« 五月に寄せるわが挨拶(Mein Gruss an den Mai) | トップページ | アーメリング日本公演曲目1980年 »

五月の夜(Die Mainacht)

ブラームス(Johannes Brahms)にも五月の有名な歌曲がある。ヘルティ(Ludwig Christoph Heinrich Hölty:1748年12月21日Mariensee-1776年9月1日Mariensee)の詩による「五月の夜」Op. 43-2は1866年に作曲され、彼の代表作になった。詩人のヘルティはシューベルト、メンデルスゾーンなど多くの作曲家にとりあげられた人で、ハノーファー近郊のマリーエンゼーで誕生、ゲッティンゲン大学で神学を学び、クロップシュトク(Friedrich Gottlob Klopstock)を崇拝する者たちで結成した「ゲッティンゲンの森の結社(Göttinger Hainbund)」の創立メンバーとなる。

この詩は、ある五月の月夜に、幸せそうな鳥たちを尻目に一人孤独の身の上を嘆く者の思いを歌ったものである。梅丘歌曲会館「詩と音楽」サイトに以前投稿した時の訳詞を転載させていただきます。掲載元のサイトはこちらをご覧ください。

----------

銀の月が
潅木に光注ぎ、
そのまどろむ光の残照が
芝に散りわたり、
ナイティンゲールが笛のような歌を響かせる時、
私は藪から藪へと悲しくふらつき回る。

葉に覆われて
鳩のつがいが私に
陶酔の歌を鳴いて聞かせる。
だが私は踵を返して
より暗い影を探し求め、
そして孤独な涙にくれるのだ。

いつになったら、おお、微笑む姿よ、
朝焼けのように
私の魂に輝きわたる姿よ、
この世であなたを見出せるのだろうか。
すると孤独な涙が
私の頬を伝ってさらに熱く震え落ちた。

|

« 五月に寄せるわが挨拶(Mein Gruss an den Mai) | トップページ | アーメリング日本公演曲目1980年 »

ブラームス」カテゴリの記事

」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

コメント

訳詩と歌唱とはよく似ていますね、どちらもインタープリテーションであるという点で。ただ、その肉付けの度合において、歌唱のほうがより濃厚だといえるでしょう。訳詩が換骨奪胎なら、歌唱は文字どおり賦活ですね。

投稿: sbiaco | 2006年5月23日 (火曜日) 22時02分

sbiaco様、こんばんは。
歌唱と詩の翻訳の共通性、ご指摘されるまで思いつきもしませんでした。確かにどちらも解釈の表現ですね。訳詞でも、詩自体の鑑賞用と歌曲の鑑賞用の訳とは多少異なるように思います。前者は詩人の思いを訳者がまさに換骨奪胎しつつ訳語の詩として鑑賞に値するように訳されるものであり、後者はどちらかというと訳者のファンタジーよりも、原詩の意味の忠実な再現を求められているような気がします。私の訳が目指すところももちろん後者になります(前者の訳が単に無理だという事情もありますが)。

投稿: フランツ | 2006年5月24日 (水曜日) 00時20分

おっしゃること、よくわかります。この点に関して、下記のブログのなかの「翻訳詩の問題」という5回にわたる記事に興味深い考察がありますので、未見でしたらご覧いただければ幸いです。
http://d.hatena.ne.jp/qfwfq/

投稿: sbiaco | 2006年5月24日 (水曜日) 20時13分

sbiaco様、こんばんは。
ご紹介いただいたサイトを拝見しました。
すごいサイトですね。
様々な例を列挙して、翻訳のありかたを論じておられ、大変勉強になりました。戦時中にも論争があったのですね。ある意味で創作にも近い「翻訳文学」も、原詩の忠実なしもべたる訳詞も、それぞれの意義があるように思いました。翻訳は一種の親切にすぎないという言葉が印象に残りました。ご紹介を有難うございました。

投稿: フランツ | 2006年5月26日 (金曜日) 00時39分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/150976/10169744

この記事へのトラックバック一覧です: 五月の夜(Die Mainacht):

« 五月に寄せるわが挨拶(Mein Gruss an den Mai) | トップページ | アーメリング日本公演曲目1980年 »