ドイツ・バッハ・ゾリステン;ヘルムート・ヴィンシャーマン(C、OB)

悲しみを知らぬ者BWV209;ブランデンブルク協奏曲第3番ト長調BWV1048;ヴァイオリン協奏曲イ短調BWV1041;結婚カンタータ「いまぞ去れ、悲しみの影よ」BWV202

日程を見ると、リサイタルとバッハ・プロAの間に2日空きがある以外は毎日歌っていたことになる。当時、世界中で売れっ子だった彼女だけにこうするしかなかったのかもしれないが、声に影響はなかったのだろうか。

リサイタルの演目はかなり意欲的で、前半をドビュッシー、ルーセル、カプレのフランスものでまとめ、後半はシューベルト9曲を歌い、彼女の仏独両面の歌唱を堪能できる選曲だったと言えるだろう。なお、彼女はドビュッシーの「はなやかなうたげ」第1集をEMIの全集で録音しているが、ルーセル、カプレの曲はここで歌った中のそれぞれ1曲ずつしか録音していない(ルーセル「貞淑な妻の答え」とカプレ「からすときつね」)。

過去のブログでも書いたが、初来日公演最終日の2週間後にロンドンで歌った「マタイ」抜粋のライヴがBBC LEGENDSからCD化されているので、当時の声がどのようなものだったかを知るには格好の録音だろう。

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ヴォルフ歌曲全曲演奏会Ⅷ、Ⅸ(2006年4月19日 浜離宮朝日ホール)

ヴォルフ歌曲全曲演奏会Ⅷ(ライニク歌曲集・スペイン歌曲集《宗教編》)

2004年4月19日(水)19時開演 浜離宮朝日ホール

井坂惠(MS) 福井敬(T) 松川儒(P)

○ライニク歌曲集

夏の子守歌(MS)/冬の子守歌(MS)/セレナーデ(T)/愛の使い(T)/いとしいひと、きみはどこに?(T)/このよろこびをどこへ(MS)/夜の挨拶(MS)/春のつりがね草(MS)/職人の歌(T)/宴席の歌(T)/たのしい知らせ(T)/朝の気分(T)

~休憩~

○スペイン歌曲集《宗教編》

今こそわたしはあなたのもの(MS)/さあ、歩くのだよ、マリア(T)/神を生みたもうたあなた(T)/棕櫚の樹をめぐって飛ぶものたち(MS)/御子よ、ベツレヘムへお導きください!(T)/ああ、幼な児の瞳は(MS)/ああ、心のまどろみの長かったこと!(T)/主よ、この地にはなにが芽生えるのでしょう(T)/愛する方、あなたは傷を負われて(MS)/罪を背負い、辛苦の果てにわたしは来ました(MS)

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ヴォルフ歌曲全曲演奏会Ⅸ(スペイン歌曲集《世俗編》)

2006年4月23日(日)16時開演 浜離宮朝日ホール

釜洞祐子(S) 永田峰雄(T) 松川儒(P)

○スペイン歌曲集《世俗編》

緑の窓から(T)/愛を信じたらだめよ(S)/すべてのものは、心よ、憩っている(T)/愛がわたしの心に(S)/苦しい歓喜と歓喜の苦しみ(S)/おまえが花苑へ行くのなら(T)/わたしの髪のかげで(S)/恋を取り逃がす男など(T)/いかに恋人がそう誓っても(S)/フアーナは変な娘だ(T)/燃える心に苦しむのも(T)/だれがきみのあんよを傷つけた?(S)/口さのない人たちにはいつも(S)/わたしの恋人を誘惑した人は(S)/恋人をすきなだけからかうんだね(T)/ああ、お母さん、頼んでちょうだい(S)/心よ、落胆するのはまだはやい(T)

~休憩~

あれはあなただったのね、御立派なお方(S)/眼あきのめくら(T)/おつむよ、おつむよ、うめくんじゃないの(S)/かわいい恋人よ、おまえの母は(T)/進軍のラッパが鳴っている(S)/泣くんじゃない、お目々さん!(S)/ああ、それは五月のことだった(T)/心深くに苦しみを秘めていても(T)/わたしを花でつつんでね(S)/いつの日かぼくの思いは(T)/海を行こうと(T)/ひびけ、ひびけ、わたしのパンデーロ(S)/憎々しげな眼つきでぼくを見ようと(S)/あの人にわたしのところへ来てと言って(S)/恋人よ、まだ眠っているのなら(T)/来たれ、おお、死よ(T)/さあ、もう行くときよ、わたしの恋人!(S)

井坂惠(いさか・めぐみ):メゾソプラノ歌手。武蔵野音大大学院修了後、カールスルーエ音大、ザルツブルク音大で研鑚を続ける。二期会「フィガロの結婚」(ケルビーノ)、「ばらの騎士」(オクタヴィアン)などに出演のほか、オラトリオ、歌曲の分野でも活躍する。グリーグの歌曲集「山の娘」を1999年10月に歌うが、これが原語での日本初演だったとのこと、北欧歌曲は層が薄いのだろうか。この分野での彼女の今後の活動が期待される。私は今回、初めて彼女の歌声に接したが(「ゲーテ歌曲集」の時は、朗読で出演された)、その落ち着いて安定した美声はとても心地よく、また核心に向かっていこうとする彫りの深い歌唱を特に「スペイン歌曲集」の宗教編で感じた。とりわけ最後に置かれた「罪を背負い、辛苦の果てにわたしは来ました」の深い声と解釈は感動的だった。前半「ライニク歌曲集」と後半「スペイン歌曲集」とで衣装を変え、後半の赤い衣装はスペインの情熱と同時に、受難したキリストの血を暗示しているようにも感じられた。

福井敬(ふくい・けい):テノール歌手。国立音大大学院修了後、イタリアに学び、1989年イタリア声楽コンコルソでミラノ大賞受賞。その他多数の受賞歴あり。二期会「ラ・ボエーム」(ロドルフォ)でデビュー後、「蝶々夫人」「ローエングリーン」など数多く出演する。以前、横山幸雄と「美しい水車屋の娘」の日本語訳(松本隆訳)の録音をリリースしているので(未聴だが)、てっきりドイツリートのコンサートもおこなってきていると思いきや、福井氏曰く、今回が本格的なドイツ歌曲の初めてのコンサートとのこと。よく響く、耳に快い美声で、ドイツ語もなかなかだと思ったが、「a」の音がこもり気味になるのは癖だろうか。ちょっと気になった。イタリアものが得意な人はドイツリートを敬遠する傾向があるように思うので、福井氏にはどんどんリートも歌ってほしい。爽やかなライニク歌曲集が彼の声と表現に特によく合っていた。

釜洞祐子(かまほら・ゆうこ):ソプラノ歌手。吹田市出身。神戸女学院大学卒業、東京音大オペラ研究科修了。1982年第51回日本音楽コンクール第1位。ミュンヒェンへ留学し、1986年から1992年までカッセル歌劇場で歌う。「魔笛」「ホフマン物語」「セビーリャの理髪師」「ナクソス島のアリアドネ」など、オペラの数々の出演で絶賛されるほか、コンサート、歌曲リサイタルと幅広く活動している。ヴォルフ全曲シリーズに以前出演された時も聴くことが出来、少年の声のような素直な響きをもった彼女の声がヴォルフの「ゲーテ歌曲集」をとても聴きやすいものにしていた。今回のスペイン歌曲集も師ヤンセンと共にかつて数曲CD録音していたが、喜怒哀楽を確かな技術のうえにストレートに表現して見事だった(いろいろな感情を演じ分けるのは大変だと思うが)。ただ私の席(2列目中央)からだと、楽譜たてに邪魔されて顔の表情がほとんど見えなかったのが残念だった。「あの人にわたしのところへ来てと言って」の詩を大阪弁で朗読したらどうなるかを実演してくれて(いい意味で)イメージを裏切ってくれて面白かった。

永田峰雄(ながた・みねお):テノール歌手。新潟県出身。東京芸大大学院修了。1986年第1回日本モーツァルトコンクールで優勝し、1991年アサヒビール芸術文化財団の奨学生として渡欧。ライプツィヒ、ヴュルツブルク、ミュンスターなど各地の歌劇場で歌う。ヴォルフ全曲シリーズでは過去に「ゲーテ歌曲集」に出演した時にも聴いたが、難解な多くの曲を安定した技巧とみずみずしい声で安心して聴かせてくれた。今回は、庶民の様々な感情を描き出す「スペイン歌曲集」で、静かな曲から劇的な曲まで多彩な表現を聴かせてくれて素晴らしかった。「燃える心に苦しむのも」で自分の心を競りにかけるという比喩で「ひとつ」「ふたつ」「みっつ」と木槌を打つ箇所は身振りを加えての熱演だった。

松川儒(まつかわ・まなぶ):ピアニスト。神奈川県出身。東京芸大卒業後、シュトゥットガルト国立音大大学院、カールスルーエ国立音大大学院リート科を修了。オペラ制作やコレペティトーアとしての活動の一方、ソリスト、室内楽演奏、歌曲演奏と幅広い活動をしている。第11回シューマン国際コンクール公式ピアニストも務めた。このヴォルフ歌曲全曲演奏会は彼の経歴の中でも特に輝かしいものの一つになることだろう。一人で全曲弾きこなすだけでも計り知れない労力だと思われるが、おそらく選曲や人選などにもかかわっているのだろうし、ステージ上でのトークまでこなす活躍ぶりである。演奏は一貫して曲を自分のものにしている印象を受ける。歌手を支える箇所と自ら前面で主張する箇所のどちらにも臨機応変に対応している。

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フォレ(フォーレ)に寄せて

最近、廉価盤で知られるブリリアント・クラシックからEMIのフォレ(Gabriel Fauré)全集が再発売された(なお、一般的には「フォーレ」と表記されるが、フランス語では途中の音節が伸びることはないと文法書にも書いてあるので、あえて「フォレ」と表記します。テレビでピアノレッスンを受け持っているミッシェル・ベロフも伸ばしていなかったし)。私はEMIでCD化された時に購入したので、今回は買わなかったが、2000円ぐらいでフォレの全歌曲を、アーメリング&スゼー&ボールドウィンという最高のフォレ演奏家たちの名演で聴けるのだからこれはお買い得だと思う。この全集、ネクトゥーによる作曲年代順に収められているので、フォレの作曲の歩みを体感出来るという意味でも意義深い録音である。細やかな表情と若く張りのある美声でフォレの音に見事に寄り添うアーメリング、ネイティヴの美しい発音で甘さと力強さの両方を合わせもつ表現を存分に聴かせるベテランのスゼー、いずれも最上級の演奏だが、最近じっくり聴き返してみて、この全集の本当の素晴らしさはピアノがボールドウィンであるということではないかと思えてきた。一見、彼のピアノは歌にぴったり寄り添う控えめな伴奏に聴こえかねないし、私も十代の頃はボールドウィンのピアノにもっと音の魅力が欲しいなどと分かったようなことを思っていたものだが、今になってじっくり聴いてみて驚いた。フォレが楽譜に書き込んだことが全くありのまま過不足なく音になり、再現されているのである。しっかりとくまどられた枠組みと、和声の中の各音の位置づけが全く見事に処理されて、テンポ、ダイナミクス、粒の揃ったタッチも素晴らしい。もちろん歌との隙は全くない。簡素な音の中から充分な主張が聴こえてくる。これ以上何を望めるのだろうか。

フォレの歌曲、はじめは初期の作品ばかり好んで聴いていたが、それらはメロディmélodieと呼ばれる前のロマンスromance(グノーの歌曲など)に近いものだろう。最近、ようやく中期から後期にかけての渋く、とっつきやすいとは言えない作品が親しいものになってきた。「幻影Op.113」やパンゼラに捧げられた「幻想の水平線Op.118」は何度も繰り返し聴きこむことによってやっと心を開いてくれる作品に思える。旋律やピアノの美しさを期待していたらこれらの曲の価値を理解できないだろう。

Hyperionからも4枚の独立したCDでフォレの全歌曲が録音された。シューベルト、シューマンやフランス歌曲の多くの全集も手がけるグレイアム・ジョンソン(Graham Johnson)のピアノと、イギリス人を中心とした新旧の優れた歌手たちの演奏である。1枚ごとにコンサートを聴くようにプログラムがまとめられている。フェリシティ・ロット(Felicity Lott)が余裕のある表現力で「月の光」や「ヴェネツィア歌曲集」を聴かせ、スティーヴン・ヴァーコー(Stephen Varcoe)はフランス歌曲も達者にこなすところを示している。フランス人のジャン=ポール・フシェクール(Jean-Paul Fouchécourt)も参加している。ジョンソンの軽いタッチと音色はドイツリート以上にこのフォレ歌曲のようなフランスものに向いているのではないか。

往年の名バリトンのカミーユ・モラーヌ(Camille Maurane)のフォレ歌曲集を最近購入した。ピアノは作曲家でもあるピエール・マイヤール=ヴェルジェ(Pierre Maillard-Verger)である。モラーヌの声はバリトンといってもとても澄んで爽やかな響きをもっている。これほど透明感を感じさせるバリトンも珍しいだろう。このCDを聴いて強く感じたのが、鼻母音の美しさである。まったく見事なまでに鼻に響かせているのである。それから深刻な歌を歌ってもどこか軽さ(いい意味で)がある。あたかもシャンソン歌手が歌っているかのように決してもたつかず、重くならず、それでいて聴く者を魅了する歌、なかなか似たタイプが見当たらないような個性の持ち主と感じた。最後に歌われる「とてもやさしい道(Le plus doux chemin)」はこれまで地味でとっつきにくい曲だったが、彼のこの歌で魅力を感じることが出来た。マイヤール=ヴェルジェのピアノは作曲家ということもあるのか、バス音を重視する土台のしっかりした演奏という印象を持った。

スイスのテノール、ユーグ・キュエノー(Hugues Cuenod)がマルティン・イセップ(Martin Isepp)とNimbusに録音したフォレの歌曲は初期から後期まで万遍なく36曲収録されており、「ヴェネツィアの5つの歌(Cinq mélodies 'de Venise')」「優れた歌(La bonne Chanson)」「幻影(Mirages)」「幻想の水平線(L'horizon chimérique)」といった重要な4つの歌曲集も含まれている。来月26日には104歳の誕生日を迎えるキュエノーだが、このフォレを録音したのもちょうど70歳の時であり、その声だけでなく、技術も70歳とは思えないしっかりした歌である。崩れが殆どないのがまずすごい。どの曲もしっかり歌いきっているうえに、表現にも凛とした風格が漂い、まさに名人芸である。余程自己管理がしっかりしていたのだろう。それからヴィーン出身のピアニスト、イセップが本当に素晴らしかった。ジャネット・ベイカーの共演者としてぐらいしか聴いたことがなかったのだが、その紡ぎ出す音の美しさはなかなか聴けないほど魅力的だった。名人芸を聴かせる歌に、美しいピアノの響きが混ざり、フォレの歌曲がいつになく高貴に響いていた。

五月、愛の夢、漁師の歌、水のほとりで、「ある一日の歌」、ネル、秋、ゆりかご、私たちの愛、歌の精、捨てられた花、イスファハンの薔薇、月の光、涙、スプリーン、マンドリン、ひそやかに、牢獄、夕べ、水の上をゆく花、…好きな曲を挙げていたらきりがない。フォレ歌曲の素晴らしい案内書をご紹介したい。河本喜介(かわもとよしすけ)著の「フォーレとその歌曲」という本が音楽之友社から出ている。残念ながら著者はすでに亡くなられているが、フランスで認められ、フランスや日本国内でフランス歌曲の歌い手として精力的に活動された方である。フォレの歌曲をほぼ年代順に解釈から演奏のヒントまで論じ、各曲を聴くうえでの最高のお供になると思う。彼の録音は出ていないものだろうか。

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アーメリング「ヴォルフ/スペイン&メーリケ歌曲集」

エリー・アーメリングの(今のところ)現役最後の録音は、ヴォルフの「スペイン歌曲集」&「メーリケ歌曲集」抜粋である。1991年、彼女が58歳の時の録音で、1996年の引退より5年も前に録音活動に幕を下ろしたことになる。彼女はグレイアム・ジョンソン(Graham Johnson)のシューベルト歌曲全集第7巻(1989年録音)ではじめて英Hyperionレーベルに登場し、さらに翌年はルドルフ・ヤンセン(Rudolf Jansen)とブラームス歌曲集(絶妙!)を録音。そして、その翌年がこのヴォルフである。アーメリングは、一般にシューベルトやモーツァルトの録音がよく知られているが、実はヴォルフも多数録音しており、「イタリア歌曲集」はスゼー&ボールドウィン(1969年:PHILIPS)と、クラウセ&ゲイジ(1980年:NONESUCH / GLOBE)の計2回、「メーリケ歌曲集」はボールドウィン(1970年:PHILIPS)と、「ゲーテ歌曲集」&「ケラー歌曲集」はヤンセン(1981年:ETCETERA / GLOBE)と、さらにオムニバス盤で「夏の子守歌」「庭師」「主顕節」「隠遁」も録音している。

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Songs by Hugo Wolf
Ameling_jansen_wolf_1991Hyperion : CDA66788 : 58'32
Elly Ameling(S)
Rudolf Jansen(P)
1991年9月12-16日録音

「スペイン歌曲集(スペインの歌の本)(Spanisches Liederbuch)」より~棕櫚のまわりを漂う者たち/来たれ、おお死よ/悪口が好きな人たちは/ねえ、あなたなの、素敵な方/心深く苦悩を抱え/私の巻き毛の陰で/誰が君のあんよを痛めつけたの/ああ、子供の瞳は/険しい視線を向けられても/すべてが、心よ、憩いについている/私を花で覆ってください/苦心を重ね、罪を背負い私はやって来た/出発のラッパが鳴っている/さあ、恋人よ、もう行くのよ

「メーリケ歌曲集(メーリケ詩集)(Gedichte von Mörike)」より~古い絵に/春に/妖精の歌/隠遁/捨てられた娘/風の歌/飽くことのない愛

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このCDの曲目でアーメリングにとって初録音なのは「メーリケ歌曲集」では「古い絵に」「春に」の2曲だけだが、「スペイン歌曲集」は全曲初録音である。とはいえ、彼女はすでに「私を花で覆ってください」を1983年の来日公演で披露しているそうだし、1986年4月11日にはヴェネツィアで、ルート・ファン・デル・メール(BR)ホカンソン(P)ドイチュ(P)と共に「スペイン歌曲集」を演奏しているという記録が残っている。また1989年11月11日に藤沢で行われたリサイタル(ヤンセン=P)では「険しい視線を向けられても」「私を花で覆ってください」「さあ、恋人よ、もう行くのよ」「棕櫚のまわりを漂う者たち」「苦心を重ね、罪を背負い私はやって来た」の5曲がまとめて歌われたのを興味津々に聴いたものだった。こうして見てくると永年歌いこんだすえに、機が熟した頃を見計らっての録音ということが言えるかもしれない。録音後の1992年11月30日の津田ホールでも他のヴォルフの歌曲と共に「ねえ、あなたなの、素敵な方」を披露してくれた。

本題に入りたい。今のところ最後の録音であるこのCDだが、録音が1991年のわりに発売は1995年頃だったように思う。随分発売の時期を慎重に見ていたものだが、アメリカでの1995年4月の引退公演から各地のツアーを経て、1996年1月アムステルダムのコンセルトヘボウで母国の聴衆の為に最後のコンサートを開いた時期に合わせて引退記念の意味をこめて延期していたのではないかと勝手に想像してしまう。さて、演奏についてだが、はじめてこのCDを聴いた時の印象をまだ覚えている。前年録音のブラームスのCDがあまりにも素晴らしかったので、期待が大き過ぎたのかもしれないが、第一印象は彼女の声も年をとったなぁというものだった。「スペイン歌曲集」の中でも個人的に特に気に入っていた4トラック目の「ねえ、あなたなの、素敵な方」を最初に聴いたのだが、冒頭の"Sagt"の音がヴォルフの書いた音より低い音程からずらしてあげてくるような感じだったので、彼女らしからぬ音程の不調ぶりに驚いたのだった。今にして思うと、これは彼女なりの「ねえ、言ってよ」という男を知り尽くした女性の甘え声を表現しようとしていたのだろうと想像がつくが、最初はこの大胆な表現を理解できなかった。純度の高い透明だった美声は多少渋みを増し、声量はやや乏しくなり、言葉の発音も明瞭さが後退している感がある(録音の関係かもしれないが)ものの、58歳にして、この美声を保っているのはやはりすごいことだろう。ヴィブラートが太くなり、音程のコントロールも時に苦心しているのが聞かれるが、一音楽愛好家として聴いた場合、そうした些事よりも、年輪を重ねた彼女が声に頼れなくなった時に前面に出てくる楽曲への献身的な姿勢に耳を澄ませたい。どの1曲をとってもこれみよがしな所は一切なく、あくまでヴォルフの指定に忠実に、彼女の温かい声で息を吹き込んでいるのである。これまでの蓄積の豊かさが、頭で解釈した結果と感じさせない自然な表現を実現している。「スペイン歌曲集」の選曲と配列も彼女の適性とリサイタルにおけるプログラミングの多様性とバランス感覚を感じさせる。ブラームスのヴィオラ付き歌曲と同じ詩による「棕櫚のまわりを漂う者たち」の繊細さとダイナミズムの同居したヴォルフらしい作品で開始し、「来たれ、おお死よ」の静謐で感動的な雰囲気に変わり、さらに「悪口が好きな人たちは」で軽妙な楽しさになり、それが「ねえ、あなたなの、素敵な方」のスペイン色を意識したようなリズミカルな歌とピアノの掛け合いで盛り上げるといった具合である。先日聴いたメゾソプラノの井坂惠さんの実演でも圧倒的な素晴らしさだった「苦心を重ね、罪を背負い私はやって来た」はアーメリングの真摯な表現が光る感動的な歌である。「スペイン歌曲集」のオリジナルの曲順でも最後に置かれている「さあ、恋人よ、もう行くのよ」は一夜を明かした彼氏に対して人目を気にして早く出てとせかす早朝の女性の気持ちを歌ったものだが、この女性はもちろん世間体を気にしながらも、離れたくないという相反する感情も持っているわけで、その辺の微妙な女心を歌声に乗せることにかけてアーメリングは他の誰とも違うユニークな感覚を持っているように思う。一見話し声の延長のようにも思えるほど自然に、感情や表情を歌声に乗せてしまうのである。オペラの一場面を見ているような感情の移り行きを楽しめる壮大な曲で、ヴォルフが「スペイン歌曲集」の最後を飾ったのと同様にアーメリングの「スペイン歌曲集」もこの曲で山場を築いて終わる。一方「メーリケ歌曲集」はほとんどが以前に録音したことのあるものだが、「春に」が初めて録音されたのを素直に喜びたい。このアンニュイな春の空気感を描くのに、この時の彼女の声は充分に熟していた。「妖精の歌」「風の歌」は若かりし頃のアーメリングの録音に軍配があがると思ったが、メルヘンチックな作品はいわば彼女のメルクマールであり、彼女らしい選曲をキャリアの最後に今一度記録しておきたいと思ったのかもしれない。このCDの最後を飾るのは「飽くことのない愛」。歌曲の最大のテーマは言うまでもなく「愛」である。この普遍的にして「飽くことのない」究極のテーマを扱った作品でアーメリングの最後の録音は締めくくられる。

←日本のではなく、アメリカのamazon.coだと安価でこの中古CDが購入できるようです。

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